オオスは慧音に怒られた。
慧音はオオスが地獄へ行くような悪いことをしたと思ったようだった。
閻魔様云々で思い込みの激しい節がある慧音の妄想を肥大化させたのだろう。
だから、オオスは慧音に善意で言った。
「過ちは誰にでもある。だからこそ気をつけないといけない」
オオスは慧音が自分へ頭突きをしたことを窘めた。
「…あのなぁ、まぁ確かに私が勘違いしたところもあるが、そうではなくて」
慧音は自らの過ちを認めつつも、非を認めない。
「慧音も寺子屋で教えている身なのだから、教師が実践しないと手本にならないぞ」
オオスは再度慧音を窘めた。オオスは慧音の目だけをじっと見つめる。
「…うん。まぁ、そうだな」
慧音は何故か目を逸らしてオオスに同意した。
オオスは慧音の勘違いを是正することに成功した。
よって快く自宅へ帰り、気分良く快眠した。
次の日には紅魔館を尋ねて霊夢の件を相談しよう。オオスは計画を立ててから眠った。
…ところが、翌日オオスの予定にないことが起こった。
オオスは人里の中で最も有力な家のお屋敷に呼びつけられていた。
そして、いつものように奥の部屋まで案内されていた。
オオスにはこれがもう何度目かわからない。
オオスはまたお説教は嫌だなと思いつつ渋々案内された。
オオスは礼儀の体裁だけ整えてはいた。急な呼び出しだろうとマナーは大切である。
オオスは外面と容姿だけは大変良いので誰しもが見返る美男子がいた。…中身は兎も角。
なお、オオスは阿求への土産として赤い風呂敷にある物を包んでいた。
案内された先にはいつものように少女が一人でいて、当然のように人払いされていた。
「稗田家の花見は石長姫への祈願でしょう?
私を呼び出すのはどういったご用件です?」
オオスは挨拶も早々に目の前の少女へ問いかけた。
今は花見の季節である。
完全に神への祈りの儀式である稗田家の桜見はオオスは参加したくはない。
呼び出した用件は違うと確信しているがオオスは念のために確認した。
少女は髪は紫色に花の髪飾りをつけていた。
だが、少女は幼く鈴奈庵の本居小鈴と同年代だった。
若草色の着物の上に、袖の部分に花が描かれた黄色の中振袖の着物を艶姿のように重ね着しており、その上で赤い袴を履いていた。
目の前の少女こそ、名家稗田家の当主九代目『御阿礼の子』稗田阿求であった。
「…貴方がまた碌でもないことをしたと聞いたからです」
阿求も挨拶も早々にオオスへ本題を言うことにした。…もう何回目かわからない。
二人きりなら今から何を話しても問題ないと思いつつ、阿求は一応周囲を確認する。
この動作にも慣れ切ってしまった。
この先、阿求が何度転生したとしてもオオスのことは忘れないだろう。
何回もこの男は人里にトラブルを招くのだ。
…それが大よそ善意であり、ほぼ全てが人里にとって善の方向へ進むから余計に性質が悪い。
中には悪者に部類される里人の磔、水が無いところで溺れかけた盗人等洒落にならないこともしている。
しかし、オオスが関与した証拠が一切ない。オオス以外有り得ないのだが。
…この間も被害者が自分で自分を磔にしたと心の底から叫んでいた。わけがわからない。
阿求はオオスが完全犯罪を自身の知らないところでしていても全くおかしくないと思っている。
霊夢が疑うのも阿求は仕方がないと思いつつ、毎回庇っていた。
今回はオオスは一切悪くない。阿求が怒るのも筋違いだとは思っていた。
だが、その矢先に前日の事件である。上白沢慧音からすぐに稗田阿求に報告が来ていた。
「博麗の巫女が貴方を退治しそうになった件は知っていますよね」
阿求はオオスに言った。
知っていることはもうわかっているが念のために。
確認しないと話が斜め上に飛んで誤魔化すのはオオスの得意分野だった。
「それは勿論。酷いですよね」
オオスは阿求に霊夢の非道さに同意を求めるように言った。
「李下に冠を正さずという言葉はご存知ですよね?」
阿求はオオスに言い返した。
「人に疑われる行為は慎むべき。古楽府の君子行にある有名な話ですよね」
オオスは阿求に当然知っていると返す。
オオスは古典に詳しいのだ。そもそも知らなければ外で何度死んでいたかわからない。
「霊夢さんに疑われるのは妖怪より妖怪染みている貴方の事です。
もうそれは仕方がないと私も思っています」
阿求は飽くまでもしらばっくれるオオスに言い切った。
「何て失礼な!いくら稗田家の当主とはいえ言って良いことと悪いことがありますよ」
オオスは阿求を窘めるように言う。
幼き相手には寛大に接するのがオオスの流儀である。
だからこそ名家の当主として恥じぬように心からの善意でオオスは言った。
「…貴方は霊夢さんが探し回っている間、地獄へ行ったと慧音さんから伺いましたが」
阿求は詰るようにオオスへ言った。もう年長年配とか関係ない。
オオスが妖怪だろうが人間だろうが正直、阿求にとっても人里の皆にとってもどうでも良かった。
オオスはそれくらいには人里へ貢献してきたのだから。
冬に苦しむ民居れば施し、文字も読めぬ子が居れば教え、悪人が居ればやり方は兎も角更生へ導く等々。
オオスは人里にとって数えきれない程の恩がある存在となっていた。
オオスのやり方は大概酷い。
しかし、そんなオオスの身の上など人里の者であればもはや誰も気にしない。
…気にするのが怖いというのもあるが。
オオスはキレると洒落にならないことを平気でする。
だが、オオスが人に疑われる行為を率先してやっていることを阿求は敢えて言った。
阿求が霊夢に問題ないと報告しても、こんなことをされては意味が無い。
そもそも上白沢慧音はオオスに対して甘い。阿求は常々そう思っている。
「ああ、友達のところに遊びに行ったんですよ。勿論、阿求さんへのお土産もありますよ」
オオスは阿求の言うことを無視した。これからもガンガンやる所存である。
オオスの行動を止めるのは吸血鬼であるレミリアすら諦めたことである。
閻魔様、四季映姫・ヤマザナドゥもである。
…人間の阿求にオオスを止めることは不可能だ。
そんなことはお構いなしにオオスは土産として持って来た包みを広げた。
そこには赤い瓢箪が入っていた。
…それはオオスが無縁塚で弔い酒として飲んだ地底の酒より遥かに位が高い酒だった。
「これは…?」
阿求も知識欲の塊のような存在である。
…オオスの持って来た瓢箪は少なくとも幻想郷にはないはずのものだった。
阿求の知識に類似する瓢箪が見つからない。未知の種類だ。
見知らぬ存在に思わず怒りを忘れてオオスに尋ねた。
「これの中身はお酒です。…ところで阿求さんは生と死の境界に隠れ住む類のお話はご存知でしょうか?」
オオスは阿求の知識を尋ねた。
酒と生と死の境界の話等は人の身で知っているのはオオスくらいだろうが、目の前の存在は違う。
「補江総白猿伝いやこの場合は…」
阿求は自身が持つ知識の本棚からオオスの真意を漁る。
『境界』というキーワードからまず攫われた妻が神の子を身ごもった話が出てくるが違う。
オオスはそういう品の無い話をするような人ではない。
「陳巡権梅嶺失妻記」
阿求は結論を出した。さらわれた妻が永遠の不老不死が可能な別世界に一時的にいた話だ。
不老不死の類の話は阿求がよく調べる物の一つだった。
…少しでも長く生きて生を謳歌したいがために。
「你吃了我仙桃、仙酒、胡麻飯、便是長生不死之人」
(ここで私の仙桃、仙酒、胡麻飯を食べれば不老不死になれます)
阿求は話の一節を暗唱した。
阿求は短命である自分の寿命を少しでも延ばしたいがため、不変、つまり長寿を象徴する神である石長姫に花見で毎年祈っている。
オオスは最初に『稗田家の花見は石長姫への祈願』とヒントまで言っていた。
…オオスの真意はこれだろう。実に難解な問いかけをしてくると阿求は呆れた。
「流石、阿求さん。とはいえ、不死の酒ではありませんが…」
オオスは酒の真意を阿求の言う通りだと認めた。
難しいと思ったから最初にヒントも一応言ったとはいえ、即答で当てられた。
…阿求は相変わらず凄い記憶能力だとオオスは思った。
「地獄には鬼がいました。鬼の酒は過ぎれば毒ですが、加減すれば薬となる。
これは確認済みです。間違いありません」
オオスは鬼の酒飲みに付き合いつつも考えていた。
阿求への土産だ。
何せオオスが行った地底は生と死の境界の存在、鬼が隠れ住む世界である。
伝説の酒の薬効を探していた。
前回こいしを追いかけた際に本を買いあさった中でも探していた。
だが、オオスが求めていた茨木童子には会えなかった。
彼の鬼の秘宝を貸して貰えないかとオオスは考えていた。
…少しなら貸してくれても良いんじゃないかと思っていた。
しかし、茨木童子は行方知れずだという話だった。同じ鬼の四天王の勇儀も知らないらしい。
そのため、オオスは薬効の劣化版の酒しか手に入れられなかった。
それでも、酒の薬効としての効能はあった。
「高い酒なので少しずつ飲めば多少寿命も延びるでしょう。いつもの礼です」
オオスは阿求へいつも迷惑をかけているとは思っていた。
だから、阿求が人間の範囲で寿命を延ばせる方法を探していた。
「…ありがとうございます」
阿求はオオスに礼を言った。
…オオスは常に滅茶苦茶なことをするがこういうことをするから困るのだ。
だが、阿求はオオスが厄神様を招いての紙芝居をしたいと言い出したことで、怒りが再燃した。
滅茶苦茶である。厄神様は人の為に尽くす妖怪ではあるが、その存在自体が歩く災害だ。
…阿求は一度退治されてしまえとオオスに心の中で叫んだ。