とある世界のとある一幕   作:chee

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年越しネタ間に合わなかった奴を掘り起こしたので書き上げて供養しますわ。もしも楽羽と紅音がそんな出会い方をしていたら。


いつも見ていた君と

健康な体作りはVRゲーマーの基本である。そんなわけで私は今日も早朝からランニングに出ているのだが……

 

「うぅ……さぶっ……」

 

季節が冬に入ってしばらくの12月も後半。もう日が出る時間もかなり遅くなって、もう少し温かい時間になってから走りたいものだとも思うが、学校に行く時間を考えればそういうわけにもいかない。女子は朝の準備にも時間がかかるのだ。

 

自販機の前で一度立ち止ってポケットから財布を取り出す。この休憩で飲むホットココアが最近のひそかなお気に入りだ。かじかんだ手先で小銭を自販機に突っ込んでココア缶を買い、近くのベンチへ腰かけた。

 

「ほぅ……」

 

小さく息を吐くと吐息が白い煙となって消えていく。何となくその吐いては消える吐息を眺めていたその時、とっとっとっとっ……と軽快なリズムが聞こえてきた。

 

「っ……っ……っ……」

 

走ってきたのは一人の女の子だ。いつもこの時間に私と似た位置を走っている女の子。あっというまに私の目の前を走り抜けていってしまった。……ほんと、すごい速いなぁ。多分私より年下だよね、あの子。もしかして中学生くらい?相変わらずめっちゃ速いな……。

 

何となくぼーっとその背中を眺めてみる。

 

……ちょうどその時。

 

「……げっ」

 

雨が降り始めた。

 

 

 

 

 

「………」

 

急に雨に降られて急いで帰ろうとしたその道中に、彼女は居た。

 

公園の小さな屋根付き広場。そこで退屈そうに雨宿りをしていたあの女の子。いつも楽しそうに走っている姿からは想像できないような冷めた視線で雨空を眺めるその様子がどうしても気になってしまって。私は気が付いたら声をかけていた。

 

 

「……はい」

 

「……?」

 

 

差し出したのはさっき買ったココア缶。まだ買ってからそんな経ってなかったから温かい。目を丸くして固まる女の子に缶を押し付けるとなんか照れくさくて自然と目を逸らしてしまった。

 

「ほら、毎朝頑張って走ってたの私だって見てりゃわかるし」

 

未だに顔を「?」で埋めた様子の女の子。いや、これは深い意味とかはなくて……!!

 

「……ほら!そんなうっすいシャツ一枚でこの雨浴びたらどうなるかくらいわかるでしょ!風邪ひいちゃうって」

 

私の着ていたジャージを勢いで押し付ける。するとようやく女の子の方も事態が飲み込めてきたようで。

 

「……!そんな!わるいですよ!!私は大丈夫です!!むしろおねえさんが風邪ひいちゃいますよ!!」

 

「いいのいいの!!私の家すぐそこだから!!」

 

「そんなこと言っても……」

 

「……じゃっ!!」

 

これ以上話してるとどんどんボロが出てしまいそうだ。私はこのまま帰ってしまおうと踵を返す。

 

 

「あのっ!!……最後に、お名前教えてください!!……また、会えますか?」

 

 

振り返った時に見た瞳から力強い何かを感じる。引き込まれる。

 

本当なら今日一回話せば今後はまた他人に戻るつもりではあったのだけれど、また、私もこの子と話してみたいと、そう思えた。

 

 

「私、陽務楽羽。この辺走ってればまた会えるかもね」

 

 

そう言い残して、満足げな私は家に向かってまた走り出した。

 

 

 

 

 

 

あのあと、私の方が風邪ひいた。

 

……いや、まって、言い訳をさせて欲しい。あの場にジャージは一枚しかなくて、きっと私が着て帰ったらあの子の方が風邪をひいてしまっていたはず。だからこれであの子が無事健康体で帰ることができたなら、私のしたことはあってたはずだ。もちろん後悔はしてない。

 

……ただ一つ後悔があるとすれば、あれ以来寝込んでしまった私がランニングにも出ないせいであの子に再び会えていないことだ。

 

そして数日が経って何とか体調も戻りかけてきた今日。

 

 

あの子に会えないまま、大晦日を迎えてしまったのだ。

 

 

「お姉ちゃん!!早く来て!!」

 

「うぅ……わかったから……」

 

 

今私は瑠美に連れられて初詣に来ている。しかも瑠美が伝手で確保してくれやがった振袖を着せられて。

 

近所の神社は年明けを目の前にして多くの若者でにぎわっている。みんなこんなにも寒いのに元気だなぁ。大晦日なんて暖かい布団にもぐってVRゲームか炬燵でテレビの2択でしょ。

 

「……お姉ちゃん何でそんな死にそうな顔してるの」

 

「寒いんだよ察せ」

 

「かわいい恰好のために我慢できないとかお姉ちゃん女子高生失格」

 

「世の女子高生は瑠美ほどオシャレに貪欲になれないんだよ」

 

「少なくとも世の女子高生もお姉ちゃんよりは貪欲だから安心してね」

 

「なにも安心できないってそれ……」

 

さっさと年越してお参り済ませて帰りたい……。

 

寒さに肩を縮こめて白い息を一つ吐く。私達よりも少し後ろの高校生くらいの集団が急に大声でカウントダウンを始めた。

 

ーーー3!!!

 

ーーー2!!!

 

ーーー1!!!

 

 

ーーーあけましておめでと〜〜〜〜!!!

 

 

大歓声とともに新年を告げる鐘が鳴る。その鐘の音は境内の騒音を縫うように抜けていって私達の耳を撫でた。

 

「……年明けたねぇ」

 

「あけましておめでとう、お姉ちゃん」

 

「うん。おめでとう」

 

「じゃあ私はここで巫女のバイトしてる読モ友達のところに行くからお姉ちゃん先帰ってて」

 

「了解」

 

 

そう言い残した瑠美が神社の母屋の方へと向かっていった

 

…ふぅ。やっと解放された。

 

とりあえず、家に帰って寝よう。そう思って振り返る。

 

 

「…………」

 

 

その時、視界の端に見覚えのある顔が映った気がした。

 

 

「……」

 

「……えっ」

 

 

見えたのは、ここで見るとは全く思っていなかった、ここ最近ずっと会いたいと思っていたその顔。

 

 

固まる。

 

 

目があって、そして目を奪われてしまった。

 

その女の子はいつものラフでスポーティな恰好ではなく私と同じように振袖を着ていて、それでいてどこか着慣れていないような佇まいが余計に愛らしさを演出している。人混みは凄かったけれど、何故か私達以外には誰もいないかのような不思議な静寂。喧騒は聞こえるけれど、それでも私の目には彼女しか見えなかった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

どれだけの間二人でこうしていたかはわからない。だけど、その静寂は唐突に破られた。

 

「…ぅわっ!?」

 

「…っとと」

 

人混みに押されて体勢を崩したその子が私の方によろけてきて私はそれ受け止める。

 

「ぁ……ありがとうございます!!……その、楽羽さん、ですよね?」

 

「うん。えと、きみは……あはは、名前聞いてなかったや」

 

「私!隠岐紅音っていいます!!よろしくお願いします!!」

 

「うん。よろしく」

 

紅音、紅音、あかね……その名前をしっかりと噛みしめる。そっかぁ…紅音っていうのかぁ……えへへ。

 

その名前の響きが骨の髄に染み渡るように体中をめぐる。今まで他人としか思ってなかった女の子が、実際に他人でしかなかった女の子が、この間一度話したことがあるだけなのに、今はこんなにも身近に感じる。

 

腕の中にいる少女(紅音)がにへっと笑うと、私もつられて笑ってしまう。不思議な感覚だ。

 

 

「楽羽さん、いつもジャージ姿しか見てないから振り袖姿は新鮮ですね!かわいいです!」

 

「んなッ……!?」

 

 

こんなかわいい子に可愛いと言われると、ほら、私普段はかわいいなんて言われてないから余計に……うごごぁあ……!!!

 

「……楽羽さん?寒さで耳まで赤くなっちゃってます。これ飲んでください」

 

「ッ……あ、ありがと」

 

耳の赤い理由はほかに大きな心当たりがあるが、察されたくないので誤魔化して差し出された甘酒を受け取る。ほぁ……あったかぁ……。

 

「紅音もよく似合ってるじゃん。ホントに、かわいい」

 

「……ぇっ」

 

「??」

 

そんな他愛のない会話をしていたが、気が付けば紅音もよほど冷えたのか耳まで真っ赤だ。

 

「…紅音も寒いんじゃん。ほら、これ飲みなって」

 

「ぇ、ありがとうございます…」

 

半分ほど飲んだ甘酒を紅音に返す。カップに残っていた残り紅音が飲み干した。

 

「はぁ……あったかい……あの日のココアみたいに」

 

「ココア?」

 

「前に楽羽さんにもらったやつです。すごくおいしくて、温かかったなぁ…」

 

「…それはよかった」

 

あの缶は確かに買いたてだったから温かかったはずだ。あの時も相当体冷やしてたのかな……ますますあの時紅音に声を書けて良かったと思える。

 

 

「……そうだ!!夜が明けたら私の家に来ませんか?一緒に新年のお祝いをしましょう!!」

 

「え!?まぁ予定はないけど……」

 

知り合っていきなりお家に招待!?嬉しいけど、本当にいいの?お正月だよ?ご家族とか……

 

「じゃあ大丈夫ですね!!家の準備は済ませておきますので!!」

 

「た、確かに私は大丈夫だけど、紅音は一緒にお祝いする友達とかいないの?彼氏とかは?」

 

「友達はもっぱら家族と過ごしてますね……彼氏はいません」

 

「へぇ……モテそうなのに。好きな人とかいないの?」

 

「好きな人ですか……」

 

 

ここにきて紅音が少し悩んだような表情を浮かべる。紅音も一人の女の子好きな人の一人や二人くらい……

 

 

「……」

 

「……??」

 

 

急に紅音と目が合う。というか、めちゃくちゃ顔を覗かれてる。

 

 

「…楽羽さん」

 

「…はい」

 

 

急に名前を呼ばれて少しかしこまって答える。好きな人に追いて思いを馳せていた様には見えない紅音のどこかきょとんとした表情からは紅音の言おうとしていたことは伺えない。いいたいどうしたんだろ……

 

 

 

「どうやら、私は楽羽さんのことが好きみたいです!」

 

 

 

………………えっ。

 

 

 

「では楽羽さん!お昼の11時くらいにいつも走っている公園で待っているので、来てくださいね!!」

 

 

そう言い残して紅音は帰ってしまう。私はその背中をただ固まって見送ることしかできない。頭の中ではさっきの紅音の言葉が繰り返し響いている。

 

 

 

『どうやら、私は楽羽さんのことが……』

 

そして、その言葉を反芻するたびに。

 

『……好きみたいです』

 

 

紅音の姿が見えなくなってもいまだに私は一歩も動くことができなくて。どんどん顔が熱くなる。どんどんと冷える神社の空気の中で、体の芯は熱くて熱くて仕方がなかった。多分さっきよりもずっと顔も真っ赤だろう。

 

 

「……まじか」

 

 

去る直前の紅音の顔は今までには見たことがないほどいい笑顔で。

 

その笑顔を愛おしいと感じてしまうのはきっと仕方がないことだろう。

 

 

気が付けば、今日紅音の家に遊びに行くことが、これから紅音とかかわることになるであろう新しい一年が、楽しみで仕方がなくなっていた。

 

 




楽羽が紅音を某ゲームの友人だと知り、二人の仲がさらに縮まるのはきっと思ったよりもすぐのお話。こんなところから楽羽の周りをぴょんぴょんする後輩系ヒロイン紅音ちゃんやサンラクの周りでいつもぴょんぴょんしてる後輩系ヒロイン茜ちゃんは誕生しますか??

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