ある春の日のこと。
人と会話するのが苦手だった。
『…………』
『…………』
視線は合わない。私は彼女の目を見ることができなくて。彼女の視線は私の顔と髪をいじる手を行ったり来たりしている。
『……じゃ、じゃあね』
『……うん』
彼女は教室を去った。
……はぁ。
誰もいなくなった教室にため息が一つ。
漏れたため息は開放による安堵か、孤独による寂しさか。
会話はできるだけしたくない。でも、誰もいないのは寂しい。
そんなどうしようもない思いに呼応してため息に続いたのは窓から隙間風の入る音だけだった。
居心地の悪かった私は、まだ長かった髪を一人いじり続けていた。
◇
髪の毛を切った。
小学校の間ずっと伸ばしていた髪とはもうおさらばだ。
そもそも私はあまり自分の髪の毛が好きではない。
私は気まずくなると髪の毛をいじりだす癖があった。
それをうまく察して会話を終わらせてくれた3年前同じクラスだったあの子の名前は何だっただろうか。
そんな事さえ思い出せない私のどうしようもない部分を思い出させてくれる子の髪の毛が、私は嫌いだった。
今まではそれでも髪の毛を切る勇気が出なくて。
これを切ってしまえばいざという時に縋る“何か”を失ってしまうような気がしてずっと切ることができなかった。
でも、もう違う。
私のコミュ力は全く上がっていないけれど。
それでも支えてくれる大事な幼馴染が一人いる。
彼は私の言わんとしていることをくみ取ってくれるから。
彼といれば私はさみしさを覚えないで済むから。
この中学生になるこの日に私は一歩踏み出すことができるのではないのだろうか。
そう思って…………
「あれ、夏蓮髪切ったんだ?」
「うん」
風呂上り、着替えて一番にカーテンを開けると窓の
さっき美容院でバッサリと切った髪。ちらと部屋の鏡を見ると違和感の募る私のショートヘア姿。
「これから暑くなると鬱陶しいし」
「確かに、温かくなってきたもんね」
「あと、せっかくだし」
「なるほどね」
ふと思い立って、部屋の壁に掛けてあった明日から通う中学の制服を体の前で合わせてみる。
「どう?」
「あはは、なんだか夏蓮が夏蓮じゃないみたいだ」
「むぅ、それどういう意味」
「だって、先月まで一緒にランドセル背負ってた友達が中学の制服着てて、しかも髪型も変えてて印象も変わって見える。まるで夏蓮が大人の人みたいに見えるよ」
「……身長は止まり始めたけど」
「別に、気にすることないんじゃない?」
「気にする。葉は昔からずっとでかいのに」
「まぁ、僕は男子だからね」
そう宣った葉の目線は今となっては私の目線よりずっと高い。もともと身長の高かった葉だが、最近輪をかけて高くなったと思う。男子は中学高校で今後もっと高くなると聞くけど、正直、葉はこれ以上大きくならなくていい。
ちなみに、対する私は既に周りの女子よりも背が低く、伸びそうもな雰囲気もないと来た。なんだこの理不尽は。
「でも夏蓮は小さくてもかわいいから、今のままでも僕はいいと思うよ」
……ッ!?
「…………そういうこと言うな。私は高い方がいい」
「そう?」
「そう」
……葉はよく私のことを可愛いと言ってくれる。今までならば、『弟分のくせに生意気』とあしらっていたところだが、身長差のさらに大きくなった今、姉貴面が絶妙に締まらないのがもどかしい。まぁ、やめるつもりもないが。
だが、いつまでも言われなれない葉の『かわいい』には、やっぱりちょっと言い表せないむずがゆさが走る。
「あは、夏蓮、髪切ったせいで耳がちょっと赤いのバレてるよ?」
「~!?!?」
「そんなに身長のこと気になる?」
「……もんくある」
「別に?」
急に意識すらしてなかったことを言われて顔に血が上る。もしかしたら今はさっきよりももっと赤くなっているかもしれない。
顔を逸らして必死に取り繕おうとするが、表情は取り繕えても頬に残る熱気はどうにも引かなかった。
「葉はどれだけ高くなるの?」
「どうだろ。でも、まだ伸びはすると思うよ」
「止まっていいよ」
「僕に言われてもどうにもできないかなぁ」
「して、どうにか」
「えぇ……」
想像する。あと3年6年経ってさらに身長の伸びた葉の姿を。私もまったく伸びないことはないだろうが、きっと葉に追いつくことはない。
今同様背が伸びないであろう私とどんどん背が伸びていくであろう葉の未来の二人の姿は。
……まぁ、そんなに変わらないか。
どうしようもない安心感を感じていると、階下から『かれんー!』と私を呼ぶ声がした。
「じゃあ、私ご飯食べてくるから。また後で」
「あ、うん…………そうだ、夏蓮」
「…………??」
「髪の毛、長いのも綺麗だったけど、短いのも可愛らしいね。僕はどっち夏蓮も好きだよ」
「……ありがと」
最後の最後でそんな事を言ってしまう葉に、そんな事を言われてしまってまんざらでもない自分に、恥ずかしさが込み上げてきて、せっかく引きはじめた顔の熱が再び込み上げてくる。
まったく、葉はなんで恥ずかしげもなくそんなこと言えるんだ。
私はこの空気感をやり過ごそうと自然と自分の髪に手を伸ばし…………空を切る。
隠せない赤い顔を見てにこやかにしている葉を見て更に顔が熱くなる。きっと、これすらも葉にはわかってしまっているだろう。
……まぁ、でも。
葉の前くらいなら、この二部屋の中くらいなら。
それも、別に悪くはないかなって。
今後葉の背が更に伸びて、私が髪の毛を伸ばしているかはわからないけれど。
葉が綺麗と言うのならまた伸ばしてみるのも悪くはないかなとか。
葉がかわいいと言うのなら短くしておこうとか。
そんな事を考えたりしてみた。
私は自分の長い髪が好きじゃなかったはずなのに。そんな事をいつか思い返してほしいロングのルストもアリだなと思いました。
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