守矢神社に来た霊夢と早苗の弾幕ごっこは霊夢の勝利で幕を閉じた。
…幾ら力があれども、現代日本で暮らしていた風祝とこれまで数々の異変を解決してきた巫女とは経験が違った。
「…信仰心が失われた状態が続けば、幻想郷は力を失います。奇跡を起こす力を失うのです」
負けを認めながらも早苗は霊夢に言う。
あのままの博麗神社ならば幻想郷は緩やかに衰退していくという。
だが、
「信仰心くらい、私の力で何とか戻すわよ!」
霊夢は早苗に言い切った。余所者が急に来てはいそうですかと渡すものかと吠えた。
「少しくらい大きい神社だからって嘗めるんじゃないわよ!」
霊夢はそう言いつつも、守矢神社の凄さがわかった。
あまりに巨大な神の社であった。それでいながら、境内は隅々まで手入れされていた。
湖まで含んだ大いなる神秘。理想に近い神社だった。…内心霊夢が認める程に。
「神を祀る人間が祀られる事もある。貴方にはその覚悟があって巫女をしているの?」
早苗は霊夢に問うた。早苗は霊夢に力があるのは認めた。
…彼の言うような覚悟を持って巫女をしているのかと早苗は尋ねた。
「神なんて関係ないわ。私は私のために、私の力で何とかする!」
霊夢は霊夢なりの覚悟を述べた。早苗の覚悟とは違う覚悟を示して見せた。
それは霊夢なりの人の意思を問うた男への回答であった。
早苗と霊夢の視線が交差する。…早苗は霊夢の在り方を認め、心から敗北を受け入れた。
だが、
「神社は巫女の為にあるのではない。神社は神の宿る場所だ」
守矢神社の神として霊夢のその意思を認めるかどうかは別だった。
八坂神奈子は早苗の意思を尊重し、巫女と風祝の戦いを静観していた。
神奈子からしても、見事な戦いであった。
しかし、それを認めるかは別であった。
八坂神奈子は青髪でサイドが左右に広がったセミロングをしていた。
冠のようにした注連縄を頭に付けており、右側には、赤い楓と銀杏の葉の飾りが付いている。
瞳は茶色に近い赤眼。そして背中に、複数の紙垂を取り付けた大きな注連縄を輪にしたものを装着している。
服装は、全体的に赤く、上着は赤色の半袖で、袖口は金属の留め具で留めている。
上着の下には、白色のゆったりした長袖の服を着ている。臙脂色のロングスカートで裾は赤色に分かれていて裸足に草履であった。
「あんたがうちの神社を乗っ取ろうとする神ね」
霊夢は突然現れた強大な力を持つ神であろうが、引かぬ意思を見せた。
「私は貴方の神社を助けたいだけだ。妖怪の魔の手から救い、人が集まるようにする」
神奈子はそれのどこが悪いのだと霊夢に問いかける。
神の意思に巫女が口出しするなと暗に言っていた。
傲慢であるが、それは正しく神として振る舞っていた。
だからこそ、
「…相変わらず、神というものは風情がわかっていない」
神を心から嫌悪する男の怒りに触れた。
突然の第三者の登場に神奈子は驚いた。
何の気配もせずに男は現れていた。
…その男は喪服であり、神を敬う姿勢等欠片もないと言わんばかりであった。
「ちょっと!アンタが出てくるんじゃないわよ!!」
霊夢はいきなり現れた男、オオスに向かって叫んだ。…オオスの叶う相手ではない。
しかし、
「…貴方は何者だい?常人ではないな」
神奈子からすれば別であった。神だからこそわかる。
目の前の男は人間であるが、人間を辞めかけていた。
…かつての自分と同じように。だが、男はそれをあからさまに拒絶していた。
神奈子くらいの神でなければわからないだろう。その理由が神奈子にはわからない。
…そこまで至りながら拒絶し、自らを弱体化してまで人として振る舞う男に正体を問うた。
「私の名はオオス。人里に住む善良なる里人にして紙芝居屋を営む者です」
そう言って喪服の男、オオスは神奈子に名乗りをあげた。
…神奈子の圧力を受けながらも、オオスと名乗る男は優雅な振舞いを崩さない。
「…この神社は建御名方神を祀りつつも本当の神は諏訪の土着神。
神社の在り方を問うのならば貴方には少々言う資格とやらは薄いのでは?」
オオスは神奈子を煽るように言った。そこには敬意の欠片もなかった。
「その大口、私を誰か知っていて言うとは良い度胸だ」
神奈子はオオスの煽りに含まれた知識を賞賛した。
「だが、この私に喧嘩を売るということがどういう意味かも知っているな!」
神奈子はオオスと名乗る神に引けぬ喧嘩を売ったことを後悔させてやろうとした。
「神奈子様!ちょっと待ってください!」
早苗は思わず叫んでいた。神奈子は本気で戦おうとしていた。
オオスは都市伝説だ。…神奈子に叶うはずがない。
罰当たりだろうとも、最初に幻想郷を魅せた彼を死なせたくはない。
「アンタは早く帰りなさい!今すぐに!」
霊夢も叫んでいた。神奈子の力は本物だ。
オオスが何故かこの神に詳しいようだが、戦う等、無茶苦茶にも程があった。
「無粋な神に人の意思の力を見せてやろう!」
オオスは自分の意思で喧嘩を売った。無粋な神に腹が立った。
オオスにとって、戦う理由はそれだけで十分だった。
「神にもなれない半端者が、私に挑もうとする大罪思い知るが良い!!」
神奈子はオオスの挑発に乗った。
それは弾幕ごっこではない。人と神の意地のぶつかり合いが始まった。
戦いは意外なことに圧倒的力量差がありながらも成立していた。
「おのれ!…ちょこまかと!」
神奈子はオオスが現れては消える戦法に翻弄されていた。
神奈子が拳を振るうだけで暴風が舞う。それは風すらも支配する権能だった。
だが、目の前の男は存在を無にすることで神奈子に対抗していた。
男のそれは微力ながらも、仏の最高位の技であった。
「神ともあろうものが、人に翻弄されるとは情けない」
オオスは神が人に翻弄されている事実を煽った。振舞いを崩さずに礼を持って言う。
オオスに取っては暴風等、無になればどうってことはない。
「…認めよう。我が威を前にして無をもって流すとはな!」
神奈子はオオスの在り方を認めた。
強大な力を前に心を無の領域を保つ。
それができるのはもはや人間の領域を超えた精神力の賜物だった。
「だが…ここは私の領域であり、そもそも力の差は歴然。
時間をかければお前に勝ち目等最初から零だ」
神奈子はオオスへ敗北を受け入れるように暗に言った。
それはかつて、諏訪子を下した時のようであった。
だが、
「では、場所を移しましょう」
オオスはそう言って拒否した。
どんな理由があろうとも、神に下るのはオオスに取って断固として受け入れられない。
オオスの発言に呼応するかのように、守矢神社の境内に突如、門を出現した。
…それは未知の金属でできた門であった。幾何学模様で表された異様な門であった。
「これは…」
神奈子は謎の門に驚きつつも、それ以上のことに気が付いた。
…オオスのこれまでの行動の意味に気が付いたのだ。
いつの間にか境内には、ペンキのようなもので模様が書かれていた。
意味のある呪文だと神奈子は悟った。
神の威を無で受け流しながら、少しずつ。
オオスは神奈子に気取られないようにこれを作っていた。
神奈子はオオスの精神力と行動力の成果を見て、内心舌打ちした。
「では、東風谷さん。霊夢さん。後片づけはよろしくお願いします。
私は人間として風情のわからない神へ意地の張り合いをしてくるので」
オオスは優雅な姿勢を崩さずに門の中へと引きずり込まれようとしていた。
「もし、門の中へ来ないのならば私の勝ちです。さあ、来るか来ないかどちらでしょうか?」
オオスは神奈子をあからさまに挑発した。
そして、
「…その減らず口をいつまでできるか見てやろうではないか!」
神奈子はオオスの挑発に乗った。
神奈子は未知の術であろうが、意に返さず飛び込むことにした。
それは、神としての意地であった。
神奈子は今では思い出すのも難しいかつての、太古の時代を思い出した。
人が神に挑んだ時代だ。それを今の時代で成した男に興味を持った。
「神奈子様!」
早苗は叫んだ。神奈子が未知の領域に行くことへの不安が早苗にはあった。
…早苗は今更思い出した。あの都市伝説が本当だとすれば門の先は異界であった。
「ちょっと待ちなさい!」
霊夢は叫んだ。霊夢は戦いを見ていた。
霊夢の勘は言っていた。…やはりオオスに勝ち目等ない。
霊夢はオオスが何をしようとしているのかはわからないが、敗北は時間の問題だった。
「真なる我が名を知り、恐怖するが良い!」
オオスは二人を無視して、神奈子に宣言した。
これはオオスではなく、『彼』個人の喧嘩であった。
「神を畏怖するのは人の常。それが逆転することは有り得ない!」
神奈子はオオスの、否、彼の挑発に乗った。
「さあ、狂気の世界へようこそ!」
オオスは神奈子が応じたのを見て改めて宣言した。
彼の本領発揮である。
「神であろうが何であろうが、人の意思を曲げられぬと知れ!」
オオスはそう断言した。…曲げられぬ人の意思を神へ示すときである。