レミリアと霊夢、魔理沙、咲夜と妖精メイド三人の計7名は住吉月面侵略計画に参加した。
通称『住吉さんロケット』の発射前の祝賀会兼発射式は見事な物だった。
ロケットは三段階のロケットであり、円形をしている。
驚くべきことにロケットの基本的な構造は木造りである。
完成祝賀会兼発射式に参加した早苗はそれを見て絶句していた。
ロケットの推進力は航海の神、住吉三神であった。
上筒男命、中筒男命、底筒男命の三柱であり、三段階の切り離し構造になっていた。
住吉三神なので、通称が住吉さんロケットである。
このロケットは博麗霊夢による神降ろしの力を推進力としている。
万が一の時は、魔理沙のミニ八卦炉を使用する予定である。
ミニ八卦炉はコンロ替わりにも何でも使いまわしが良かった。
魔理沙よりもその道具が理由で選ばれたのは魔理沙には内緒である。
この空飛ぶ神社で月へ向かう。霊夢はロケットをそう評した。
そのためか、ロケット頭頂部にはしめ縄や千社札などの神社の意匠が施されてあった。
…ちなみに、オオスは祝賀会に一緒に参加しようと輝夜を誘いに永遠亭に行った。
そこでオオスは堂々たる輝夜のウサ耳姿を見た。
輝夜はオオスの憐みの目を見てウサ耳を全力で明後日の方角に投げ捨てた。
そんな些細なことがありつつもロケットは月へ向かった。
…三日月の夜にロケットは発射された。
様々な人妖の交錯した思いを乗せてロケットは真っ直ぐに飛んでいった。
ロケットが飛んでいって5日後の夜の紅魔館の図書館。
いつものようにパチュリーは読書をしていた。
…住吉さんロケットのナビゲータという建前上の閑職を熟しつつ。
そこへ招かれざる客二名がやってきていた。
「月旅行は順調かしら?」
永遠亭の頭脳、八意永琳はパチュリーに問いかけた。
その傍らには輝夜も伴っていた。
「珍しい顔ぶれね」
パチュリーはそう言いつつも想定内という顔をしていた。
「門番はどうしたのかしら」
パチュリーは一応、美鈴の安否を二人へ尋ねた。
「挨拶だけで通してもらったわ。手荒い真似はするまでもなく」
永琳はパチュリーにそう返した。実際無傷であった。
「私の将来の旦那様の友人ですもの」
輝夜はしれっと永琳の発言に乗っかった。
「ふーん…」
パチュリーは輝夜の発言を流した。
パチュリーは彼、オオスのことを言っているのだとわかった。
だが、輝夜が相手にされていないどころの話ではない実情を知っていた。
…そう考えるとパチュリーは輝夜へ憐みの感情すら沸いて来ていた。何たる健気なことか。
「…」
輝夜は今更ながら自分の発言を恥じた。
…パチュリーからも同情されているようなので尚更である。
「それは兎も角として」
永琳は話を逸らした。…あの男は輝夜に恥をかかせ過ぎであると永琳は思った。
「月のロケットは満月の夜に、月の都に入り込めるようにしたわ。
三日月の夜に出発したのは月の民との行き来の時間差を計算したからよ」
手早く終わらせたいパチュリーは月ロケットの概要を説明した。
「…あのロケットは貴方の本だけの知識ではわからないわよね」
永琳はパチュリーに違和感を覚えつつも、近づいていく。
だが、
「そこまでです!…八意様!」
人兎が間に入って来た。
「…玉兎ね。やはりそういうことか」
永琳は兎を見て呟いた。
その兎は月の兎である玉兎であった。
赤い眼と長いウサ耳をしており、髪はブロンドのボブカット。
ウサ耳の上からは茶色いハンチング帽を被っていた。
服は全体的に黄色であり、橘色のシャツと、黄色と白の縞模様のカボチャパンツであった。
彼女、玉兎の名は鈴瑚。イーグルラヴィと呼ばれる地上の調査部隊の一員だった。
そこへコツコツと誰かの足音が聞こえてきた。
霊夢がいれば音だけで誰かがわかる音である。
今回、永琳は初見で看破した。パチュリーに対する違和感の正体であると確信した。
「おや、『やはり』ということは私が何をするのかわかっていたのですね」
そう言って喪服の男、オオスが永琳に向かって歩き、近づきつつも言った。
「…閣下。もう良いですか。…正直、怖いんですが」
鈴瑚はオオスにそう尋ねた。
月の大罪人である八意永琳の前に立ちふさがるだけで足がすくんでいた。
「ありがとう。鈴瑚。…無理させてすまなかったね」
オオスは新しい部下である鈴瑚へ労わりの言葉をかけた。
「すみません…」
鈴瑚はオオスの期待に応えられぬことを詫びつつ、下がった。
「えーと…どういうことかしら?」
輝夜は状況がわからないので混乱した。
何故、鈴仙以外の玉兎がいるのかと困惑した。
「…鈴仙の能力を彼は無効化できるのを姫様も覚えているかしら」
永琳は輝夜に説明しようとした。
「…無効化できるということは同じようなことができるとも言い換えられるのよ」
永琳は自らの推測が当たってしまったことを悟っていた。
「…つまり、この玉兎は彼に誘われて月から地上に来たということ?」
輝夜は理解しつつも信じられない。
玉兎も下層身分であるとはいえ月の住民だ。普通に考えて地上へ降りて来ることはない。
…まして、地上の人間の言うことを聞くなど有り得ない。輝夜はそう思った。
「仰る通り。流石、永琳さん。いや、月の賢者××さん」
オオスは敢えて永琳の本名で読んだ。…地上の人間が発音できない音を読み上げる。
「…なんで、永琳の本名を言えるのかしら?」
輝夜はオオスに純粋に疑問を投げかけた。名前は玉兎から聞いたとしてもおかしかった。
「…私もわからないけど、一つ尋ねていいかしら?」
永琳はオオスが人間に発音不可能な名を呼んだこと以上に気になっていた。
「どうぞ」
オオスは永琳の問に答えることにした。
「いつから月と交信していたの?」
永琳はこれが謎だった。いつから聞いていた。
…ブラフとしてオオスは仕込みまくっていた。
「鈴仙さんと初めて会った翌日から…というのは少し違うか」
オオスは鈴仙が月の兎と知ってから兎達の交信を傍受していた。
いつもではないが、聞ける時には聞いていた。
「…まさか」
永琳はオオスの発言の違和感からある仮説を思いついた。
…鈴仙のような直接の交信以外の方法がもう一つあると気が付いた。
「鈴瑚は夢の世界でスカウトしました」
オオスは何でもないように言った。
「…夢の世界は現側とはまた異なる世界よ」
永琳は夢への干渉自体は知識から可能とは断言できた。
「現側から無断で干渉するのはルール違反のはず、貴方と言えども…」
永琳は月の賢者ならルール違反も可能だ。それ以外はと永琳は思った。
「まさか!」
永琳はオオスがその存在に近い能力を持つのだと確信した。
「私は夢に干渉できるんですよ。ドレミーさんとは別の形で」
オオスは自らの能力の一端を明かす。
永琳にバレていない本命の能力だ。
永遠亭に最初に宿泊した際に大筋オオスができることはバレていた。
だが、他者の夢に干渉できるとは思わないだろう。
現に、そんな存在は知らないという反応をドレミーはしていた。
オオスは夢の超越者である。ドレミーを解さずとも直接夢に干渉できた。
兎の交信を受信して特定する必要があったが。
…そうしないと神奈子との戦闘のような杜撰な形となりドレミーと出会うことになる。
ドレミーはオオスの事を最近夢の中に現れた登場人物Aくらいにしか思っていないだろう。
その証拠に、ドレミーはオオスが名乗るまで以前出会った異物と気が付いていなかった。
…夢に同一の存在が現れるというのは稀にあるのだ。それが都市伝説になることもある。
同時に同じ夢を見たオカルトは外では定番の物であった。
オオスは夢の中では兎の愚痴しか聞いていない。
なお、オオスは外のテレビ番組を真似た『オオスの部屋』を夢の中で創造していた。
そして、そこでお悩み相談コーナーと題して聞き取りをした。
その中でも不遇な玉兎へオオスが直接交信する。
オオスは不遇な玉兎達へ、月にバレないようにスカウトしていた。
「…でも、まだよ」
永琳はオオスの想定外の根回しの良さに驚愕した。
しかし、オオスの行動は永琳の想定の範囲内だった。
「鈴瑚と言ったかしら?今なら逃亡の罪を帳消しになるように手配してあります」
永琳は前に来た嫦娥の罪を償う餅つき兎を月へ返した時の様に言う。
…月の存在が地上に定住したいというのはほぼない。
そもそもこれは、オオスが鈴瑚の一時的な迷いを利用した策であると永琳は思っていた。
「その証拠に月の使者が…」
永琳は鈴瑚へ今なら間に合うと声をかけようとした。
だが、
「ああ、嫌です。絶対帰りません」
鈴瑚は絶対帰らないと言い切った。…そして、オオスへそれを懇願するように見ていた。
…永琳はオオスがまるで鈴瑚にとっての神であるように見えた。
「死んだ土地から記憶と欲望とを混ぜ合わせ、精のない草木の根元を春の雨で掻き起こす」
オオスは生命の循環を謳う。
…それは月の民には理解しても感じることが出来ない風情である。
「冬は自らの体温を保ち、忘却の雪で大地を被い、小さい生命を干乾びた根を養っていた」
オオスは冬で耐えた生命が春に命を芽生える感動を謳う。
…月の民にこの思いが届かないのならば、玉兎はどうかとオオスは考えていた。
「…私はもう仕事も何もかもかなぐり捨てて地上に来たかった」
鈴瑚は永琳へ何もかもぶちまける様に話し始めた。
「地上への調査部隊に所属し、潜入捜査という一番危険な仕事を私達はしていました」
鈴瑚は自らの職務を語る。危険極まりない任務に、給与は安く、休みもない。
「…穢れを纏う危険性のある私達は月の民達にとって唾棄されるものでした」
そんな鈴瑚に月の民は穢れを纏う兎と蔑視するのだ。
「そんな時に閣下からお声がかかり、私達は全てを捨てて幻想郷に参りました」
鈴瑚達にとってオオスの誘いは神からの救いの手であった。
…オオスは神扱いすると激怒するので玉兎達の誰も言わないが。
「…私『達』?まさか貴方!?」
永琳はオオスのやったことの規模に気が付いた。
「出てきてください。清蘭」
オオスは永琳の言葉に反応するようにもう一人を招いた。
今日連れてきたのは鈴仙と親しかったという二人である。
「はーい」
オオスに招かれた玉兎は軽い雰囲気でオオスに応じた。
浅葱色の髪に、玉兎特有の赤い眼と長いウサ耳を持つ玉兎であった。
服は浅葱色のワンピースで、下に透けドロワーズを穿いている。
足元は白のフリルソックスで、靴は履いていない。
「彼女の名は清蘭。…一番彼女の説得に骨が折れました」
オオスは本気で疲れたという顔をして言った。
「でも、全員で来たから部隊全滅で簡単に誤魔化せましたよね」
鈴瑚はオオスがもうチーム全員で来いと言ったのを思い出した。
たとえバレても、危険な目に会っても全てオオスが自分一人で罪を受けると断言していた。
…だからこそ鈴瑚達はオオスについて来たのだ。
「正直、月側が反応してくれたらまた寝返ったんだけど。…捨て駒だったよね」
清蘭は部隊の中で一番月への帰属意識があった。
だが、自分達が消息不明になった時の月の反応を見て、自分から月を見限った。
「私もあそこまでとは想定外でした。本当にアレはない」
オオスも聞いていて本気で酷いと思った。…月の民には風情がない。
「紫さんが私の意思を尊重してくれたから出来たこと。…永琳さんの想定通りみたいですが」
オオスは紫が満月の日、オオスのしていることを確認しに来たと確信していた。
だからこそ、言えない事を申し訳なく思ったのだ。
「ええ…。この事態を予見して書いているわ」
永琳は青い封筒の中身を思い出して言った。…永琳の策をオオスは読み切っていた。
「でも、部隊全員は想定外よ」
永琳はオオスの規模に愕然とするほかなかった。一人いれば御の字だろうと見誤った。
「しかも、全員が月への帰りに応じない。…これではあの封筒は意味ないわ」
永琳はオオスのカリスマとも言うべき見えぬ力に驚愕した。
「…どうやって隠していたのかしら?隙間?」
永琳はオオスに尋ねた。スキマ妖怪の助けを得たのかと。
「違います」
オオスは永琳へ言った。
実際のところ、神奈子と戦おうとした空間の果てに彼女達を隔離していた。
…全てはこの日のためにである。
住吉ロケットが飛んでしまえば永琳はもう月へ干渉できない。鈴仙を使うのも悪手である。
まだ見ぬ未知の脅威もオオスは考慮して地上へ玉兎達を招いていた。
「そう…」
永琳はオオスの策に負けたと思った。
玉兎の誰も帰らないのならば、永琳が送った封筒は意味がない封筒だ。燃やされると思った。
「ああ、それともう一つ」
オオスは永琳の様子を見て、言った。
「…いつから私が彼女達を保護するだけが目的だと錯覚していた?」
オオスは私が天に立つと言わんばかりに言い切った。
「…」
永琳は沈黙で返した。
「月に喧嘩を売る。幻想郷に害が及ばない範囲で、貴方一人で最大限に」
永琳はそう仮定して推理していた。
「私は不遇な境遇の玉兎を攫うことだとばかり思っていたわ」
永琳はオオスの優しさを見ていた。だから、これこそ本命と理解していた。
「貴方は鈴仙に随分気にかけていたから」
永琳はそう言った。
オオスは鈴仙に優しかったのだ。…あの輝夜が嫉妬する程度には。
「では、第二幕は後程のお楽しみということで」
オオスは永琳の内心を慮り言った。…優しさは思慮を伴わなければ意味がない。
オオスは永琳の策程度で連れ帰れるような覚悟で月に戦い等挑まない。
オオスは月に怒りを覚えていた。だからこそ、勇儀を誘ったのだ。
…アイツらに一泡吹かせてやろうと誘ったのだ。
「鈴仙さんに挨拶しに行きませんか?きっと喜びますよ」
オオスは気分を変えて、鈴瑚達へ言った。もう隠れなくて良いのだと暗に言い聞かせた。
「久しぶりだわー。鈴仙、元気にしているかなぁ」
清蘭は無邪気に喜んでいた。清蘭は鈴仙との再会を楽しみにしていた。
「仕事じゃないのは久しぶりだわ」
鈴瑚は仕事としてではなく、普通に遊びに行くことを喜んでいた。
「まだ負けていないわ。あの封筒の使い道を誤らなければ…」
永琳はオオスに負けをまだ認めていなかった。
…今回は永琳も想定外だ。
しかし、別の可能性。オオスの策に対しても考慮に入れた青い封筒であった。
「パチュリーも行きませんか?夜風が気持ち良いですよ?きっと」
オオスはパチュリーを誘った。…実はパチュリーにだけわかるメッセージであった。
「私はここで本を読んでいるわ」
パチュリーはオオスが月へのナビゲータとして働くのを知っていて言うことに気が付いた。
パチュリーは永琳にバレないようにさり気なく本を読みながらオオスの言葉を聞いていた。
「そうですか…じゃあ、また今度レミリアさんと一緒に出掛けましょう」
オオスはパチュリーにアレをやると宣言した。
「…ああ、なるほど」
パチュリーは誰にも聞こえないように呟いた。
オオスは本当にアレをやるつもりなのだとわかった。
「それは是非見に行くわ」
パチュリーはオオスに笑みを浮かべて言った。…楽しみが増えたと喜んだ。
一方、
「永琳。もう休んで良いのよ…」
輝夜は永琳に優しく声をかけた。
輝夜には永琳がオオスに幾度となく死体蹴りされているように見えたのだ。
「…輝夜。ありがとう」
永琳は二人きりのときの様に輝夜を名前で呼んだ。