ジュエルシードの反応を感じ、痛む体を無理やりに動かして起き上がった。幸いにも病院の先生の姿は近くにはなく、そっとケージの入り口を開く。僕のことを見つけてくれてここに連れてきてくれた少女と手当てしてくれた先生には申し訳ないけれど、僕はそのままいなくなるつもりだった。まあ、フェレット1匹くらい、普通に逃げだしたと思ってくれるだろう。
椅子に上り、机に飛び乗り、半分ほど開いた窓へと飛び移る。そして、周囲のケージに入った動物達が鳴き声を上げているのをしり目に、外の地面へと飛び降りた。人に見られないように町中を移動し、人目につかないところで魔法を解き人の姿へと戻る。周囲の服装を見る限り、スクライアの民族衣装は多少目立つだろうけれど、フェレットが街中を走りまわっているよりかはましだろうという判断だった。
ジュエルシードの反応を感知した場所へ到着すると、そこにいたのは男の子と女の子。落し物かな?綺麗だねー、なんて話しているところを見るに、落ちていたところを偶然拾ったようだ。
「よかった……それ、僕の落とし物なんだ」
「あっ、そうだったんですかー。見つかってよかったね」
「もう落としたらダメですよ!」
適当な嘘でジュエルシードを回収し、再度人気のないところに移動してから封印状態を確認。とりあえず一段落して、そう言えば、船から落ちた時に辛うじて一つだけ回収していたジュエルシードを持っていないことを思い出す。つまり、女の子に助けてもらったときにすでに落としていたか、その女の子が持っているか……。とりあえず戻って見て、女の子に会うか自分が倒れていた場所を探すか、先に響とレイジングハートと合流するか、どうしようかな。
……なんて考えていたけれど、そのどれか一つでもできていれば、僕はもっと早くなのは達と合流できていたはずなんだ。
「悪いやつだね、子供相手に嘘吐いて宝石奪うなんてさ」
突然の声に振り向くと、気配もなくいつの間にか立っていた一人の女性。見た目年齢は16歳くらいだろうか?細くも肉付のいい体に、オレンジ色の髪、かわいいでも綺麗でもなく、格好いいというべきその容姿は……明らかに普通の人間のものとは違う点があった。
頭部に生えている、人間の者とは明らかに異なるオオカミの耳と、背後に揺れるふさふさのしっぽ。それらがなくてもすぐにわかるくらい、彼女の体に流れる魔力の流れが彼女が使い魔であるということを主張していた。
「……もしかして、あの子の使い魔?」
「あの子って誰のこと?」
言葉とは裏腹に、表情がその通りだと言っていた。
見つめられているだけで、肌が嫌な空気を感じ取る。スクライアでサバイバルはよく経験してきたけれど、獣に獲物として認識された時の空気そのままだ。フェレットとオオカミなら確かに獲物と肉食獣だけれど……笑い話にもならないね。
「わかってるくせに。別に知らないってことでもいいけどさ」
「じゃあ知ってるってことで。その方が話は早いし。そういうわけだから、あんたがもってるそれ、ちょうだい」
全部すっとばしてソレ頂戴ときた。
駆け引きなんて知らんとばかりに目的だけを遂げようとするこういう相手は正直苦手だ。それはそれでやりようがあるんだろうけど、今の僕にはまだそれに対応できるだけの経験が足りない。そういう意味では響も苦手な部類に入るのか、なんて気付いたけれど、今はどうでもいい。
「僕一人だと思って油断してるかもしれないけど……」
「仲間がいるって?嘘だね。嘘の臭いがする」
「…………」
「そもそも、ほんとにいるならそれこそ仲間がいるなんて言わないだろうに」
やっぱり結構頭いいのか?だめだ、完全に翻弄されてる。
ただでさえ体が弱ってるところにジュエルシードの反応に目覚めてすぐ跳び出してきたことも相まって、体どころか頭もまともに働いてくれない。せめて先に響とレイジングハートと合流するべきだったか……なんて考えても後の祭りだけれど。そっちに考え至らない時点でそもそも正常に判断できていない証拠か。
「渡すなら早くしな。渡さないならさっさと決めな。あの子には極力ほかの人に迷惑をかけないように――なんて言われてるけど、その言いつけをあたしがいつまで守ってるかなんて保証はしないからね」
「へえ、迷惑かけないでなんて言われてるんだ。そう言えば、船でも戦闘は最小限にしようとしてたね。何か理由があるのか、そういう性格なのかな?」
「優しいんだよ、あの子は。だから――」
そう言う彼女に浮かぶ表情は、悲しんでいるようで、怒っているような――。
「だから、あの子の優しさを尊重してる間にジュエルシードを渡しな。あたしには手加減できるような器用さはないよ」
「……だろうね」
僕は溜息を吐き、諦めとともにジュエルシードを投げ渡す。
「何に使うかは知らないけど……どちらにせよ、使う前に取り返すからね」
「させないよ、あの子のためにね」
そう言って、使い魔は僕の前から姿を消した。
***
「で、幸か不幸か、なのはを襲ったジュエルシードが暴走するのが姿を消した後だね」
『素直に渡したんですか、マイスターは』
「仕方ないだろ、体を動かすのも魔法を使うのも満足にできない状態だったんだし」
『無理してもっと怪我してるよりかは全然いいよ、うん』
『軟弱すぎます、これはスクライアに帰ったら報告ですね』
「なのはをマスターに選んだんだから、レイジングハートは向こうには帰らないだろ」
『それはそれ、これはこれです。あなたが帰ったら報告を致します」
太陽がもうすぐてっぺんまで昇ろうという時刻、居候中の身である僕は学校で授業を受けているなのはと、そのなのはの首に下がっているのであろうレイジングハートと、念話であの日合流するまでにあったことについて話していた。
響は、この世界の八極拳という武術の型を高町家の道場で一つ一つ思い出すように、一人黙々と行っている。僕はそれを眺めつつ念話中。念話をしつつ、しっかり動きは見ていたけれど、正直それがどれほどすごいのかはわからない。士郎さんいわく、「粗削りだが
実戦を想定された動き」とのことだ。響自身はどうして自分が八極拳を使えるのかも不思議がっていたけれど、少なくとも記憶を失う前の響は八極拳を使って戦っていた、もしくは戦ために訓練をしていたということなのだろう。それに、そもそも違う世界にいた彼女がどうしてこの世界の武術が使えるのか。元々この世界の住人だったか……少なくとも、何か関わりがあるのは確実だろう。ただ、現状はメインはジュエルシード回収で響のことは何かわかれば随時という形にならざるを得ないだろう。手がかりがこの世界に関係があるかも、だけでは動きようもないし……と言っても、ジュエルシード探しも手当たり次第探すしかないわけだけど。……まあ、結局街中を歩き回ることになるからやることは変わらないか。
「そう言えば、そっちは今学校のはずだけど大丈夫なの?」
『大丈夫というか、マルチタスクの訓練ってことで念話しつつお勉強しつつ脳内シュミレーションでトレーニング中です。レイジングハート厳しいよぉ』
「えっ!?大丈夫なの?あんまり幼い間から負担掛けすぎると後々問題出てきたりするけど……」
『言われずとも考慮していますよ。精神的に疲弊こそしても身体には負担をかけず、長期的に行えるレシピを作成しています。まあ、このくらいできるようになってもらわないといけませんね。……もっとも、最初からできるとは想定していませんでしたが』
最後の一言はぼくにだけ聞こえるように調整されていた。レイジングハートにして予想外ってどういうことなのか。
目の前で訓練している方の少女は別方向だけど、ジュエルシードを狙っているあの子も含めてみんないろいろおかしいだろうと言いたい。
「まあ、ほどほどにね……」
『うん……あ、すみません!』
「どうしたの?」
『返答が逆です。あと35ページです』
『にゃっ!?間違えた!?ごめんなさい念話切ります!』
そう言ってぷつりと切れた念話。
何か焦っていたけど、先生に質問でもあてられたかな?
「話は終わったかな?」
「!?」
突然かけられた声に振り向くと、そこには士郎さんの姿があった。
いつからいたんだろう……、全く気が付かなかった。というか――。
「まさか念話が聞こえてたんですか?」
「いいや、全く。ただの勘だよ」
そう言ってほほ笑む士郎さん。
驚いている僕を落ち着かせようとしてくれているんだろうけれど、その微笑はむしろ逆効果です。正直警戒心の方が先立ちます。
「携帯も何もなく話ができるって、魔法って便利だね。……でもまあ、世間様ほどきにしているわけではないけれど、あまり学校の授業中までほかごとに気を逸らさせたくはないかな?」
「それは……すみません、気を付けます」
マルチタスクはそれを両立させるための……というのは違うんだろうな。マルチタスクは複数の思考行動及び魔法処理を並列して行うためのものだけれど、そもそも勉強は処理するようなものでなく学ぶもの。いくら並行して行えると言っても、“ながら”はよくない、ということだろう。あとでレイジングハートにもその辺を配慮するように伝えておくか。
「それはそうと、もうすぐお昼にしようと思うんだけれど、準備を手伝ってくれるかな?響君も少し休憩だ。汗を流してきなさい」
「ウス!」
声をかけられて響は元気よく答える。すごく男らしい返事だったけど、響らしい感じがして違和感はなかった。……というのは女の子に対して失礼か。いやでもやっぱり響らしいね。
道場を出て、僕はそのまま士郎さんとリビングへ、響は途中でわかれてシャワーを浴びに行った。その別れた時を見計らったのか、士郎さんから声をかけてきた。
「響君、あの子は不思議な子だね」
「不思議な子?どういう意味ですか?」
「記憶喪失だという話だけれど……もちろん、それ自体を疑うわけではないんだけれど、どこかちぐはぐな感じがするんだ。」
「ちぐはぐ……わかる気はします」
「自分の名前以外は全く覚えていなかったという割にはそれほど焦った様子がない。日本のことを知っているかもしれないという程度には思い出しているようだけれど……それにしては落ち着きすぎているんじゃないかと思うんだ。少なくとも、そんな状況にいながら自分のことを後回しにして人を助けるなんてなかなかできることじゃない。……いや、違うな。そう在ることが立花響なんだと理解してそうしている、という感じなのか」
「…………」
「すまない、変なことを言ったね」
「そんなことは……」
「まあ、手がかりがなくて探しようがない、というのも事実だ。彼女に関する情報が日本にないかは僕の方で調べてみるから、君たちはジュエルシードとやらを探すことに専念してくれて大丈夫だよ」
「すみません、ありがとうございます」
響に対する考えは僕もほぼ同じだった。驚きがあるとすれば、士郎さんがそこまで見て考えてくれていたことに対して。そして、恐らくはもう少し深く気付いていそうだということ。それ以上何も言わなかったのは、僕が自分で気づけということからなのか、まだ話す必要がないと思ったからなのか……。
それにしても、おじいちゃんも士郎さんも、番外でレイジングハートも、僕の周りの大人たちは僕に対していろいろと厳しすぎるんじゃないかと思う。みんな女性には甘いのにさ。
***
「ふう、今日は疲れたよぉ……」
『お疲れ様でした。帰ったら算数と国語で宿題が出ていたので、そちらを先に終わせることに致しましょう』
チャイム音とともに知らされる授業の終わり。同時に、脳内で行っていた戦闘シュミレーションを終了して、体を弛緩させる。体を動かしていたわけではないけれど、体育の後のような気怠さが体を包みます。この気怠さ自体は脳による錯覚だそうなので気付けばすぐに治っていますけれど。
「なのは、あんた最近妙に疲れてない?授業中もちょくちょく上の空になってることあるし」
「私もそう思う。何かあったの?」
いつも通りの帰り道。少し前と違うのは、私が二人に秘密にして、魔法の練習をしたり戦ったりしているということ。
「ちょっとね……。自分の体力不足にいろいろ思うことがあって、朝にお兄ちゃんたちと走り始めたんだ」
「ああ、そういうこと。でも一緒にってさすがにペースは違うでしょ?というか無理でしょうけど……でも、どうしてまた?」
「前に話してたフェレットさんが逃げだして捕まえてって話はしたでしょ?あのときに走って追いつけなくて、しかも体力もないしで……結局ほかの人が捕まえてくれたんだけど、ちょっと情けなかったから、もう少し走れるようにしようかなと思ってね」
「なんだか、なのはちゃんらしいというかどこかずれてるというか……」
「きっかけとして納得できるようなできないような何とも言い難い話ね、それ」
「にゃはは……まあ、後は私朝苦手だからちょっとね」
「そう言えば朝弱かったよね」
まあ、嘘なので苦しいのは仕方がないと思うの。でも、私らしいと言われるのはちょっと心外かも。
「そう言えば、そのフェレットの飼い主見つかったのよね?」
「お見舞いに行って会えなかったのは残念だけれど、でもよかったよね!」
「うん!そうなの!」
そういうことになってます。フェレットさんがユーノ君だってわかって、お家に居候することになったので、お二人にはフェレットさんとして紹介するわけにもいかず、フェレットさんは飼い主さんが見つかってもうお家に帰っちゃったことに。
「でも会いたかったなー、そのフェレットさん」
「そうよね、なのはだけずるいなー」
「え、えーと……飼い主さんとお知り合いにはなったから、お話すれば合わせてくれると思うの」
「本当!?」
「た、多分……」
「まあ、迷惑かけなければでいいけどね。飼い主さんにも都合はあるだろうし」
「う、うん。とりあえずまた会えませんかってお願いしてみるの」
ユーノ君に。……ダメかな?
『悦んでやると思いますよ』
『なんか今の言い方含みなかった?』
そんな感じでフェレットさんのことは誤魔化しておいて、今日はお二人が私のお家に遊びに来る予定です。遊ぶというのも本当だけれど、主な目的は二人にユーノ君と響ちゃんを紹介するため。ジュエルシード集めには関係ないけれど、みんなでお友達になった方が楽しいし、なによりアリサちゃんとすずかちゃんにユーノ君と響ちゃんを紹介したいと私が思ったから。多分、二人ならとても仲良くなれると思うのです。
「ところで、今日紹介したい人がいるってお話ししてたけど、その人は飼い主さんとは違うんだよね?」
「うん、どんな人かはあってからのお楽しみ」
「なによ、もったいぶっちゃって」
でも、二人にはまだ内緒。特に意味はないけれど、サプライズ的な感じです。
一応、二人に話すユーノ君と響ちゃんはお父さんのお友達の子供を預かっているという設定です。
……それにしても私、嘘ばかり吐いてどんどん悪い子になっていってる気がします。