英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか? 作:超高校級の切望
アイズにとって白髪の少年は名も知らぬ、しかし再び会いたい相手であった。理由の一つは、ミノタウロスの討伐。
最初はコボルトにやられたのかと思っていたが近くで見ればあの傷はコボルトにつけられたものではないとすぐに分かったし、近くにミノタウロスの魔石と角が落ちていた。自分達が逃したミノタウロスに襲われたのだ。謝りたい。それと、もう一つ。
懐かしい夢を見た。まだ平和だった頃の、両親と共にいる夢。あの少年に幼い頃の自分を見たのだ、純粋で、未来を夢見る赤い瞳に。
その少年が、馬鹿にされている。
彼等が、彼女等が笑っている。何が楽しいのか解らない。
怪物に、モンスターに殺されそうになってたんだよ、人が、人間が。何でそれで笑えるの。
いや、彼等に悪意がないのは解る。助かったからこそ笑えているのだ。だけどそれは結果論で、怪物に殺されそうになった彼は怖かったはずだ。アイズも、昔は怖かった。
何で、笑うの?
再びそんな疑問が溢れ出す。
自分だけが、世界から切り離されたかのような疎外感。【ロキ・ファミリア】古参でありアイズの教育係でもあったリヴェリアがその変化に気付き一同を止めようとしたその時だった。
「あの、大丈夫ですか?」
「…………え」
アイズに話しかける声。少年の声が聞こえ、アイズが顔を上げると件の白髪赤目の少年がいた。
どうして彼がここに? いや、ここに客として来ていたのだろう。なら、あの会話を聞かれてしまったはずだ。馬鹿にされ、笑われたのを、聞いてしまったはずだ。
自分がきちんと報告しなかったせいで…………。
そうだ、謝らなきゃ………。
「えっと、よくわからないけど。そんな泣きそうな顔、しないでください。僕は平気ですから」
「泣き、そう? 私、が………?」
その言葉にキョトンとするアイズに、少年は何処かこちらを安心させようとするような笑みを浮かべる。年下の筈なのに、何処か父を思い出させる微笑みだ。
「はい、泣きそうな顔をしてますよ。だから来ました。女の子が泣きそうになってたら、そばにいてやれっておじいちゃんに言われたので」
泣きそうな顔? そうか、自分は、泣きたくなったのか。だってそうだ、彼が馬鹿にされて、笑って、それが嫌だった。けど、黙り込むばかりで、溜め込もうとしてしまって………。
彼は被害者なのに。今まさに自分を馬鹿にしている者達が集まった場所に、泣きそうな人がいると言うだけで来てくれた。優しい人だ。そんな彼が馬鹿にされた原因を作ったのは、自分。ますます泣きたくなってきた。
「ああー? 誰かと思えば兎野郎じゃねえか。なぁにアイズに話しかけてんだ、身の程弁えろや雑魚!」
と、アイズに話しかける人影に気付き獣人の男、ベートがアルコールで赤くなった顔で叫ぶ。彼以外にもアイズに話しかけるなんて無礼な! と言いたげな者もいる。
「雑魚って、そりゃ僕は貴方達に比べたら弱いけど」
「はっ。馬鹿が、冒険者の中でも最弱に決まってんだろうが。コボルト如きにああまでボロボロにされてんだからよお。んな雑魚が、アイズと話そうなんざ身の程知らずにも程がある。なあ、アイズ?」
「いい加減にその口を閉じろ、ベート。アイズの人間関係にお前如きが口を挟む権利はない」
「黙れ、ババア。雑魚は強者に媚び諂って、自分も強くなったと勘違いしやがる。強くもねえ奴が、強い奴に話しかける権利はねえんだよ。アイズだって、5階層で死にかけるような雑魚と仲良くする必要なんざねーと思ってんだろ?」
「そんなこと、ないです……」
「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって……じゃあ質問を変えるぜ? そのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」
酔いながらもどこか真剣なその顔に、少年は口を挟むべきか迷うような仕草を見せた。何だろう、なんか、モヤっとした。
「………ベート、君、酔ってるの?」
「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」
この時ばかりは、はっきりと、アイズはベートに嫌悪を覚え迷いなく隣に立ちアイズを心配そうに見ている少年の腕を抱き寄せた。
「この子がいいです」
「…………え?」
「…………は?」
ベートと少年から、間の抜けた声が溢れる。
「この子を、滅茶苦茶にしたいです」
…………あれ、逆だっけ?
アイズが咄嗟に自分で言った言葉に首を傾げていると、ゴチンと頭を叩かれる。
「何を言ってるんだお前は!」
リヴェリアの拳骨だ。
反応できなかった!
魔導師なのに!
自分は前衛なのに!
隣で少年が「おかあさんみたいだ……」と呟く声が聞こえた。その発言にリヴェリアがギロッと少年を睨む。が、それよりも早く反応する者がいた。
「はあああ!? 俺より、そんなガキのほうが良いだぁ!? おい、冗談だよなアイズ!」
「そそそ、そんな、まさか………違いますよね!? ベートさんが死ぬほど嫌だっただけですよね!? ゴキブリの方がマシとか、そういうあれですよね!?」
「ぶっ殺すぞクソエルフ!」
ベートとエルフの少女が叫ぶ。エルフの少女、レフィーヤが自然にベートをディスってた。
「なんで俺とその雑魚で、その雑魚を選ぶんだよ! そいつはコボルトにもやられるような雑魚だぞ!?」
「違います」
と、アイズはベートの言葉を否定する。
あん? とベートが訝しむ。
「あの場に、ミノタウロスの魔石が落ちてました。この子はミノタウロスと戦って、勝って、その後にコボルトに襲われただけです」
「はん。何言ってやがる、あの装備はどう見ても駆け出しだったろうが。そんな奴がミノタウロスを倒す? 出来るわけゃねーだろ」
「え? あ、ミノタウロスなら3匹程倒しましたけど?」
「ああん? 嘘つくんならもっとマシな嘘を───」
「いい加減にしろぉ!」
「ごふ!?」
と、ツインテールで螺旋を描きながらヘスティアがドリルキックをベートに喰らわせる。もちろんダメージはないが酔っていたベートは椅子ごと倒れ床に転がる。
「んなあ!? ドチビ!? うちの可愛い眷属に何すんねん!」
「それはこっちの台詞だぁ! 黙って聞いてれば僕の可愛いベルくんを滅茶苦茶にしたいだの雑魚だの滅茶苦茶にしたいだの兎野郎だの滅茶苦茶にしたいだの好き勝手言って! というか君もベル君から手を離せー!」
「ご、ごめんなさい………」
その剣幕に押されアイズがベルから腕を離す。
「もう怒ったぞ! ベル君の優しさに免じて見逃してやろうと思ったがもうやめだ! ギルドを通して、ミノタウロスの件を正式に抗議してやる! 慰謝料払わせてやるからなー!」
「か、神様、僕は別に気にして………」
「シャラップ! これは、僕の私怨だ。
ヘスティアの言葉にベルは黙り込む。ヘスティアはそのまま、赤い髪の糸目の女神、ロキに目を向けた。
「久しぶりだねロキ。君も
「……………ああ」
「なら、その会話に私も混ぜてもらっていいかしら?」
「ん? ファイたん、なんでおるん?」
「その子は、私のこ、こ………んん、私のところの副団長の親友で、私は眷属が一人しかいないヘスティアを保護してる身だもの。話し合いに参加する権利はあるはずよ」
「ヘファイストス様、椅子持ってきました。ヘスティア様も」
「あら、ありがとうヴェルフ」
「気が利くね」
と、ヘファイストス達までやってくる。ヴェルフの登場にエルフの何人かが「クロッゾッ!」と呟きながらヴェルフを睨む。
「話し合いだぁ!? ざけんな、ミノタウロスに襲われようが、そもそも強けりゃいいんだろうが! てめぇの弱さの責任を押しつけんじゃ──んぐお!?」
「はいはい、黙ろうかベート」
ベートが起き上がりながら叫ぼうとしたが
「正式な被害届は後日受理するとして、今日はまず侘びましょう。申し訳ありません、神ヘスティア」
「ん、ウチからも謝る。ベートがすまんかったな」
「………………」
ロキと
ミノタウロスは17階層で一気に生まれ、新人に経験を積ませようとしたがまさかの逃げ出すという予想外の行為をとったとのこと。
モンスターが相手が己より強いとはいえ集団で逃げ出すというイレギュラーに対応が遅れたことを正式に謝罪するとの事だ。後日、慰謝料は送るとのこと。
「しっかしミノタウロスを3匹も、なあ。なんで駆け出しの装備なんかしとるん? ヘスティアの来た日数考えても、外からの
「? いえ、神の恩恵を得たのは半月ほど前が初めてですけど?」
「……………え、待って。嘘やないやん」
下界の民の嘘を見抜ける神は、初めて自分の能力を疑った。
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