春の季節外れの花々が咲く異変ともつかない事件が収拾しはじめた。
桜は散りつつあり、夏が近づきつつあった。
そんな中、オオスは夜の魔法の森で定期的な占星術及び天体観測をしていた。
オオスの杞憂の如き対策の一環であり、オオスからすれば些末な定期観察だった。
宇宙にはオオスの現時点での仮想敵として想定している月の民がいた。
一応、オオスの対策は完了した。月を滅ぼすだけなら可能である。
穢れを用いた何重にも及ぶ罠であり、オオス至上最大規模の諧謔である。
外の世界でもこれほどのことを仕込んだことは稀であろう。
…結論を逆転できようが過去改変できようが、八百万の神々を召喚できようが。
オオスのテロを防ぐことは不可能である。オオスは自らの策に絶対の自信があった。
妖夢だけではどうあがいても西行妖を満開にできなかった春雪異変のようなものだ。
だが、オオスに取って自らの、里人としての責務として主に月への定期的な観測をしていた。
もし、今この時に月から攻め込まれでもして人里に被害があったら困るからだ。
外の世界で核爆弾を持とうとも通常兵器が無くならないのと同じである。
そして、オオスは気が付いた。自身の占星術にて、月に異変ありとの結果が出た。
「月光が生み出す影が大きくなっている。…影が質量を持ち始めている?」
オオスは月で何か起こったことを察した。…だが、まだ先の話である。
それにこれはオオスの推理が正しければ八雲紫の税金の取立だ。
…八雲紫が初対面のオオスに対してしたような。
オオスは随分壮大なことをするものだと紫に感心した。オオスなら怖くてできない。
君子危うきに近寄らずというが、紫に取って危うきに入らないのだろうか。
三秒程考えたオオスは、やはり自分には関係ないとこの異変を放置することにした。
だが、月の賢者にはもうオオスが紫の言う税金を取り立てたのだが。
やはり善良なる一般里人である自分の私的な徴収ではいけなかったかとオオスは反省した。
自力救済禁止の原則は幻想郷でも通じたようである。この諧謔は秀逸だと自画自賛した。
月夜が魔法の森を照らし、瘴気が光を拡散して怪しく輝いていた。
この光景を美しく思うのを同意する者はいないだろうか。
そう思いつつオオスはその日、帰宅した。
この時、オオスは己の気が付いた事象に関してどうするつもりもなかった。
何で偉そうにしている神気取りの、月の連中に好き好んで関わらないといけないのか。
翌日の早朝、霧が立ち込めるオオス家の前に九尾の狐がいた。
正確には九尾の尾を持つ美女である。オオスは行動が早すぎると思った。
せめて数日待ってくれと心の中で叫んだ。オオスも忙しいのだ。
「おはようございます。…そして初めまして。
八雲紫さんの式神とお見受けします。要件は月のことですか?」
オオスは式神へ初手で本題を切り出した。早く終わらせたいがために。
オオスの目の前にいる九尾の狐の正体を知っていた。
昨年の文々。新聞のスキマ妖怪動物虐待記事の写真にあった式神だった。
オオスはその記事をファイリングして取っておいてあった。
八雲家の醜態であるからだ。他人の醜聞程面白いものはない。
それにしても射命丸文はどうやって八雲家に侵入したのだろうか。
オオスは文の謎の行動力と何故消されないのかを偶に考えている。
「…仰る通りです。私は八雲藍と申します。失礼ですが、貴方は本当に人間ですか?」
八雲藍はオオスに返答しつつ、尋ねた。
紫が誘うことが出来れば今回、確定勝利と断言した存在を前に敬いの姿勢を保ちつつ。
紫が断言する存在が、人間にいるはずがないと訝しんでいた。
前に紫から一時観察を命じられていたが、変わった人間ではあった。
その時は藍から見ても人間であった。
だが、今回藍の要件をオオスは初見で見破った。
…藍が来る自体、想定内とでもいう態度だ。
オオスは明らかに人間じゃないと八雲藍は結論づけた。
オオスは何か化けているのだろうかと藍は見破ろうとしとしていた。
一方のオオスは初対面でいきなり失礼なことを言い出した藍に激怒した。
「本当に失礼ですね!私はどこからどう見ても善良なる一般里人ですよ!」
オオスは憤慨して叫んだ。どいつもこいつもオオスを人外扱いし過ぎである。
オオスは素行も振舞いも自分の常識の範囲内である。
…それなのにオオスに対して阿求までもが妖怪より妖怪だとかぬかすのだ。
オオスへの初対面でこれである。藍には躾がなっていない。
紫が藍を躾と評して踏みつけた理由をオオスは納得した。
…文の新聞は捏造記事だったようだ。
実に悪辣な記事だ。躾を虐待と見誤るとは。
もうすぐオオス家へ尋ねて来るであろう、射命丸文に文句をつけようとオオスは決意した。
「ええ…」
藍は困惑した。初見で自分の要件を見抜く奴が人間だとほざいている。
誰にも、藍にすら紫から全容を明かされていない類の謀略である。
オオスの反応は理不尽であると藍は思った。
「いいですか?私は一般里人としてあなた方の税金取立に興味はない。
そう紫さんにお伝えください。何かミスがあればフォローは手伝いますとも」
オオスは幻想郷の人里の住民として最低限のこと以外はしないと宣言してドアを閉めた。
「いや、ちょっと待て!」
藍はドアをこじ開けようとドアノブを掴んだ。
主である紫からも明かされていない事柄まで把握している人間がいてたまるかと思った。
だが、九尾の狐である藍をもってして、何をしてもオオス家の扉は開かなかった。
八雲藍は結局、鴉天狗がオオス家にやって来たので気が付かれない内に去った。
オオスは何だか鴉天狗に文句を言っているようであったが、内容は藍にはわからなかった。
鴉天狗が理不尽だと叫ぶのは聞こえた。藍も同意した。
…詳細はわからないが、何故か鴉天狗に心の底から同意できた。
藍は紫のいる家に戻り、オオスの返答を報告した。
他にも月へ攻め込む賛同者を募っていたが、まず真っ先に報告した。
…主である紫が一番気にしているようだったからだ。
「そう…彼はやはり断ったのね」
紫はオオスの断りを聞き、やはりという反応であった。
「はい。ですが、ミスがあればフォローはするとのことでした」
藍は畏まりつつ紫に補足した。
内心、オオスの言葉で気になることがあったので少々考え込んでいた。
「あら、藍。何かあったのかしら?」
紫は機嫌が良さそうに藍の様子を見て尋ねた。
藍は何故断られたのに嬉しそうなのか気になったが、オオスの言葉を先に答えた。
「…『税金取立に興味はない』とのことでした」
藍はこれが何を意味するのかさっぱりであった。
だが、主である紫ならわかる比喩かと思っていた。
「あははは!本当に何もかもお見通しなのね」
紫は心の底から愉快そうに笑った。こんな愉快そうに笑う紫を藍は久しぶりに見た。
「…あの方は本当に人間なのですか?」
藍は思わず紫に尋ねた。
オオスと名乗る人間は本当に人間にしか見えなかった。
しかし、藍はオオスが妖怪か何かが化けた者だとほぼほぼ確信していた。
「…それ、彼にも尋ねたかしら?」
紫は愉快そうな顔を一変させて、無表情で藍に尋ねてきた。
…何か不味かっただろうかと藍は思った。
「はい。本当に人間かと尋ねたら、すぐに玄関の戸を閉められました」
藍は素直に答えた。式として当然の如く質問に回答した。
しかし、
「…無粋な狐には躾が必要なようね」
紫はそう言って藍へ暗い笑みで近づいて来た。
この展開に藍は既視感があった。…昨年の紅霧異変の前後に似たようなことがあった。
その日、八雲家には狐の悲鳴が木霊した。昨年に続き二度目であった。