英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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未熟な英雄

 ダンジョン。

 モンスターが無限に湧き出る、地下に広がる魔窟。

 モンスターから取れる魔石や、そこでしか取れない鉱物に植物。

 一攫千金や名声を求め数多くの者達が穴に潜る。

 祖父は言った。モンスターから可愛い子を助け、惚れさせ、ハーレムを作れと。

 師は言った。モンスターは酷い味だがそこそこ食えると。

 母は言った。心の赴くままに行動しろと。

 少年は、物語の英雄のような活躍がしてみたかった。誰でも助けられる英雄になりたかった。出来る事なら女の子とも仲良くなりたい。

 だけど、何より、英雄になりたい。

 ()()()()()()

 

「来い、ミノタウロス!」

「ブゥ、フ──ブオアアアアア!!」

 

 目の前で吠えるのはダンジョンの中層と呼ばれる階層に住まうはずのモンスターであるミノタウロス。

 上層、それも中層から離れた第5階層にはいる筈がないモンスター。駆け出しなど直ぐに殺される。

 なのに少年は生きていた。

 

「オオオ──!」

「ツゥ!!」

 

 振り下ろされる石斧をナイフで反らす。弾くなど不可能だ。筋力に圧倒的な差がある。

 振るわれる拳も同様。右足を軸に左足で地面を擦りながら半身になり躱し、伸ばされた腕の関節を狙う。

 

「っ!」

 

 刃は、刺さらない。ミノタウロスは伸ばされた腕を横凪に振るう。体を後ろに倒しながら避け、そのまま後転しながら距離を取る。

 

「あ、う───」

「何してるの!? 早く逃げて!」

 

 ちなみに言っておくと、彼は師から逃げる事も大切だと教わった。というか少年の父は逃げ足が早かったらしい。

 きつすぎる修行時代、何故父は自分にそれを色濃く受け継がせてくれなかったのかちょっと恨んだ事もある。まあ恩恵無しで既に並の恩恵持ちを超えられる逃げ足を持つ時点で凄いことなのだが。

 そんな彼が、逃げない理由。それは背後の少女にあった。栗色の髪をした、自分より背の低い少女。足から血を流しており、走れないようだが這って逃げることは出来るはず。その時間を稼ぐ為に戦っているのだ。

 

「オオオオオオ!!」

 

 そんな少年の事情など知らぬと猛牛は少年を殺そうと迫る。

 

「【ブロンテー】!」

「オアアア!?」

 

 少年の手から雷光が迸る。魔法だ。超短文詠唱。否、()()()()()()()()少年だけの特別な魔法。

 とはいえ詠唱の長さが攻撃の威力に直結する魔法で詠唱が存在しないというのは攻撃力で劣るということ。なのに、わずかだがミノタウロスにダメージを与えたのはスキル故か。

 それでも微々たるダメージ。しかし薄暗いダンジョンで強烈な雷光はミノタウロスの視界を一時的に奪うには十分。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 怒涛の猛撃(ラッシュ)がミノタウロスを襲う。一撃一撃に決死の思いを込めた猛攻。

 呼吸を行うために弛緩するのすら惜しいゆえに、呼吸を止めて行う全力の攻撃にミノタウロスの皮膚に少しずつ傷が刻まれていく。

 

「オオオオオオッ!」

 

 敵が見えぬまま、しかし傷つくという事は近くにいると言う事と判断したミノタウロスが地面を殴りつける。砕けた地面が散弾となり襲いかかってくる。

 

「ぐう───!!」

 

 服を割き、皮膚を破り、肉を千切る。

 痛い! 物凄く痛い。涙が出て来た。吹き飛ばされた少年に、少女はハッとして漸く逃げようと地面を這う。

 視力が戻ってきたミノタウロスはしかしそんな少女に目を向けず少年だけを睨む。不自然なまでに、少年しか、見えていない。

 

「ヴオオオオオオオ!!」

 

 ドスドス地面を揺すり少年に接近し、その蹄鉄などより遥かに硬い蹄を振り下ろす。

 少年の姿は、ない。

 

「────ヴァ!?」

 

 ブチュリと湿った音と共に左の視界が奪われる。光に焼かれ真っ白に染まった先ほどと違い、暗闇。いや、響く激痛が赤を連想させる。

 

「ヴオオオオ!!」

 

 首を大きく降るう。あの一瞬でミノタウロスの体を登り、首に絡みつきナイフで目を貫いた少年は投げ飛ばされる。

 残った右目で睨みつけてくるミノタウロスの前で少年は奇行に走る。あろう事か、ミノタウロスの左目を喰った。

 ゴクリと喉を鳴らし、ミノタウロスを睨みつける少年。

 次の瞬間、地面を蹴る。

 

「────!?」

 

 先程より、速い。先程より、一撃の威力が重い。

 膂力で勝るはずのミノタウロスだったが、技術と速度により、押され始める。赤い双眸がミノタウロスを睨視する。力任せに石斧を振り回しなんとか距離を取らせるが、捕食者は自分だとでも言うようなその視線に、思わず後退るミノタウロス。

 そもそも彼は、自分より強い相手から逃げて来た。逃げる事を覚えたのだから、一度も二度も変わらない。

 

「決着を、つけよう」

「───ッ!?」

 

 その言葉に、ミノタウロスの足が止まる。人の言葉など、知らない。知らぬ筈だ。だが、その言葉を聞き、足が地面に縫い付けられたかのように止まる。

 

「ヴヴウウウ」

「【ブロンテー】」

 

 息を深く吐き出し、地面に手を、()()のようにつくミノタウロス。

 対する少年は雷を纏う。

 

「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 咆哮と同時に駆け出す両者。

 全てを貫かんとするミノタウロスの角に相対するは、みすぼらしい短剣。短剣は、砕け散る。

 だが、少年は予想していたと言うように低く構えたミノタウロスより更に低く地を這いミノタウロスの懐に入り込む。

 

「【福音(ゴスペル)】! 【サタナス・ヴェーリオン】!!」

 

 短文詠唱の魔法が発動される。憧れより生み出された強力な魔法が、少年の魔力を食らっていく。その魔力を対価に奏でられる大鐘楼(グランド・ベル)

 音は衝撃波となりミノタウロスの身体を吹き飛ばす。

 

「ヴ、グブォアアアアア!!」

 

 内臓が揺さぶられた。否、潰された。

 血を吐きながら弧を描くミノタウロスはしかし闘志は消えない。己が『宿敵』を睨みつけ、少年もまたミノタウロスに追撃を仕掛ける。

 

「ブルアアアアアア!」

 

 角には劣るがミノタウロスの強力な武器の一つ、蹄が振り下ろされる。空中で回転しながら放たれるそれはLv.3でも致命傷を追うだろう。

 対する少年は、発動には詠唱が不要なその魔法に、()()()()を加える。

 

「【大神の雷よ(ケラヴノス)】!!」

 

 纏っていた雷が掌に集まり槍を形成する。振るわれる雷霆は物理的に存在しているかのようにミノタウロスの蹄とぶつかり合い、焼き尽くす。

 雷霆が少年の手から離れる。本物の雷のように、空を駆け抜ける。

 

「──────」

 

 視界を覆う雷光を、ミノタウロスは目に焼き付ける。最早それしか不可能。次の瞬間には雷光がミノタウロスの上半身を消し飛ばした。

 

 

 

 

「ハ、ハァー…………ふぅ、はぁはぁ………」

 

 その場で膝を付き肩で息をする少年。名を、ベル・クラネル。

 

「勝っ………た? 勝った…………はは、勝てた」

 

 勝利を自覚するにはしばし時を要した。だが、理解し笑みを浮かべる。ミノタウロスの影響かモンスター達は逃げるように姿を消していた。しばらくは大丈夫だろう。

 そういえば、先程の少女は?

 そう思い立ち上がろうとしたベルの耳に、ピキリと亀裂が走る音が聞こえる。慌てて振り返れば壁の一部が割れ、モンスターが姿を表していた。

 

「っ!」

 

 コボルトだ。大して強くないモンスターだが、満身創痍のベルにはキツい。立ち上がろうとして、足にうまく力が入らない。そんな獲物を前に舌なめずりするコボルトだったが…………

 

「…………え?」

 

 その首が、金色の風に切り落とされる。

 

「あの………大丈夫ですか?」

 

 否、それは金色の風ではない。金の髪を持った、少女だ。ベルより僅かに年が上の少女は、金色の瞳をベルに向ける。どうやら、彼女が助けてくれたらしい。

 綺麗な人だ。母に匹敵するかもしれない。母を知らなければ一目惚れしてたかもしれない。そう思うほどに美しい少女。

 

「あの、この辺にミノタウロス見ませんでしたか?」

「ミノタウロス?」

「えっと…………逃げちゃって」

 

 なるほど、ミノタウロスが5階層に現れたのは、彼女、もしくは彼女達に追われたからか。被害者として、言うべきことはあるのかもしれないが、今は後回しだ。

 

「すいません! 用事があるので、また!」

 

 先程の少女が逃げ遅れてないか探すために、ベルは走り出した。幸いというか残念ながらと言うか、少女は見つからなかった。途中血の跡が途絶え、空の瓶が転がっている事を察するに、ポーションで傷を癒やし地上まで逃げたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………」

 

 ダンジョンから出て、ベルは大きく息を吸う。ボロボロになったベルを見て嘲るような視線が幾つも向けられるが気付かない。

 ダンジョンに来て、初めて誰かを助けた。助けられた。

 

──ぼくがさいごの『英雄』になる

 

 母との約束。まだまだ未熟な身なれど、取り敢えずは一歩進めたのではないだろうか。

 パン! と両頬を叩く。よし、と歩き出す。ここからだ。ここから始める。僕の、ベル・クラネルの英雄譚を!

 だから、どうか見守っていてくれ。

 空を見上げ、今は亡き尊敬する師と、愛する義母を思い出し、ベルは天に願った。




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