英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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祭の騒動

 闇派閥(イヴィルス)を喰らいボタボタと血を口から零す食人花。次の餌はどこだと言わんばかりに鎌首をもたげ、人類を見つめる。

 

「ひ、わ………うわあああ!!」

 

 一人の叫びに、混乱が伝播する。我先にと駆け出す町民。中には冒険者すら交じる。彼等はLv.1や2ばかりだが、長い間冒険者をやっていた。初めて見る新種であろうと、己では絶対勝てぬと悟ったのだ。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 そんな逃げ惑う獲物に、蔓を一振りする食人花。

 鞭のように振るわれた蔓は建物の壁を破壊し、落ちてきた瓦礫に人々が叫ぶ。

 その殆どが一般人。全力で走っても、モンスターからすれば笑える程遅い。無数の触手が再び振るわれる。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)!】」

 

 しかしそんな彼等とモンスターの間に割って入る影。黒髪の妖精(エルフ)短杖(ワンド)を構え、詠唱しながら割り込んだのだ。

 本来魔道士は固定砲台。強力な力を発動できるぶん、魔法詠唱中、魔力を練っている間は動けないという制約を持つ。それを覆すのが、魔力という難物を抱えながら別の行動を行う平行詠唱。未だ到達できている魔道士は多いとは言えないが中には同ランクの冒険者と戦闘行為を行いながら詠唱を行う強者もいる。

 彼女はそれと同等とは言わぬが、それでも平行詠唱を行える熟練者。しかし、間に合わない!

 

 

────()()()()()()()

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 足元に魔法円(マジックサークル)が展開し、純白の障壁が展開される。

 超短文詠唱。詠唱の短い魔法だが、本来なら威力に劣る魔法。しかし展開された魔法円(マジックサークル)が彼女が『魔導』という魔法を強化するアビリティを持っている証左。強力な魔法は食人花の攻撃を防ぎ、食人花は障壁を破ろうとしているのかガリガリと障壁に牙を突き立てる。

 

「う、うおおお!!」

 

 と、勇敢な一人の冒険者が食人花に突っ込むが、蚊でも払うかのように無造作に振るわれた蔓でゴミのように飛んでいく。あの蔓の速度、近付くのは危険だ。

 

「【解き放つ一条の光。聖木の弓幹。汝、弓の名手────】」

「─っ!? いかん、逃げろ!」

「………え」

 

 不意に聞こえた同胞の叫び。同時に、腹に衝撃が走る。

 

「───? がぁ!?」

 

 逃げ惑う人々を獲物と定めていた食人花は突如レフィーヤに振り返り、蔓の一本を振るう。脇腹に腕のように太い蔓が直撃し、レフィーヤの体が吹っ飛ぶ。

 それを認識したのは屋台に突っ込み瓦礫に埋もれてから。

 

「あ、かぅ………げほ! おぇ………げぇ!」

 

 後衛とは言えLv.3のレフィーヤを一撃で吹き飛ばす威力。口の中に鉄の味が広がる。胃の中のものが赤い液体と共に地面に零れ落ちる。

 手足が痺れたように動かない。食人花はレフィーヤに向かって近付いていく。

 

「………………」

 

 嫌だ、とレフィーヤは思った。

 立ち上がろうとするレフィーヤを嘲笑うかのようにゆっくりと近付く食人花。ボタボタと垂れる唾液。生暖かい息が近付く。

 嫌だ、嫌だ。もう嫌だ。

 動け、腕でも足でも体でも、何処でも良い!

 心は叫ぶ。こんな所で死にたくないと。役立たずでいたくないと。何より、諦めるのは嫌だと。なのに、体は動かない。動いてくれない。

 ゴォン、と鐘の音が響く。

 白い流星が食人花の頭を貫いた。

 

 

 

 

 ヘスティアと合流すべく街に出たベルはふと一人の人間に目を止める。

 師に言われた。『獲物の状態(あじ)を感じ取れ』と。様々な成分が混じった汗の匂いを鼻孔が、短い呼吸音を鼓膜が、僅かな動作を瞳が捉え、状態(あじ)を伝えてくる。

 焦燥、不安、僅か後悔に、期待? そして────殺気。

 

「アルシア、今そちらに向かおう───」

 

 取り出した魔剣が光を放つ。その程度の魔剣。周りの者達は何だ何だと足を止め振り返る。ベルは魔剣を持った男に向かって走る。

 その男の足元が盛り上がり、巨大な花が現れる。

 花弁の中央に生えた白い歯が男を食いちぎった。

 

「────!!」

 

 ボタボタと口から血が溢れる。ビチャリと体の一部が地面に落ちる。悲鳴が響く。

 

「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮が響く。目の前の一つだけではない。様々な方向から何重にも声が聞こえてくる。恐らく複数現れた。

 先程の男の行動から察するに魔剣で誘導したのだろう。何故魔剣で? 疑問はあれど後回しだ。

 蜘蛛の子を散らすように逃げる住人達を逃がすために戦闘行為に移るベル。

 雷を纏い、己を加速させる。

 

「────!!」

「っ!!」

 

 グリンとベルに向かって振り返った食人花にベルは反射的にその場から飛のく。ベルが先程までいた場所から、地面を貫くように蔓が伸びる。

 

(攻撃力はグリフォンよりは無さそうだけど、レベルは恐らく3────ッ!?)

 

 再び迫る蔓。鞭のようにしなり、あるいは槍のように真っ直ぐ突っ込んでくる無数の触手はベルにとっては一撃とてまともに食らうわけには行かない。

 周りで逃げ惑う住人に目を向けず、ベルばかりを狙う食人花。それ自体はベルも助かるが、不自然だ。

 

「オオオッ!!」

「くっ!」

 

 かわした攻撃が他の人に当たらぬよう常に周りに気を配る。建築物の被害は気にしていられない。

 雷を纏った脚が地面を叩き勢いを失った蔓を蹴りつけ街頭や屋台を巻き込み吹き飛ぶ。

 

「っ! 今の………!」

 

 ベルは目敏く不自然な挙動を見つけ、魔法を解く。地面はあちこち破壊されており、その破片の一つを街頭に投げつける。街頭の光は、魔石灯。破壊され零れ出た魔石に目ざとく反応する。大口を開け路面ごと噛み砕く勢いで魔石に迫る食人花。その首を、大剣で切り落とした。

 

「………っ…………ふぅ」

 

 蔓を蹴った感触から、打撃には相当強いようだが斬撃に対してはそこまでの耐性は持っていなかったようだ。

 先程、蹴った蔓が街頭を破壊した際出て来た魔石に一瞬だが反応していたのは見間違いではなかったらしく、作戦が成功したベルは一先ず安堵の息を吐く。

 優先順位は魔力、魔石(モンスター?)、人の順番のようだ。ある程度の特性が解った。次からはもう少し楽に殺せるだろうが、問題は数だ。

 悲鳴は、方向は未だやまない。敏捷(あし)には自身はあるが全てに対処できるはずもない。叶うなら他の強い冒険者がいる場所なら任せて、一般人しかいない所を目指したい。と───

 

「クルルルル!」

「え、君は………どうしてこんな所に!?」

 

 ベルの横に大きな影が降り立つ。グリフォンだ。それも、ベルが先程屈服させた。

 新たモンスターの登場にますますパニックになる中、ベルは丁度いいとグリフォンに語りかける。

 

「お願い、乗せて!」

「クルルル」

 

 グリフォンの飛行速度はベルより速い。背に乗り、飛んでもらえばかなりの時間短縮になるし上空からなら近くに冒険者がいるかも分かる。載せてくれというベルの提案にグリフォンは翼を動かし浮かび上がる。地面から数センチ、進む速度も遅い。

 ベルはその背に追いつき飛び乗る。

 

「ケエェェ!」

「わ、とと!」

 

 上空に向かうために斜めになり、ぐん、と加速し落ちそうになるベルは首に巻き付いていた鎖を掴む。

 というか良く見ると足にも鎖が絡まってる。これって【ガネーシャ・ファミリア】から、団員達を振り切り無理やり脱出してきたのでは? 後で謝ろう。

 

「っ! これは………」

 

 食人花の数は、想像以上だった。地上にモンスターなど早々運べるはずがないのだから、十数匹だと思っていた。

 しかし明らかに数十匹は居る。どうやって運んだかよりどうやって倒すかが先決だ。地上を見る限りアイズやアリーゼ達も戦っている。彼女達の方は優勢だが他の場所は微妙だ。と言うか町民に混じって逃げている冒険者まで居る。

 

「数が多すぎる、どうすれば………!」

 

 ベルのレベルは未だ1。本来なら食人花など軽く屠ったであろう魔法は、『彼女』に遠く及ばない。

 【英雄決意(アルゴノゥト)】を使えば及ばすとも食人花を消し飛ばすことは可能だろうが、時間も体力も使い過ぎる。

 

「……………いや、待てよ」

 

 あれはベルのみを強化するスキルではない。と、思う。

 理由はアーディを襲っていた何者かに向かってぶん投げた大剣。

 【英雄決意(アルゴノゥト)】はチャージ時間によって光量が変わるが、少ない時間なら光が集まるのは行動に移す場所だ。拳なら腕。蹴りなら足。剣戟なら剣。そして、ぶん投げた剣は尚も光り続けていた。

 剣そのものが強化されていたなら、とベルは跨っているグリフォンを見つめる。賭けだ……。

 ゴォン、と鐘の音が響く。

 

「合図したら、逃げてる人が多い所にいる順に体当りしてくれ」

「クエェ?」

 

 ベルの言葉に動揺するグリフォン。それはそうだ。グリフォンの突進ではあの食人花は倒せない。だけど──

 

「信じてほしい」

「ケェェェェン!」

 

 任せろ! と言うように叫ぶグリフォン。ベルは同時に英雄をイメージする。英雄ヒポノゥス。別名ベレロフォン。天馬(ペガサス)に乗り、数多の戦場を駆け抜けた戦士。

 鐘の音が響く。オラリオの住民達が空を見上げる。純白の光を纏うモンスター(グリフォン)が翼を羽ばたかせていた。

 

「行くぞ!」

「クエエエエ!!」

 

 一際大きな鐘の音が響き渡り、オラリオの空を不規則に飛ぶ白い流星が駆け抜けた。

 食人花達の頭部が破壊される。丁度魔石のある位置だ。その身を灰へと還し高速で物体が通過した影響で巻き起こった風に散らされる。

 

 

 

 確認できる限り逃げ遅れた住民が残っている最後の場所に到着すると同時にグリフォンが力尽き地面に転がる。

 

「うげ!?」

 

 ゴロゴロ地面を転がるベル。慌てて立ちあがりグリフォンに駆け寄ると肩を大きく上下させている。ベルも疲労が襲うが何時も程ではない。デメリットの殆どはグリフォンが請け負ったのだろう。

 

「ありがとう、助かったよ………」

「キュルル………」

 

 気にするな、と言うように鳴いたグリフォン。頭を撫でてやり、周りを見る。呆然と固まる冒険者達やオラリオの町民。微かに残った魔力の残滓から、黒髪に赤緋の瞳を持つエルフが戦っていてくれたらしい。

 怪我人は居ないかと視線を巡らせれば、見知った人物が倒れているのが見えた。

 

「レフィーヤさん! 大丈夫ですか!?」

 

 倒れているレフィーヤに駆け寄るベル。腹あたりの服が避けており、白い肌が赤黒く染まっていた。

 手を伸ばすベル。だが、その手がパンと弾かれる。

 

「………え?」

「…………あ」

 

 ポカンとするベルに、レフィーヤ。咄嗟の行動だったのだろう。レフィーヤ自身呆然としていた。

 エルフは認めたもの以外との肌の接触を嫌うが、これはそういった理由では無いだろう。

 黒く淀んだ目には、嫉妬があった、憎悪があった、憤怒があった………でも、後悔があった、自虐もあった、己自身に向けた、軽蔑があった。

 ベルが何かを言えば、壊れてしまいそうなレフィーヤに言葉を失う。

 

「あ、えっと………すいません、僕がエルフの方に触るのは………代わりに運んでもらえませんか?」

 

 と、黒髪のエルフに声をかける。

 

「………無理だ」

「え?」

「私が触れれば、その同族を汚してしまう」

 

 レフィーヤに劣らぬ程の自虐の瞳。ベルが固まっていると、不意に冒険者の一人が黒髪のエルフを見て声を漏らした。

 

「彼奴………まさか、『死妖精(バンシー)』?」

 

 バンシー? と首を傾げるベル。二つ名だろうか? なんとも不吉な。と、その冒険者の瞳に、憎悪が宿る。

 

「────っ!」

「なっ!?」

 

 男はエルフに向かって石を投げる。エルフは避ける素振りも見せず、しかし咄嗟に前に出たベルの額に石がぶつかった。

 

「お、お前、何を!」

「じ、邪魔すんじゃねえよガキ!」

「嫌です! 邪魔します! なんで、いきなり攻撃したんですか!」

「そいつは、死を運ぶんだよ! そいつと関わった奴は皆ダンジョンで死んだ! 等々地上にまで不幸を運びやがった! クソが、ダンジョンで大人しくしてりゃいいのに、モンスターがよ────!!」

 

 モンスターは人を襲う絶対的な悪。人をそう呼ぶのは、最大限の侮辱だ。それを行った男にベルが思わず叫ぼうとするがその前に別の人物が叫ぶ。

 

「そ、そうだ! お前のせいで………! ふざけやがって、どんだけ怪我人が出たと思ってやがる!」

「地上に出てくるんじゃねえよ!」「ダンジョンに帰れ! 化け物が!」

「………………」

「っ! や───!」

 

 甘んじて罵倒を受けようとするエルフだったが、ベルは我慢できなかった。何処か優越感に浸る彼等に正当性があるなどと、断じて認められない。再び叫ぼうとしたベルだったが……

 

「やめてよ!」

 

 一人の少女が叫んだ。子供の言葉だが、子供に叫ばれたことに何人かが睨む。ビクリと怯えた少女はしかし怯えながらも大人達を睨み返す。

 

「お姉ちゃん達は、私達を助けてくれたよ。皆と、あのおじさんしか戦おうとしてなかったもん。逃げてたばかりの人が、お姉ちゃんをいじめないでよぉ!」

「っ! このガキ、言わせておけば!」

 

 と、腕を振り上げる。ベルが、エルフが止めようとしたまさにその瞬間、ズン! と地面が大きく揺れる。少女のみならず、冒険者達まで浮き上がる衝撃。

 地震、ではない。ボゴォ! と音が響く。場所はダイダロス通り。

 地上の迷宮の奥から聞こえた破壊音は、しかし現れたそれを見て、迷宮など意味がないと誰もが思った。

 

「………何だ、あれ……」

「か、階層主………?」

 

 何故ならそれは余りに巨大だったから。建物など間違いなく破壊しながら突き進めるだけの巨体。数十メドルはある巨体はベルは遭遇したことはないが階層主クラスの規格外。

 毒々しい花弁を咲かせた食人花に酷似した極彩色の巨大花。誰もが固まるその場所に、巨体を倒した。




ヴィオラスに続きヴィスクム登場。ちょっとハード過ぎませんかねえ?
何処の邪神が思いついたんだ全く

因みにベレロフォンはギリシャ神話に登場する英雄


関係ないけどFate/HFでライダーが士郎に信頼されてるとセイバーにマウント取るとこ好き 


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