結界。
対象を外界とは隔絶された空間へと閉じ込めることを目的とした魔法。
そんな空間に取り込まれたのは、なのはと響。僕は対象外だったけれど、発動に合わせて無理矢理に入り込んだ。恭弥さんと美由紀さんに応援を呼ぶためには外に残っていた方が良かったかもしれないけれど、前回より結界が強固になっていて後から入り込むのが困難だと判断した。入れないことはないだろうけれど、時間がかかることは確実だろうし、二人が無事な間に間に合うかどうかも分からない。それなら、一緒に対応した方が取れる選択肢は増えるし、封印も安全に行えるだろう。
「なのは、響、二人とも無事?」
「私は大丈夫」
「私も平気だよ」
多くの生徒たちで賑わっていた学校内だけれど、三人だけとなった今は閑散としていてどこか不気味さが漂っている。僕たち以外には時計すら動きを止め、さらには結界内のフィルターがかかったような薄暗さがホラー的な雰囲気を増幅させている。なにより、普通ではありえないような魔力の濃さに酔いそうになる。
「よかった……、響にはいくつか言いたいことがあるけれど、一先ず保留。とりあえず、ジュエルシードを何とかしよう」
先ほどまで廊下に転がっていた男性の姿はない。おそらく、ジュエルシードに取り込まれる形で結界内のどこかにいるはずだけれど……。
そうして辺りを見回し、廊下の窓から見える光景に愕然とした。
目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼目眼目目眼目目眼目眼目眼目眼目眼目眼眼眼目目眼目眼眼眼。
そこには、認識できる数を超えた多さの目が在った。
校舎の二倍ほどの高さのある塔。高さ自体はビルなどに比べたら大したことはないけれど、問題はその見た目にある。ジュエルシードの思念体としての特徴なのだろうか、表面が塗り潰されたように真っ黒でぐしゃぐしゃと蠢いており、その様子はまるで無視の大群が密集し重なり合っているかのようだ。そして、その表面には数えきれないほどの数の目玉が周囲を見まわしている。
その姿は、恐怖以上に嫌悪感を先立たせた。
「何、あれ?」
「多分思念体だと思うけど……」
「百目鬼みたい」
「百目鬼、この国日本に伝わる妖怪の名前ですね」
おそらくはジュエルシードの持ち主もあの中に取り込まれているんだろう。あの塔を一気に吹き飛ばして封印してしまうのが一番手っ取り早いんだろうけれど、そう簡単にさせてもらえるかどうか……。目をいっぱい生やして突っ立っているだけというわけではないだろうし、下手に突っ込んでいくわけにもいかない。
「ともかく、ジュエルシードの封印だ。一旦なのははバリアジャケット装着後後衛に、僕が前に出て相手の行動を探る。響はアレから極力離れて安全な場所へ」
まずは様子見。なのはには控えておいてもらって、僕が前に出て相手の能力を探る方が得策だろう。レイジングハートがいると言っても、瞬間的な判断力ではまだ僕の方が経験があるし選択肢も多い。逆に戦闘においては僕だといまいち決定力に欠けるし、これだけの大物が相手だと圧倒的に威力が足りない。だからこその判断だったけれど――。
――もとより、そんな余裕なんてなかった。
行動を起こそうと思った時には、すでに体が動かなかった。
一体何が……と思うと同時に、これがアレの仕業であることはすぐに見当がついた。こちらを凝視している、数百もの眼。見られるだけで怖気が走るアレがこの原因だろう。硬直した体は自分の意思では指一本動かせず、言葉を発することすらままならない。辛うじて救いがあるとすれば、呼吸や心臓の鼓動までは止まってはいないことだろうか。
「マスター!」
レイジングハートの声に意識を向けると、視界の端でなのはと響も動きを止めていた。それ自体に驚きはなく、驚いたのはレイジングハートが話せたということだった。
どうしようかなんて考えている間に、思念体の目玉と目玉の間から数十本もの触手が伸び始めていた。触手の動向を見つめながら……けれど、今の僕には取れる対応策がない。
アレはどうやって僕らの動きを止めているのか、念話すら満足にできないこの状況で取れる手段が皆無だ。可能だとすれば、唯一話すことができた――つまり、この動けないという現象の対象となっていないレイジングハート。
「stand by ready, set up.」
レイジングハートにより紡がれる言葉。同時に、なのはの体を光が包み込んでいく。
――refrection――
数十もの迫ってくる触手が廊下の壁を突き破るのと魔法が発動するのはほぼ同時だった。展開された障壁が三人を包み込み、触手が壊した壁や窓ガラスの破片を防ぐ。副次的に廊下内に粉塵が巻き上げられ視界が遮られる。
「戻った!?」
聞こえてきた響の声。自分の身体が動くようになったことを確認しつつ、その声でおそらくは二人の身体も元に戻ったことを認識する。
「触手を防ぎつついったん下がります!」
「なのは、粉塵の中からは出ないように!退路は僕が誘導するから着いてきて!」
近くの教室の扉を開き、安全を確認しながらさっきの身体が動かなくなった現象について考えを巡らせる。
相手は暴走以前から“見る”こと目的として動いていた。見る対象についてはまあともかくとして、行動原理としては監視、観察が主だろう。ジュエルシードの願いを叶えるという性質上――叶え方に些か以上の問題はあるけれど――暴走したとしても発動理由である願いと全くかけ離れた行動をとるというのは考えにくい。
「なのは!響!こっちの教室の中に!」
最初になのはを襲った思念体の元となった願いは、今となっては推測でしかないけれどジュエルシードを集めようとする意志――つまり、僕かあの金髪の少女、もしくはその両方が原因だと考えている。だからこそジュエルシードを複数持っていたし、ジュエルシードの反応からなのはを襲ったんだろう。手放した後も追いかけた理由はわからないけれど。二つ目の獣型は飼い主にひどい扱いを受け捨てられた犬の恨みが発動理由だ。無差別に人を襲おうとしたのもそれが理由だと思う。
一つ目は目的が収集ということから、追跡、捕縛に特化した思念体が。二つ目では恨みから非常に攻撃性の高い思念体が生まれている。となると、今回のジュエルシードの発動理由から思念体の特性をある程度想定できる。
「響ちゃん先に入って!」
「ありがとう、なのはちゃんもすぐにね」
最初に響が中に入り、近くに来たなのはと交代で僕が障壁を張ってからなのはが中に、そして最後に僕が教室へと入る。教室内は思っていたよりも狭くて……というか、そう言えばここ更衣室か。着替えのために移動していた途中だったんだし、そりゃあ近くにあって当たり前だよね。
「ユーノ君更衣室に誘導するなんてへんた~い」
「ちょ、響!?そんなこと言ってる状況じゃないでしょ!」
「えっ、ユーノ君……」
「マイスター……」
「二人も乗らない!」
なんて言っている間に、思念体の触手が更衣室の壁を突き破ってピンポイントに僕らを狙ってきた。
「protection」
やっぱり、想定通り。
予め用意していた障壁を展開し、触手を防ぐ。狭いと言っても、一クラスの半分の生徒が着替えるための部屋が身動きしづらいほどに狭いわけもなく、そんな場所三人しかいない標的を壁越しの見えない状態でピンポイントに攻撃できるとは思えない。
「多分、透視もできるのかな」
「なんのこと?」
「相手の攻撃手段、というか能力?」
質問はなのはのもの。聞いてこそ来ないけれど、隣では響も頭に疑問符を浮かべているような表情をしている。
「とりあえずそっちの壁に穴をあけて後者の反対側に出よう。話をするにしても咄嗟に動くにはここだと狭いからね」
そう言って、なのはにお願いし魔法で壁に穴をあけてもらって外に出る。校舎裏は一部に花壇とかがあるだけでほかに特に気にするようなものは何もない。花壇があって塀があって、その向こう側はおそらく一般の道路だろう。校舎と塀の間は広いというほどではないけれど狭くもなく、動き回るには十分なスペースがある。
校舎裏に出るまでの間も触手が襲ってくるけれど、常時障壁を張り続ける形で防ぐ。遠いからかそこまで判断能力がないのか、多方向から回り込んでこない分防ぐのは楽だ。
「さて、話の続きだけれど……おそらく、敵の能力はこの触手と――」
言いながら、障壁をバシンバシンと叩いている触手を指さす。
「最初にされた体が動けなくなるやつ、そしてこうして壁の向こう側からでも正確に攻撃のできる〈透視〉だと思う」
「動けなくなるやつと透視?」
「うん。あくまで推測だけれど、あってると思う。さて、今回のジュエルシードの発動した願い――原因は観察」
「いやぁ、あれは観察というか……最後完全にただの覗きだったし」
「観察……」
「言いたいことはわかるけどとりあえず観察ってことにしといて」
自分でもかなりオブラートに包んだ言い方をしているのはわかってるさ。
「う、うん……。それで、敵の能力に関してだよね?」
「そう。能力に関してはジュエルシード発動の理由からある程度推測できるんだ。今回の発動理由は観察。“見る”ことを目的として発動したことから、それに起因した特性を持ってるはずなんだ。それが多分、最初になった動けなくなるやつ――仮に〈停止〉としておこうか。その停止と、直接見えていない場所でも“見る”ことのできる〈透視〉の能力だと思う」
「〈透視〉に関しては隠れていても触手が迫ってくるってだけで、そうとわかっていればそう問題にはならない。恐いのは〈停止〉だね。魔法すら発動できなくなるしかなり辛い能力だけれど、この状況で動けていることを鑑みるに発動条件があるみたいだ。同じく推測だけれど、直接見ることが条件なんじゃないかな。もしくは、〈透視〉と〈停止〉は併用できないか。あくまでも観察が目的とされていることが理由なんだろう。逃げる相手を近くで観察するために〈停止〉を。相手がどこにいても観察できるように〈透視〉を。そんなところだろうね」
「〈透視〉に関しては現状を見ればほぼ確定だろう。対して、〈停止〉関しては少々不確定な部分もあるんだ。〈停止〉を判断したのはなのはの変身の瞬間と粉塵に隠れた瞬間の二回。なのはの変身時は光によって姿が見えなくなるから、そのおかげで〈停止〉が解けたんだろうと思う。その後の触手が壁を壊してくれたおかげで、僕ら全員の姿が直視できなくなって〈停止〉が解けてしまったと考えたんだけれど……」
「ただ、その両方は共通して思念体との直線状に魔力障壁を設けているんだ。単純に直視できなくなったから効果がなくなったわけじゃなく、魔力障壁があったから効果がなくなったという可能性も考えられる。もしくは、直視できなくなったのと魔力障壁の両方があって初めて効かなくなったのか……。まあ、この辺に関しては大した危険も冒さず確認できるから、この話の後に確認するつもりだ」
そこまで言い終わったところで、一呼吸置く。
「以上が現状わかる範囲での敵の能力だね。まあ、あくまでも推測だし、相手ができることがこれだけとは思わない方がいいけれど……」
顔を上げると、なぜか僕のことを凝視している二人。
「えっと、どうしたの?」
「お、おおー、この一瞬でそこまで考えつくなんて、流石天才児と呼ばれるだけありますねぇ立花さんびっくりです」
「ユ、ユーノ君、すごい……」
「マイスター、ドン引かれてます。話長いです。判断材料まで話さなくとも要点だけで十分です」
「あ、うん……なんかごめん……」
「そんなことないよ!私一人だと何も知らずに飛び出して捕まってるかもだし、ユーノ君がそういうの考えてくれて助かってるの!」
「そうそう!私もそう言うの考えるの苦手だし、それにユーノ君のことだからもう作戦まで考えてくれてたりするんじゃないの?」
ああ、二人のフォローが痛々しい……。
いやまあ、確かに何も考えずに考えてることそのまましゃべったけれどそこまで引くことないじゃないか……。別に悪いことしてるわけでも変なことしてるわけでもないんだし……。必要なことなんだし……。
「マイスター、しっかりしてください。作戦考えてるんですよね。一瞬でそこまで敵の能力に関して考察できているくらいに天才的な頭脳を持ったマイスターなんですからもうすでに作戦を考えていてその作戦でもうすぐにでも思念体を封印できるんですよねわあさっすがマイスターですあこがれちゃいますぅ」
「レイジングハートのは普通に腹が立つというか、それはフォローじゃなくもうただ煽ってるだけだし、それにしても実はレイジングハートは僕のこと嫌いだったりするの?」
「いいえ、大好きですよ。面白いですから」
「…………」
一瞬びっくりしたけれど、やっぱり予想通りの答えだった。正直安心したけれど。
……いや、いじられて嬉しいわけじゃないけどね。
閑話休題。
そもそもこんなことを話している場合でもなかった。
「作戦について、話そうか……」