中秋の名月の日、オオスは冥界の白玉楼にて幽々子達と月見をしていた。
幽々子とオオスは縁側に腰掛け、月見団子を食べながら雨の夜空を眺めていた。
妖夢は何故雨なのに二人して空を眺めているのか疑問だった。
…二人とも月がないのにちっとも残念そうではないのだ。妖夢には意味が分からない。
そんな妖夢の様子を見てオオスは呆れたような顔をした。
…妖夢はイラっと来たが、客人なので斬るわけにもいかなかった。
「月々に、月見る月は、多けれど、月見る月は、この月の月」
オオスは変な歌を歌い出した。
…月を何度も繰り返しているが妖夢には何のことかさっぱりだ。
「毎月のように月を鑑賞する月がありますが、名月を見る月といえばまさに今月のこの月ですよねぇ」
オオスは幽々子に語り掛けた。…雨のこの空が良いと言わんばかりだ。
「そうよねぇ」
主である幽々子もそれに同意していた。
「…雨なんですけど」
妖夢は二人に指摘した。どうみても月見日和ではない。
「だから良いんではないですか」
オオスは妖夢に心底呆れたという顔をした。
「何故、丸い餅なのか考えてみれば風情がわかるものですよ」
オオスは妖夢にそう言って月見団子を頬張った。
「雨月の楽しみがわからないのは悲しいわね」
幽々子もオオスに同意して月見団子を頬張った。
…妖夢は月見団子がこのままではなくなるのではないかと思った。
「…二人して何のことを言っているのですか?」
妖夢は月見団子を守るためにも二人へ尋ねた。
しかし、
「雨と悲しみをかけているのは流石ですね」
オオスは妖夢の言葉を無視して幽々子に賞賛の言葉を述べた。
…妖夢には意味がわからなかった。
「妖夢もこれくらい返せないと駄目よ」
幽々子はオオスの返しに嬉しそうに微笑み、妖夢に言った。
「は、はぁ」
妖夢は困惑した。…さっきから本当に意味が分からない。
「…太陰太陽暦の8月はそもそも雨が多い季節柄なんですよ」
オオスは妖夢に何か説明しだした。
妖夢には雨の多い季節に名月とは意味が無いのではないかと思った。
…幽々子がため息をついた。妖夢の反応に呆れたようだ。
「月が見られないからこそ、想像する月の美しさを感じるのです」
オオスは妖夢にそう締めくくった。
「苦し紛れの楽しみ方では?」
妖夢はオオスの言う意味がわからないのでそう言った。
…雨で月を見られない苦肉の策としか思えないのだが。
「昔の人は実物よりも想像の方が何倍も大きくて何倍も美しいって経験で知っていたのよ」
幽々子はオオスに補足するように妖夢に説明し出した。
…これでは幽々子が二人いるようだと妖夢は改めて思った。
「月に叢雲花に風という妖夢さんの考え方はこの雨月の前には無粋なのですよ」
オオスは何やら言っているが、妖夢にはチンプンカンプンである。
…日本語と認識できない。
「ええと…」
妖夢はただただ困惑していた。
「もう、妖夢ったら」
幽々子は妖夢に呆れた。…ここまで説明されても理解できないとは。
「月が出る時に限って群がった雲がかかりやすい。花が咲くと風が吹いて散りやすい」
彼は妖夢にわかりやすいように解説していた。
「名月に雨は残念だと思うのではなく、逆に考えることも大切ですよ」
彼は妖夢に足りないところを指摘してくれていた。
…幽々子としても妖夢の機転がこれくらい利くと嬉しいのだが。
「妖夢にはゆとりが足りないのよねぇ」
幽々子は呆れて言った。妖夢にはゆとりが足りない。
前に彼の言っていたゆとり教育というのを学ばせた方が良いのではないだろうか。
「…でしたら、団子も食べるのではなくて、想像の方が美味しいのでは?」
妖夢はそう言って月見団子をよけ始めた。
「むぅ…」
幽々子は思わない返しに閉口してしまった。
だが、
「そこは花より団子ですよ」
彼は妖夢からお団子を取り戻してくれた。実に有難い。幽々子は団子を頬張った。
「…さっきと言っていることが逆では」
妖夢が無粋なことを言う。それくらい聞き流すゆとりが欲しいと幽々子は思った。
「直木は先ず伐らる。…妖夢さんのように固い頭では身に災いを招きますよ」
彼は実に良いことを言った。妖夢は融通が利かな過ぎる。
「そうよね。だから、宴会でも皆から揶揄われるのよ」
幽々子も彼に賛同していった。妖夢はそれだから揶揄われるのだ。
「…幽々子様が二人いる」
妖夢がまた変なことを言った。彼と私では性別からして違うだろうに。
「そうやっていじけるのではなく。…地を易うれば皆然りともいうでしょう?」
彼は相手の立場になって考えるように妖夢にわざわざ言って聞かせていた。
それにも関わらず、
「…?」
肝心の妖夢は全然わかっていなかった。…本当に風情がない。
「妖夢はお勉強した方が良いかも知れないわねぇ」
幽々子は妖夢の機転の利かなさを嘆いて言った。本当に堅すぎる。
…堅いと脆い。それを彼は忙しい中、妖夢へわざわざ教えてくれに来てくれているのに。
「…今のは『孟子』なんですけどね。若者の古典離れとは嘆かわしい」
彼は少々酷いことを言った。
「私はぴちぴちの霊よ」
幽々子は自分が若くないと言われたように感じた。
「ああ、申し訳ありません」
オオスは自らの失言を幽々子に詫びた。妖夢と比しては失礼に当たる。
「…読書、己の口より出でて、己の耳に入るという言葉もあります。
適当な本から音読してみてはいかがでしょうか?」
オオスは読書を妖夢に進めてみることにした。どうも妖夢は斬れば良いとだけ考えている。
…本質は斬る前にあるというのに。
「それは確か、朱子学だったかしら?」
幽々子は明代の朱子学まで網羅しているようだ。オオスは感心した。
まさか、薛瑄を拾ってもらえるとは。
「すべての事象がこの理と気によって説明される」
オオスは朱子学の本質を妖夢に語る。
「…妖夢さんの剣術には合ってそうなんですけどねぇ」
オオスは妖夢の斬ることへの理解に役立つと心の底から思っていた。
だが、
「ああ、頭痛くなってきた」
妖夢は考えるのを辞めていた。…オオスとしては来た意味が半減するのだが。
「…絵本から始めましょうか?」
オオスは真剣に妖夢の教育方針を考え直した方が良いと思った。
…教育係は斬ることしか教えていない。
幽々子の行動を阻害することがなければ良いのだが。
オオスは幽々子の機転を信じることにした。
妖夢は武力という意味の護衛にはうってつけなのだが、相手は月の民だ。
…オオスは心配して妖夢の意識を変えるように言っているのだが、どうにも伝わらない。
「馬鹿にしないでください!するな!!」
妖夢はオオスにキレていた。馬鹿にしていないのだが。オオスは不思議だった。
「絵本だって馬鹿にできないのだけどねぇ」
幽々子はオオスを擁護してくれた。やはり幽々子はわかっている。
「下手な蘊蓄語るよりも絵と文字で示される方が心で理解できますしね」
オオスとしては妖夢には言葉で語るよりも絵本、紙芝居を持ってくるべきだったと反省していた。
今更、遅いのだが。…せめて雨月の風情くらいは理解して欲しい。オオスは心から思った。
「…誰か助けてください」
妖夢にオオスの願いは届きそうになかった。
オオスはため息をついて月見団子を幽々子と共に頬張った。
…下手に味がついていないため食べやすく、食べるのが止まらなかった。
三者三様の事を考えていると雨が止み、雲から月が見え始めた。
「あ、雨が止みましたよ!」
妖夢は喜んでそう言った。雨が止んだら、団子よりも月見であると思っていた。
「…雨月の楽しみ方も理解できずに喜ぶとは」
オオスは非常に残念だった。…妖夢は何もわかっていないと嘆いた。
「…でも、そろそろ私達も動くべきかしらね」
幽々子はオオスに同意しつつも、そろそろ自分も動くことにした。
彼には悪いが、お開きである。…幽々子としてももう少し彼と話していたかったのだが。
「そうですか。今度は月見酒でもいかがでしょうか?」
オオスは幽々子の行動は敢えて聞かない。オオスも動くからだ。
全てが終わったらまた話がしたいと暗に幽々子を誘ってみた。
…具体的には妖夢の教育について話したい。
幽々子には妖夢への教育として、常在戦場の心構え、ゆとり教育を提案してみるつもりである。
「そうね。終わったらよろしくお願いしようかしら?」
幽々子は彼の提案に賛同した。終わったら話をしたい。
できれば妖夢にゆとり教育というものについて話を聞きたかった。
…妖夢は風情が無さ過ぎると幽々子は今回改めて思っていた。
「では、私はこれにて失礼を」
オオスは幽々子と妖夢に礼をして、風となり、空となり消えていった。
オオスはやることがまだまだ残っていた。
…月の民さえいなければ雨月を楽しみたかったのだが、残念であるとオオスは思った。
オオスがいなくなった白玉楼の縁側にて幽々子と妖夢はお月見を止めていた。
「…行きましたね。幽々子様」
妖夢は邪魔者がいなくなったのを確認した。
月について主人である幽々子に報告をしようと頭の中のメモを取り出していた。
「ええ、そうね」
幽々子は風情あるお月見もお終いだと残念だった。もう少し楽しみたかったと同意した。
「…吸血鬼達はロケットの推進力を見つけられずに困っているようです」
妖夢は幽々子の反応を見て、報告を開始した。推進力に欠けていると嘆いていた。
「しかし、動力源として霊夢達を巻き込もうとしているようです」
妖夢は最近になって、霊夢の神降ろしの力を借りようとしていることを報告した。
…幽々子は八雲藍から吸血鬼のロケットを止めるように言われていたはずだった。
だが、
「妖夢。本当にわかっていないのね」
幽々子はオオスが来た真意も、風情もわからない妖夢に憤慨した。
…オオスも忙しいだろうに。妖夢の主人としては少々情けなかった。
「…え?」
妖夢は幽々子の返しに唖然とした。何故怒られているのだろうか。
「神社に行って航海の神様を探すように言いなさい」
幽々子は直接妖夢へ言うことにした。風情あるやり方では妖夢にはまだ早すぎた。
「そうすれば月のロケットは完成よ」
幽々子は簡潔に述べた。…この場合は花より団子というオオスの指摘に賛同した。
「…幽々子様はロケットの完成を阻止するのではないのですか?」
妖夢は困惑していた。
主人の幽々子はロケットを阻止するのではなく、勧めているようだった。
「そんなんだから雨月を楽しむ想像力も持てないのね」
幽々子は妖夢がオオスの来た理由も、妖夢を同席させた理由も察せないのに少し呆れた。
オオスはあそこまでわかりやすく説明してくれているというのに。
…言葉の裏を読めない妖夢に幽々子はご立腹だった。
「え、え?」
妖夢はただただ困惑した。何故怒られているのだろうか。
「もう…今回、妖夢は私の言うことだけ聞いていなさい」
幽々子は妖夢に風情という物を実地で教えることにした。
紫は前の月面戦争を見ている幽々子に行動を暗に示していた。
いつになるかはわからないが、わかるようになっているのだろう。
妖夢が風情という物の在り方、その一端でも学んでくれることを幽々子は期待した。
…優しい彼は少々時間が足りなかったようだ。幽々子はそれを残念に思った。