永遠亭が薬売りを始めることになった次の日の朝。
オオスは鈴仙を連れて魔法の森を訪れていた。
昨日の話合いの結果、永琳曰く薬屋は歓迎であるとのことだった。
そして、鈴仙が人里で薬の売り子をすると決定した。
なお、その決定を聞いた鈴仙は目に見えて嫌そうにしていた。
…地上人アレルギーとでもいうのだろうか。汚らわしい人間が嫌なようであった。
イラっときたオオスは許可を得て鈴仙を連れ出していた。
善良なる一般里人である自分に慣れさせれば人にも慣れ親しむ感情が芽生えるだろう。
これはオオスの善意であった。…善意である。
兼ねてより、オオスは魔法の森で菜園を設けて栽培と研究していた。
アリスの許可の下、魔法の森の奥地で栽培していた。
オオスはアリスへ対価を支払っているし、成果も分け与えている。
しかし、オオスはアリスには恩義を感じていた。
特に魔理沙にも気が付かれないような場所を教えてくれたことに関してであった。
…オオス一人ではネズミ捕りに奔走する羽目になっていたかもしれない。
今回、オオスと鈴仙は永遠亭で使えそうな薬草を採取しに来た。
迷いの竹林で採れない薬草の類を鈴仙に確認させるために連れて来ていた。
てゐでも良いとオオスは思ったが、鈴仙が主導でやると永琳が言っていた。
オオスとしても結果的に人里のためになるのならば、永琳に是非使用して欲しかった。
オオスより永琳の方が遥かに格上の薬師である。薬草もオオスが使うより本望であろう。
永遠亭とオオスの菜園の契約をどういうものにするかは菜園を見てから後で良いと話してあった。
以前も述べたがオオスは度重なる妖怪の山の不法侵入を行っていた。
そして、春の山菜や薬草の類を集めていた。
山以外のもあるが、一番手付かずの山が素晴らしい薬草の宝庫だった。
それを春の剣『春季光星』の力で育てていた。…瘴気漂う魔法の森で栽培していた。
しかし、瘴気より春季光星の力の方が上回っているので変な副作用はなかった。
でなければ、オオスはアリスに山菜等あげたりはしない。
なお、春季光星はオオスの望まぬ進化をしていた。
春雪異変の際、人里を春にした件で剣の内部にある菖蒲が信仰を得ていた。
オオスはその事実を見逃してしまった。…神秘体験は信仰に成り得る。
雷に当たったが無傷だった動物を守り神として祠を立てる等、人里では行っていた。
…博麗神社の分社を立てるチャンスだと思ったが、オオスは口が裂けても言えなかった。
オオスは春という概念を菖蒲に込め、それを更に剣という祠に収めた。
人里は雪で瀕死に近かった。
オオスがやった行為とその菖蒲はそれを解決した神秘であった。
オオスは神に祈らないので素でそのことを失念していた。
結果として、菖蒲を媒介とした春の剣『春季光星』は守り神と化していた。
下手したら博麗神社より信仰されてしまった可能性があるとオオスは思っている。
元々オオスの魔力を込めて使用し続けた結果、オオス専用の神器みたいな物と化していた。
オオスとしては複雑であるが、この剣は人を楽しませる道具である。神器ではない。
悪意がないとはいえ、信仰されて可哀想にとオオスは春季光星を憐れんでいる。
道具に罪はない。オオスは春季光星を許した。神でないからギリセーフだ。
…オオスは自身が人間でないと思われている一因でもある原因から目を背けた。
話は魔法の森の菜園に戻る。
オオスは鈴仙に薬草を説明していた。春に関する薬草の類は年中採れると力説した。
なお、この菜園は人里へ訪れる可能性がある冬の飢餓対策も兼ねている。
そのため、薬草の他に三代傘等の救荒食物も育てていた。所謂代用食品だ。
あまり人から好まれないような食品に絞り、最低限に留めている。
勿論、アリスへ渡したり、宴会で持って行く等で使う別枠で育ててもいるが。
やり過ぎは人里に取って堕落を齎し害であるとオオスは思っている。
核融合炉があるのに人里へ電気網を敷かないのもその一環である。
オオスは念のために薬草の解説をしていた。
永琳から学んでいるであろう鈴仙に取っては釈迦に説法だろうが念のためだった。
「野蒜は根茎をすりおろして毒虫の刺傷に塗り、小麦粉と練り合わせたものは打撲傷に、全草を煎用すると補血、安眠の効がある」
オオスは春が旬の野蒜の薬効を確認するように述べた。
ちなみにオオスは野蒜を鍋で食べるのが好きである。
「接骨木は陰干しにして煎服すると、風邪の際など発汗の即効薬にもなる。元々筋骨の挫傷等に特効がある」
オオスは隣の接骨木を説明する。
鍵山雛に案内されたところで見つけた接骨木をオオスは後に回収していた。
そして、植えて春季光星の力で一気に育てていた。
幻想郷の概念、春度等はチートであると改めてオオスは思っていた。
「楡は煎用すれば疝気に効がある」
オオスは淡々と説明していく。鈴仙に反応がないのが気になっていた。
なお、疝気とは腰や下腹の内臓が痛む病気のことである。
日本書紀の応神記にある越前のカニビシオは、ニレの辛皮を用いたものだと推測される。
それくらい日本では古くから馴染みのある薬用木である。
「行者大蒜は腹痛や下痢」
オオスはそこまで述べたところで鈴仙の様子がやはりおかしいことに気が付いた。
…まだまだ薬草自体は沢山あるのだが一時中断して鈴仙に発言を促した。
この薬草達はオオスの研究成果である。だが、春季光星の対象となる春の薬草しかない。
菜園には人払いの魔法やら何やらをしているため、魔理沙も不可侵の領域だ。
アリスに一部見せたくらいで、こうやって全体を解放するのは鈴仙が初めてであった。
「何で、こんな瘴気漂うところでこんな状態の良い薬草だらけなんですか!?」
鈴仙が今更なことを叫んだ。
鈴仙はこんな瘴気に満ちた環境で育つ物等、それこそ劇物の類かと思っていた。
鈴仙は永琳から何かしらは必ずあるから行ってこいと命じられていた。
なお、オオスの推測通り永琳はパウトを解析して、オオスの薬学がかなりの物と理解した。
オオスの研究成果の薬草が使えるならばと永琳は念のため鈴仙を派遣していた。
薬の販売をさせるならば鈴仙であり、取引先となるオオスとの関係性を改善させる必要があった。
それ以外にも人見知りの激しい鈴仙にはオオスは劇物だが、良い薬にもなり得るだろう。
永琳はそう考えて鈴仙にオオスへの同行を命じていた。
鈴仙は半信半疑で来た菜園が状態の良い薬草ばかりで驚き、一時呆然としていた。
…つい先ほどのオオスの薬効についての解説は鈴仙も承知している。
鈴仙が何も言い返さなかったのは菜園の充実具合に驚いていたからだった。
「最初に説明しましたよね?薬草育てているから永遠亭で使えないか見てくれないかって」
オオスは鈴仙が黙ってついて来るので了解したものとみなしていた。
なお、実際はオオスにビビって鈴仙は沈黙していただけである。
菜園に入ってからは驚愕で沈黙していたが。鈴仙にとってオオスは天敵過ぎた。
鈴仙にとってオオスとは、兎が狼に対する恐怖以上の存在であった。…邪神に近い。
物語ならば兎は狼を倒せるが、鈴仙にはオオス相手に勝つ光景が想像できなかった。
…オオスの能力は不明だが、鈴仙の能力を素で無効化するとかインチキ過ぎた。
「いや、何かこう、もっと魔法的な不気味な毒物の類が育っているのかと思いました」
鈴仙は思わず素でオオスへ感想を言ってしまった。
鈴仙の中の、驚きを始めとする色んな感情が混ざり合った結果だった。
…ヤバい、怒られると鈴仙は思わず身構えた。
だが、
「それでしたら、奥にある魔法で封鎖された空間で栽培していますよ。見ますか?」
オオスは鈴仙が求めているのが違ったかと鈴仙を案内しようとした。
劇物の類は魔法でよく使う。
オオスも魔法薬の類の、地獄で採れそうな物は魔法で封鎖していた。
…下手したら死にかねないので初回の今回は案内を避けていたのだが。
鈴仙の望みならば解放しようとオオスは呪文を唱え始めた。
当然、オオスは善意でやっている。
「いえ、結構です!」
鈴仙は全力で拒絶した。
「…しかし、良くこの環境で育ちますね。問題とかないんですか?」
そして、薬師見習いとして薬草等に問題ないかオオスに尋ねた。
「問題ありません。自分でまず確認し、その次に里人へ使っていますが効能が増しているくらいです」
オオスは問題ないと鈴仙に言い切った。
なお、効力を増しているのは春季光星の効果のようである。
正直、その辺の理由はオオスもよくわかっていない。…あんまり触れたくなかった。
「人体実験まで済ませているんですね…」
鈴仙は思わず呟いた。
人体実験まで既に済ませていると平然と宣うオオスに永琳を重ねた。
「問題ないのなら、鈴仙さんが見繕って、持って行って貰ってよいですか?」
オオスは鈴仙に早めに行動するように急かした。
あんまり魔法の森に長居して鈴仙の帰りが遅くなると輝夜に怒られそうだからだ。
何故か知らないが、オオスが鈴仙を借りていくと言ったら輝夜が注意してきたのだ。
『兎か?兎が良いのか』という具合だ。オオスには意味が分からない。
「あ、はい。見た感じ他の薬草も大丈夫そうなので少量採取して、師匠に確認しますね」
鈴仙はそう言ってオオスの育てた薬草を採取し始めた。
薬師見習いとしてオオスの薬草の所見に内心驚いた。
鈴仙はオオスが優れた薬師だと確信した。…あの毒物然としたパウトはどうかと思うが。
オオスがこれらの知識と知見をどこで学んだのか気になったが、鈴仙はまだ怖くて聞けない。
しかしながら、薬師という共通の話題を見つけた鈴仙とオオスの関係は少し改善した。
鈴仙は天敵のオオスがまだ怖いが、それでも薬師としての会話ならできるようになった。
…オオスとの関係に改善が見られた結果、鈴仙は輝夜に何があったか問い詰められた。
後日、永遠亭の近くでうさ耳をした輝夜をオオスは発見した。本当に偶々である。
輝夜からはやっちまった感が漂っていた。オオスがいることにも気が付いていないようだ。
オオスは何も見なかったことにしてすぐにその場を後にした。
…オオスにも慈悲の心はあった。