嘘つき探偵と幻想郷   作:kohet(旧名コヘヘ)

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…身分とは難儀な物だ

天狗の里の謁見室、通称『殿上間』と呼称される部屋に犬走椛は来ていた。

白狼天狗の椛は、本来ならばこの部屋に入ることは許されない。

しかし、椛は千里先まで見通す能力を持っていた。

…特例として稀に入ることが許されていた。

 

だが、この日は異例中の異例が起きていた。

突然、その殿上間に天狗の最上位である天魔様が訪れていた。

天魔様はこの上位の天狗達だけが入れる殿上間より更に上の社にいるはずだった。

ここへ直接来ることは天狗の歴史でも稀だ。鬼達がいた頃まで遡ると椛は聞いていた。

 

…椛はその能力で天魔様を一度だけ見たことがあった。

天狗の姿の理想像とも言う黒髪に白い羽織を羽織った美しくも気高き女性であった。

その天魔様は普段大天狗が使用する上座を清めた場に御簾で姿を隠しておられた。

…そのお姿を拝見できないことを身の程を知りつつ、椛は惜しんだ。

 

 

椛は思考を戻す。今は報告の時であった。…だが、アレをどう報告すれば良いのか。

椛は適切な言葉が思いつかなかった。

あの口先だけ進化したような鴉天狗ならば問題なかったのではないかと一瞬思った。

…悔しいが、椛は言葉が足りない。それを今日ほど痛感したことはなかった。

 

 

「犬走椛。天魔様の御前である。見たままありのままを報告せよ」

大天狗がいつも以上に張り詰めた表情で椛に報告を求める。

 

椛は腹を括った。本当に見たままを報告するしかない。

 

「…はっ!」

椛は大天狗に返事をした。恭しい態度で礼を持って応じた。

 

「射命丸殿の報告の通り、博麗の巫女が例の神社へ向かい、神社の巫女同士で交戦しました」

椛は忌々しい鴉天狗の計略通りにことが途中まで進んでいたことを報告する。

 

だが、

「…それで、その後はどうした?」

椛が言葉に詰まったのを見て大天狗は疑問に思った。

 

「…犬走椛!答えよ!」

大天狗は天魔様の前で無礼があってはならないといつも以上にきつく報告を求めた。

 

「…突然、人里の紙芝居屋と名乗る男が神社の神へ戦いを挑み、殺し合いを始めました」

椛はありのままを報告した。

本当に意味がわからない光景だった。…あの二人は本気で殺し合いをしていた。

 

彼の神と人が殺し合う光景は、もはや神話の世界であった。

…椛から見てあの人間は劣勢ではあったが、戦いになっていた。

 

「…何故、紙芝居屋等が出てくる。呆けていたわけではあるまいな」

大天狗は椛の言葉に理解が遅れ、そして馬鹿げている報告に対して素で言ってしまった。

 

「調査によればその神は風雨を操り、その力は絶大。人間風情が挑みかかるなど愚かな…」

大天狗は事前調査と彼の神が行使した力は絶大であったと知っていた。

…大天狗は自分の目で確かめたのだ。

 

彼の神が本気になれば人間はおろか山の妖怪達…天狗でさえ存続の危機であった。

少しでも穏便な性格ならば交渉の場を設けるべきとさえ思っていた。

 

大天狗は知っている。椛はこれまで嘘を報告したことは無い。

…人間は一瞬で死んだとしても、これでは大天狗は判断に迷った。

 

大天狗はわざわざ天魔様に有らせられるのに申し訳が立たぬと内心嘆いた。

 

そこへ、

「愚かとは失礼ですね」

突然、喪服姿の人間の男が現れた。

人間は今にも儚く美しい姿であり、当然のようにその場にいた。

 

人間は風もなく、急に現れた。誰しもがそう見えた。

 

「…何奴だ!斬れ!」

大天狗は人間の佇まいに一瞬間が空いた。

 

天魔様の前で醜態を晒すまいと回りの護衛の天狗にこの無礼者を斬るように命じた。

 

しかし、

「…そ、それが」

護衛の天狗は剣も天狗の扇も無くなっていることを言外に示していた。

 

大天狗も叱責をしようと、懐に手を入れて気が付いた。

…大天狗の扇もなくなっていた。天魔様の前で何たる醜態か。大天狗は恥辱に耐えた。

これ以上、天魔様の前で醜態を晒すわけにはいかなかった。

 

「失礼ながら皆さまの武器は没収させていただきました」

そう言って、喪服の男は虚空から剣や扇を取り出していた。

 

どうやって盗んだのか。…大天狗は恥辱を晴らさんと激怒した。

 

「人間風情が…どうやってここに入った!何方の前だと心得る!!」

大天狗は剣等不要と直接、人間を殺しにかかろうとした。

 

だが、

「よせ」

天魔が御簾の中から大天狗を静止した。

 

「天魔様。しかし…」

大天狗は天魔様の大御心がわからず困惑した。

 

「よせと言ったのだ。大天狗。私の言うことが聞けぬと申すか」

天魔は透き通った声で大天狗に言い聞かせた。…言外にこれ以上言わせるなと言っていた。

 

「し、失礼しました!」

大天狗は天魔様の宸衷を察してその場で謝罪した。

 

大天狗の姿はまるで親から叱責された少女のようであると椛は思った。

椛は今まで呆然としていたが、姿勢は保っていた。それを崩さないようにすることにした。

 

「不躾な訪問申し訳ありません」

そう言って人間は今までの光景がなかったかのように優雅な礼を持って謝罪した。

 

椛は先ほど見た紙芝居屋…そして、かつて山伏として来た男だと確信した。

 

「私の名はオオス。人里で紙芝居屋を営む善良なる里人です」

人間、オオスは堂々たる姿勢で名乗りをあげた。

 

「貴様!ふざけているのか!」

大天狗は激怒した。

…何が善良なる里人だ。こんな里人が居てたまるかと心の底から思った。

 

しかし、

「黙っていろ。大天狗」

天魔は大天狗に黙れと命令した。

 

「…はっ!」

大天狗は天魔様の叡慮に従う存在であると自分に言い聞かせた。

 

「見たところ天狗の術…いや、それ以上の何かを使用していると見える」

天魔は自分の知識を元に目の前の男の行使した能力を述べた。

…空間を弄っていたが、あれは仙人の技だと天魔はわかった。

だが、仙人ではなく、人間だと天魔は既に知っていた。

 

「まあ、貴方達、天狗の忘れてしまった過去まで私は知っていますからね」

オオスは天魔の言葉に暗に同意した。…途中から天狗の術から仏教系の技に変化した。

 

「それに…」

オオスは天魔がやっていたことを知っていた。中々興味深いものだった。

 

「私のことは既にご存知なのでしょう?…見ていましたものね」

オオスは天魔が見ていたことを知っていた。何故かわからないが、天魔はオオスを見ていた。

誰かはわからなかったが、今日この近くに来てはっきりとわかった。

 

…御簾越しなのが残念だとオオスは思った。

どうやら女性のようだが、オオスが御簾を透視するのは無粋である。

 

「…なるほど、アレは偽装か」

天魔は最近、というか今年に入ってから何だか違和感を覚えていた。

彼が天魔の術に気が付いていたのなら、アレは偽装だったのだ。

 

…天魔は彼がここまで近づいてはっきりわかった。御簾越しなのが残念であると思った。

 

「はい。聡明でいらっしゃる」

オオスは天魔が偽装まで見破ったことを認めた。…オオスとしては自身作だったのだが。

あれ以上を求められると正直困る。どうやって今後対策するか思案していた。

 

そのオオスの発言についに黙って聞いていた大天狗はキレた。

 

「貴様!先ほどから聞いていれば、天魔様を侮辱しているのか!!」

大天狗は天魔様に無礼な口を叩くオオスと名乗る人間にブチ切れた。

 

だが、

「黙れと言った。…次はないぞ」

天魔は無粋な大天狗にキレた。

天魔としては、自分の方が先に覗いていたのだから寧ろ寛大であると思った。

 

「…!」

大天狗は自分を律せなかったことを恥じて、今度こそ黙り込んだ。

 

「此度の訪問は何用か」

天魔は何故今現れたのかオオスに尋ねた。神嫌いなのは見ていた。

天魔としても、まさか戦いを挑みにかかるとは想定外だったが。

 

「私の個人的な喧嘩のせいで彼の神の本質が歪んで伝わる可能性を考慮してきた次第です」

オオスは正直に天魔へ言った。

よくよく考えれば霊夢に任せて静観していればよかったと反省していた。

オオスは多少冷静になって神奈子と話した。

 

…このままでは天狗と守矢神社の協定も上手く行かないだろうと思ってわざわざ来ていた。

月のこともあり、監視には気をつけていた。だが、今回はジャミングする余裕がなかった。

一瞬でも気を抜いたら即死である。オオスの意識を集中させるには仕方がなかった。

 

「客観的に見て彼の神の性格は快活であり、頭脳は明晰。…貴方にとっては危険は少ないです」

オオスは忌々しい神奈子の長所を端的に述べた。

山の勢力が伸張することになりかねないが、今回は自らの招いたミスである。

計略に山の勢力以外の均衡策を盛り込んだ。…人里重視であるが、多少は余裕があった。

 

「なるほど」

天魔はオオスの言葉の裏の意図を含めて理解した。

…それくらいなら問題なかったのだが、と天魔は思った。

 

「…大天狗今から私が言うことを聞け」

天魔は大天狗に向けて声をかけた。

 

しかし、

「…」

大天狗は黙っていた。天魔様に礼を持って傾聴する姿勢を見せた。

 

「…話しても良いということだ。客人の罵倒以外の発言を許す」

天魔は大天狗の融通の利かなさに呆れつつも、自らの言ったことだと反省した。

客人の罵倒は許さないが、発言を許可した。

 

「は、はい!」

大天狗は天魔様から発言の許しを戴いて歓喜した。

 

椛はいつもは厳かな大天狗の反応がまるで少女のようであり、一々新鮮だった。

 

「彼の神と秘密裏に交渉する場を設けよ」

天魔はオオスの言葉もあり、話をさっさと進めようと思った。

正直、敵対しても利点が少ない。だから、射命丸の提案に天魔は載っていた。

 

「よろしいのですか?せめて、もう少し下調べをしてからの方が…」

大天狗はわけのわからない人間の言葉を聞いただけで判断して良いのかと尋ねた。

 

「この山に住む者にとって有益と判断した。私の決定に不服なら申せ」

天魔は大天狗の発言を遮って言った。大天狗は一々煩い。

…今は少しでも話したいのだからさっさと進めて欲しいと思った。

 

「…ありませぬ」

大天狗は天魔様の御心のままに進めると応じた。

 

「ならば、先の神との会談の準備を怠るな。くれぐれも丁重に持て成せ」

天魔は定型文を述べた。…神との対談である。丁重にもてなすのは当然だった。

 

「はっ!」

大天狗は天魔様の言葉を了承した。

 

「それと…人里の紙芝居屋殿」

天魔は本命に話しかけた。

…本当は無粋だから皆下がれと言いたいが、体面もあるので御簾越しで話す。

 

「はい。なんでしょうか?」

オオスは早めに帰らないと霊夢にまたぶん殴られそうなので早めに切り上げたかった。

…天魔個人となら多少時間を取っても良いのだが。

 

「何故、我らにこの話を持って来た?…そして何故今現れた?」

天魔は一応尋ねた。裏の意図を悟っているが念のため。

…そして、今現れたのは交渉のためかと暗に尋ねた。

 

「私は私の失態を取繕うために話を持ってきました。それと、そろそろ挨拶しようかと思いまして」

オオスは正直に話した。

自らの失態の繕いとそろそろ天魔とやらに会ってみたかったから来ただけである。

 

「…!」

大天狗は激怒した。天魔様に無礼千万であるとオオスを睨みつける。

 

「大天狗。客人に無礼である」

天魔は言葉だけでなく、態度も辞めろと言った。挨拶に来たのなら交渉もと思った。

 

「いや、当然の反応だと思うのですが」

オオスは大天狗の反応は普通だと思って天魔にツッコんだ。

天魔は部下に対して酷くないかと暗に言った。

 

「…そう思うのなら、もう少し穏便に来て欲しいものだ」

天魔は大天狗を庇う必要性よりも話をしたかった。だが、些か性急すぎたと内心反省した。

 

「それは失礼を」

オオスは穏便な方法で来いと言われてごもっとも過ぎるので謝罪した。

 

「それと…」

天魔は交渉というか交流しようと声をかけようとした。

 

だが、

「私は本当に挨拶に来ただけです」

オオスは天魔の言葉を遮る形になった。…思わぬ形で礼儀を欠いた形になり恥じた。

オオスは霊夢が殴りに来るのを想像して焦ってしまった。

 

「今からあの忌々しい神の社で食事をすることになっていますので失礼します」

オオスは自らの失態を隠すように予定があるので失礼すると述べた。

風となり、空となり、消えて行った。…そして、守矢神社へ急いだ。

 

 

 

「…消えたな」

天魔は本当に挨拶しに来ただけなので少しガッカリした。

 

「天魔様!あの人間の所行許しがたく」

大天狗はあの無礼な喪服の男を始末することを提案しようとした。

 

だが、

「黙れ」

天魔は大天狗の意図を読み取り本気で圧した。

殿上間に天狗の頂点の圧がかかった。

…外の人間が建てられる強度を遥かに超えた建物が軋んだ。

 

「…はっ!」

大天狗は天魔様が本気でお怒りになっているとわかり、動揺した。

…黙れと言われているのに返事をしてしまった。

 

「犬走椛。何故黙っている」

天魔は大天狗を無視して椛に話かけた。少し言いたいことがあった。

 

「天魔様に私風情が口を挟むことは畏れ多く…」

椛は硬直した姿勢と動揺を隠しつつも何とか言った。

…正直、畏れ多すぎて椛としても困った。

 

「あの人間は以前報告があった山伏で間違いないな」

天魔は椛の口上を遮って念のため確認した。…もう知っているが。

 

「は、はっ!…その通りでございます」

椛は天魔様に同意した。…自らの報告が天魔様に届いていたことを誇らしく思った。

 

「…質問の前に交渉すべきであったな」

天魔は椛の言質を取ったことを確認した。…そして、天魔は自らの失敗を嘆いた。

 

「犬走椛よ。もし、あの客人が山に現れたら私が直接交渉したいと伝えよ」

天魔は椛に命じた。天魔は椛ならば穏便に伝えるだろうと思った。

これが大天狗ならば面倒なことになる。天魔はそれを確信していた。

 

「…はっ!」

椛は天魔様からの直々の命令に歓喜して答えた。

椛はオオスを見つけ次第捕まえてくることを決意した。

 

「…一人で思案したい皆下がれ」

天魔は椛の気合の入れ具合に失敗したと悟った。

どいつもこいつも穏便に行動できないのかと天魔は思った。

 

 

 

一人きりになった殿上間で天魔は愚痴っていた。

 

「射命丸め。…意図的に情報を抜いていたな」

天魔は射命丸が意図的に上の情報を渋ったのを確信していた。

 

「だが、それが最善だ。此度の件は想定外」

天魔は妖怪の山全体のことを考えれば、射命丸の行動に理があるとした。

自分自身では動けぬ身の上だ。…その上で最善であると認めざるを得ない。

 

「…身分とは難儀な物だ」

天魔は鬼達が居た頃を懐かしんだ。…他の天狗達は同意しないであろう事柄だ。

天魔の考えに同意する者を強いて言えば姫海棠くらいだろうが、色々問題があった。

 

「はぁ…」

天魔は思わずため息をついた。

 

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