英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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闇を払う光

 切られた右目を押さえ、左目で忌々しげにベルを睨むオリヴァス。

 

「ぐ、おお………おのれぇ、こぞおおお!!」

 

 憤怒に染まった視線で、咆哮を上げながら突っ込んでくる。それでも視界を半分も失い怒りに飲まれた大雑把な動きなどレベルさがあれど避けるのは容易い。自分の知る攻撃は、こんなものでは無かった。

 

「はあああああ!!」

 

 全力の拳を叩き込む。ごは、と肺の中の空気を押し出され咳き込むオリヴァスの顎を蹴り上げる。

 

「ぬぅ!?」

 

 ステイタスが、上がっている!?

 明らかに威力がLv.1ではない。いや、元からLv.1では説明がつかない動きだったが、それにしたってこれは!

 

「貴様、いったい何をしたぁ!?」

「ああ!!」

 

 敵の疑問になど、当然答えることなく、大剣を拾い、咆哮を上げ斬りかかるベル。傷は、まだ浅い。オリヴァスの『耐久』がまだ上回っている。

 だが、『彼女』の下僕でもない者が寵愛を受け、その相手に傷つけられていると言うのがオリヴァスは受け入れられない。

 

「たああ!!」

 

 鐘の音が響く中、ベルはオリヴァスの体を少しずつ傷つけていく。

 

「なめるなぁ!!」

 

 と、左腕の残りで剣を受け止め右手で刀身を掴む。剣ごと投げ飛ばそうとしたが、ベルはその前に剣を手放す。

 

「ぬぅ!!」

「おおお!」

 

 すぐに互いに拳を握る。『敏捷』的にもリーチ的にも、オリヴァスの拳の方が速く届く。

 

「それ、でもぉ!」

 

 勝利を確信したオリヴァスに対して、ベルは突撃する。馬鹿な奴だと嘲笑うオリヴァスの拳は、現れた純白の障壁に逸らされた。

 

「なんだと!?」

「今だ、やれ! クラネル!!」

「────っ!!」

 

 ギシリ歯を食いしばり、全身に力を込める。踏み込んだ地面がひび割れ、一際大きな鐘の音が響き渡る。

 オリヴァスの頬にめり込んだ白く輝く拳はオリヴァスの体を吹き飛ばし、芋虫型に突っ込ませる。

 

「ぐおあああ!?」

 

 全身が溶ける激痛にのたうつオリヴァス。再生能力で完全に溶けはしないが粘性のある腐食液が体についたたまま、むしろ苦痛を長引かせる。

 

「お、のれ………芋虫(ヴィルガ)! 食人花(ヴィオラス)! レヴィス! 誰でも良い、誰か、このガキをおぉぉ!!」

 

 その願いは、受理されない。そんな余裕、闇派閥(イヴィルス)にもモンスターにも無い。何故だ、押してたはずだ、勝っていたはずだ!

 なのに!

 

「………お前、お前だ! お前さえ居なければぁぁぁ!!」

 

 そうだ、あの妙な光、あの耳障りな音が響いてからだ、冒険者達が押し返し始めたのは。あの少年、思えば地上への襲撃も奴のせいで!

 奴さえいなければ、あの祭の日に多くを殺し『彼女』の力を示せた。奴さえいなければ、今日自分は【ロキ・ファミリア】の団長と幹部を殺せた。

 奴は自分の、『彼女』の邪魔ばかり、なのに彼女に求められる。認められるものか!

 

「カヒュ………ハ、ハァ………」

 

 【英雄決意(アルゴノゥト)】の副作用で肩で大きく息をするベルに、オリヴァスが向かう。

 

「クラネル!!」

 

 避ける力も残っていないベルをフィルヴィスが庇う。ベルを抱き締めたまま地面を転がるフィルヴィス。一撃掠ったのか、肩を抑える。僅かに付着していた腐食液がフィルヴィスの白い肌を汚す。

 

「フィルヴィスさん!」

 

 ベルが叫ぶ。オリヴァスが迫ってきているのが見えた。まともに動かない体を無理やり動かしフィルヴィスに覆いかぶさる。

 

「死ねえええ!!」

「────っ!!」

 

 せめてフィルヴィスだけは守ろうと全身に力を入れつつ、拳を出来る限り反らせるように構えるベル。目は閉じない。死が直面した程度で目を閉じていたら、本当に死ぬ。何も出来ずに死ぬ。それを知っているから。

 

「うんうん、流石男の子。かっこいいわよ!」

 

 だが、その拳を紅蓮が切り裂く。

 

「お、おおお!?」

「リュー、やっちゃって!」

「【ルミナス・ウィンド】!!」

 

 と、風の砲弾、風の魔砲がオリヴァスに襲いかかる。両腕を失い、全身表面が溶け出した体は踏みとどまることすら出来ずに吹き飛ばされた。

 

「お姉ちゃん、参上! どうどう、憧れちゃう? 何ならお姉ちゃんじゃなくておねえさまー、でも良いわよ?」

「アリーゼさん………」

 

 紅の花が、目の前に立つ。

 両手両足を炎で着飾る正義の使徒は、まるで花弁の様に美しい。

 

「ぐ、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】か!」

「え、【白髪鬼(ヴァンデッタ)】!? 生きてたの!?」

 

 起き上がったオリヴァスに驚愕の目を向けるアリーゼ。しかしオリヴァスはまさに瀕死。それでも、その力は明らかにLv.5すら凌駕している。

 

「ベル、貴方左腕!?」

「アリーゼさん、ここは頼みます」

「え、ちょ……! 駄目よ、その傷で動くなんて!」

 

 立ち上がり、ナイフを持つベルにアリーゼが慌てて叫ぶ。しかしベルは争う大型のモンスター達を見る。女体型は巨人竜を無視して今もなお、ベルに近付こうとしている。

 

「僕には、まだやれることがある!」

「…………やるべき、じゃなくてやる、なのね?」

「はい!」

「解ったわ……でも、必ず帰ってきなさい。帰ったらご褒美に撫で回してあげるんだから」

「あはは、すいません……」

 

 アリーゼは片腕の炎を消すと懐からポーションを取り出しベルに投げ渡す。ベルはナイフを持った手で器用に受取る。

 

「体力、魔力を回復してくれるポーションよ、せめて飲んで行きなさい」

「ありがとうございます」

 

 と、ポーションを飲み干すベルはヒュイ、と口笛を吹く。他のモンスターと戦っていて、少し傷だらけのグリー。

 

「グリー、飛べる?」

「クルル」

「いい子だ」

 

 ベルがグリーに跨り、グリーが飛び上がる。女体型がベルを追おうと走り出し巨人竜も後を追う。

 

「ふぅ……」

 

 と、息を吐き出すベル。

 

「【祝福の禍根──】」

 

 鐘の音と共に響く詠唱()。最愛の母の魔法、三匹の厄災のうち一つを打倒した魔法を、純白に輝く英雄が放とうとしていた。


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