初夏の魔法の森でオオスは菜園で実験を行っていた。
この日は月の事など考えないオオス独自の研究であった。
「これで良かったかしら?」
ルナチャイルドはオオスにそう言った。持って来た植物をその場に置いた。
その瞬間、うねうねと触手を振り回した人食い花はオオスを捕食しようと飛び掛かった。
「ありがとうございます」
オオスはルナに感謝をした。それは優雅な礼であった。
そして、
「…黙れ」
オオスは人食い花に凄んだ。その瞬間、周囲の温度が一気に冷え込んだようにルナは感じた。
「キシャー!…ヒギィ!」
人食い花、否、人食い朝顔はオオスに怖気づき、震えて縮こまってしまった。
オオスは"寒い"とルナは改めて思った。
…温度ではない何か別の寒さをオオスは持っていた。
奇しくも、初対面のチルノも同じことを思って、オオスを幽霊扱いしていた。
今でもオオスを人間ではない何かとして大いに親しんでいるが。
…オオスは人間だと主張するのを妖精に関してはもう諦めた。
オオス以外からすればそれは自業自得であった。
「…怖いからそれ辞めて貰えないかしら?」
ルナはオオスにツッコんだ。人食い朝顔を怯ませた"何か"を出すのを控えて欲しかった。
…オオスは自身を人間と言うが無理があるとルナは改めて思った。
「ああ、失礼を。しかし、面白い朝顔ですよね。これ」
オオスは自分に襲い掛かって来た人食い朝顔に蹴りを入れ、今後の躾を行いつつ言った。
オオスは山菜等ではない魔法の森の動植物を研究していた。
夏に咲く、今の人食い朝顔や魔法スイカ等である。
他の三妖精、サニーミルクには今魔法スイカを探してもらっていた。
化け物染みた大きさのスイカであり、木の上になっている。
オオスが持ち運ぶには少々キツイ大きさだった。…妖精達は平然と持ち運べるのだが。
オオスは妖精達が動植物に関して本来の力以上の何かで持ち上げてられると推測している。
しかし、そこはまだ不明瞭な部分であった。
流石のオオスも妖精を解剖するような真似はしない。
スターサファイアには化け物カブトムシやクワガタを探してもらっている。
その角は下手したら死ぬ鋭さを持つ。オオスとしても興味深い成長であった。
リグル・ナイトバグやエタニティラルバに頼めば早いだろうが、オオスの実験での精神衛生面を考え頼むのは控えていた。
リグルは妖怪ではあるが、オオスのバイトをしてもらうこともあった。
昆虫を殺さない範囲内である。今回の実験ではそれが保証できないのでオオスは控えていた。ラルバも同様の理由であった。
なお、オオスはラルバから鱗粉を分けて貰ったり、逆に冬篭りをするラルバに協力したりしていた。
その異様な光景は初日の鈴仙に、オオスが危なくて見せなかった類の物であった。
オオスは魔法の森の固有植物を研究することで、魔法の森のメカニズムを研究していた。
「うん。やはりそうか」
オオスはルナの持って来た人食い朝顔と自分が採取した人食い朝顔を比較して気が付いた。
「化け物茸等の瘴気と妖精の力によって魔法の森の動植物は変異している」
オオスは自身の研究の結論が出た。
自身の魔法の森の環境への推論が正しいことが証明された。
「…どういうことかしら?」
ルナはオオスが何を言いたいのかわからないので聞いた。
実に素直な疑問であるとオオスは思った。微笑ましい限りである。
「要するに妖精って凄いなってことです」
オオスは本心からルナへ言った。
「そうよね!妖精って凄いわよね!」
ルナはオオスの反応に喜びの声をあげた。
オオスが本心から妖精を褒めたことにルナは嬉しさのあまり踊っていた。
オオスは兼ねてより様々な大勢の妖精達を雇い実験を行っていた。
妖精達も簡単にでき、気軽なバイトとしてオオスの実験に参加していた。
魔理沙からは妖精程度に大金を使って等と不思議な顔をされていた。
だが、オオスは外の世界で見ない妖精という存在に興味を抱いていた。
例えば、オオスが幻想郷に来て間もなく出会ったチルノである。
チルノのスペルカード凍符「パーフェクトフリーズ」は熱力学の法則を無視していた。
チルノから妖精について聞いたオオスは、初期段階から妖精を研究していた。
妖精そのものの研究は外の世界から、全く妖精を知らないオオスしか研究していなかった。
稗田阿求は妖精に恨みでもあるのか妖精を虐める方法論の本を書いていた。
妖怪等の脅威を書く阿求は、オオスの求めている知識との食い違いが多々あった。
阿求は妖精虐めのサディストであるとオオスが指摘したら『お前が言うな』と怒られた。
他にも、妖精は動植物を感情によって急激に育てることも可能だった。
それを証明するかのように幻想郷にある大樹には大抵妖精が住んでいる。
ある妖精は樹に構えた自宅で酒盛りをしていたら蔦で玄関が封鎖され、オオスへ助けを求めて来たことがあった。
妖精曰く、酒を飲みテンションが上がったせいであると言っていた。
オオスは魔法炉で自宅を燃やさない程度に加減して、玄関を開けた。
そして、興味深い事例として蔦の一部を妖精から貰い受け、自宅の地下室で分析をした。
結果、オオスが回収した蔦と普通の蔦は何ら変わらないものだった。
…幻想郷在住の研究者ならばここで研究を辞めるが、オオスは更に踏み込んだ。
妖精の力は植物を異常に成長させる力、生命の力である。
薬や食物等、大幅に時間を短縮させることが可能であるとオオスは確信した。
飢餓対策に成り得る力だとオオスは悟り、研究を重ねていた。
…春雪異変の時にはその研究が大いに役に立っていた。
飢餓に苦しむ里人に金だけでなく、食料店にオオスはため込んだ研究成果を放出した。
その時はまだ魔法の森で研究していたわけではないので、多くは出せなかったが。
アリスと仲良くなり、魔法の森で本格的に栽培研究をするのは春雪異変の後であった。
大抵の人々はたかが妖精と軽んじていたが、オオスは結果的に人々を救う事ができた。
…どうにもオオスしか妖精の真の価値を見出していない様であった。
外と幻想郷を比較できる八雲紫クラスになればまた見解が異なるだろうが。
オオスとしては知見を交わしたいところではあるが、相手は幻想郷の賢者である。
オオスが私的に呼び出しては紫も不快だろうと思っていた。
なお、実際のところは、八雲紫は呼ばれればすぐに出てくるのだがオオスは知らない。
パチュリーだけは精霊魔法の関係でオオスの妖精研究に興味を持ってくれた。
しかし、あくまで魔法の範疇だった。
妖精は妖精であり、それを活用するには不安定だとパチュリーは見なしていた。
思えば紅霧異変時に仲良くなったのも妖精から魔法へ話が飛んだためであった。
少なくともオオスはそう考えている。
オオスはパチュリーが魔法を曜日に合わせているのは不安定さよりも安定を取っているためかと尋ねた。
月・火・水・木・金・土・日。パチュリーは曜日に合わせた魔法を使用するようにしていた。
オオスの問にパチュリーは食いついてきた。そして、仲良くなったのだ。
オオスはレミリアが起こした紅霧異変のときのことを回想していた。
オオスは紅魔館の謁見室にて、レミリアに対して見事な紙芝居と芸をした。
レミリアからはその対価として何かあるかとオオスは聞かれていた。
咲夜が側に控えていた。
オオスは咲夜に突然拉致され、足枷がされていた。
そして、来て早々に今から主人に会わせるから芸をやれである。
…そんな酷い状況の中でオオスはレミリアに対し、芸をやり切っていた。
「では、図書館を少し見せて貰っても良いですか?」
オオスはレミリアにお願いした。
これくらいが妥当な対価だろうとオオスは思った。
レミリアの性格を分析し終えたオオスはそう結論付けた。
帰った際、人里へ紅霧が来た際の応急処置手段の確保にオオスは切り替えた。
オオスが来た時にはまだ紅い霧は人里にまで到達していなかった。
レミリアの能力を解析したとしても、無効化までしては悪目立ちしてしまう。
…今度はオオスの立場が危うくなる。だが、いい機会でもあった。
この時のオオスは暗躍するが、誰かを磔にしたりしない里人として振る舞っていた。
オオスはレミリアの我儘のせいで計画の大幅な修正を求められていた。
異変を起こした吸血鬼から拉致監禁ではもう目立つ。
故に、オオスは多少自身の枷を外すことにした。
「あら…この異変を止めてくれとか言うのかと思っていたわ」
レミリアは人間風情が弁えていると嗤ってオオスにそう言った。
オオスはレミリアの態度にイラっときた。…もうこいつボコしてしまおう。
オオスは決意した。慈悲はない。
「いや、辞める気がないのに私がそれを言っても不快になられるだけでしょう?」
オオスはレミリアにそう返した。内心の苛立ちは全く見せない。
「人間の立場という物を理解しているようで何よりだわ」
レミリアはオオスの態度にご満悦であり、嗤っていた。
だが、レミリアは図書館で喘息の発作で倒れているパチュリーを見つけた。
レミリアは慌てていた。
…パチュリーはこれまでにない程苦しそうであった。
そして、オオスは即座に見知らぬ女性に駆け寄った。オオスは喘息の応急手当は慣れていた。
「深く吸って、吐いてください」
拉致されたオオスは見知らぬ紫髪の女性の喘息への応急手当をしようとした。
だが、
「ちょっと、スカーレットさん!この空気何ですか!」
オオスはレミリアに激怒した。
この図書館は空気が悪過ぎた。喘息はレミリアのせいであるとオオスは断言できた。
「喘息患者がいるのに杜撰過ぎる!中までやってはダメでしょう!…人里に霧を撒く方がまだ理性的だ」
オオスはレミリアに啖呵を切った。
レミリアの異変が紅魔館内部に一部入り込み、女性の喘息を悪化させていた。
「ええ…」
レミリアはいきなりキレだした紙芝居屋、オオスの豹変ぶりに困惑した。
人里にばら撒く方がマシだとかぬかしている。コイツは本当に人間なんだろうかと思った。
「あなたの能力は鉱石に近い霧を発生させることも可能なんですよね?」
オオスはレミリアに詰め寄った。オオスはもうなりふり構わない。
…治せる患者がいるのだから、オオスの命等知ったことではない。
「ええ。…ってちょっと待って!何でわかるのよ!?」
レミリアは頷きつつも、人間風情が初見でレミリアの霧の本質を見破ったことに叫んだ。
「喘息というのは瘴気によっても悪化します。…ああ、もう私がやります」
オオスは説明を切り上げた。レミリアと話していても埒が明かない。
オオスは懐からペンを取り出し、魔法陣を描き出した。
…ついでに媒介として、自身の血も使った。
「嘔吐の魔法陣…この場合は霧のために悪化している。故にこれが最適」
オオスは原因を分析して—正確にはまだ未解析の—現状での最善を尽くした。
本来使用する魔法石の代わりに普通の本にオオスの魔力を込めて、四方に投擲した。
「ちょっと何しているのよ!?」
レミリアはオオスの勝手な行為に叫んだ。
オオスは床に謎の文字列を書き込んだかと思ったら本に落書きしてあちこちにぶん投げていた。
レミリア以外からもわけがわからない光景だった。
「治療です!私の魔力はこの方よりどう考えても少ない。一時的な応急手当です」
オオスは治療と言い切った。
専門家不在でオオスの行為は訳が分からないだろうと思うが、説明している暇がなかった。
オオスが使用したのは嘔吐の魔法陣と呼ばれる物だった。
かなり悪質な類の魔法陣であるが、今回は善の方へ転換して使用していた。
オオスは自身の知識から善も悪になれば逆も然りだと知っていた。
「ああ、妖精メイドさん達は下がった方が良いかも。…図書館が吐しゃ物塗れになります」
オオスはレミリアに何でもないように伝えた。…妖精なら吐く。
「メイド達!急いで逃げなさい!!」
レミリアは状況が分からないながらも、吐しゃ物と聞きメイドを全員避難させた。
そんな汚い物をばら撒かれたら洒落にならない。
「完成しました。応急手当なので問題ありませんね!」
オオスはレミリアに確認のために叫んだ。
「問題大ありよ!」
レミリアは漸く理性を取り戻して叫んだ。
…目の前の男は、これが治療だと言う。レミリアはふざけるなと思った。
「この…人間が調子に…!」
レミリアはオオスのなりふり構わなさに激怒しつつあった。
だが、
「レミィ…」
オオスが介抱していた女性がレミリアの愛称を呼んだ。
「パチェ!…大丈夫かしら?こいつ今すぐ片づけるから」
レミリアはオオスを排除して、自身で手当をさせようとした。
「…誰かはわからないけど。最善ね」
パチュリーはそう呟いた。
パチュリーはオオスの術式を一瞬で理解した。
パチュリーからみて男はレミリアの能力とパチュリーの魔力を推測して魔法陣を即席で作り上げていた。
そして、悪質な魔法すら、応用する能力を持っていた。
…どうやら同業者のようだとパチュリーは悟った。
「…レミィも止めないでくれると…ゴホッ、ゲホッ!」
パチュリーはレミリアに邪魔しないように言った。
パチュリーは目が霞んでいて、魔力でしか物を判別できない状態だった。
…声から男だと言う事以外、相手が何者かはわからない。
だが、今のパチュリーには喘息を治すものとして最適に近い。
魔法ならパチュリーはこの紅魔館にいる誰よりも詳しい。男の魔法陣の看破等朝飯前であった。
「…聞きましたか?素人が私の治療に口出ししないでいただきたい!」
オオスはパチュリーの言質を取ってレミリアに向かって言った。
オオスの行為を一瞬で見破られたので、目の前の女性が高位の魔法使いだと確信した。
最も、保有する魔力からオオスはわかっていたが。
「…わかったわ」
レミリアはオオスの迫力に気をされ、渋々認めて引き下がった。
…友であるパチュリーを救おうとした行為と理解したのもある。
オオスはそこで一瞬、息を止めた。またしても一瞬で現れた。
メイドの能力を完全に理解した。
「…退避は完了しているようで。時間停止ですねこれは」
オオスは目の前のメイドに言った。
オオスは時間対策がまだ不十分であった。ギリギリ間に合ったかとオオスは悟った。
…パチェとか言う女性のお陰でオオスは助かった。殺されても仕方がない状況だった。
「…私も下がった方が良いかしら?」
メイド、咲夜はオオスに突きつけたナイフをしまいつつも、尋ねた。
…主であるレミリアが止めたからだ。
「…貴方には効かないでしょう。私にも効かない程度に調整してありますので!」
オオスはそう断言した。オオスの魔力はそこまで多くは無い。
オオスは魔法陣を発動させた。
強力な防護の円か東西南北に投擲された本を軸に発動した。
…その瞬間、レミリアの霧が霧散し、パチュリーの肺から喘息の原因が取り除かれた。
パチュリーは喘息が取り除かれ、視界が良好になり、治療してくれた男に礼を言うことにした。
だが、
「…何かまだ具合が悪かったですか?」
不思議そうに男はパチュリーの様子を見て尋ねた。
パチュリーはそれどころではなかった。
男は今にも消えそうな程儚く美しかった。…パチュリーがそれまで見たことがない程に。
パチュリーは言葉に詰まってしまった。パチュリーのそれは喘息が原因ではなかった。