英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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引っ越し

 【ガネーシャ・ファミリア】本拠(ホーム)、『アイアム・ガネーシャ』の主神室。

 歯を見せるようにニカッと笑ったガネーシャの顔の口が入り口になっている、あまり入りたがる人間が少ないその部屋にてガネーシャと【ガネーシャ・ファミリア】団長【象神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマが対面していた。

 

「例の少年は、こちら側に来ると思うか?」

「焦るな、ガネーシャ。アーディのような人間はそうはいない………可能性は高いと思うがな。それに、眷属一人の【ファミリア】だ…………主神の説得も必要だろう」

「ヘスティアならば、きっと彼等を受け入れてくれるだろう。何故なら、彼奴はガネーシャだからだ!」

「ガネーシャはお前だ」

 

 真面目な話をしているというのに何時も通りの主神に呆れるシャクティ。と、その時だった。

 

「お姉ちゃん! ガネーシャ様!」

「アーディ? どうした……そんなに慌てて」

「まさか、ガネーシャか!?」

「ベ、ベル君が…………」

「クラネルが?」

「…………人の言葉を喋るモンスターが、いると言ったら信じるかって………」

 

 扉を勢いよく開き入ってきたアーディは走ってきたのか肩で息をしながら、呼吸を整えながらその言葉を紡ぐ。

 

「…………なに?」

 

 シャクティは目を見開き

 

「え、マジで?」

 

 ガネーシャは何時ものテンションを忘れ呆けた。

 

 

 

 

 それはベルが師と義母と祖父とともに旅に出ていた時の事。祖父が何時もの如く義母に吹き飛ばされ崖に落ち、師匠も義母も心配しないからベルが迎えに行くと、崖の下には馬車も落ちていた。

 馬車についた傷から、モンスターに襲われたのだろう。中に生存者がいないか慌てて駆け寄り中を確認したベルが見つけたのは、一匹のハーピィ。

 鎖に繋がれたモンスターを見て、モンスターの密輸と驚愕しながらも直ぐに剣を構えたベルだったが、声が響いたのだ。

 助けて、と。消え入りそうな声で、怯えた声で。

 だから助けた。助けを求められたから。相手がモンスターだとかは、関係ない。助けたいから助けた。いや、助けたかった。

 ボロボロだった。ベル達には、助ける手段がない程に。

 白い、美しい毛並みを持ったハーピィは何も出来ず、何もしてやれなかったベルの涙を拭おうと腕を伸ばし、翼でしかないその腕を悲しそうに見つめ息を引き取った。

 

「…………そうか。『彼等』が攫われていたのは知っていたが、まさか…………その場所は、覚えているか?」

「エルリアです」

「となると、港町(メレン)も介していると見るべきか? ううむ」

 

 ベルから言葉を介するモンスターと出会った場所を聞き唸るガネーシャ。シャクティも目を細めている。アーディも今は笑顔を引っ込めていた。

 

「時に、ベル・クラネル。お前は、手を伸ばせたのか? 人の言葉を操る、怪物に………」

「伸ばします。それが、怪物であろうと、人であろうと…………助けを求める手を、振り払いたくない」

 

 それは困難な道だろう。というか普通に考えて不可能だ。個人で行うことはもちろん、シャクティとて自分が生きている間に行えるとは思っていない。

 ガネーシャの神意はどうであれ、アーディの心情は理解しつつも、シャクティは己がいざという時は『彼等』を見捨てると自覚している。

 

「…………………」

 

 己の手を見て、ベルはあの時のことを思い出す。

 熱を失っていく翼の温もり。もう感覚も曖昧になってきたから、強く握ってくれと言われた。自分は握れぬからと………。

 お前が気に病むな、と師匠は言った。

 お前は優しすぎる、と義母は言った。

 それでも………何もしてやれなかった事が、こんなにも悔しいのだ。

 

「そうか…………お前は、ガネーシャだな!」

「いえ、僕はベル・クラネルですよ?」

 

 

 

 

 モンスターは転生する。人類が死後その魂を天に返すように、モンスターは死後ダンジョンに還り再び新たな命として生まれる。

 そんな転生の折り、強い情景を持ったモンスターは、忘れたくない記憶を手にした怪物はその記憶を保持したまま、その感情を理解できる知性を得て再び生まれる。それが異端児(ゼノス)

 ウラノス、ガネーシャ、アストレア、とある男神の4柱のみが知るダンジョンの新情報だ。

 

「そして僕が5柱目かぁ………うーん、モンスターが知性をねえ」

「やっぱり、ヘスティア様は受け入れられない?」

「僕は子供を守る神だ。その慈愛は主に孤児に向けられる………彼等が少しでも平穏に過ごせるように加護を与える。それが僕の本来の権能で………でも権能なんて使う機会がないことを何時も願ってた」

 

 だって、その権能が使われるということは親を失った子供達がいるという事だから。

 

「1000年前、孤児の生まれる主な理由は………モンスターだ。今でこそ人間同士も増えたけど、『英雄時代』やそれ以前に死した者達を合わせれば全く釣り合わない程に………」

「……………」

「………」

 

 ヘスティアの言葉は尤もだ。慈愛の女神として、モンスターが地上に進出し数多くの命を奪い天界に絶望や憎しみに染まった魂を送っていた時代、嘆いていた神の一柱は間違いなく彼女だろう。

 

「だけど、心を持ち、人と共に歩みたいと思う者を見捨てる事なんて、したくない………」

「っ! ヘスティア!」

「───神様!」

 

 ヘスティアは慈愛の女神だ。それは神々の子である人類のみに向けられるものではない。もっと広く、深く向けられる。故にこそ、神だ。

 

 

 

 

 

「引っ越す? あのねぇヘスティア、いくらベルと二人っきりになりたいからって………昨日の『怪物祭(モンスター・フィリア)』の事件を忘れたの?」

 

 唐突に引っ越すと言い出したヘスティアにヘファイストスは呆れたように言う。なにせつい先日闇派閥(イヴィルス)の大規模なテロ行為が行われたのだ。

 明らかに下層、或いは深層級のモンスターを地上で大量に放つと言う信じられない行為。事態を重く見たギルドはモンスター退治のスペシャリストとも言える【アルテミス・ファミリア】を呼び出すらしい。ダンジョン戦はともかく地上にて民を守りながら戦う事に関してならあの少数精鋭で並ぶ者は【アストレア・ファミリア】ぐらいだ。

 

「えっ、アルテミスに会えるのかい!?」

「ああ、貴方あの子と仲良かったわね」

「ふふーん。まあね、アルテミスと僕は大神友だからね!」

「…………ふーん」

「ヘファイストスと同じぐらい、大好きだぜ!」

 

 ゴン! とヘファイストスは頬杖から頭を滑らせ額を机に打ち付ける。

 「だ、大丈夫かい!?」と駆け寄るヘスティアに対して赤くなった顔をそむけながら大丈夫、と返す。

 

「ま、まあ………多分だけど本当の目的はオラリオの戦力向上……武闘派だもの。敵がモンスターか人かなんて関係ないわ。ロイマンの策でしょうね……」

 

 後、士気向上にも繋がる。美人ばかりだし。

 

「とにかく、そんなふうな策が行われるぐらい、今のオラリオは危険なの」

「ま、待ってくれ誤解だよヘファイストス! 僕が引っ越すのは、【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)だ!」

「えっ、貴方、正気なの?」

「好き好んで引っ越すわけじゃないやい!」

 

 引っ越しの理由はベルだ。あの後グリーと名付けられたグリフォンは、ベルが調教(テイム)したモンスター。しかし現在モンスターの飼育が認められているのは【ガネーシャ・ファミリア】のみ。

 幸いにも【ヘスティア・ファミリア】の団員はベル一人。ならいっそ【ガネーシャ・ファミリア】の本拠(ホーム)に引っ越そうとなったのだ。

 

「………そう、そういう事なら、まあ仕方ないわね………」

 

 流石にうちではグリフォンは飼えない。もっと弱い怪物なら団員を説得できたかもだが流石に中層域の怪物となると。

 

「あ、もちろん仕事はするぜ? ぐうたら神になる気はないから安心してくれ!」

「そう、ならいいのだけど……じゃあ、気をつけなさい。貴方も、ベルも」

 

 ベルは、少し派手にやりすぎた。それ自体は良い事だ。民を守るためにとっさに動いたのだから。だけど、折角の計画を台無しにされた闇派閥(イヴィルス)は何と思うか。恐らく邪魔な存在だと思うはず。しかもLv.1と知れば今のうちと考える輩もいるかもしれない。

 闇派閥(イヴィルス)は一枚岩ではない。ベルのような存在を面白がり放置する者もいれば排除に躍起になるものもいる。

 

「うう………ベル君、大丈夫かな」

「【ガネーシャ・ファミリア】の世話になるベルに下手に手を出す者はいないと思うけど……」

「うん、そうだよね……気をつけるよ。ありがとう、心配してくれて」

「まあ、神友だもの」

「ヘファイストス、だーい好きだぜ!」

「──っ!!」

 

 と、ヘスティアは無垢な笑みでヘファイストスに抱きつく。

 お前ホント、そーいうとこやぞ。天界でどれだけの男神、時には女神を勘違いさせて求婚問題に発展させたと思ってるのか。まあ彼女の弟がどうにかしたが。因みに、普段の彼の妻なら夫が他の女を助けたなんて聞いたらやばいことになるのだがヘスティアには何もしなかった。それだけ、ある意味で魅力的な女神なのだ。

 妙な扉が開きかけたヘファイストスは「私にはヴェルフが、私にはヴェルフが……」と己に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 その頃のベル。後ろから抱きつけば途端に物音を立てぬようにおとなしくなるベルは、抱き癖のある椿・コルブランドのいい獲物だ。今も抱きしめられて運ばれている。

 

「聞いたぞベルよ。ここを出ていくそうだな? 悲しいではないか、お主が居なければ手前に大人しく抱かれてくれるものがおらん」

 

 高身長の椿に対して未だ幼いベルはプランと浮かんでいた。さながら己がミートパイになるのを悟った野兎のようだったと、目撃者達は語ったそうな。

 

「ほれ、ついたぞ……」

 

 と、辿り着いたのは椿の工房だった。待っておれ、と開放され椿が持ってきたのは一本の短剣。『Hφαιστοs』のロゴが刻まれた鞘に入っている。

 

「モンスター解体用の剣だ。が、実戦にもある程度耐えられる」

「………いいんですか?」

「餞別だ。ベルが居なくなれば、好き勝手抱けるやつも居なくなるからなぁ…………まあ、世話になった」

「………………」

 

 毎度毎度抱き付かれているベルは何とも言えない顔をした。ベルとて男だ、椿のような美女に抱きしめられて悪い気はしない。だけど義母のようにそのまま寝ようとするのはやめてほしい。最近では【ヘファイストス・ファミリア】内で団長に春が来た!? などと噂されている。あと一部女性鍛冶師(スミス)達はベルヴェルとかヴェルベルとか言ってるのを耳にした事があるが、あれは果たして何なのだろうか?

 

「ありがとうございます椿さん。この剣も、椿さんだと思って大切にします」

「ははは。剣など所詮消耗品だぞ? お主、手前を使ってすぐに捨てる気か?」

「そんなことしませんよ! 絶対に、大事にします!」

「むぅ……」

 

 この光景をヘファイストスが見れば、この主神(おや)にしてこの眷属()あり、などと思った事だろう。

 

「まあ良い。どうせ大剣の修理に来るのだろう? その時に手前の工房に来い。ただで直してやる。ただし、その日はまた抱かせろ」

「う、わ………解りましたよ………」

 

 

 

 そして引っ越し当日。元々私物は少なく、すぐに終わった。夜は歓迎会を開くから早めに帰るようにシャクティに言われ、引っ越し当日にダンジョンに潜る気にもなれなかったベルはアーディと共に街を警邏する。

 一躍有名人になったベルは視線を集め、たまに子供が駆け寄ってくる。

 

「いや〜、すっかり人気者だね」

「なんか、ちょっと恥ずかしいです。まだLv.1なのに………」

 

 あの事件のあと、結局ベルのレベルは上がらなかった。結構大変だったから上がると思ったのだが………まあ、最短で一年だ、早々上がるものでもない。

 

「気長に行こうよ。ベルならきっと、世界最短記録(ワールドレコード)を塗り替えれるからさ」

 

 よしよしとベルを褒めるふりをしながら魅惑のモフモフを堪能するアーディ。この気持ちよさはラビィにも匹敵する。あるいは超えているかもしれない。と、その時だった………

 

「ハロー。相変わらず仲がいいのね貴方達。まるで姉弟ね」

「あ、アリーゼ、リオン。ハロー」

「アリーゼさんと、リオンさん?」

 

 声をかけられる。振り返った先にいたのは、アリーゼとリオンだった。

 

「アストレア様………私達の主神がね、ベル君に会いたいんだって。なんでも貴方が来る前から貴方の事を知ってたらしいけど、知り合い?」

「いえ、会うのは初めてです」

「そ。じゃ、会ってもらえる?」

「はい。僕も、アストレア様については知っていたのであってみたかったんです」

「じゃ、アーディ。ベル君借りてくわね」

「遅くならないでね?」

 

 こうしてベルは、『正義の女神』アストレアの元に向かうことになった。




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