「クソ……っ!間に合え……間に合え……!!」
必死に走る。理由はただ一つ。
救いたい人が居るから。
今度こそ間に合わせる。
そのためには息を切らしている暇はない。
だけど、その人はもうその場所に居て。
彼女は何も知らないまま歩いてゆく。
「やめろ……やめてくれ!」
声が遮断機の音で掻き消されているのか、彼女にその声は届かない。
そして、彼女はそのまま駆け抜けてきた電車に飲み込まれた。
「うわぁあああああああああああああああああ!!」
何回絶望の声を上げたかは覚えていない。
けど、今と同じ叫び声を上げ続けていただろう。
そして視界は真っ黒になって。
「……!!」
まただ。また戻ってきてしまった。
踏切から少し離れたベンチ。
隣のベンチはペンキ塗りたてと書かれた張り紙があり、俺はその右隣に座っていた。
クソ……。また救えなかったのか俺は。
2008年の夏。17時51分31秒。
俺は恋人の
何故だか分からないがこの世界は同じ時を繰り返している。
彼女が踏切を渡ろうとして死んでしまう時まで。
何度も、何十回も救おうとした。
だが死は毎回彼女を襲い、そして殺す。
彼女の笑顔が目の前で消える瞬間を何度見てきただろうか。そして俺から希望を奪い去る。
俺に絶望を与えるだけのループだ。
気が狂いそうだ。ループ。ループか。
ハハっ……!あまりの可笑しさに思わず笑っちまう。
こう見えて俺はループに縁がある。
確かじいちゃんが愛読していた小説はなんだっけな。タイトルは忘れたが、反復落し穴とかいったか。
アレは確か主人公の祖父がどうやっても殺されてしまう。
その死を回避すべく、同じ日を繰り返す主人公はあの手この手を使うんだよな。
親父もそういう話が好きだった。
もっとも親父のはゲームだ。
ヒロインを救うために主人公が偶然にも開発したタイムマシンでループを繰り返す話だ。
俺も少し遊ばせて貰ったことがある。
発売されたのは確か2009年。
……?おかしい。なんでだ。今は2008年。
まだそのゲームは発売されていない。
なら何故知ってるんだ。俺は誰なんだ。
俺は
じいちゃんの名前は
親父は須藤
突然襲った暗闇から目が覚める。
真っ先に見えたのは周囲に転がる死体。
そして、培養液に漬かる1つの脳だ。
「俺は……」
瞬間、頭に激痛が走る。覚えている幼い日の記憶から現在に至るまで。
情報量の多さが俺の痛覚を刺激しているのか……?
「……思い出した。」
そう。全てを思い出した。
スドウ・シンヤ。それが俺の名だ。
職業はニホン政府直属の科学諜報機関『SW』に所属している。
俺に与えられた任務は旧時代の人間、工藤敏也の
遂に数日前に発見し、侵入した。
そして情報を探っているうちに気がついたら意識を失い、この状況になっている。
『おめでとう。スドウ・シンヤ君。ループから脱出したのは君が始めてだ』
突如、この研究所内に響き渡る老人の声。
その声は俺の前にある脳ミソから聞こえた。
「……!その声は、まさかアンタが」
『そうだ。私が工藤敏也。脳だけになり生き長らえている。君たち世界各国の科学部隊が必死に探している旧人類の1人だ。』
驚きを隠せない。
工藤敏也は今から百年以上前に誕生している。
2100年代に入る前に死んだと聞いていたが、あれは嘘だったのか。
「こうして対面できるとはな。だが、あの装置はなんだ」
『アレは私の記憶を体験させる装置だ』
「ってことは、あの装置を付けられた奴らはアンタの記憶を植え付けたというわけか。」
『そういう事になる。私の記憶を体験させ、彼女を救わせる。救うまでは無限ループの中を行き続けてもらう。彼女を救えなかった者は絶望のあまりに考える事をやめた。その結果が周囲にある廃人となって死んでいったものだ』
「彼女を救えなかった者か。違うな」
俺は感じた事をありのまま話す。
「アレはどうやっても救えない。精神を崩壊させる為の装置だ。あの装置から目覚めない限り死のループに耐えきれずに精神が壊れる。そうだろ?」
『……』
沈黙。
脳だけの奴に口がつぐめるのかはともかく、俺の予想は当たったと思う。
「図星とみていいんだな?どうしてあんな装置を作った」
『……私には救えなかった。彼女を』
「真鍋美波の事か」
『彼女の運命を変えたい。その一心でガムシャラに学んだ。研究に没頭する際、偶然にも生み出した私の発明に世界は湧き、ノーベル賞を受賞した。だが…そんなものに興味は無かった』
「……何故だ。あれほどの物を作ったというのに」
『私のアレは偶然発見したものだと言ったろう。私が真に作ろうとしたタイムマシンはいよいよ開発できなかった』
「タイムマシンだと……?」
この男の発言に思わず、俺は驚いてしまう。
人類が目指し続けた発明の一人でもある。
この時代でも人類はタイムマシンの開発を未だ成し遂げていなかった。
もう亡くなってはずの男は、若い頃からそれを作り出そうとしていたのだ。
『私は脳だけになっても開発を続けた。そして遂にタイムマシンの試作機を完成させた。最も1回しか使えない片道切符のものだが、過去を変えるには1回あれば十分だ』
『だが、気づいてしまった。肉体が朽ちてしまえば過去に戻ることも出来んのだ。』
「精神だけ飛ばすことは出来ないのか?」
『無駄だ。人間は肉体と魂、つまり身体と精神が揃っていなければ存在を過去に飛ばすことは出来ない。私の身体はとっくに滅びている。もう過去に戻れん』
「……方法ならある」
『何だと?』
「俺の精神を過去のアンタの精神に飛ばせることは可能か?」
『……確かに君には肉体と精神がある。出来ない事はないだろう。だが、君はいいのか。君の人生は君のものではなく私のものになってしまうぞ。君は私として生きていかなくてはならない。その意味は分かっているのか?』
「いいんだよ。それに知ってるだろ。今旧人類と新人類の戦争を」
『……』
「アンタが生み出した高エネルギー物質。確かに人間は豊かになった」
「だけどそれは新人類と旧人類を生み出す結果となった」
工藤敏也が実験中偶然発見したというもの。
それは未知の高エネルギー物質。
彼は自身の名を取って、『クドウ』と名付けた。その物質はエネルギー社会を根底から覆すもので、人類が遠い未来の果てにたどり着く数百年先の技術だった。
人類はクドウによって新たなる才能を開花させた。飛躍的な能力。そして、高い文明力を実現させるテクノロジー。
だが、一方でそれを嫌う人間もいた。
《この物質のエネルギーは人間には扱いきれない力であると》
彼らは反対に旧世代的な生活を望むようになった。
才能を開花させた人々は自らを新人類と名乗り、自らの思想に反対する人間……つまり旧人類を排するべく、戦争を起こした。
数日も立たないうちに勝敗は決すると思われた戦争だが、旧人類のとある作戦成功によって新人類軍に痛手を負わせた。
その結果戦争は長期化。
2100年代を過ぎた今も人類は分裂している。俺や親父、爺ちゃん。
そして工藤敏也の出身国であるニホンは旧人類としての生活を尊重する考えを打ち出していたものの先進国連盟の圧力に耐えきれず、強制的に新人類派に入れられてしまったそうだ。
俺を含め、ニホン国は新人類の国と化している。
「歴史を変えてしまえば戦争は起こらない。それに…何より」
「アンタを救ってやりたい。そう思っただけだ。」
俺はあのループで感じたんだ。
工藤敏也の絶望を悲しみを。
その負の連鎖から救ってやりたかった。
『……分かった。君の覚悟を讃えよう。それでは奥の部屋に行きたまえ』
彼の音声と共に、隠し扉が開く。
俺は言われるがままに進み、部屋の奥へと辿り着く。そこには人間一人が入れる位のカプセルがあった。
『その中に入ってくれ。過去への転送作業は私がやろう』
「ああ」
カプセルの中に入り、静かに目を閉じる。
体の震えが止まらない。……何を怯えているんだ。覚悟なら決まっている。
俺は工藤敏也を救うために工藤敏也になるんだ。
『スドウ・シンヤ君』
「……何だ」
『美波を頼んだぞ』
その声から数秒後カプセル内に稲妻が走る。
……最後くらい自分の心配ぐらいしろよな。
意識が飛ばされる。
ここはあの装置で見慣れた光景。
真鍋美波は踏切へと足を歩みつつあった。
もうやり直しは出来ない。
彼女を救わねば……!!
「逃げろ!美波っ!」
「工藤君!?」
彼女は俺の声がする方へ体を向ける。
そしてその直前、線路を走る悪魔は過ぎ去っていった。
間に合った。
これでいい。これでよかったんだ。
俺達の時代の戦争を止めるだけじゃない。
「……!!」
目の前で起こった事を理解出来たのか、美波の体が震える。
俺は彼女に近づき、思わず抱きしめた。
「工藤……君……?」
「このままにさせてくれ」
「……うん」
彼女は何かを感じ取ったのか、俺の抱擁を受け止めてくれた。彼女の温かさ。
これが彼の守りたかった人か。
今、抱きしめて分かった。彼が脳だけになっても救いたかった命の重さが。
「行こう、美波」
「うん。……ねぇ、工藤君」
「手、繋ご?」
「ああ」
俺はこれから工藤敏也として生きる。
それが良いか悪いかは分からない。
だけど、1つ確かな事がある。
本当の工藤敏也に代わって彼女を守り続けよう。
-そう決心した。
友人から貰ったお題『踏切』で書きました。
踏切だけでは中々思いつかなかったのでループ要素を混ぜこみました。
とんでも内容って言われそうですけど出来てしまったのでしょうがないです(適当)