とある世界のとある一幕   作:chee

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どうも、はじめまして。隠岐紅音にお姉ちゃんと呼ばれ隊一番隊所属のchee隊長です。以降よろしく。

大学に進学した羽と高校に進学した紅音のルームシェア概念、素晴らしくない?


例えばそんな二人の夜

まな板の上のサンマに包丁を入れる。

 

 

「…………」

 

 

すっ……と、丁寧に、つっかからないように、流れるように。

 

サンマに限らず、魚をさばくのは陽務家の必須教養である。ついでに、魚料理と虫料理に限って言えば、それなりに作れてしまう。ちなみにこれは娘二人がいつ嫁に出てもいいようにとか、そういう意図ではない。単に両親の趣味である。虫料理が作れたところで嫁には行けない。当然である。

 

そしてこの料理スキルが、大学に入って家を出た私にとってはとても重宝されるのである。

 

私にとって、そして、今私の家に一緒に住んでいる彼女(紅音)にとって、意外な生命線だった。

 

 

『ただいま帰りましたー!!』

 

 

玄関の方から声がした。おっと、もうそんな時間か。ぱたぱたと足音がする。きっと学校帰りの紅音が荷物を自室に一度置きに行っているのだろう。

 

紅音の部屋の方から間隔の短い扉の開閉音。きっと荷物を放り込んだのだろう。すると、紅音の次の行動はきっと……

 

紅音が台所の廊下からぴょこっと顔を出した。

 

 

「楽羽さん、先にお風呂いただきますね~」

 

「ちょっと待って!!!!」

 

 

風呂に入ろうとする紅音を必死に止める。慌てた私は既に慣れた手つきで開いたサンマをアルミでくるんでグリルに突っ込み、さっと手を洗う。ちなみに調味料等味付けは陽務家直伝である。今日も私たちの食卓に勝利は約束されたも同然……じゃなくて!!

 

 

「おかえりあかね~……むぎゅ」

 

「楽羽さん!?あの、抱き着くにしてもせめて先にシャワー浴びさせて欲しいと言いますか…………あと私むぎゅって口に出す人初めて見ました」

 

 

高校から帰ってきたばかりの紅音……そう、つまり部活終わりの紅音である!風呂に入ってしまう前に堪能せねば。

 

「いいじゃん、風呂に入ってこぎれいになった紅音よりも素の紅音の感じがして。私と同じシャンプーの匂いのする紅音よりも私は今の紅音に抱きつきたい」

 

「あの、それ私すごく恥ずかしいんですけど。私今汗臭いですし……」

 

「大丈夫!部活終わりで疲れてるでしょ!お姉ちゃんの胸の中でお休み!!」

 

「そ、そういうの大丈夫ですから!……風呂入ってきます!!!」

 

「あ、ちょっと待って……ほれ」

 

「んむ!?」

 

私の体を振り払って風呂に向かおうとした紅音の手を引いて、歩き出す紅音を引き止め、正面に回した手に持った飴玉を紅音の口に突っ込んだ。そしてちゃっかりもう一度後ろから抱きつくのを忘れない。

 

「部活、お疲れ様。疲れた時は甘いものってね」

 

「っっっ~~!ありがとうございます!」

 

「んん~んっ!じゃ、お風呂行ってらっしゃい。上がったらご飯だよ」

 

「はい!!行ってきます!!」

 

 

しょうがないので紅音を解放して風呂へと向かわせる。いつまでもこうしていてもしょうがないからね。料理をいつまでも放置しておくわけにもいかないし。

 

名残惜しかったので離す直前に後頭部に頬ずりしておいた。

 

 

……ちょっといい匂いがした。

 

 

 

 

 

 

「……すぅ……すぅ」

 

夕食の後、ソファーに二人並んでテレビを見ていたら、気が付いた時には紅音が私の肩で寝息を立てていた。

 

「まったくもぉ……」

 

これじゃ私が動けないじゃん。

 

その一言を紅音が起きないように声にならない声で呟いて、私も目を閉じることにした。

 

 

 

 

紅音が私の家に居候を始めて早半年。紅音ももうすっかりここに馴染んでしまった。

 

私が大学の進学に合わせて実家を出てみれば、新しい家のすぐ近くにあった高校から出てきたのはゲームの中で見覚えのあった少女(秋津茜)。思わず話しかけてしまって、打ち解けて、話を聞いてみれば、陸上の推薦で合格したこの高校が家から遠くて毎日2時間以上かけて通っているという。

 

本人曰く『これもトレーニングです』とのことだったらしいが、私がつい、ぽろっと、口から漏らしたその一言。

 

 

『私の家、住む?』

 

 

その一言に目を輝かせた紅音。私たちの腹は紅音の『面白そう!!』の一言で決まった。

 

後の話もとんとん拍子で進んだ。紅音のご両親に説明したら、和泉さんは快くOKを出してくれたし、輝朝さんも渋々了承してくれた。…………あれは間違いなく私が男だったらダメだった奴だったな。

 

そうして始まった私たちのルームシェア。家事も当番制にして、ちゃんと生活も落ち着くようになった。最初はどこか遠慮もあった紅音との距離感もぐんぐんと近づいて。

 

 

……そして、今こうして二人で寄りかかって寝ている今に繋がっているわけだ。

 

 

「……」

 

 

眠れるかなと思って目を瞑ってみたけど、いざ寝ようとすると眠気が引いてしまう。今紅音の隣でこうしている時間を寝過ごしてしまうなんてもったいないと、私の内の何かが叫んでいるのだろうか。

 

諦めて目を開けば、肩口から私の胸に手入れのされた綺麗な紅音の髪が垂れている。しかし、こうして見ると紅音の髪って本当に綺麗だよなぁ……。化粧品やトリートメントの種類とかって意外と大事なんだな。その辺まとめて監修してくれてる瑠美に感謝をしながら紅音の頭を撫でてみた。

 

「んんー」

 

まるで喉を鳴らす子猫のように。心地よさそうに呻きながら私の肩に頬ずりをする紅音。

 

え……なにこれ可愛すぎない?

 

 

「ん…ん……らく……は……」

 

 

気持ちよさそうに、甘い声で囁かれる寝言。紅音は今一体どんな夢を見ているのだろうか。どうやら私が出てきているらしいが……

 

 

 

 

「……お、ね……ちゃん…………」

 

 

「ーーーッッ!?!?!?」

 

 

 

 

楽羽……お姉ちゃん!?!?

 

い、今紅音が寝言でそう言った!?私のことをお姉ちゃんと!?!?起きてる時はそういうの絶対に言ってくれないのに!!!

 

 

 

「あーー、もうっ……本ッ当にかわいい……!!!」

 

 

 

あの小生意気な瑠美よりも紅音が妹に欲しいよ……と思ったところで、紅音が小刻みに頭を震わせる。それが何だか『瑠美ちゃんにそんなこと言っちゃいけませんよ!!』と言われたような気がして。

 

ははっ。紅音、確かにそういう事言いそう。

 

 

ごめんよー、あかねー。なんて、口だけ動かしながら、それじゃあ私は夢の中でこのもう一人の妹(紅音)をどうかわいがってやろうかなんて企みながら。

 

隣で寝息を立てる紅音に寄り添うように、私は再び目を閉じた。




寝る前、紅音がいつも縛ってる髪が降ろされてて、窓から差す夜空の紺色の闇がこれを映えさせるんですよね。そんな紅音にお姉ちゃんと呼ばれたい人生だった……

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