英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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神々の会話

「…………う、ん」

 

 倦怠感を感じながらも、ベルは目を覚ます。

 見覚えのない天井だ。祖父いわく、こういうのは知らない天井と言うのだったか?

 などと考えながら起き上がる。どうやら医務室のようで、ベッドが複数ありベルの寝ていたベッドのすぐ近くでグリフォンが寝息を立てており隣のベッドにはヘスティアが寝ている。

 

「って、神様!?」

 

 ここは医務室。近くで寄り添うならともかく、ベッドに寝かされているという事はまさか怪我したんじゃ!? と慌てて駆け寄るベル。

 

「心配ありません、眠っているだけです」

 

 と、扉が開きそんな声が聞こえる。振り向くと銀髪の女性がいた。一瞬小人族(パルゥム)かと思うほど背が低い人形のような女性だ。

 

「はじめまして。私はアミッド。【ディアンケヒト・ファミリア】の団長です」

「ディアンケヒトっていうと………ナァーザさんが言ってた医療系ファミリアの………あ、じゃあ僕の治療を?」

 

 ナァーザが何かと悪口を言っていた記憶がある。ライバルファミリアだから仲が悪いのだろうか?

 

「はい。今回、死者こそ出なかったものの重傷者を数人、軽傷者は数人と言った規模で怪我人が出ましたから、万全とは言えませんが傷は全て癒やし増血剤も投与しました………熱を測ります、楽にしてください」

 

 そう言うとアミッドはベルの額に手を当て、脈を測り、口を開けさせ喉の奥を見る。

 

「貧血気味ですがそれ以外は大丈夫そうですね。増血剤を処方しておきます。食事をしっかりとり、食後の30分以内に飲んでください」

 

 テキパキと診察していくアミッド。流石、団長なだけあり優秀だ。自分だけに時間を取らせるのが何だか心苦しい。

 

「あの、神様はどうして隣のベッドで?」

「と、言いますと?」

「いえ、神様なら心配して僕のベッドに忍び込むか、そうでなくてもすぐ隣に座ってそうだったので」

 

 というかヘスティアの性格だと心配で寝ることなんてしないのではないだろうか? それとも、それだけベルが寝ていたのか。

 

「ああ、騒ぎ立てて治療の邪魔だったので。殴って寝かせました」

「…………ん?」

 

 おかしいな、今なにか変な言葉が聞こえたぞ。

 

闇派閥(イヴィルス)全盛期や、今回のような大規模な襲撃が起こると多いんですよ。自分の仲間を優先的に治せという方や、怪我をしてるのに戦線に戻るという方が。あれは2年ほど前……一ヶ月働き詰めだった私の部下達につめより役立たずだの罵り一刻を争う重傷者をどかし、まだ十分暴れる元気のある自分を治せと騒ぎ………つい、殴ってしまいました。割と全力で」

「わりとぜんりょくで………」

 

 その日アミッドは気付いた。暴れる者に、治療の邪魔をする者を説得するのに時間をかけたり鎮静剤を使うより、いっそ気絶させた方が早く、緊急で運ばれてくる患者のために薬も節約できると。

 

「治療の邪魔となる輩は、だいたい拳でおとなしくできる………私はあの時、真理に至ったのです」

「それは神様達の言う『テツヤテンション』と言うやつじゃ………」

 

 多分彼女も部下と同様か、それ以上に働き詰めだったのだろう。そして思考の鈍った頭で間違った方向に振り切ったらしい。

 振り切ったまま、彼女は重傷者より己や己の仲間を優先させようとしてくる者達や時に襲いかかってくる闇派閥(イヴィルス)を殴り続けた。なんなら蹴ったし半殺しにもした。どうせ治すし、結果は同じだ。

 一応二つ名はあるがそれとは別に『バーサークヒーラー』という名も浸透しているらしい。

 

「ヘスティア様は地上において全知零能の神。脳を揺らせば、大して痛みを感じぬ威力でも寝かせられます」

「それは一般的に気絶と言うのでは?」

「寝ています」

「あ、はい……」

 

 取り敢えずこの人は逆らっちゃあかんタイプだ。義母の折檻を何度も食らったベルはそう判断した。

 

「それと、ここは? 【ディアンケヒト・ファミリア】のホームでしょうか?」

「いえ。そのモンスターが離れようとせず、聞けば抑えようとした【ガネーシャ・ファミリア】の団員に対しても暴れて貴方のもとに向かったそうなので、いっそモンスターも収容できる『アイアム・ガネーシャ』に」

「アイアム・ガネーシャ?」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の本拠の名前らしい。巨大なガネーシャの姿をしているのだとか。足の間が入り口と言っていたが、それ股間のことですよね?

 

「では、私は他の怪我人の元に向かいます。気絶したヘスティア様は、そろそろ目を覚ますでしょう」

「やっぱり気絶じゃないですか!?」

 

 

 

 

「また色々やってたらしいなぁ………」

 

 とある酒場。貸し切りとなったそこで、道化の神と美の神が対面していた。

 ニヤニヤ笑うロキにフレイヤは何処か不機嫌そうだった。

 

「せっかくあの子の活躍を胸に秘めたまま帰りたかったのに」

「ああ、『街角の英雄』なぁ………それとも『新たな英雄(ニューヒーロー)』の方がええか?」

 

 街角の英雄、新たな英雄(ニューヒーロー)……。

 ロキが呟いたそれらはある一人の人間を指す、1日で広まった通り名だ。

 突如再び大規模な虐殺を行おうとした闇派閥(イヴィルス)……彼等が何処からか連れてきたモンスターを半数以上仕留めた。しかも調教(テイム)したばかりのモンスターに乗り、流星のように輝きながらというなんとも見栄えのあるやり方で。しかもその後階層主サイズの超巨大モンスターに挑みその場にいた二人の妖精(エルフ)と共に打倒したというのだ。

 これでLv.1だと言うのだから噂はますます加速する。グリフォンをLv.1が調教(テイム)しただけでも話題になるというのに、もはや第一級にも劣らぬ知名度だ。

 

「ベルよ。ベル・クラネル………貴方も知っているでしょう? それが、あの子の名前」

「名前も調べとんのか。まぁた随分なお熱やなあ……」

「ええ、とても素敵だったわ。余計な事をするまでも無かったけど……」

 

 やっぱりグリフォンの件はこいつの仕業だったか、と呆れたように肩をすくめるロキは、スッと目をかすかに開きフレイヤを射抜く。

 

「で? 闇派閥(イヴィルス)の件は、お前も知らんかったんか?」

「ええ、そもそもあんな黒く濁った魂なんて、視界に入れるだけでも不快だもの」

 

 だから徹底的に潰していたのだ。全くどこにあれだけの数が隠れていたのか。フレイヤの視界から外れる場所となると、地下だろうか? 地下水路なら徹底的に調べられているはずだが……。

 相当周到に隠されているのだとしても、闇派閥(イヴィルス)が現れて数百年、あれだけの規模の組織が隠れるほどの工事など秘密裏に行えるとは思えない。

 

「うちの子も怪我させられたしなあ、絶対潰したる。手伝えフレイヤ」

「面倒くさいわ。『27階層の悪夢』で主要の邪神は殆ど返した。あなた達だけでも十分じゃないかしら?」

「まあ、数はともかく纏めてる連中は少ないやろ。せやけど、何ちゅーか、妙な感じがするんよ」

「妙な感じ?」

「今回の騒動、多分やけど一枚岩やない。自分を囮にモンスター呼んだ奴等と、レフィーヤが会ったつー調教師(テイマー)は別やろう」

 

 何せ階層主サイズの新種を操れるなら、わざわざ仲間の命を散らして呼び寄せる必要があるとは思えない。あれ一匹を適当に暴れさせればそれだけで甚大な被害を出せた。肝心な主が子供の挑発に乗せられる単細胞ではあったらしいが………闇派閥(イヴィルス)に普通の価値観を求めるのがそもそも違うかもしれない。

 

「それと、魔石製品工場の襲撃なあ。こっちはモンスターは使わんかった。モンスターは陽動何やろうな………祭で休みやったから警備も甘く、必要なかったといえばそれまでやが…………」

 

 どうにも、幾つもの意図が関係しているように思える。なのに、1つの意志を感じるのだ。

 闇派閥(イヴィルス)という混沌を好む派閥、行ってしまえば好き勝手やるだけの神々を纏める、あるいは掌で利用している何かの意志を。

 

 

 

 

 

「よお、中々面白いショーになったなぁ、エニュオ」

 

 窓の無い、暗い広間。松明の明かりだけが照らすその場で、邪神が仮面をつけた神に向かい笑う。

 

『貴様………昼ノ一件ハ、ドウイウツモリダ? 『ヴィスクム』マデ使イ……冒険者共ノ警戒ヲ悪戯ニ上ゲタダケダ』

 

 男なのか女なのか、仮面でくぐもった声で判断できない。だが、微かな怒りを感じる。

 

「おいおい、俺のせいにするなよ。俺はちょっとオリヴァスに『地上でお前の愛しの「彼女」の手足が、エニュオの命令で暴れるらしいぜ』と教えてやっただけだ。ああ、ヴァレッタにも『今日は街が騒がしくなるな』と、祭りの世間話はしたか……」

 

 しかしその怒りを受け、邪神は悪びれることも無くヘラヘラと笑う。

 

『地上マデ運ンダ『ヴィオラス』モ、随分使ッタヨウダナ』

「お前だって3匹放ったじゃん。てか俺は使ってないって……使ったのはヴァレッタだよ」

『マア、良イ………私ノ目的ト、貴様ノ目的ハ一致シテイル………精々使ッテヤルサ』

「…………最近調子に乗ってんだなぁ、お前」

 

 静かな声だった。

 怒りを押し殺すでもなく、苛立ったでもなく、ただただ世間話でもするかのように放たれたその言葉に、仮面の神は思わず固まる。

 

「お前がオラリオに来たのは、十数年前………ゼウスとヘラが居なくなってからだ。彼奴等にはすぐバレて、潰されるもんな。身の程を弁えていると思ってたが、買いかぶりだったか」

『ナ、何ヲ…!』

「ん? 何故声を荒げる。虚勢を張るなよ、ただの世間話だ………俺はただ、ゼウスとヘラ………それからまあ、ウラノス。あの()()()3()()の内2人が居なくなってくれなきゃビビって地上にも降りてこれないクソガキが、最近面白い玩具を手にしただけでよく強気になれるなと、そう言ってるんだよ。ああ、それともまだ()()()()()()()()()()?」

 

 「俺も酔いたいぜ、今度一瓶寄越せよ」と笑う邪神に、仮面の神は一歩後退る。

 

「安心しろ。クソイケメンなお兄さんは年下思いだからな。お前が頑張ってる間は、きちんと使()()()()()さ………じゃあなエニュオ。次はきっちり酒抜いてから来いよ、年上に会うんだ。年長者は敬わなきゃ駄目だぜ?」

 

 そう言って部屋から出ていこうとする邪神に、仮面の神は叫ぶ。

 

『ッ! ゼウストヘラガ居ナクナリ地上ニ降リタノハ、貴様モ同ジダロウ!』

「馬鹿だな。俺は『今』を壊したいんだ………英雄共を失ったくせに、英雄共が残した安寧は続くと、暗黒はいずれこのまま未熟な英雄もどきの奮闘によって消え去ると信じている、この現状を踏みにじりたいんだよ」

 

 仮面の神の精一杯の言葉に、しかしやはり邪神は笑う。聞き分けのない、鶏だって飛べるんだと語る子供を見る大人のような目で。

 

「ゼウスとヘラの全盛期に行って、正邪大決戦なんてやっても、んなもん派手な世界戦争にしかならん。絶望が足りない、恐怖が足りない、憎悪が少ない、つまらない、認めない。アレスのチビじゃないんだ。俺が求める「悪」は戦争(そこ)にはない…………お前も破壊者を語るなら、そこにある悲鳴を、絶望を、怒りを、嘆きを、恐怖を、如何に盛り上げるか少しは考えろ」

 

 今度こそ出て行く邪神。その背中を見つめ、仮面の神は身を震わせるのだった。

 

『クソジジイガ! オ前ノ計画ナド、美学ナド知ッタ事カ!』

 

 忌々しい。忌々しい。

 忌々しい奴等が、()()()()

 仮面の神が思い浮かべるは黒き邪神と、そして白き光。絶望に染まるしか無かったあの状況で、奮闘し、絶望していた冒険者達に、瓦礫の下で、後は潰されるだけの民達に希望を与えた光。

 ああ、今回の騒動は予定以上に、計画以上に大きくなったが、そこに広がる絶望の慟哭でも聞けば溜飲も下がったろう。全てはあの光のせいだ。

 希望を、勝利を、自分の歩みが絶対であることを信じて疑わぬ傲慢さが邪神と被る。そうでなくとも、希望を灯す光が嘗ての神時代幕開けの英雄達を思い起こさせ気に入らない。

 ただでは殺さない。あの光を、あの白き光を汚したい。

 貶め、壊し、苦しめ、穢し、汚し、絶望に沈めねば気が済まない。

 

 

 

 

 

 祈祷の間と呼ばれる場所が、ギルドの地下に存在する。

 そこには千年も前からオラリオに君臨し、ダンジョンに祈祷を捧げモンスターの大量発生を抑えている一柱の老神がいた。

 

闇派閥(イヴィルス)のモンスター騒動で、死者は出なかったようだな」

「ああ。話題の英雄殿のおかげでね」

 

 老神の言葉に答えるのは、真っ黒なローブを纏った謎の人物。

 

「モンスターによる被害が、一般人の間で起これば目的が遠のくところであった」

「そういう意味では、此度の英雄殿は実に我々好みの展開を引き起こしてくれた。まさかモンスターに乗り人々を助けるとは」

「………………」

「いや、すまない。怪我人も出ているのだ、不謹慎だったな」

 

 老神の無言の圧力に謝罪するローブの人物。しかし、と呟く。

 

「彼ならば我々に協力してくれるのではないか?」

「………まだ、判断すべきではない。もしもの時、モンスターだからと切り捨てる者は、多く居た」

「それは、しかし仕方ない事だと思うが。殆どの調教師(テイマー)からすればモンスターは消耗品だ。信頼関係でも深く結べば別だろうが………いっそ、共にダンジョンに潜らせてみるのも手だな」

「…………続けろ」

「30階層の異変。ある冒険者を送る予定だが、そこに彼と例のモンスターを含ませる。かの冒険者なら余程の異常(イレギュラー)でも起きぬ限り、彼ひとりを守ることは可能だろう。とはいえ中層、彼にとっては危険な階層。人間は危険な場でこそ本性を表す……」

「そこで彼がモンスターを見捨てれば?」

「見込み違いであった、そういう事だろう。すぐに共闘するぐらいだ、見込みはあるが基準値に達していない。【ガネーシャ・ファミリア】に頼みまたモンスターと交流させ、モンスターに対する思いの変化を望む。事実そういう団員が居ないわけではない」

「…………解った、任せよう」

 

 

 

 

 

「よしよ〜し、ここだね?」

「キュルルル〜」

 

 獣毛用のブラシでグリフォンの毛づくろいをしてやるベル。グリフォンは気持ち良さそうに喉を鳴らす。

 ここは【ガネーシャ・ファミリア】のモンスター飼育の為の空間。数多くのモンスター達が檻の中に居る。

 基本的に力で屈服させられ傷だらけの彼等はベルとグリフォンのやり取りを遠巻きに眺めている。

 

「お〜、ベル君、その子と、もうそんなに仲良くなったんだね」

「あ、アーディさん………」

「きゅっ!」

「…………と、一角兎(アルミラージ)?」

 

 鳥類用のブラシに代え翼を磨いてやっていると、後ろから声がかかる。振り返ると真っ白な毛並みに赤いクリクリした瞳を持つ、可愛さだけなら人気の高い兎型モンスターを連れたアーディが居た。

 

「可愛いでしょ? 名前はラビィ………」

「きゅうん? きゅう!」

 

 ベルを見て小首を傾げたと思ったら、何故か嬉しそうにピョンピョン跳ね始めた。

 

「あはは、ベルの事仲間だと思ったみたい」

「へぇ、そうなんですか………僕はベル。よろしくね、ラビィ」

「きゅっ!」

 

 ラビィというらしいアルミラージはベルに撫でられ気持ち良さそうに目を細めた。

 

「…………ここまで懐くのって、時間がかかるんだよね」

「アーディさん?」

「結局は力で完全に屈服させるからさ。この子も、最初は従うけど怯えてた………」

 

 ラビィを抱き上げ頭を撫でてやるアーディ。その顔は、どこか寂しそうに見えた。

 

「だって、モンスターだもん。力関係をわからせなきゃって、思っちゃうよ。なのにベルは、完全に屈服する前に、優しくしてあげた。だからその子もそんなに懐いた………」

 

 普通の調教師(テイマー)なら、怯えたグリフォンに対しさらに追撃をするのだとか。そうして逆らわぬ様にしてから、触れ合い漸く背中などに乗る。

 

「私はこの子と仲良くなっちゃったからね。今じゃ卵から孵った子達しか面倒見てないの………」

「クオ? クウゥゥ」

 

 アーディが1つの檻に近付くと、中にいた飛竜3匹が近寄ってくる。

 

「だから、うん。ベル君は凄いよ………どうしてそんなにモンスターにも優しく出来るの?」

「………優しいわけじゃないですよ。だって、冒険者ですから」

「じゃあ、今日のその子みたいにモンスターが怯えたら? ベル君は、殺せる?」

「…………………」

「やっぱり、優しいよ君は………」

「………どうしてと、聞きましたよね」

 

 ベルはグリフォンの背中を撫でてやりながら呟く。そして、意を決したように振り返った。

 

「アーディさんは、人の言葉を解するモンスターがいると言えば、笑いますか?」

 

 そう言って振り返る。振り返った先では、予想していた顔とは違う顔をしたアーディが居た。

 

「…………アーディさん?」

「え? あの、ちょっと………ごめん。ま、待って…………? え、モンスターが、人の言葉を……………? お、お姉ちゃ〜ん! ガネーシャ様ぁぁぁ! 順序が! 順序がいきなりひっくり返った〜!?」




因みにアミッドのレベルは3だ。

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