桜の花に緑が見え始めた春の終わり。その日は雨が降り注いでいた。
魔理沙と霊夢は香霖堂に入り浸っていた。
正確には、二人して香霖堂に訪れた途端に雨が降り始め、雨宿りをしていた。
「…この雨では花見は無理ね」
霊夢はポツリと溢した。
今年最後の花見をしようと思っていたのだが、お天道様はそれを許してくれないようだ。
霊夢はガッカリしていた。
「香霖ん所で茶を飲んでも仕方がないぜ」
魔理沙は霊夢に発破をかけるように言った。
「店主の前でその言い草はないんじゃないか?魔理沙」
香霖堂の店主は魔理沙の言い草に思わずと言った感じで口を挟んだ。
黙って聞いていれば酷い言われようであった。
白髪のショートボブに瞳の色は金色で眼鏡をかけているその男の名は森近霖之助。
黒と青の左右非対称のツートンカラーをした洋服と和服の特徴を持つ服を着ていた。
香霖堂の店主である。
かつて霧雨魔理沙の実家霧雨商店で働いていた半妖であり、魔理沙の幼馴染であった。
…とはいえ年齢はかなり離れてはいる。
霖之助は姿こそ若いが博麗大結界成立以前から生きている長寿の半妖であった。
魔理沙達とは年の離れた兄のような態度で接する数少ない人物である。
そして、あるお得意様曰く、物を売る気のない店の店主であった。
「雨やまないかしら…」
霊夢は魔理沙の言うことを無視して店の窓から天気を見ていた。
「…あいつなら天気くらい変えられるんじゃないか?」
魔理沙は霊夢があんまりなのでぼそりと呟いた。
だが、
「そんなこと言うとまたあいつが異変を起こすから止めてよ!」
霊夢は即座に立ち直った。噂をすればあいつはやるのだ。
「あいつってのはいただけないな。誰の事かわからないけど」
霖之助は二人を窘めた。誰かは知らないがそういう言い方は良くないと思った。
「ああ、そうか。香霖は知らないか。オオスって奴なんだが」
魔理沙は霖之助に説明した。碌な事をしない人間か怪しい存在である。
二人してあいつ呼ばわりしていた。悪意はないが、他に適切な言葉が思いつかない。
多少ぞんざいに扱う呼び方で十分だと二人は思っている。
そして、
「ああ、アイツか…」
霖之助も納得した。自らをしてあいつ扱いが妥当な人間を思い出す。
「おい」
魔理沙は霖之助にツッコんだ。自分で注意しておいて早速前言を翻していた。
「あら、霖之助さん。あいつと知り合いなのかしら?」
霊夢は興味を持ったようである。よくよく考えれば魔法の森に頻出するという話である。
香霖堂は魔法の森の手前に構えている。接触する機会は幾らでもあっただろうと推測した。
「ああ、お得意様だよ。だが、ケチ…という言い方は語弊があるが兎に角、酷いんだ」
霖之助は雨宿りのついでに話でもしようと、否、愚痴を溢そうとした。
「…一度もあったことないぜ。ここで」
魔理沙は頻繁に出入りする空間にオオスがお得意様と言われる程尋ねていたことに驚いた。
「ケチってお金払わないの?」
霊夢は霖之助に尋ねた。
「君じゃないんだから。…寧ろ金払いは気前が良いんだ」
霖之助はツケで済ませる霊夢を叱咤しつつも否定した。
「じゃあ、どういうことだ?」
魔理沙は尋ねた。ケチという言葉の意味が今一つ掴めない。
「…ここにある道具の使い方を知っているのに教えないんだ。
そして、何故教えないかと尋ねると教えたら売らなくなるとか言うんだよ」
霖之助はそう言って酷いだろうと言わんばかりの態度をとった。
だが、
「「ああー…」」
魔理沙と霊夢は納得した。霖之助なら非売品にする。
ケチというか当然の反応だと思った。この件に関してはだが。
霖之助の店、香霖堂は外の世界から流れつく物や魔道具などを扱う店である。
森近霖之助は道具の名前と用途がわかる能力を持つが、使い方まではわからない。
霖之助は使い方を調べてわかったら自分が使う非売品としてしまう悪癖があった。
そのため、売上は紅魔館等で使用される外来のティーセット等が主である。
外来品でも日用品ばかり売れている。使い道が誰にでもわかるような道具である。
魔道具や古道具も一応売れているが、魔理沙達がその現場を見る事は少ない。
霖之助は外の世界の主に機械の類等に興味を抱いていた。
パソコンに携帯型音楽再生機、テレビジョン等々である。
オオスはそれらの使い方どころか修理方法まで熟知していた。
霖之助は毎回使い方だけでも教えろとオオスに言うが、霖之助は教えたら売らないだろうと躱される。
「…これとかって使い道のない箱だよな」
魔理沙はパソコンを足で軽く小突いた。
オオスが買うとは思えなかった。
魔理沙も式神の類と聞いて一度持って行ったが返却するくらいには使い物にならないただの箱であった。
「ああ、それ売り物なんだからやめておくれよ」
霖之助は魔理沙に辞めるように言った。
「あら、これ売れるの?」
霊夢は不思議そうにパソコンを見て言った。
前に霖之助から式神みたいな物と言われたことを思い出すが、うんともすんとも言わない。
魔理沙が一度持って行ったが、即返すくらいには使い道がない。
霊夢からすれば、あの魔理沙が物を返すくらいには相当にアレなものである。
「…そのパソコンを買っていくんだよ。何でも改造して作り直すとか何とか」
霖之助は悔しそうな声と顔をして言った。
…そこまでわかっていながら何故自分へ使い方を教えないのかと珍しく苛立ちを見せていた。
なお、霖之助は使い方がわかるようになったら当然売らない。
霖之助はパソコンを使いこなせるようになりたいのだ。
だからこそ荷物になるのを我慢して無縁塚から度々持ってきていた。
「ん?あれ、これって外の世界の…」
魔理沙がオオスに関して重要なことに気が付きかけたその時、
「ああー!!」
霊夢が叫んだ。
「ど、どうした霊夢?」
魔理沙は思考を中断し、霊夢に尋ねた。
「あれ、見てよ!あれ!」
霊夢は魔理沙に窓の外を見るように叫んだ。
「…っておい。これ明らかにおかしいだろう」
魔理沙は思わずツッコんだ。
「どれどれ…ああ、これは…」
霖之助も霊夢と魔理沙の反応に納得した。
博麗神社だけ快晴になっていた。他は土砂降りなのに、である。
「…紅魔館が天候を操作できるのは予め仕組みがあるからだ。
だから、これはパチュリーの仕業ではないな。多分だが」
魔理沙は冷静に分析した。
パチュリーなら可能だろうが、こんなことをする理由もない。
「あいつ!性懲りもなくまた異変起こしたわ!!」
霊夢はそう言って香霖堂を飛び出して行った。
「おい、待てよ霊夢!」
魔理沙は霊夢を追いかけた。
魔理沙も霊夢も雨の中気にもせずに飛び出していった。
「…せめてお茶位下げて行って欲しいんだが」
霖之助はやれやれと呆れて呟いた。
霖之助は桜を見に行くつもりはない。店から出ないで外を観察するのが好きなのだ。
だが、
「雨が止んで良かった。形はどうあれ二人とも元気を取り戻したようだ」
霖之助は秘匿しない秘密主義者の常連に感謝の言葉を述べた。
香霖堂の周りはまだ雨が降り続いていた。
しかし、先ほどよりは雨は弱まっているようだと霖之助は感じた。