05 それは、不思議な出会いなの?
高い鐘の音が鳴り響き、私たちに授業の終わりを教えてくれる。委員長さんの号令と先生のあいさつが終わると、さっきまでしんとしていた空気が一変。先生の話を静かに聞いていた子も、春の陽気に当てられて居眠りしていた子も、みんな好き好きに話始め、ざわざわと空気が動き出します。
今日の学校はこれで学校は終わり。いつもなら家に帰ってお店のお手伝いだけど、今日は少し特別。いつもとは違う予定があって、私は少しそわそわ。
「なのは、帰るわよっ!」
「なのはちゃん、はやくー!」
「アリサちゃん!すずかちゃん!今いくー!」
私のことを呼んでいるのは、アリサちゃんとすずかちゃん。アリサちゃんは長いブロンドの髪が綺麗な少し気の強い女の子で、すずかちゃんは物静かで落ち着いた雰囲気の女の子。二人ともとても美人さんで、おうちはとてもお金持ちのお嬢様です。初めて会った頃は大ゲンカしたけれど、今はとても仲良し。私の大切なお友達です。
「ねえ、最後の授業で先生が将来の夢について考えてきなさいって言ってたけど、二人には将来の夢ってある?」
帰り道、そんなお話をしてきたのはすずかちゃん。今日の最後の授業では将来の夢について考えたことはありますか?みんな一度考えてみましょうねっていうお話でした。私は将来の夢なんてあまり考えたことがなかったから困り中です。すずかちゃんも同じなのか、少し困り顔。
「にゃはは……、私はあまり考えたことなかったなぁ。急に言われてもどうしたらいいかわからなくて……。アリサちゃんは?」
「正直、将来の夢に関してははっきりしてないわね。でも、先生が言ってた進路云々に関しては変わらないと思うわ。どうせ親の仕事を継いだりすることになるでしょうしね」
「そっか、アリサちゃんところは会社おっきいもんね。……でも、逆に決められてるっていうのは嫌じゃないの?」
「そりゃあ、あれやってこれやって全部きめられてるのは嫌よ。でも、求められてることさえ出来てたらほかは好きなことさせてもらえてるしね。……まあ、私一人では大したはことできないって思われてるからこそみたいなんだけど……だから、そのほかのところで親を見返してやりたいって思ってるのよね。それが私の夢って言えば夢なのかも」
ひひっ、といたずらでも始めそうな笑みを浮かべるアリサちゃん。とても負けん気の強いアリサちゃんらしいです。
「そういうすずかはどうなのよ?」
「私もなのはちゃんと同じかなぁ。家のことは、お姉ちゃんが全部なんとかするからあんたは好きにしなさいって言ってくれてるんだけど、好きにしなさいって言われても何をしたらいいかわからないし、それこそ将来の夢って言われてもって感じかな。」
すずかちゃんのお姉さん――忍さんはすずかちゃんのお家の当主さんで、大学生のとても美人なお姉さんです。そして、私のおにいちゃんとお付き合いをしていて今はラブラブのカップルさんなの。お二人が揃っているときの姿を見ていると、ラブラブ過ぎて見ている方が恥ずかしくなちゃうくらいです。本人たちいわくそれで抑えてる方らしいので、二人きりだとどうなっちゃうのか気になるけど、お姉ちゃんに私にはまだ早いって言われました。すずかちゃんが一度お家で超ラブラブなところを見ちゃったみたいで、どんな感じだったか聞いてみたけど真っ赤になって答えてくれませんでした。アリサちゃんはなんとなくわかっていたみたいだけど、聞いてもアリサちゃんにまで私には早いって言われてしまいました。同い年なのに。
「えー、何言ってるのよ。私すずかが呟いてたの聞いたんだからね!お嫁さんって――」
「きゃー!アリサちゃん聞いてたの!?聞かないで!というか忘れて!」
からかうような笑みを浮かべるアリサちゃんに、真っ赤になって焦るすずかちゃんがとてもかわいらしいです。
「お嫁さんが将来の夢ってとてもすてきだと思うな。忍さんとおにいちゃんみたいに仲良しならいいなって思えるよね!」
「――!?!!!?……はぅ」
「とどめを刺したわね、なのは……恐ろしい子」
「あ、あれ!?すずかちゃん大丈夫!?」
すずかちゃんが真っ赤になったままオーバーヒートしちゃいました。ぼーっと空を見上げたまま呼びかけても反応がないけど……、大丈夫かな?アリサちゃんが言うには私のせいみたいだけど、でもどうして?
「すずかは少ししたら元に戻るでしょ。それよりなのは、あんたの夢はどうなのよ?家でケーキ屋さんとかやってるんだし、その後を継ごうとか思わないの?」
「うーん、それも考えたんだけどね」
なんとなく、将来の夢とは違う感じがするの。
「これだ!って感じがしないんだ。アリサちゃんの見返してやる!とかすずかちゃんのお嫁さん!とかは、これだ!って感じがするでしょ?でも、ケーキ屋さんになるっていうのは私の中でこれだって感じがしないんだ。もちろん、別にいやってわけじゃないんだけどね」
それに……、何かもっと、人の役に立てることがしたいと思うのです。
それが何かは、わからないけど。
「いや、でしょ?って言われても私にはその感覚はわからないけど……、まあでも、言いたいことはわかるわね」
そして、アリサちゃんはそんな要領の得ない私の言葉をようするに、とまとめてくれます。
「これがやりたい!って感じるものがないのよね。これはなのはだけじゃなくて、私もすずかも一緒よ。見返してやりたいとかお嫁さんになりたいとか、全部漠然としたものばかりだもの。でも、そんなものでいいと思うわよ。だって私たちまだ9歳だし、むしろこれからそういうものを見つけていく方だもの。というか、男子たちなんてもっと単純でしょうしね。先生の言っていたのは、その言葉通り、一回そういうことを考えて見なさいってことだと思うわよ」
さすがアリサちゃん、こういう話をしていると、アリサちゃんはやっぱり頭がいいんだと思わされます。というか、9歳だしという割に発言が9歳とは思えないこと言っているような気がします。
そうしていつも通りの帰り道を三人で歩きます。その日学校であったことを話したり、これからの予定を話したり、いろいろなことを話しながらいくつかの曲がり角を通り過ぎた交差点でお二人とはお別れすることになります。でも、今日は少しお誘いしたいことがあるの。
「あ、あのね。今日の朝来るときにお話ししてた、フェレットさんのこと覚えてる?」
「もちろん、昨日の帰りに公園で倒れてたフェレットのことでしょ?」
「病院の先生のところで診てもらってるんだよね?」
昨日、帰り道の途中にある公園の近くを通った時に不思議な声がしたのです。気のせいかなとは思ったんだけど、声のした方向にいってみると、そこには怪我をしたフェレットさんが倒れていて……、とにかく急いで近くにある動物病院に連れて行きました。
怪我は大したことはなかったみたいだけど、体力を失っているみたいで昨日はずっと眠りっぱなしでした。結局、一日は様子見で先生に預かってもらってまた明日ということになりました。
「うん、これからお見舞いに行こうと思うんだけど、二人も一緒に行かないかな?」
そのお見舞いに、すずかちゃんとアリサちゃんも一緒に行けたらなと思ったの。
本当は朝のうちにお誘いするつもりだったけど、そのお話をすることに必死になって誘うのを忘れてしまっていました。
そんな私の言葉に、……でも二人の返事は芳しいものではありませんでした。
「ごめんね、なのはちゃん。私も行きたいけど今日はお稽古があってこのまま帰らないといけないの」
「私も今日は習い事があるから……ごめんなさい、なのは」
「にゃはは、それなら仕方ないよ。飼い主さんが見つかるまでは先生に預かってもらうことになると思うし、見つからなかったら私のお家で飼えないかなってお父さんたちにお話ししてるから、また今度一緒に行こう!」
アリサちゃんとすずかちゃんはピアノのお稽古だったりお花のお稽古だったり、いろんな習い事をしているので放課後は忙しいことが多いんです。
一緒に行けたらよかったけど、そういうことなら仕方ないよね。
「私も早く会ってみたいから残念だよ……、明日なら空いてるから一緒に行けるかな?」
「私も明日なら大丈夫よ」
「そうだね、じゃあまた明日一緒に行こう!」
…………………
……………
………
そうして、もう少しアリサちゃんとすずかちゃんとお話しした後、お二人のお迎えの車が来て、また明日とお別れしました。私はフェレットさんのいるにいくのですが、それは一度お家に帰ってからです。学校帰りの寄り道は怒られてしまいます。
そんな帰り道の途中、昨日そのフェレットさんを見つけた公園を通って……そう言えば、この辺で不思議な声を聞いたんだっけ。
『ひ……き……、レイ……ハート……。』
結局、あの不思議な声がなんだったのかはわからないままです。頭の中に直接響いてくるような、不思議な感じでした。しっかりとは聞き取れなくて……でもなんとなく、誰かを呼んでいるような感じだったような気がします。
もしかしたら、あのフェレットさんが飼い主さんを呼んでたのかも……なんてことも考えてみたけれど、フェレットさんがおしゃべりするわけないよね。……でも、もし本当にそうならフェレットさんとおしゃべりしてみたいかも。
――なんて考えながら、もう少しで公園を出るそんな時。
一人の女の子が歩いている姿を見つけました。
同い年くらいかな?この辺りではあまり見たことのない女の子。オレンジ色の髪に、緑色の変な模様の入った服とマント、首には赤くてまん丸の宝石をかけています。最近引っ越してきたばかりなのかな?それにしても、なんだか服がところどころ破れていたり汚れていたり、少し心配になる格好なの。
周りにはほかに人の姿はないけど、誰かにお話し――独り言?――しているようで……。
「……君は……のかな?でも……かも……?……あっ、……どうもー」
「にゃはは……」
なんて見ていると、その女の子と目が合ってしまいました。女の子は独り言を聞かれたと思ったのか、少し気まずい雰囲気でお互いに苦笑い。
そこで、女の子は何か思いついたような仕草をしたかと思うと、私の方に近づいてきました。
「えっと、こんにちは。この辺で男の子を探してるんだけど、見なかったかな?金髪で、歳と身長は私と同じくらいで、服も私の着てる感じのと同じようなのを着てて、かわいい感じの女の子と間違えそうな見た目の男の子なんだけど……」
どうやらお友達を探していたみたいなの。公園で遊んでいてはぐれてしまったのかもしれません。
「うーん、私は見てないの。ごめんなさい」
「いいよー、そんな謝らなくても。……うーん、そっかぁ。でもこの辺のはずなんだけど……、えっ?あー……」
「……?」
謝る私に笑顔で答えてくれる女の子。でも、やっぱり少し困り顔になって悩み中。……かと思えば、誰かに話しかけられたような反応で、先ほどの独り言の時のような感じになってしまいました。
「まあでも、近くまで来てるのは確かなんだもんね。よし、もう少し探してみるよ、ありがとっ!」
なんだか勝手に納得して、女の子は公園の奥に走って行ってしまいました。
うーん、なんだか不思議な女の子でした。しばらくなんだったんだろうと立ち尽くしていたけれど、ふと公園内にあった時計を見てびっくり。もう四時を過ぎています。
「わわっ!?急がないと!」
春のこの季節、暖かくなってきて太陽の出ている時間も長くなりましたけど、それでもまだ日が暮れるのは早いです。一度家に帰ってから動物病院まで行くので、急がないと帰りには日が暮れてしまいます。そうなったらお父さんとお母さん、それにお兄ちゃんとお姉ちゃんを心配させることになるので、それはよくありません。
「お、なのはちゃんおかえりー。今日もかわいいね!」
「ちょっとあんた!ごめんねなのはちゃん、おかえりなさい!」
「にゃはは……、ただいまー!」
商店街を走っていると、顔見知りのおじさんやおばさんが声をかけてくれます。お父さんとお母さんは、この海鳴市商店街に喫茶店兼ケーキ屋である翠屋をしていることで有名です。おかげさまでお店は大繁盛。私もそのお店の末っ子ということで商店街のみんなからかわいがってもらっています。もちろん、お兄ちゃんとお姉ちゃんも有名人。お二人は特に、商店街で困っていることがあったら何かとお手伝いしているので、いつも感謝されているみたい。私にも手伝えることがあったらいいんだけど……、まだまだできることも少なくて、手伝えることは多くありません。これから精進です。
「ただいまー」
玄関を開けて声をかけるも返事はなく、私の声は廊下の奥へと消えていきます。どうやら、お兄ちゃんとお姉ちゃんはまだ帰っていないみたい。お父さんとお母さんは経営している喫茶翠屋でお仕事中のはずなので、玄関からは声が届いていないのかも。
学校のカバンだけ玄関に置いて、お店の入り口に回ります。お店の扉を開くと同時に、ドアベルのカランカランという音が店内に人が入ることを告げる。
「いらっしゃ……と、おかえりなさい、なのは」
「ただいま、お父さん!」
その音を聞いたお父さんが反射的に声を上げ、そして一拍おいてから私と気付いて優しい笑みで迎えてくれます。お父さんはとても男前で、近所の奥様からも大人気。お父さんに会うために翠屋に来る人も少なくありません。娘としては、お父さんがかっこういいのは誇らしいけれど、少し人気がありすぎて嫉妬してしまうことがないとは言えないかも。でも、そんなに心配しているわけでもありません。
「おかえりなさい、なのは」
「ただいま、お母さん!」
そんなやり取りが聞こえたのか、カウンターの後ろからお母さんが出てきました。心配していない理由は、お父さんの格好よさに負けず劣らず、お母さんもとても美人さんなのです。お父さんと同じく、そんなお母さんに会うために翠屋に来ている人も少なくありません。お母さんは普段はお店の奥でケーキを作っていることが多いですが、時間帯によってはお店のウェイトレスさんをしていることもあるので、そんな時間帯を狙って男の人のお客さんが多くなることがあったりなかったり。そんな美人でお料理も上手なお母さんは私にとっても、きっとお父さんにとっても自慢のお母さんです。
もともと、お父さんは危険なお仕事――どんなお仕事なのか聞いても、詳しく教えてもらえません。――をしていたみたいだけれど、事故に遭って入院したのを切っ掛けに辞めたそうです。これ以上お母さんを心配させたくないのと、一緒にいる時間を増やすためだとか。そして始めたのが喫茶店翠屋。危険なお仕事に関して、お母さんは何も言わなかったそうだけれど、やっぱり心配はしていたみたいで翠屋を始めてからは前よりもよく笑ってくれるようになったとお父さんは言っていました。
そんな二人は、今は誰もが羨むとても素敵な夫婦さん。今でも仲が良すぎて、見ている方が恥ずかしくなってしまうほどです。……もしかしたら、おにいちゃんと忍さんがあんな感じなのは、お父さんとお母さんの姿を見ていたからというのもあるかも。
「なのは、今日は昨日行ってた助けたフェレットさんのお見舞いに行くんだよね?」
「うん!でも、お店のお手伝い休んじゃうことになってごめんなさい」
「そんなに気にしなくてもいいわよ。もともとなのはが手伝いたいときに手伝ってくれたらいいって話だったんだもの」
「そうだぞ。早く着替えてそのフェレットさんに会いに行ってあげなさい。途中、車には気を付けてな」
「あと、あまり遅くならないようにね」
「はい!ありがとう、行ってきます!」
そんなやり取りをしてから一度着替えるために家に戻ります。
自分の部屋に戻って、学校の制服から私服にお着替え。少し暖かくはなってきたけれど、日が暮れると結構肌寒くなってくるし、重ね着しておいた方がいいかも。スカートはTシャツの色に合わせてっと……なんて、アリサちゃんにすずかちゃんにとみんなオシャレなので、最近は私もそれなりにオシャレに気を使うようになってきました。まあ、身近にいるお姉ちゃんが最近オシャレにうるさくなっているのが、一番影響されているところなのですが。もっとも、お姉ちゃんはともかく私は誰に見せたいというわけでもないんだけれどね。
……私も、好きな人ができたら気にすることになるのかなぁ。
なんて、想像してみたけれどあまりイメージが湧きません。そう言えば、すずかちゃんはお嫁さんが将来の夢って言っていたけれど――言ってないよ!――もしかして好きな男の子がいるのかな?また今度聞いてみようっと。
最後に、いつものお気に入りのリボンで髪の毛を二つに結って、着替えは終わり。次は持ち物確認。携帯電話は持って行って……、遠くに行くわけじゃないしお財布はいらないかな。あっそうだ、あれは一応持って行った方がいいかな。
そうして机の引出しから取り出したのは、フェレットさんが倒れていた近くに落ちていた真っ赤な宝石。もしかしたら高価なものかもしれないし、フェレットさんのものなら返してあげないと。
……なんとなく、ずっと見ていると引き込まれるような不思議な感じのする綺麗な宝石。昔少し見せてもらったルビーにも似ているけれど、でもどこか違う。
……と、すっかり見蕩れてしまっていました。早く病院に向かわないといけないのに……、宝石には人を惑わす力があるなんて聞いたことがあるけれど、こういうことなのかもしれません。
携帯をスカートのポケットに入れて、宝石は反対側のポケットに。部屋を出て、お出かけ前にお手洗いを済ませてから玄関へ。履くのは学校指定の革靴ではなくて、動きやすいスニーカー。最後に玄関にある鏡で変なところがないか確認。
「よし!」
返事のない家の中に、いってきますと呟いて私は家を出た。
それが、9年間続いてきた私の日常の最後。
そして、私はこれから新しい物語と出会う。
……ううん、もう出会ってはいたけれど。
まだ、言うなればニアミス。
たとえば、お店のお手伝いを優先させて病院には行かず。
たとえば、宝石は落し物として交番に届けていれば。
私の知らない間に、フェレットさんはいなくなっていて。
私は、公園で女の子とであったことは忘れてしまって。
私は、平凡な生活を送り、翠屋を継いで、将来出会う誰かと幸せに暮らしていた
――のかもしれない。
それでも、出会っていたのかもしれないけれど。
この未来を選択した私は、この時が分岐点だったのだと思う。
私が、この物語と出会うかどうかの、分岐点。
そう、この物語は。
私、高町なのはの物語“ではない”。
誰よりも熱く。
誰よりも明るく。
誰よりも強く。
ただひたすら、誰かのために。
誰かの笑顔のために歌い続けた女の子。
立花響の物語――。
魔法戦姫リリカルシンフォギア
始まります。
でも熱血バトル少女アニメ的にはなのはさんの方が先輩ですよね。
あと、OHANASI的な意味でも。