英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
「ベル君! 戻って! あれは、君の相手じゃない!」
ベルを見送り、闘技場に現れたモンスターの咆哮を聞き相対するはずのモンスターが変わっていることに気づき慌てて後を追ったアーディはトラブルが起きたと気づかれ余計な混乱を避けるために観客席から見えぬ位置で叫ぶ。
「大丈夫ですよ………」
ベルはそう言って、安心させるように微笑むとグリフォンに向き直る。ガネーシャ達が慌てているのが見え、大丈夫と言うように視線で伝える。何やら慌てて命令を飛ばしていたシャクティをガネーシャが止める。
「クルルル!」
「あ!」
と、グリフォンは翼を羽ばたかせ浮かび上がると空へと逃げようとする。が、見えない壁にあたったかのように弾かれた。
逃走防止の結界が張られているのだろう。魔法か魔道具かは不明だが。
何度か壁にぶつかり逃げるのは不可能と判断したのか、グリフォンは自分が移動できる範囲の地面を睨む。木々を組み合わさって作った柵や大きな岩が無造作に置かれた場所で、
「クルルルル……」
ズシャ、と地面に降り立ち僅かな砂煙を上げる。
それはある種の余裕だ。自分を捕らえた人間達に比べ、華奢な体。武器はでかいが、それだけだ。
「……………」
「─────」
赤い瞳が、真っ直ぐ向けられる。ゾクリと言いしれぬ何かを感じとり思わず後退ったグリフォンはしかし己の行動に苛立ちを覚える。人間などに、ましてやあんなに弱そうな相手に怯えたなどと屈辱だ。
「クエエェェェェッ!!」
鳥類特有の甲高い声を上げ、猫科の猛獣に相応しい瞬発力で駆け、猛禽類の鋭い爪で切り裂かんと振るう。
わぁ!? と悲鳴が上がる。勝利を確信したグリフォンは、しかし横から加わった力に吹き飛ばされた。
「あれ〜、ベル君だ! なんでぇ!?」
「外部参加でしょ。けど、いきなりグリフォンってなんか変な話ねえ」
「グ、グリフォンってLv.3扱いのモンスターじゃ………」
ちょうど観戦に来ていた【ロキ・ファミリア】のティオナは知り合いが出てきた事に驚愕しティオネが冷静に答える。レフィーヤはLv.1の筈のベルの相手として現れたモンスターがグリフォンであることに困惑する。と、グリフォンが駆け出した。
観客の殆どは一般人か、オラリオの冒険者の大半を占めるLv1から2。下層域に生息するグリフォンなど初めて見るのだろう。思っていたよりずっと速いその動きに悲鳴を上げる。
レフィーヤも自分だったら間違いなく反応できないと目を見開く。鋭い爪がベルの体を切り裂くのを幻視する。しかし、それは所詮幻覚。
「…………え?」
吹き飛ばされたグリフォンにポカンと固まるレフィーヤ。何が起きたのか、さっぱり解らない。ティオネとティオナには見えたのかおお、と感心したように声を漏らしていた。
「な、何をしたんですか、あのヒューマン」
「爪を大剣でそらしてた」
「で、その爪の勢いも利用して回転しながら思いっきり斬りつけたってわけ………でも、すごい反応速度に筋力ね」
「ね〜、ミノタウロス倒したって言うから、普通のLv.1より強いとは思ってたけど………」
何でもないことのように言うのは、彼女達にとっては再現可能な技だからだ。だが、レフィーヤは違う。
前衛、後衛の違いはあれどレベルは2つも離れているはずだ。ランクが異なれば前衛後衛関係なく普通は勝てないほどの差が出る。だが、ベル・クラネルと同じことをしろと言われ、果たして出来るか?
「……………何なん、ですか。貴方は………」
アイズに何やら気に入られている他派閥の人間。最初の印象はそれだった。ミノタウロスを倒したと言ってもLv.1。認めたくない部分があった。憧れの人の目に止まる彼に対して嫉妬があった。
だけど、あるのか? 自分に、嫉妬する資格が。
アイズに、彼より自分を見てくださいと言えるだけの強さが、自分にあるのか?
「─────ッ!」
「あ、レフィーヤ!?」
その光景をそれ以上見たくなくて、レフィーヤは逃げ出すようにその場から走り出した。突然の行動に驚くティオナ達だったが、祭りの間は【ガネーシャ・ファミリア】も普段より多く見回りしてるし大丈夫だろうと観戦を続ける事にした。
(硬い───!)
斬りつけたが、殆ど切れなかった。あの毛皮、まるで鋼鉄のようだ。オマケに空を飛ぶためか体躯に対してやけに軽く、衝撃の殆どを受け流された。
「…………」
不意に感じる無遠慮な視線。グリフォンとベル、両者に向くべき視線がベル一人に向けられる感覚。こちらを観察する視線の出処を追えばVIP席が見える。中は、この位置からでは伺えないがおそらく問題を起こしそうな女神だろう。傍迷惑な女神だ。
「ケェアアアア!!」
「────!!」
グリフォンは怒りの咆哮を上げ叫ぶ。魔力の流動を感じた瞬間、翼の周囲に風が発生する。
モンスターは中層あたりから魔法のような現象を引き起こす。グリフォンも同様。本来なら飛行に向かぬその体躯には些か不釣り合いな、滑空が出来れば御の字の翼に風を纏わせ物理法則を超えた、その巨体を浮かべる。
翼をはためかせ、砂煙を巻き上げる。ベルの視界を大量の砂塵が覆い隠し、先程より遥かに速いグリフォンの爪が迫る。
「───!!」
首を狙ったその一撃を上体をそらし避けるが僅かに触れた爪が頬と喉に赤い線を走らせる。追撃しようにも遥か遠くで、遥か上。クルリと向きを変えたグリフォンはベルに向かって再び下降する。
落下の速度もプラスされた襲撃は地上から飛び出すより速く、反応しきれなかったベルの左肩を大きく切り裂く。
わっ! と悲鳴が上がり、グリフォンは再び上昇しベルに向き直ればベルは背を向け駆け出していた。
逃げる気か、と優越感を覚える。逃がすものかと追い掛ける。
「────!!」
動く相手には狙いが付けにくい。何度か強襲するも浅い傷をつける程度。背中や肩が傷だらけになるベルを見て、悲鳴が上がる。心配の声も。グリフォンは挑発するように闘技場の中をグルリと一周する。
「ベル君! ───っ!?」
もはや見ていられないと飛び出そうとしたアーディだったが、背後から誰かに掴まれ、後ろに投げられる。
「っ!?」
「大人しくしてろ」
何処から現れたのか、槍を持った小柄な
「………また、女神様の命令?」
「……………」
答えないが、聞くまでもない。彼がかの女神のため以外に動くとは思えない。
「そこを、どいて! ベル君が殺されちゃう!」
「…………死ぬのなら、あの方の期待に答えられぬなら、あのガキはそこまでだ」
一方的に試練を与え、一方的に期待し、一方的に失望する。相手の事など考えない。なんとも神らしい。
「だから私、あなた達の女神様に愛されたくないんだよ」
「………………」
怒りは、ない。所詮小娘の戯言としか取られていない。この程度は侮辱とすら受け取らないほど、目の前の男は己の主神たる女神を敬愛している。
アーディが剣を抜いて、目の前の男も槍をアーディに向けた。
翼を持つモンスターは
それは単純に制空権を取られ相手しにくいと言う強さの他に、モンスターが持つ愉悦感故だ。地を這う冒険者を、下に見る。今のグリフォンの様に───
「……………」
上空からベルを見下ろす。彼の速度にも慣れてきた。自分より遅い。狙いは、ここ!
「─────!!」
ベルの動きを先読みし、襲い掛かるグリフォン。観客からこれまでで一番の悲鳴が上がる。爪が狙うは、ベルの喉。
だが………ベルが
「────!?」
仕留めたはずの獲物に攻撃を回避され動揺したグリフォンはベルのすぐ後ろにあった木で造られた障害物にぶつかる。大きな音を立て地面に転がったグリフォンは体勢を立て直そうとし、目の前に迫る大剣を見て慌てて浮かび上がる。
ギィン! と右前足の剛毛に剣が叩き込まれる。浮いていたのと、風を纏っていたおかげで威力は落ちたが吹き飛ばされ、岩に背中をぶつける。
わあああ! と歓声が上がる。ベルを称える声だ。
「クルルルル!!」
ハメられたと理解したグリフォンは怒りで頭がどうにかなりそうだった。
ベルがやったことは単純。あえて本来の速度より遅く動き、攻撃を最低限くらい、相手が速度に慣れてきたら障害物に誘導し、加速してぶつけるというもの。障害物にぶつかった程度では大したダメージにはならないが、真の狙いは別にある。
「クケエエエエ!!」
もう油断はしないとベルの周りの障害物を意識しながら狙いを定め、迫る。しかし先程の攻防で速度に慣れていたのはベルも同じ。回避し───
「やあ!」
「クア!?」
木を固定するのに使っていた鎖がグリフォンの前足に絡みつく。
ベルの本命はこちらだ。攻撃をかわすと同時に上昇するために僅かに速度が落ちたのを見逃さず鎖を足に絡めたのだ。
「クルルゥ! ────クアァ!」
バチリと雷が鎖を通りグリフォンを襲う。
速攻魔法【ブロンテー】は詠唱も必要とせず、文字通り雷の速さを誇る魔法。しかし放つのはベルだ。狙うと言う過程が必要になる。動きを止める必要があった。
「【ケラウノス】!」
「キエェェェ!?」
雷が地上から天に向かって昇る。まともに食らったグリフォンは地面に落ちる。大剣が振るわれ、鋼鉄の如き羽毛が僅かに斬られ、白い毛が赤く染まる。
「おおおおおおお!!」
連撃が振るわれる。一撃一撃は大したことないが、少しずつダメージを負っていくグリフォンは、魔力を最大限にためる。
「クルアアアアアア!!」
「───!!」
ゴォウ! と暴風が吹き荒れる。ベルの体が浮き上がり障害物として用意されていた岩の一部が転がるほどの風速。砂どころか土すら舞い上がり、小さな石が散弾のようにベルを襲う。
地面を転がりながら目を守るベルはグリフォンの気配を探る。と、何かが風を切り落ちてくる。
咄嗟に大剣を盾のように構えるが、一部が足に突き刺さる。
「────っ!? これは、羽!?」
グリフォンの羽だ。抜けても鉄のような硬度は変わらず、ドロップアイテムとしてもそれなりの価値を持つ羽がベルの太腿に付き刺さっていた。
「クアアアアァ!!」
上空で叫ぶグリフォン。その翼を風が纏い、巻き上がった土煙のお陰で風の動きが見える。大きく羽ばたくと同時にベルに向かって突風が吹き荒れ無数の羽が飛来する。
「くぅ!!」
動きにくい程の強風に加え、無数の羽の弾丸。かするだけでも羽毛が肌を裂き、羽柄は鎧を貫き突き刺さる。
そうそう回復するものでも無いだろう。使い過ぎれば飛べなくなる、文字通りの奥の手。
「クエェェェェッ!!」
「────!!」
体中に怪我を負い、動きが鈍ったベルを狙い真上からの急降下。この試合始まって最大速度の攻撃。
「【
対してベルが放ったのは、超短文詠唱でありながら範囲魔法というチート技。ある程度指向性を持たせられるが、今回はそのあたりの調整は一切しない。ベルを中心に全方位に広がる音の暴風がグリフォンを襲い、速度を緩める。
「クルアアアアア!!」
それでもなお爪を振るうグリフォン。狙いは首だったがタイミングがズレ、顔に向かって振るわれ鮮血が舞う。
歓声に包まれていた闘技場が再び悲鳴に包まれる。
「────キィ!?」
「────!!」
だが、その血はベルだけのものではない。頬に大きな傷を作ったベルはグリフォンの足に噛み付いていた。
「ぐうう!」
そのまま首の力で地面に叩きつける。リィンリィンと鈴の音がグリフォンの耳に聞こえ、ベルは白い光を纏った剣を────
突然の奇行にグリフォンも観客も戸惑う。ベルは自分が入ってきた入り口を睨んでいた。
グリフォンはその隙を逃さず猛禽の前足でベルの肩を掴み浮かび上がる。
「ぐう──!!」
肩に食い込む爪、振り回される事により発生するG。グリフォンはベルを掴んだまま地面スレスレを飛んだり障害物にぶつかったりと、ベルにダメージを与えるように飛ぶ。
魔力を練る暇もない。一際大きな岩にベルの頭を叩きつけると結界ギリギリまで移動する。
リィンリィンと、鈴の音が響く。
ゴクリと、何かを飲み込む音が聞こえた。
「ケェェェェェッ!!」
落下、さらに加速。観客たちの悲鳴が上がり、グリフォンは地面スレスレでベルを放すと翼を広げ勢いを殺し地面を転がる。
ドォン! と闘技場の中央で巨大な土煙の柱が上がる。グリフォンは食いちぎられた脚を引きずるように立ち上がり土煙を見つめる。
観客達は息を呑む。あの威力でLv.1、助かるとは思えなかった。
グリフォンもまた、先程までの相手の耐久値なら確実に殺せたと勝利を確信し────鐘の音が響いた。
砂煙が晴れ、ボロボロだが確かに立っているベルの姿が現れる。白い光を纏い口元の血を拭う。
「─────!」
ベルの姿を確認して逆立っていた毛も、しかしすぐに伏せる。ベルが一歩近づく。後退り、しかしベルが再び一歩進む。
「──────」
目の前の、己より目線が低い人間に、グリフォンは翼を広げ嘴を大きく開く。対してベルは、そのグリフォンの額に手を優しく置いた。
「………………………クルルル」
グリフォンは目を細め、その場にしゃがみ込んだ。敵意は完全に消えた。観客達は、まだ呆然と見つめている。
ふぅ、と息を吐いたベルはグリフォンに背を向け、恭しく礼を取る。
「喝采を。劇は終わった」
「「「オ───オオオオオオオオッ!!」」」
歓声が大気を揺すり、拍手の雨が降り注ぐ。ベルはグリフォンの背に乗ると顎である方向を指す。意図を察したグリフォンは直ぐにベルの入ってきた入り口に向かって飛ぶ。
「アーディさん!」
「あ、ベル君…………うわぁ、勝ったんだ」
通路の壁に寄り掛かり肩から血を流すアーディがグリフォンに乗ったベルを見て微笑む。
「大丈夫ですか!? さっきの人影は!」
「あー、うん。逃げたよ。私と戦ってる方が、ベル君の邪魔になるって思ったみたい」
ベルが突然剣をぶん投げたのは、アーディが誰かに襲われているのが見えたからだ。グリフォンに対する攻撃をやめ、そちらに力の限り大剣をぶん投げた。その後すぐにグリフォンに襲われ結果は見えなかったがアーディはどうやら無事のようだ。
足音が聞こえてくる。【ガネーシャ・ファミリア】の団員達だろう。予定していたモンスターではなく本来なら優秀な
「アーディ!? 大丈夫か!」
「多めにポーション持ってきたぞ! ベル・クラネルと一緒に飲め!」
「あ、この子の世話お願いできますか?」
ポーションを飲み傷を癒やしたベルはグリフォンの顎下を撫でながら床に突き刺さっている大剣を抜く。
「じゃあ、僕はこの後神様と祭りを回る予定があるので!」
そう言って、ベルはその場から去っていった。
「……………はぁ、何してるんでしょう私」
思わず逃げ出したレフィーヤは、ため息を吐く。どんよりとしたその雰囲気に、誰もが知らず知らず距離を取る。
憧れの人の目に止まった相手の活躍が見たくないなんて、控えめに行っても自分勝手が過ぎる。ティオナ達も心配しているかもしれない。
「…………さっきの歓声、終わったんでしょうか?」
悲鳴では、なかった。なら勝ったのだろうか?
Lv.3のモンスターに駆け出しが勝つ。普通に考えればあり得ないが彼ならやってのけそうな、そんな妙な確信がある。
「………ふぅ…………よし!」
取り敢えず突然飛び出したことをティオナ達に謝りに行こうと踵を返し駆け出すレフィーヤ。と───
「ぐっ!?」
「きゃ!?」
曲がり角で人にぶつかる。冒険者と一般人がぶつかれば一般人だけが転ぶが今回は相手も冒険者だったのかレフィーヤもよろける。走っていたレフィーヤにぶつかった相手は尻もちをついていた。
「す、すいません! 大丈夫ですか!?」
手を伸ばし、相手を見る。黒髪に、赤緋の瞳を持った凛々しい顔立ちの
「私に触れるな!」
「──え」
パン! とその手が弾かれる。何だ何だと視線が集まる中、固まるレフィーヤに目の前のエルフはハッと目を見開く。
「大丈夫だ、もう行かせてもらう」
そう言って、立ち去ろうとしたまさにその時だった。
「────!」
路地裏から一人の男が走ってきた。その目は血走り、手に持つ剣は燃えている。魔剣だ。
その怪しい様子からまさか
「死に沈め、オラリオォォォォォォッ!!」
確定だ。すぐに捕らえねばと動こうとしたレフィーヤだったが、その必要は無かった。男はすぐに無力化された。無力化したのはエルフ、では無い。
「……………え?」
グチャリ、と生々しい音が響く。
路地裏から現れた
誰かが恐怖から持っていたものを思わず落とす。
「………あ」
誰かが恐怖から声を漏らす。
「ひぃ!?」
誰かが、恐怖から叫ぶ。
「モンスターだぁぁぁぁぁぁっ!!」
「オオオオオオオオオオオオオオっ!!」
毒々しい極彩色の花弁を空に向かって咲かせたモンスターの咆哮が、
感想お待ちしております