私は夏祭りという行事があまり好きではなかった。
賑やかしとして呼ばれれば、当然として場は盛り上がる。私は天下のトップモデル様だ。一たび浴衣でステージ上を練り歩けば、ステージ下から大きな歓声が上がる。群衆の中から私の熱心なファンをセンサーで発見したので
私の出番が終われば、次のバンドパフォーマーたちが楽器の準備を始めて、私はテントの中へと下がる。当然その途中でもなお向けられ続けるカメラの数々は意識から外さない。舞台外でいかに美しいショットを残せるかがカリスマモデルかそれ以外かの差である。
「ふぅ」
用意されたドリンクを飲むときはいやらしくならないように、程よく艶めかしく。大丈夫。他人からの見られ方については十分に心得ている。
「天音さん、お疲れさまでした」
「……市長さん。私の方こそ今日は呼んでいただいてどうも」
「こちらこそ、まさか本当にこんな小さな町に来ていただけるとは思いませんでした」
「私は仕事の大小は選びませんよ。私が綺麗に映れるならね」
話しかけて来たのは今回のオファーを出してくれた市長さん。こういうイベントホストは媚を売れば売るほどそのネットワークからいい仕事が舞い込んでくる。自分のネームの大きさに慢心せず、ちゃんと自分を売り込むことも忘れない。大きすぎる名前というのは時たま仕事を遠ざけてしまうのだ。
「天音さんの出番はこれで以上ですが、良ければこの祭りをもう少し楽しんでいってください」
「もちろんです」
市長さんとの挨拶を終えた私は目的もなく祭りの中を練り歩く。仕事が終わってすぐに引っ込んでしまっては印象を悪く持つ人もいるだろう。舞台の私を見逃した人や遠くて見えなかった人もいるだろうからね。
当然私の周りには人が集まる。一人一人のリクエストには応えられないけれど、向けられる視線が不満な物が一つもない事に何となく安堵する。
その私の周囲の雰囲気は「夏祭りの雰囲気」と言うにはあまりにも異様だった。モデルとしてブレイクして以来、私は「お祭り特有の空気」という物を味わえていない。
それが少し物寂しくて、いつも世界で私だけが味わえるこの私だけのためのお祭りの空気に、本来のお祭りの空気とは違うそれに、酔いしれていた。
そんなこんなでファンをあしらいながらでもなんとなく私はお祭りを楽しむ。
気がつけば時が過ぎていて、子連れの家族はほとんど帰っていた。
学生はまだ友達同士で固まって何やら騒いでいたし、大人は終わる様子の無い酒の席の盛り上がりが最高潮に達していた。
私も、ようやくファンの大群から開放されて一息つくことができそうだった。そして、帰り支度でもはじめようかとしたちょうどその時、酷く聴き慣れた声が耳に届いた。
「永遠」
振り返れば、そこに居たのは私の旧友。未だ切れない、切られてあげるつもりなんて毛頭ない私の腐れ縁。
「あれ、モモちゃん。どうしたのさこんな場所で」
「なに、私にだって浮かれてお祭りに行きたい日もあるさ」
「じゃあ浴衣くらい来てくれば?」
「……私が浴衣似合わないの知ってて言ってるだろ」
無難を体現したかのような地味な普段着姿のモモちゃんがジト目を向けてくる。流石にその巨乳じゃあどう頑張っても浴衣は気崩れる。その巨大なメロンを削ぎ落としでもしない限りモモちゃんが浴衣を着る日は来ないだろう。
「それなら、永遠は随分と楽しんだのだろうな?浴衣の着こなしはさすがの一言だが」
「私に着こなせない服なんてないの。モモちゃんなら知ってるでしょ?」
「で、大量のファンの目を釘付けにして、今の今まで愛想を振りまいてたわけか。ご苦労なことだな」
「ま、美人税ってやつだね」
「そんな日本語は存在しないぞ」
互いに皮肉たっぷりで軽口を叩きあってから、なんとなく二人で石段に腰を下ろす。私の返しにため息をついたモモちゃんはかばんからとあるものを取り出した。
「一緒にどうだ?」
「お、いいねぇ」
線香花火。
それは、日本の夏の風物詩の一つ。打ち上げ花火よりも儚く、脆く、されど明るいその火の玉は、私の大のお気に入りだった。
モモちゃんは袋から一本取りだして、懐からライターを取り出す。私たちの手元に二つの火の玉が出来上がった。
「はぁ、やっと落ち着いて夏祭りを堪能できてる気がする」
「お前はそういう仕事で来てたわけだからな。しょうがないだろう」
「そうなんだけどね、でも雰囲気はやっぱり楽しみたいわけで」
「面倒だな」
「でしょ」
さっきまで私にできていた人だかりももうない。むしろ遠巻きな視線が多く見える。言ってしまえば、線香花火をしている私が一つの芸術品なのだ。アンニュイな表情の一つでも見せてやれば、近づこうと思う奴なんていなくなるし、それでも目を離せなくなってしまう。
「あっ」
「……あっ」
先に玉が落ちたのはモモちゃんの方だった。だが、私の方もすぐに後を追う。モモちゃんはもう二本取り出して、一本を私に渡し、再び火をつける。
「なんかさぁ、この線香花火ってゲームみたいだよね」
「ん?確かにどちらが先に落ちるかゲームにして遊んだりもするが」
「いや、そうじゃなくてさ。こうやって火が消え細っていくのを見世物にされて、消えたら次の花火がすぐに点けられる。この補充の利く使い捨て感がゲームプレイヤーに似てるなって」
「……世の中にゲームでプレイヤーを使い捨てるような奴がお前以外にそうそういると思うなよ?」
確かにモモちゃんはそういうタイプではないけど、鉛筆王朝時代の私みたいにいろんなプレイヤーを束ねる立場になったことがある人なら意外とそういう人もいるんじゃないかな。わからんけど。
「モモちゃんはさ、火が消えた後の線香花火ってどう思う?」
「どうって、別にどうも思わないが」
「モモちゃん、流石。それはね、『
「正解?」
「そう。正解。火の消えたらすぐに忘れて新しい花火を点ける。そっちの方が綺麗だから。もう火の点かない花火なんて眺めていてももう輝きやしない。だから忘れてしまえばいい。そんな花火の事なんて」
「……そういう言い方すると少しかわいそうに思えてきたな」
二人して今目の前で輝く線香花火から目を逸らして、既に火の消えて放置されている二本の線香花火に目を移した。モモちゃんの視線はその惨めな死に姿を憐れんでいるように見えた。
「かわいそうは違うよ、モモちゃん。
「『あの子』って……永遠、線香花火にそこまで感情移入するか?」
「うーん、やっぱり今しか輝けないから精一杯輝いてやろうっていう考え方には少なからず共感があるからね。まぁ私は死んでも輝いているけど」
たった数十秒の刹那の輝きのために生まれてきた線香花火。当然街灯の明かりやデパートの明かりに比べればずっと弱い光でしかないけれど、せめて見られている相手には一番美しく映ろうとバチバチ光るその光。確かに、若いうちに売れておこうというモデル業界人のそれに近いものがある。
私は、今目の前で必死にその存在を主張する目を戻す。
「だからこそ、こうやって輝いている線香花火はこんなにも愛おしい」
その線香花火は既に火も小さくなり続け、火が消えるのも時間の問題といったようなところだった。モモちゃんのも同じような様子だ。落ちなかっただけでもよくやったと思う。
(――君はよくやったよ。安らかにお眠り)
私は二人分の線香花火に「ふっ」と息を吹きかけて、二つの火の玉を
「んなっ。何をする」
「別に、なんでも。ほら、もう一本だして」
納得のいかない表情で新しく二本の線香花火に火をつけるモモちゃん。
私たちの視線はもう前の線香花火からは外され、新たに爛々と輝く火の玉へと向けられていた。
四本の既に火の消えた線香花火の方に目を向けることはないけれど、それらを想って、『あぁ、これが
「あっ!!」
私は、もう一度目の前で燃え盛る火の玉をあっけなく吹き消した。
鉛筆が派手に爆発したがるのは自分を大きく見せたいっていうのが心のどこかにあると思うんですよね。ゲームセンスは外道組の中でも一枚劣る鉛筆だから。
だからこそ、小さく、儚く、弱々しく、それでも火の点いたその刹那だけは他の何よりも目を引く線香花火に鉛筆を重ねるのには底知れぬエモがあると思うの。