小説版 「君の膵臓をたべたい」の2次創作です。
主人公2人の掛け合いがもっと見たくて書きました。


春樹が桜良の共病文庫を病院で拾って初めて話してから、最初の図書室でのやり取りの間の話になります。

小説既読推奨です。

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6月12日

週の始まり月曜日の放課後、僕は一人蛍光灯の光に照らされながら、黙々と図書委員としての仕事をこなしていた。

じめじめした蒸し暑い空気の中、クーラーのかかっていない図書室には誰の姿も見えない。

暗い窓の外では重たい雲が日の光を遮りながら、朝からしとしとと雨を降らし続けている。

 

最近の天気はずっとこんな調子だ。

 

埃が降り積もる音さえ聞こえてきそうな静けさの中、重くのしかかってくるような雰囲気が性格に合っているのか、僕は教室でクラスメイトに囲まれている時よりもリラックスしていた。

やっぱり、誰とも関わらず一人静かに本に囲まれて過ごす方が僕には合っている。

 

 

積み重ねられた知識と、カビと埃の匂いで満たされた図書室には、重厚としか言いようがない時間が流れていて、それだけで僕は何とも言えない満ち足りた気持ちに満たされていく。

 

幸せというのはきっと、日常の中のこんな何気ない瞬間のことを言うんだろう。

こんな時間が永遠に続け「やっほー、お待たせーーー!」 

 

 

・・・・どうやら幸せな時間は長くは続かないらしい。

 

勢いよく入ってきたもう一人の図書委員と一緒に、慌ただしい喧騒が廊下から流れ込んできて、図書室の中の空気が急激に音を取り戻していく。

せっかくの静寂が台無しだ。

 

「ちょっと何か返事してよー、大声で独り言言ってる変な人だと思われちゃうじゃん!」

 

僕がしみじみ幸せの短さを儚んでいるうちに彼女は僕のところまでやってきて、身勝手な文句を言いながら、隣の席にドサッという大きな音と一緒にカバンを置いた。

 

大体にして、山以外でやっほーなんて言う人は変な人に決まってる。

 

「別に待ってはいなかったけど。」

 

「またまたー、私がいなくて寂しかったくせにー」

からかうような悪戯っぽい笑顔で彼女が笑いかけてくる。

 

「遅れてきて謝罪も無いなんていいご身分だね」

 

「それはごめんってー。ちょっと先生に呼ばれてちゃってね。忙しかった?」

慌てて、機嫌を伺うように彼女が顔を覗き込んでくる。

どうやら遅れてきた自覚はあるらしい。

 

「別にいいけどね。そしてこの状況を見て忙しいように見えるの?」

 

「うわははっ、確かに」

 

閑散とした図書室を見まわして彼女は楽しそうに笑うと、何故か図書室の真ん中まで移動して、誰もいないのをいいことに不思議なリズムを口ずさみながらクルクル踊り始めた。

 

どうやら、この蒸し暑さのせいで頭がやられてしまったみたいだ。

 

思えば彼女と病院で初めて話してから一ヶ月くらい経つけれど、話せば話すほど彼女は変わっていて、予測不能で、天真爛漫だ。

こんな風に普通に接している分には大病を患っているようにはとても見えない。

 

本当に彼女はもうすぐ死んでしまうんだろうか?

彼女と接している内に僕はよく分からなくなってきていた。

 

そんなことを僕がうじうじと考えて続けている間も彼女はずっと踊り続けていたみたいで、正気に戻ってもらうべく声をかけることにする。

図書室で踊り狂う図書委員なんて前代未聞だ。

 

「図書室は踊るところじゃないって教わらなかったの?」

 

「それはわかってるよー、ムシムシしてるからこうやって体の周りにある蒸し暑さを吹き飛ばしてるんじゃん」

 

「扇風機にでもなるつもりなの?」

 

「そう、山内家秘伝の扇風機の術。こうすると蒸し暑さを30%もカットできるんです!」

悪戯っぽく指を3本立てて彼女が笑う。

 

「なにその胡散臭い話?科学者もビックリの新技術だね。将来とんでもない作り話で罪のない人を騙す詐欺師になれるんじゃない?」

 

「わははは、相変わらず【秘密を知ってるクラスメイト】くんは面白いことを言うねー。でも私には将来がないからね。君の方がそういうの詳しそうだし、悪徳詐欺師になる夢は君に託すよ」

 

「そんな寂しい顔して、さらっと人を犯罪者への道に引きずり込むのはやめてよ。そんな意地悪なことばっかり言ってると友だちいなくなるよ」

 

どういうつもりなのかは知らないけれど、彼女はこうやって自分の短い寿命に関した冗談を言っては、僕を困らせるのを楽しんでいる節がある。

彼女の場合、冗談になっていないので迷惑なことこの上ない。

 

「最初にこの話始めたのは【少し意地悪なクラスメイト】くんだからねー、それに友だちにはこんなこと言わないし」

 

「確かにそうだけど、僕が将来犯罪者になって可哀想だとは思わないの?ていうか僕を何だとおもってるの?」

 

「え?【秘密を知ってるクラスメイト】くんだけど?まあ、確かにちょっとかわいそうかな。それに君は人を騙すのあんまり上手そうじゃないよね」

 

「なんでそんな残念そうに言うの」

 

ちょうどその時図書室に2人組の生徒が入ってきた。

皮肉っぽい顔をして何か言おうとしていた彼女が図書委員の本分を思い出してくれたらしく、大人しくカウンターに帰って来る。

 

ようやく真面目に仕事をしてくれる気になったのかと思いきや、わざとらしくさっきまでの皮肉っぽい顔のまま、こちらをじっと見つめてくる。

 

思惑に乗るのも癪なので、彼女の痛いくらいの視線を横顔に感じながら彼女の方を見ないように無視していると、ちょうどカウンターに本を借りる人が来たので悔しそうな顔をして諦めてくれた。

 

何となく勝負に勝った気がして嬉しい。

 

 

その後はポツポツと利用者が増えてきて、彼女も僕も黙々とカウンター業務をこなしていく。

彼女も図書委員会の仕事には慣れてきたようで、貸し出しくらいはもう1人でできるみたいだ。

時々信じられないようなミスをする以外は、真面目に仕事を覚えてくれているので助かる。

 

本人に言えば調子に乗ること間違いなしなので直接伝えはしないけれど。

 

 

 

「ねえ、そういえば今日恋人の日なんだってよ」

カウンター業務がひと段落すると、早速彼女が側にすり寄ってきた。

彼女の甘い香りが僕の鼻先に漂ってくる。

 

「へえ」

 

「なんでもどこかの聖人が由来なんだって」

 

「ふーん」

 

「あれ、興味ないの?」

 

「興味があるように見える?」

もし興味があるように見えたなら、膵臓だけじゃなくて目も病院で診てもらった方がいいんじゃないだろうか。

 

「しっかし、恋人の日って何するんだろうねー?バレンタインみたいに恋人同士で贈り物でもするのかなー?」

 

「君は人の話を聞く気はないの?そんなことより返却されたこの本、書架に戻してくるよ」

 

「もっと返す本溜まってからでいいでしょー。そんなつまんないことより私との会話を楽しみなさいよー」

 

会話の流れが僕の都合の悪い方向に行きそうな気配を感じて、そそくさと本を持って逃走しようとしたところを、彼女にさりげなく回り込まれて書架への道を塞がれてしまう。

図書カウンターは、今彼女がいる方からしか出入りできないのでどこにも逃げられない。

袋のネズミというやつだ。

 

「つまんないことじゃなくて、大事な図書委員の仕事なんだけど。それに、人との会話を楽しいと思ったことなんて、僕にはないよ」

 

監禁罪が適用される条件を調べておこうと心に決めながら、しかたがないのでカウンターからの脱出を諦めて椅子に腰掛ける。

 

「え?!なにそれ?ほら、言葉のコミュニケーション、会話してその人の好きなものとか、嫌いなもの、性格とか少しずつ知っていって最終的には友だちになるの。楽しいでしょ?」

 

「楽しいでしょって言われても、そもそも僕と会話しようとする人がいないからね」

 

「えー、そうなの?君、あんまり教室で喋らないからみんなから怖がられてるんじゃないの?」

 

「まさか。皆んな僕なんかに興味がないだけだよ」

 

僕も周りのクラスメイトに興味がないので、変に気を遣われて話しかけられるよりもほっといてもらえる方がありがたい。

特殊な共存関係というやつだ。

 

「そう?私は【からかい甲斐のあるクラスメイト】くんと話してて楽しいんだけどなー。君も楽しいでしょ?」

 

「え?うーん、、、、、普通かな」

 

「ええ!?ひどっ!楽しいって思ってるのは私だけ?こんなかわいい女の子と話せて嬉しくないの?」

 

「・・・・・・」

 

「そんなに見つめないでよ、恥ずかしいじゃん!」

呆れた目で見ていたら、両手を頬に当てて恥ずかしがりはじめた。

歯でも痛むんだろうか?

 

「冷ややかな目で見られてることを恥ずかしがるより先に、自分の発言を恥ずかしがったら?」

 

「もう、相変わらず辛辣だねー。重病人の私を労わろうって気はないの?」

 

今度はむっとしたような表情になって唇を尖らせている。

彼女を見ていると、人間ってこんなに色んな表情があったんだなと変なところで感心してしまう。

きっと僕の何倍も顔の筋肉が発達しているに違いない。

 

「流石にその発言は労わりきれないよ」

 

「あはははっ、君は私への愛が足りないなぁ〜。私が死んだら【薄情なクラスメイト】くん、私のことなんてすぐ忘れちゃうんじゃないの?」

 

「愛は在庫僅少だからね、大事な人にしか使わないんだ。でも流石に君みたいな印象的な人、忘れようとしても忘れられないでしょ」

 

「・・・・・」

 

なかなか返事が返ってこないので何かあったのかと不審に思って顔を上げてみたら、嬉しそうにニヤニヤしている不審者と目があった。

 

「ふーん、忘れられないかぁ、うふふふふふ」

 

「どうしたの、そんな気持ち悪い笑い方して」

 

「いやー、覚えていてもらえるって幸せだなーと思って。大病冥利に尽きるね!」

 

「その言葉の使い方は違うような気がするけど。それに君はクラスでも人気者なんだから、たくさんの人に覚えててもらえるでしょ」

 

「うーん、そりゃあ今は友達はいっぱいいるけどさ、でも、私が死んで、みんなは高校を卒業して、大学に進学して、就職して、結婚してってなった時に覚えていてくれる人ってそんなにいないと思うんだよね。みんな忘れちゃうよ」

彼女の声がやけに静かな図書室の中に吸い込まれていく。

 

「そんなことないでしょ。本当の友達は家族みたいに替えが利かないものなんだって。人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことであるって本に書いてあったよ」

あまりに穏やかな顔をして寂しいことを言うので、思わず反論してしまう。

 

僕が今死んだら大人になるまで覚えていてくれるクラスメイトはいないだろうけど、クラスの人気者の彼女にそんな心配は似合わない。

 

「おっ、【秘密を知ってるクラスメイト】くん、いいこと言うね。さすが読者家!そうだよね。それに君も死ぬまで覚えててくれるって言ってくれたしねー」

 

彼女のさっきまでの雰囲気が嘘だったかのように表情が一変して、今度は悪戯っぽい表情で身を乗り出してくる。

 

そんなことを言った覚えはないし、顔が近い。

気づかれないようそっと椅子ごと体を引いた。

 

「そんなこと言ってないし、友達いっぱいいるんだから覚えてる人が一人増えたところで大して変わらないでしょ」

 

「そんなことないよ。【秘密を知ってるクラスメイト】くんは家族以外で唯一私の病気のことを知ってる人だからね。特別だよ。病気と共に生きてる私を知ってるのは【秘密を知ってるクラスメイト】くんだけだから」

 

僕は、過度な期待を込めて微笑みかけてくる彼女から自然と目を逸らしてしまう。

 

彼女は、自分の病気のことをなぜか親しい友達にも言っていないようで、理不尽にも彼女の病気のことを知りながら接するという重責が僕にだけ課されていた。

 

大体にして、彼女の恋人ではなくて、親友でもなくて、友達ですらない僕に、彼女の人生を分かったような気になって覚えているなんてことできるはずがない。

 

「そんな重大な役目、僕には荷が重いから誰か他の人に託すよ」

 

「大丈夫大丈夫、君は普段どおりに接してくれればいいだけだから」

 

「言っておくけど大人になっても覚えてるって言っても、クラスメイトとして覚えてるってだけだからね」

 

「えー、ただのクラスメイト?こんなに楽しくおしゃべりしてるのに、ただのクラスメイトってことはないでしょー。せめて、可愛くて、クラスの人気者で、でもどこか儚げな雰囲気があって、いつも目で追っちゃう・・・」

ニヤニヤしながら指折り数えているので急いで止めに入る。

 

「ねえ、ちょっと、ちょっと待った。君の辞書に謙虚って言葉載ってないの?ていうかそれどういうつもりで言ってるの?」

 

珍しく強めにツッコむ僕を見て、彼女が楽しそうにケタケタ笑っている。

 

「どういうつもりって?君の心の声を代弁してあげただけだよ?」

 

「勝手に人の心の声捏造しないでよ。いつか名誉棄損で捕まるよ」

 

「捕まる前に寿命が尽きるから大丈夫!時効だね!」

グッと親指を立てて、彼女が笑いかけてくる。

 

「いや、良くないし、時効ってそういうことじゃないでしょ」

 

「あはははっ、やっぱり【秘密を知ってるクラスメイト】くんと一緒に話してると楽しいねー」

 

曇りのない笑顔で本当に楽しそうにそんなことを言われると、自分も楽しいような気がしてくるから不思議だ。

つくづく自分は流されやすい性格らしい。

 

「楽しいというか、君が一方的に楽しんでるだけな気がするんだけど」

 

「あー、まあね。もうあんまり長くないってわかってから、前より色んなことが楽しく感じる気がするね。今楽しまないともう楽しめないかもしれないからさ。だから、君も一緒に楽しもうよー。楽しまないと人生損だよ」

 

「別に一人で十分楽しんでるから大丈夫だよ。一人の方が僕には合ってるから」

 

「とりあえず私以外の話せる人もいっぱいいた方が楽しいよね。そうだ!誰か私の友達紹介してあげるよ」

彼女が自分の言葉に自分で納得して、うんうん一人で頷いている。

 

「ねえ、度々お尋ねしてますけど、人の話聞いてます?」

勝手に一人で納得されても困る。

 

「友だちが多いに越したことはないでしょ?」

 

「そうかな?君だったら、友だちの数より質の方が大事だ。とか言いそうなものだけどね」

 

「ちっちっちっ、まだまだ私の理解が甘いなー」

今度はいらっとする表情をして、指を左右に振っている。

 

「じゃあ、君ならなんて言うのさ?」

 

「そりゃあ、どっちもだよ。心の許せる親友がたくさんいたらそれが一番でしょ!」

 

「それはそうだけど、欲張りすぎじゃない?」

 

「こんだけ不運なんだから少しくらい欲張ったっていいでしょー」

 

「うーん・・・・・まあ、それはそうかもしれないね」

 

「そう!それでこの夏はたくさん遊ぶの!楽しみだなー!」

 

「そう、それは楽しみだね」

 

そして僕を一人にしておいてもらえるとありがたい。

はしゃぐ彼女を横目にそんなことを思っていたことを悟られたらしく、不機嫌な顔で彼女が詰め寄ってくる。

 

「もう、全然心がこもってないなー。やっぱり【秘密を知ってるクラスメイト】くんは薄情だねー」

 

「そんなことないよ。ただ気持ちを表すのが苦手なだけ」

 

「ふーん、そうなんだー。じゃあ、本当はこの夏、そんな真顔の裏では私と遊びたくて遊びたくてワクワクしてるってことだね」

 

お気に入りのおもちゃを見つけた子犬のように、してやったりと彼女が笑いかけてくる。

どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。

弁明しようと口を開きかけたちょうどその時、チャイムが下校時間を告げる音が鳴り始めて、二人きりの図書室に響き渡った。

 

計ったようなタイミングで鳴り始めた助け舟に僕は思わずほっとしてしまう。

下校時間がきたら、もう図書委員としての仕事は終了だ。つまり、彼女とこの場にとどまって話を続ける理由もなくなる。

 

この話題を強制的に終わらせるべく、何か理由をつけて帰ってしまおうと彼女の様子をそっとうかがっていると、最初はいいタイミングで会話を邪魔されて不機嫌そうだった表情が、急にはっと何かを思い出した顔になる。

 

「あ、やばっ!もうこんな時間!!今日は恭子たちと一緒に帰る約束してたんだった!」

どうやら誰かと一緒に帰る約束をしていたらしい。

 

「だから、君とは一緒に帰れないんだ、ゴメンね」

からかうようにニヤッと笑って彼女が付け加える。

 

「いやいや、一緒に帰るつもりなんてないから」

 

「あっ、それとも恭子たちと一緒に帰る?」

 

「そんな気まずいメンバーに入れるわけないでしょ」

 

「うわははっ、それは残念。でも、今日は楽しかったよ。じゃあ、また明日。急いでるからごめんね!あ、戸締りよろしくねー!」

 

そう言うと彼女が椅子の上に置いてあった自分の荷物を素早く手にして僕の椅子の後ろをすり抜けると、返事をする隙すら与えず、ヒラヒラと手を振って慌ただしく図書室から出て行ってしまった。

 

嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった彼女は、やっぱり今日も最後まで予測不能だった。

急に彼女を失って、一気に静けさが戻った図書室は、彼女が来る前よりもっと静かになったように思える。

けれど、不思議と彼女が来る前のような重い雰囲気はもう感じなかった。

 

 

それからやれやれと、彼女に振り回されっぱなしの自分に首をふりつつ、僕も荷物をまとめる。

 

最後に図書室の中にもう誰もいないことを確認すると、鍵を掛けて、誰もいない廊下を抜けて職員室に鍵を返してから帰路につく。

下駄箱に続く廊下の窓から覗く空は相変わらずの曇り空で、雲の切れ目からところどころ光の柱が伸びていた。

 

雨も少し小降りになってきたみたいだ。

 

帰宅部の生徒はもう帰ってしまっていて、運動部の生徒はまだ部活をしている中途半端なこの時間、下駄箱にも誰の姿も見えない。

 

いつもはたくさんの生徒で溢れている空間に誰もいないのは、帰りが遅くなる時はいつも見ているとはいえ、不思議な光景だった。

誰も居ない校舎の寂しげな光景には、どこか親しみさえ感じてしまう。

 

下駄箱で上履きから靴に履き替えると、地面を叩く雨の音がはっきり聞こえてくる。

 

今日は帰ったら何を読もうか?

そんなことを考えながら、傘をさして足早に下駄箱を出る。

 

外に出た途端、むっとするような生温かい空気がまとわりついてきて、汗がどっと吹き出してきた。

 

濃い雨の匂いがわっと押し寄せてくる。

今年の梅雨はいつもよりも蒸し暑くて長いらしい。

 

そういえば、彼女は無事友達と一緒に帰れただろうか?

 

今ごろきっと、あのいつもの笑顔を振りまきながら、友だちと楽しく帰っているんだろう。

想像の中の彼女は忙しく笑ったり怒ったりしながら、大げさな身振り手振りで友だちを笑わせていた。ーーー病気のことなんておくびも出さずに。

 

彼女の屈託のない笑顔が脳裏に浮かんでくる。

 

それから彼女の、覚えていてくれる人なんていない、と言った穏やかな表情が浮かんでくる。

 

僕は想像してしまう。

もしかしたら、いつも友だちに囲まれてはいても、一番大事な病気のことを共有できない彼女は、僕なんかよりずっと孤独だったのかもしれない。

 

そんなことを考え始めてしまうと、彼女がいなくなるまでの少しの間くらい、【秘密を知っているクラスメイト】として会話に付き合ってあげるくらいなら、してあげてもいいような気がしてくる。

どうせ今まで流されるままに生きてきたんだから、今までと同じように流されているだけで、彼女の幾ばくかの助けになれるならそれも悪くない。

 

死ぬまで病気と共に生きることを覚悟した、勇敢な彼女へのちょっとした手助けだ。

 

しかしそうなると、明日からも彼女の相手が大変だな。

僕は小さくため息をつくと、さっさと帰って本でも読もうと歩調を速める。

 

不思議とその足取りはいつもよりも軽い気がした。

 

 

いつもと同じ帰り道、分厚い雲の隙間から射しこんだ光の矢が、通学路の脇に生えている名前もわからないねじくれた木を明るく照らし始めていた。




タイトルの通り6月12日に書き始めて、完成までに3ヶ月以上かかってしまいました_(┐「ε:)_

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