英雄に鍛えられるのは間違っているだろうか?   作:超高校級の切望

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初の休日

 支払いは言い出しっぺのロキの財布から行われた。ロキは二度と奢らんからな〜! と泣き言を言って去っていった翌日。

 ベルはヘスティアからいい加減に休めと言われ、仕方なくその日はダンジョン探索を取りやめナァーザの手伝いをしに行った。

 

「休みを貰ったのに、他のファミリアの手伝いに来るなんて、ベルは良い子だね。よしよし、飴、食べる?」

 

 薬瓶の入った箱を運んでいるベルに犬人(シアンスロープ)のナァーザが話しかける。

 水飴、あるいは膠飴に包まれた果実に棒が刺さっている。両手塞がっているベルはあー、と口を開きかぶりつく。

 

「! …………っ!? ………!」

 

 パァ、と目を見開き、ニョンと伸びた水飴を見て慌てて伸びたぶんをハムハム口に入れていく。とても可愛らしく、店員(主に女性)やお客様(主に女性)がほっこり。

 一部の店員やお客様(主に男性)はナァーザに食べさせてもらっているベルに嫉妬の視線を向けたりしている。

 一人の店員が箱を代わりに受け取ってくれたので、自分の手で食べるベル。

 

「美味しいですね。これは?」

「水飴………薬の、一種だよ。体力の低下、胃腸機能の改善に対して使われる。ポーションに比べたら微々たる効能だけど、子供が好きなんだ」

「なるほど。でも、この果実は?」

「出店に出すんだ」

「出店?」

「? ああ、ベルは来たばかりだから知らないか」

 

 一瞬不思議そうな顔をしたという事は、オラリオではこの時期に出店を出すのは恒例なのだろう。

 

怪物祭(モンスター・フィリア)って言ってね。モンスターを調教(テイム)する見世物をやるの」

「モンスターを? 見世物って事は、地上に? よくギルドが許可出しましたね」

「それがね、むしろギルドが発案なの。オラリオの七不思議の一つ」

「七不思議」

 

 そんなものがあるのか。

 

「お仕事お疲れ様。働き者の知人が出来て助かる」

 

 イェーイと両手でピースするナァーザ。ベルはその両手をじっと見る。

 

「………? どうか、した?」

「あ、いや………その、昨日ちょっとナァーザさんの話を聞いて………」

「ああ、ひょっとして、私が片腕を昔失ったってこと?」

 

 ムニムニと右手でベルの頬を突いてくるナァーザ。ナァーザは少し暗い顔をしている店員達を見て、場所を変えよっかと店の奥にベルを連れて行く。

 

 

 

「ご覧の通り、今はきちんと両腕あるよ」

「今は、ってことは」

「うん。昔、モンスターに食われた」

 

 聞けば全身を炎で焼かれ生きたままモンスターの群れに食われたらしい。その事を聞かされ顔を青くするベルをヨシヨシと撫でるナァーザ。

 その事件の後、ミアハの献身的な看護と投薬により、一命はとりとめ全身の重篤な傷も癒されはしたのだが、骨までなくなってしまった右腕だけは高級ポーションでも治す事ができず「銀の腕(アガートラム)」と言う義手をミアハが購入したらしい。

 とても高額で、莫大な借金を負うはずだったがそれによるファミリア解散を恐れたギルドが負担。そしてギルドの豚と呼ばれるロイマンにミアハが逆らえなくなるのを嫌ったミアハファンのエルフの女性達を筆頭に市民や冒険者達が寄付してくれて事なきを得たらしい。

 

「沢山の人に、迷惑をかけた。だから、頑張ってトラウマを克服して、皆の力になりたくて、私と同じ思いを誰かにしてほしくなくて。魔法に目覚めた」

 

 それが再生魔法と呼ばれる四肢欠損も内臓欠損も癒せる規格外の奇跡(まほう)。その名も【ノーデンス・サウエレイント】。

 

「もう腕とかニョキニョキ生えるよ」

「ニョキニョキと………」

 

 想像してみて。ちょっと怖い。

 

「嘘。銀色の光がなくなった部分の形になって、光が収まると治ってる」

「すごい魔法ですね」

「そのぶん精神力(マインド)も多大に消費する。要予約」

 

 ベルは特別に友情割引と優先をしてあげる、と再び頭を撫でるナァーザ。モフモフの髪の毛は獣人にも引けを取らない。

 

「当時、腕が治った嬉しさで見せつけるようにピースサインを繰り返してたら、何時の間にかくせになって今の私になった」

 

 イェーイと無表情のまま両手でピースするナァーザ。神々の間では「虚無顔ダブルピース」と呼ばれているらしい。

 

 

 

 

 手伝いも終わったベルは街を歩く。祭りが近いからか忙しなく動く人も見受けられる。そういった人が集まる時期こそ警戒しているのか【ガネーシャ・ファミリア】の団員が多い。と、その時だった………

 

「やっほー、ベル君!」

 

 ベルの後ろから抱きついくる何者か。褐色肌の少女、アマゾネスだ。

 

「昨日ぶり〜、あたしの事覚えてる〜? ……………あれ、ちょ、ベル君!?」

 

 【ロキ・ファミリア】所属のLv.5、『大切断《アマゾン》』ティオナ・ヒリュテは突如固まったベルを慌てて揺する。

 

「っ ………ああ、えっと、ティオナさん」

「びっくりした〜。ごめんね、驚かしちゃった?」

「ああ、いえ。後ろから女性に抱きつかれると、物音を立てないようにする癖があって」

「変な癖だね」

「ちなみに大きな音を立てると家を建て直すことになります」

「なんで!?」

「主におじいちゃんが原因でした」

「か、変わったおじいさんだね」

「壊すのはお義母さんでしたけど」

 

 不思議な家庭だ。ティオナは生憎姉しか血の繋がりを自覚できる家族は居ないが、ファミリアとは別の家族とはそのようなものなのだろうか?

 

「ちょっと馬鹿ティオナ、いきなり走り出してどうしたのよ。あら?」

「どうかしまし────あっ」

「……………ベル?」

 

 と、さらに【ロキ・ファミリア】のメンバーが合流していく。女子ばかりなのを考えると女子会でもしていたのだろうか?

 

「昨日の大食い兎!」

「ベルじゃない。どうしたのよティオナ」

「捕まえた!」

「あ、あの………ティオナさん、そろそろ離れてもらっても良いですか?」

 

 複数人の美少女達の視線にさらされ居心地が悪そうなベル。ティオナは離れろと言われえ〜、と不満そうな声を出す。

 

「良いじゃん別に。それとも、あたし重い?」

「い、いえ………ただ、その………む、胸があたって」

「…………………」

 

 一瞬キョトンとしたティオナだったが、次の瞬間目をキラキラ輝かせ笑う。

 

「えへへ〜♪」

「な、なんでもっと押し付けてくるんですかぁ!? あ、ちょ、まっ………ほ、骨が」

「あ、ご、ごめん!」

 

 慌ててパッと離れるティオナ。ベルはふぅ、と一息ついた。と、そんなベルにアイズが話しかけた。

 

「ねえ、ベル」

「はい、何でしょう」

「あ、え…………あ、そ、そうだ! 君は、どうしてミノタウロスを倒せるほど強くなれたの?」

 

 ベルの返事に、どこか慌てるように、誤魔化すように質問をしてくるアイズ。不思議に思いつつもベルは応えることにする。

 

「強く、なれてます? 皆さんの方が強いような」

「そりゃ、私達はLv.5だもの。当然よ」

「私はLv.3ですけど、貴方なんかにやられたりはしませんからね!」

「Lv.1でミノタウロス倒せるのはすごいよ〜。それに駆け出しでしょ? なら、もともと強かったって事になるじゃん。どうやったの?」

 

 ヒリュテ姉妹はオラリオの外でも冒険者に負けぬ実力を手に入れる術は知っている。しかしそれも神の恩恵あってのもの。恩恵そのものを手にしたばかりのベルがミノタウロスを倒せたのはまさしく偉業だ。

 

「えっと、取り敢えず7歳から10歳頃までは師匠とお義母さんに鍛えてもらいました。その後4年ほど教わった技術の反復を」

「どんな、修行………」

 

 アイズはかなり食い気味に聞いてくる。彼女も、強くなりたいのだろう。

 

「えっと………モンスターの巣に放り込まれて陵辱されたり、川底の岩にくくりつけられて死の感覚を叩きこまれたり、拳大の石一つ渡されて熊も出る森の奥深くで一ヶ月生き残ったり、ナイフだけ渡されて雪山に放置されたり、一時間以内に登ってこいと崖に落とされて落ちてくる岩や丸太を避けながら登りきっても一秒遅刻すれば遅いとやり直しさせられたり、ワイヴァーンの足に紐で結ばれて迎えが来るまで頑張ったり、リヴァイアサンの子でもある亀みたいなモンスターと戦わせられたり、戦場をはしごしたり、毒草、毒を持った動物が犇めく森の中を一ヶ月生き残ったり、素潜りで海の魚をなんの道具も使わず取れるようになったり………まあ、そんな感じです」

「それはしゅぎょうではないとおもいます!」

 

 ティオナが思わず敬語で叫んだ。ティオネやアイズも引いている。レフィーヤは固まっている。

 

「え? え? お、恩恵無しでやらされたの?」

「はい」

「……………………」

「限界を三百回ぐらい超えろと言われて」

「限界の意味とは!」

 

 昔似たようなことを突っ込んだなあ、と懐かしさにしみじみするベル。思えば随分遠くまで来た。

 

「そ、そっか………強くなるには、それだけしなくちゃ」

「参考にするんじゃないわよアイズ…………ていうか、よくそんな修行続けられたわね」

「………誓ったんです。あの人に」

「誓った? 何を?」

「『英雄』になる」

 

 瞬間、空気が変わる。少なくとも、対面していたアイズ達はそう感じた。

 

「あの人が言ってた、『終末の絶望』を、滅びを覆らせる………笑顔を浮かべてくれたあの人みたいに、多くの人が笑ってくれる。滑稽でも、無様でも、誰かを救える英雄になる。そう、誓ったんです」

 

 大切な宝物を思うような、そんな顔。ティオナははー、と口を開け惚ける。

 

「…………英雄」

 

 アイズは思わずといったふうに呟く。と、その時………

 

「うんうん。良い言葉だね。英雄か、そうだね。なれるよ、きっと」

 

 と、何処かほんわかした声がかけられる。ティオナはあっ、と振り返る。

 

「アーディ!」

「やっほーティオナ。相変わらず元気いっぱいで可愛いね。抱きしめていい?」

「良いよ!」

 

 灰色の髪を持つボーイッシュな女性、アーディがそこにいた。ティオナが両腕を広げるとそのまま抱き着いた。

 

「久しぶりベル君。君も可愛いね、頭なでていい?」

「え? えっと…………はい」

「ありがとう…………おお、これは………くせになりそうな………」

「そんなにすごいの?」

「うん。すごい、モフモフ………」

 

 ほぁ〜、とベルの頭を撫でるアーディ。ベルが身をよじるとごめんごめん、と手を離した。

 

「アーディってベルの知り合いだったんだ」

「ほんの2日前だけどね。夜遅く歩いてるから、危ないよ〜って………」

「ああ、アーディは働き者だもんね」

「……………お二人は、別のファミリアですよね? 仲が良いんですか?」

「「仲良し!」」

 

 そう言ってアーディとティオナは互いの肘をくっつけ反対の方に向かって伸ばし、反対の手を頭の上に弧を描くように構える。ハートマークが出来上がった。神々から教わった仲良しポーズらしい。

 

「私、英雄譚が好きだから。ティオナとはその関係で仲良くなったんだあ」

「アーディは凄いんだよ。あたしが英雄クイズ出しても全部答えられるの」

「そういえば私の方から出した事とかないね。じゃあ、今から問題です」

 

 マイペースな二人が何やらクイズを始めた。何時ものことなのか【ロキ・ファミリア】の面々は特に気にした様子はない。

 

「騎士ガラードが助けようとする人の名前は?」

「「王女アルティス様」」

「…………ん?」

「あ、すいません。つい………」

 

 ティオナの他に、ベルが答えるとベルが慌てて口を抑えティオナとアーディは目を合わせ同時に頷く。

 

「竜殺しのジェルジオが倒した怪物の住処は?」

「シレイナの湖畔……」

「なら、その時に竜を倒した武器は何でしょーか」

「槍と見紛う聖剣……と、乙女の(リボン)

「語り部のオルナが語った狼人(ウェアウルフ)の戦士の名前は?」

「狼帝ユーリス」

「えっと……荒れ狂う黒獅子を倒した英雄は!?」

「剛力無双、ドワーフの戦士ヘルグス」

「「おお〜!!」」

 

 キラキラした瞳をベルに向けるアーディとティオナ。彼女達は自分達が少々英雄譚を好きすぎる自覚がある。そんな自分達の会話について来れる人間がまさかいようとは。

 

「ううん、もっと話したいところだけど私もお仕事あるんだ。ごめんね、二人とも」

「いえ、お仕事頑張ってください」

「祭りのあと、話そうね。ベル君もいいでしょ?」

「………まあ、構いませんけど。あ、じゃあ僕もこのへんで」

「うん。ばいばーい」

 

 と、ティオナが手を降る。レフィーヤはホッとため息を吐き、ベルが思い出したようにあ、と足を止める。

 

「アイズさん」

「ん、なに………?」

「その服、私服ですか? とても似合ってますね」

 

 ニッコリ微笑み、ベルはつい先程購入したばかりのアイズの服を褒める。

 元々暇があればダンジョン探索ばかりするアイズは服装を拘ったことはない。普段はダンジョンに向かう時と変わらぬ服装で、違いと言えば鎧の有無程度。

 レフィーヤ達からは似合うと言われたがついベルにも尋ねようとして、やっぱり聞くのをやめた疑問にベルは質問の有無に関係なく応えた。

 

「………あ、ありがとう」

「いえ、ではまた」

 

 さよ〜なら〜、と手を振りながら去っていくベルにティオナが元気よく手を振り、ティオネも軽く手を降っていた。レフィーヤはまた女性に甘い言葉を〜と警戒していた。

 アイズは、小さく手を降った。




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