嘘つき探偵と幻想郷   作:kohet(旧名コヘヘ)

9 / 235
胡散臭いわね。人から良く言われないかしら

夕暮れ時の博麗神社の石段を男が下って行く。

博麗神社の高く長い階段を下りて行く様子は朝と夜の境界を下っているように見えた。

男は手には何も持っておらず帰り道だとわかる。

しかし、それとは別に何かを暗示するような印象を見る者に抱かせていた。

 

「Optavi Dacos tenere casos, tenui.」

(ダキア人の死体を欲し、叶えられた)

男が歌う。聞く人が聞けばその歌はラテン語とわかるだろう。

この歌はある無名の英雄の歌。最も有名な無名の墓標。

 

「Optavi in sella pacis residere, sedi.」

(平和をもたらす長官の椅子に就きたいと欲し、叶えられた)

男は笑う。その目には何が映るのか。墓の主の地位か名誉か、それとも別か。

 

「Optavi claros sequi triumpjos, factum.」

(凱旋式を歩みたいと欲し、叶えられた)

誰もいないときにこそこの歌は相応しいと男は思う。だから静かに口ずさむように降りていく。

 

「Ortavi primi commode plena pili, habui.」

(首席百人隊長の栄誉を欲し、叶えられた)

この歌の主を思い男は歌う。栄誉とは何なのか考えながら。…墓に書いて逝くことなのだろうか。

 

「Optavi nudas videre Nymphas, vidi.」

(ニンフの裸体を見たいと欲し、叶えられた)

男は笑う。この歌を捧げる対象には最後の部分は余計だと。だが、それもそれで人間らしいと思っていた。

 

 

「あらあら、随分な歌ですこと」

何もいない空間から声がする。

 

すると、突然隙間から何かが出てきた。

出てきたのは特出することのない人間の少女のように見えた。だが、絶世の美少女だ。

髪は金髪ロング。毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいる。

それに紫にフリルのついたドレスが一輪の花を思い起こさせる。

 

「初めまして八雲紫さん。私の名前は×××××と申します」

男は淑女を迎えた紳士のように首を垂れる。

普段名乗っているのとは別の名前で。偽りの名は隅に置く。

 

「あら、名前が違うのではなくて?」

まるでおかしいものを聞いたかのように少女は笑う。偽りの方が真実になりつつある。それ故に名乗る意味は薄くなっている。

 

「偽名とわかっている相手にそれを名乗る程不誠実ではないのですよ」

男は紫に苦笑して言う。自分の普段の名乗りこそ不誠実だと自嘲しているようだ。

 

「知らない名前ねえ…。だから先ほどの歌なのかしら?」

紫は先ほどの歌の理由を尋ねる。男が名もなき英雄と自称するような人物でないと知りつつも。

 

「今のは別の人に贈った歌ですよ。適当な」

男は適当に歌ったと語る。男からすれば最後以外は適当であり、適切だ。

聞かれて理解出来る者にだけ届けば良い。最悪自分だけでも良い。

 

「あなたにとって適当な、ね。」

紫は扇で口を隠して言う。男は霊夢の扱いについて苦言を呈しているようだ。

そして、紫が博麗神社の帰り道で盗み聞きするのも想定して歌っていたと悟る。

 

「私も随分、嫌われたものね。悲しいわ」

盗み聞きをするようなはしたない女と思われて悲しいと嘘泣きをする。

紫の推測が正しいと仮定し、男の身の上を考えれば嫌われても仕方がないのだが。

 

「いやいや、とんでもない。まさか計算外であなたの枠に入ってしまった。

 そうでしょう?なのであれば自業自得。信仰がない故の過ちは自分にあります」

男は紫の言外の意図を汲み取って自業自得だから気にするなという。

一歩間違えていれば、紫のせいで“永遠の地獄”を彷徨うことになったと男が知っているとは思えない程に真摯な姿勢であった。

 

「無神論の極みなのかしら?霊夢がいないときにわざわざ礼の品を届けるなんて」

男がその話を望んでいないと悟り、紫は話題を敢えて逸らした。

その方が互いに建設的であるという打算もあった。

 

「霊夢さんには色々と言いたいことはありますが、私は嫌われたものでして。

 それと無神論は違いますね。神がいることは認めても信じることはまた別なのですよ」

フランドールの件で会ったときに霊夢が露骨に嫌そうな顔をして男は大分堪えたようだ。

紫の思っている“永遠の地獄”は暗にわかっているが、どうでも良いと言外に言っている。

いくら身の上を想像したとしても紫は男の正気を疑った。

 

「胡散臭いわね。人から良く言われないかしら?」

紫の心の底からの言葉だった。…自分も普段から胡散臭いと言われているがそれはそれとして。

 

「…失礼ながらあなたも大概では?」

男は本当に失礼なことを言う。眼の前の女性は胡散臭い雰囲気を醸し出している。…半分わざとで半分素であろうが。

 

「まぁ!何て失礼なのでしょう!私は幻想郷一愛されている女ですわ」

紫は男の発言を躱す。だが、この発言からして胡散臭い。

 

「…辞めませんか、この話。お互いに傷つきます」

男は紫に言う。少しげんなりしたようだ。

非生産的な事も偶には良いが、今回の場合は傷つくだけで何もない。

 

「…ええ、そうね。自分で言っていて虚しくなってきましたわ」

紫も自己嫌悪が入ったようで男に同意した。

 

「後、私は決してあなたが嫌いなわけではありませんよ。

 大体、会ったこともない人を嫌うのは失礼というものです」

男は真摯に正論を述べる。それは心からの発言に見えた。

 

「あら、殊勝な心掛けね。言うのは容易くとも実践しているのは中々いませんわ」

紫は言外に本当かしらと男に尋ねる。意地の悪い感情も含めている。

 

「会った結果反吐が出る程嫌いになった神擬きはいますがね。

 恐らくあなたが想像している自称神ですよ。何度肥溜めに突っ込んだことか」

男も聖人君子ではないですよと言外に示す。ついでにしれっととんでもないことを言い出した。

 

「…あなたの正体が気になってきたのですけど、それは無粋ね」

紫が知る無貌の神ならば恐ろしいとかそういう次元ではないことを男がしたことになる。

男が何者なのか気にはなったが、逆説的に男がその神自身であるという最悪の可能性は紫の中で完全に消えた。

 

だからこそ、八雲紫は幻想郷を創った賢者の一人として男に宣言した。

 

「幻想郷へようこそ。幻想郷は全てを受け入れるのよ」

その姿はまるで慈悲深き女神のように神々しいものであった。

 

「『それはそれは残酷な話ですわ』」

男が茶化して言う。男が“八雲紫”という人格と頭脳を想定して言うだろう言葉だった。

 

「…人のセリフを取らないでくれるかしら」

紫は露骨に嫌そうな顔をする。カチンときたようだ。

 

「フフフ。初めて素を見せてくださいましたね」

男は紫の正体を見破り愉快極まりないようだ。

何もわからないよりは一部でも見せてくれた方が風情があると思っている。

 

「…一本取られましたわ。だけど」

紫は一本取られたことを認める。

 

だが、この幻想郷には絶対不変のルールがあった。

瞬間、男に膨大な妖力が降り注いだ。

 

「恐れを知らぬように見せかけるのはよろしくなくてよ」

八雲紫は妖怪として幻想郷のルールを男に叩きつける。

人は妖怪を恐れなければならない。それがこの幻想郷の絶対不変のルールである。

男は紫の重圧のためか呆然としてしまったようだ。

 

「…こちらも一本取られましたね。あなたは実に良い方のようだ」

男は紫に敗北を宣言する。そして、感謝を述べた。

 

「初めて言葉に詰ったわね。そう思うのならばもう少し違った反応をすべきよ」

紫は愉快そうに笑う。だが、男が屈しない様子に多少不満が残ったようだ。

 

「いやはや、申し訳ありません。後、言葉に詰まったのはご期待に沿えぬものだったかと」

男は紫の不安を煽るような言葉を述べる。だが、その顔に愉悦はなく真摯なものがあった。

 

「演技が下手と笑っているのかしら?」

そうではないとわかりつつ男から言葉を引き出そうとする。

 

「いえいえ。私は未熟な身故に御身の羞花閉月というお姿に見惚れていただけです」

男は重圧よりも紫に見惚れていた。率直な言葉を紫に伝えた。

 

「…そういうのはもう少し。いえ、今日はもう遅いわね」

紫もまさかの男の言葉に詰まってしまった。同類かと思ったら違う一面を見せてくるのは狡い。

男が“素”で言っているらしいのが余計反応に困った。

 

 

その後、二言三言、紫と男は話をし、気が付けば夕暮れどころか夜になってしまっていた。

 

「では、またお会いしましょう」

紫が男に告げる。隙間を開き自宅へと帰るために。

 

「ええ、ではまた」

男は最初と同じく首を垂れる。隙間に紫が消えるまで。

 

 

 

 

 

「ただいま藍」

自宅に帰った紫は出向に来た式神“八雲藍”に帰還を伝える。

 

「お帰りなさいませ。紫様」

出迎えた式神、八雲藍は金髪のショートボブに金色の瞳を持つ傾国の美女とも呼べる容姿をしていた。

その頭には角のように二本の帽を被っている。この尖がりの中には狐耳がしまわれている。

服装は古代道教の法師が着ているような服で、長袖ロングスカートの服に青い前掛けを被せている。腰からは金色の狐の尾が九つ、扇状に伸びていることからわかるようにその正体は九尾の狐である。

それを式神にするという事実は八雲紫の強大な力を示すものの一つでもある。

 

「…紫様?どうかなさいましたか?」

主人の返事がないことに藍は声をかける。

 

「…いえ、何でもないわ。それと彼についてはもう見張らなくて良いわ」

紫は藍に返事をする。紫はオオスが幻想郷に取って害を為す存在かどうかを見張らせていた。

結果、危険がなさそうであることはわかっていた。

 

上白沢慧音の愚痴に付き合わされたり、妖精の機嫌を取ったり、吸血鬼を嬉々として愉悦する等していたが善良な性格だとわかっていた。一応、確認のために紫が行ったのだった。

…もっとも、紫に見張られていることにオオスは気が付いていたようだが。

 

「は、はぁ…わかりました」

藍は紫の命に同意するが、何か言いたいことがありそうだ。

 

「何かしら?藍?」

自分の判断に不足があったか一抹の懸念が脳裡をよぎる。直接話してないと思ったが。

 

「いえ、それは良いのですが。紫様、お顔が赤いですがどうかなさいましたか?」

藍はどうでも良いことを言った。紫はそう思った。無粋な式神は教育しなければならないだろう。

 

「…無粋な狐には躾が必要なようね」

その日、八雲家には狐の悲鳴が木霊した。一羽の烏が闇夜に鳴いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。