目を開くと、人のいない街が眼下に広がっていた。直下には、こっちを見上げる響ちゃん。
「……私、空を飛んでる」
飛行機にすら乗ったことのない私にとっては、空に在ること自体が初めての体験……なのに、どうしてかな。これが当たり前のような感じもしてくる。不思議な感じ。あと、高揚感っていうのかな。とてもドキドキしてるの。
「おはようございます、マスター。バリアジャケットの着心地はいかがですか?」
言われて、さっきまで着ていた服と違うことに気づいた。
上は黒くてぴっちりとしたタイツみたいな感じのアンダーウェアが、指の関節付近まで覆っていて、その上にジャケットを羽織って、下はロングスカート。スカートの中は……うん、秘密なの。全体的に白を基調にして、青と黄色と黒で華美にならない程度に装飾された、何かの制服みたいな感じのかっこいい服。手首の辺りには手甲のようなものがついていて、戦うぞって感じがする。だけど、胸の真ん中にはかわいい真っ赤なリボンがついててかわいらしさも忘れません。……って。
「着心地はいいんだけど、変じゃない?全体的にはかっこよくしてるのにリボンついてて、ちぐはぐというか……」
「いいえ、よく似合ってますよ。」
肩越しに後ろ側を見ようとしてみたり、スカートのすそを少し引っ張ってみたり、腕を伸ばして着苦しくないか確認してみたり、いろんなところをチェックして……うん、文句こそ言ってみたけれど、全然不満はない。むしろ気に入ったの。
「なんて、そんなことしてる場合じゃなかったよね」
自分の役目を思い出して、少し浮ついていた気持ちを引き締める。
時間はすでに夕暮れ時、空は燃えるように赤く染まっているはずなのに、今は遮光板を通したように少し薄暗くて、気持ちのいいはずの風も感じられなかった。
「ジュエルシードの思念体、黒いアレが作り出した結界です。獲物を取り込み、邪魔されないようにするための異相空間。ご安心ください、ほかの人々は何事もなく生活しています」
ずっと心配していたけれど、それならよかった。この空間は好きになれそうにないけれど、みんなが生活している場所であんなに暴れ回られてたら、とんでもないことになっていたの。
「黒いのは?」
「あそこに」
特に方向を指し示されるわけでもなく、言葉だけ。でも、頭の中に黒いのがいる場所が思い浮かんで、すぐに見つけることができた。
さっきまですぐ近くにいたはずなのに、いつのまにか結構遠くに行ってしまっていた。……ううん、私のせいで飛ばされちゃったのか。
「えっと、どうしたらいいかな」
「最終的にはアレの封印ですが、まずは弱らせなければなりませんね。さて、弱らせるためにはどうしたらよいと思いますか?」
「どうしたら……攻撃して、ヒットポイントを減らしてってことでいいのかな?」
イメージがポケモンだけど、大体間違ってはいないと思うの。ピコンピコン鳴るまで攻撃して、できれば状態異常をつけてボールを投げる。ボールじゃなくて封印ですけど。
「その通り。殴る、蹴る、切る、ぶっ叩く、エトセトラ。戦闘スタイルはなんでも選べますが……身体能力を見る限りマスターにはナンセンスですね」
「確かに、そういうのはあまり苦手なの」
アリサちゃんにもすずかちゃんにも運動では敵わないし、お兄ちゃんとお姉ちゃんは年が離れてるけど……同い年になったとしても同じような動きが出来るとは思えません。
「まあ、年齢を考慮すればそもそも接近戦は選択すべきではありませんからね。では、腕を前に伸ばして下さい。掌は開いて」
言われた通りに左手を伸ばすと、私の手の周りが包み込むように光った。その光はすぐに消えて、現れたのは一本の杖。白い柄が真っ直ぐに伸びていて、その先には金色の装飾と、赤い宝石。その杖を掴むと、初めて持つはずのそれは、私の手にシックリ馴染んだ。
「レイジングハート?」
「イエス、マスター」
レイジングハートが答えるのと同時に、宝石がピカピカと光る。なんかかわいい。
「さて問題です。殴らない、蹴らない、切らない、ぶっ叩かない、そもそも近づかない。とすると、あそこにいる思念体を攻撃するためにはどうしますか?」
「撃つ」
「That’s right. それでは構えてください。構え方はどんな形でも構いません。マスターのお好きなように」
構えると言われてもそれらしい形なんてわからないけれど、とりあえず杖の先端を黒いのに向けて左腕をまっすぐに伸ばします。狙いをつけやすいように体は横に向けて、杖と平行になるように。
なんとなく取った形だけれど、弓と矢を持てば弓道の構えのイメージに近いかもしれないの。
「さて、魔力の流れはわかりますか?そう、その感じです。それを自分の意思で動かしてみてください。無理やりに流れを変えようとするのではなく、自然に」
「イメージは川の流れです。胸の中心のリンカーコア、それが魔力の水源です。」
「そこから頭、胴体、手足とそれぞれに流れていき、帰ってきています。その流れのイメージを変えるのです、指先までの流れが、私まで流れてから帰っていくように」
レイジングハートはどうすれば私が理解しやすいかを考えながら、先生が生徒に教えるように、魔法の使い方を教えてくれる。
「あら、相手が動き出しましたね。こちらに向かってきています。大丈夫です、慌てずに。術式は私が用意いたします。マスターはその流れとイメージを忘れないようにしてください。では、そろそろ――」
そうして、実戦。
「戦闘行動を開始します」
今回、私の主な役割は意思決定。“なにがしたいか”。
私のしたいことのイメージに合わせて、レイジングハートが最適な魔法を選択し、術式を呼び出し、私から流れる魔力を流し込む。最後に、私が引き金を引く。照準すら、大まかな方向は私が決めすらすれ、微調整は全てレイジングハートがしてくれる。多分、普通ならこうはいかないんだろうけれど、今回に限ってはとてもありがたい。
――Divine shot――
デバイスの先端から発射される単発の魔力弾。それは真っ直ぐに放たれて、けれど黒いのには避けられる。
「連射して構いません。威力は低いですが、消費魔力もその分小さいので試射にはちょうどいいでしょう。それで狙いの感覚を覚えてください。私のサポートこそあれ、魔力の運用に問題はありません。普通であれば初めてでこれだけできれば完璧と言うところですが……さて、今後のことを考えて及第点ということにしておきましょう」
「評価が下がった!?」
完璧だったのに及第点……評価が下がったというか、ハードルが上がった?
連射される魔力弾は黒いのに当たったり外れたり。でも感覚が掴めてきて、少しずつ当たる回数が増えてきた。見ている限りは効いているように見えないけれど……さすがに耐えかねてきたのか、黒いのがこっちに向かってくるより回避を優先するようになってきた。
私を中心に弧を描くように避ける黒いのに合わせて、狙いを変えて打ち続ける。でも、これじゃあ当てにくいかな。
「追いかけるようなやつってある?」
「もちろんです」
真っ直ぐに伸ばしていた杖を横にして、先端側に右手を添える。
「リリカルマジカル 福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと、鳴り響け」
頭に浮かんだ呪文を唱え、提示された術式に魔力を流し込む。
――Divine shooter――
「シュート」
現れたのは桜色に輝く一個の光の玉。それは私の言葉に合わせて、黒いのに向かって放たれた。
「単純に放つだけであれば自動追尾にて敵を追いかけます。必要であれば誘導操作も可能です。魔導師として戦い続けるのであれば、将来的には別魔法行使時に同時展開、複数個同時誘導くらいはできるようにならなければなりませんね」
「それほんと?」
「本当です」
ほんとかなぁ……。
もちろん、必要なら頑張るだけだけど。
放たれた桜色の魔法弾は、まるで妖精が飛んでいるかのようにくるくると黒いのを追いかけていく。けれど、その速度は獲物を追うツバメの如く。追いかけられていることに気付いた黒いのは逃げようと跳びあがろうとした瞬間、あっけなく撃墜された。でもやっぱり――
「効いてるの?」
「多少は」
つまり、あんまり効いてないってことなの。レイジングハート曰く、このまま消耗戦していても勝てるみたいだけど、私としてはもう門限を過ぎてしまってるし早くお家に帰りたいの。そのためには、大きいのを一発当てなくちゃなんだけど……。
「それならば直接の封印が可能なのが一つ。ただし、発動までに数秒必要です。確実に当てるためにも、相手の動きを止める、もしくは誘導する必要がありますね」
そんな話をしている間にも、ディバインショットを連射して牽制しているけれど、黒いのは少しずつ近づいてきている。連発で当たるのは嫌がってるみたいだけど、1,2発程度なら無視しているみたい。その程度なら当たっても大したことないって覚えたのかな。
「捕縛魔法はありますが、初めての使用では捕縛自体は可能でも発動までに数秒、さらに強度的に現状の思念体相手では捕縛時間は1秒程度と思ってください」
「じゃあ、誘導して狙い撃つしかないね」
そうすると、こうしてゆっくり浮いてるわけにはいかないの。下には響ちゃんがいるし、巻き込まないように離れて、私自身を餌にして黒いのを誘導する。とどめ以外で使える攻撃はショットとシューターのみ。
いくつか、出来るかどうかレイジングハートに確認する。これは現状では不可能で、これは私次第だけど、これはレイジングハートのサポートで出来る、とか。とかとか。
……よし、やってみよう。成功するかはわからないけれど、失敗した時のことは失敗した時に考えよう。
「それじゃあ、行きます!」
ショットを打ちながら飛翔開始。牽制しつつも、突き放すためではなく、こっちですよと教えてあげるための攻撃。とは言っても、飛行自体が手探りで行っている状態だから、あまり速く飛ぶことはできないし、ある程度はすぐに追いつかれないよう、距離を開けなくちゃならない。
「よし、来てるね」
「目標との距離が想定よりも近いです。もう少し距離を離してください」
「了解」
つかず離れず牽制しつつ誘導する先は、少し前まで私が逃げ回っていた住宅街。低空飛行で入り込めば、左右は立ち並ぶお家に阻まれて避けることは非常に困難になる。黒いのが散々してきた突進で後ろから追突されたらひとたまりもないかもしれない。
「いいえ、直撃を受ければともかく、障壁さえ張れば無傷で済みます」
「あっ、そうなんだ」
ともかく、避けるのが困難になるのは必至。でも、それは相手も同じなの。
路地に入って一旦飛行を辞めるけれど、勢いは殺さない。
着地寸前に靴にかわいい小さめの羽が生やす。本当は飛び上がるための魔法みたいだけど、ほんの数歩だけ勢いを殺さず走るためであれば、問題ない。
「うわっ、と……」
今まで体感したことのない速度に戸惑って、着地の瞬間少しバランスを崩してしまった。でも、このくらいなら大丈夫。先に見える曲がり角に向かって一歩、二歩と走り幅跳びの要領で跳躍し――三歩目、私はわざと壁に向かって跳躍した。
初めての飛行としての問題は二つあった。一つは、黒いのに追いつかれる程度の速度しか出せないということ。そしてもう一つは、複雑な飛行ができないということだった。たとえば、現状の最高速度を出して直角の角を曲がるなんてことは、今の私にはできない。だったら、その曲がる瞬間だけは自分の足で走ればいい。もとい、曲がればいい。
体を反転させ、壁に着地。足をバネ代わりに縮ませ――再度、跳躍する。
その後ろでは、曲がりきれなかった黒いのが壁に衝突しつつも触手を伸ばして急停止、そのまま伸ばした触手をバネ代わりにし、自身の体をスリングショットのように射出――もとい、突進してくる。
その速度は今の私では避けられるような速度ではなく、見てから魔法を使うには時間が足りない。――けれど、来るとわかっていれば用意はできる。
――Divine shooter――
「正確には、シューターとショットの合体弱体化版って感じなのかな?」
私の背後に、10個ほどの光の玉が現れる。それらはそこに現れただけで、放たれることもなく自動追尾することもない。連射できるショットを基盤にして複数個連続で出現させる。ただし、そのままだと飛んでっちゃうから、シューターからの引用で数秒だけ滞空させる。それだけ。数秒経てば消えちゃうけれど、この状況では数秒持てば十分なの。私はアイデアだけで、実際にそうなるようにしてくれたのはレイジングハートだけど。
私は出現させた魔法弾の少し前で振り向着つつ着地、すぐに次の魔法の準備へと移る。
想定通り、10個の光の玉を見た黒いのは、それに当たるのを嫌がって逃げようとする。でも、思い切り飛び出した勢いを殺すには距離が足りず、左右は立ち並ぶ家に遮られて逃げられない。必然、黒いのは地面を叩き付ける衝撃を利用し、上方へと逃げることになる。
――Protection――
そして、私の頭上を飛び越えていくような黒いのの軌道上に、本来なら身を守るための障壁魔法が発動される。物理攻撃に強く、触れたものを弾き跳ばすという性質をもったそれを敢えて敵にぶつけるために使う。地上では触手を張り巡らせたりして堪えられていただろうけれど、これだけの速度を出した状態で飛び上がって避けた直前なら、触手を伸ばすには時間も距離も間に合わないはずなの。
バチンと弾けるような音とともに、弾き飛ばされる黒いの。触手を伸ばしている姿が見えたけれど、目論見通りどこかを掴むには間に合っていなかった。
そうして弾き飛ばされた先はさっきの曲がり角。私が曲がるために一度接触した場所であり、魔法を設置した場所。
――Restrict Lock――
黒いのが弾き飛ばされて壁にぶつかるのと、設置した捕縛魔法が発動したのはほぼ同時だった。魔法陣が眩く光り輝き、黒いのを光の紐で拘束する。
現状の私には遅延魔法も感知して発動するような魔法も使えない。それに、離れた場所に前もって設置するようなこともできない。だから発動する瞬間に合わせて、黒いのを私が数秒前にいた場所へと誘導する必要があった。
――そして、それらは全ては最後の一発を当てるため。
「シューティングモード移行済み。チャージ完了、撃てます」
腋に抱えるように構えたレイジングハートは、先ほどまでの形とは少し変わっていた。杖の真ん中辺りには銃のグリップとトリガーのようなものがついていて、丸かった金色の部分はとんがり気味。名前通り、撃ち出すための姿となっている。
「ばいばい、鬼ごっこはこれでおしまい」
――Divine Buster――
杖先から放たれた桜色の奔流。それは住宅街の路地以上にまで膨れ上がり、今まで私を追いかけていた黒いのを容易く飲み込んだ。
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太陽はすでに沈んでしまい、道路脇にある街灯が点灯し始める。
ちょっと行って帰ってくるだけだったはずのおでかけが、とんでもない大冒険になってしまったの。やっとのことで家の前まで帰ってきた時には、すでに6時を過ぎていて、私の中では怒られる覚悟はとうに決まっていた。
辿り付いた家の前には、怒った顔のお兄ちゃんとお姉ちゃん。私の顔を見た瞬間、二人は一瞬安心した表情になったけど、すぐに怒り顔になって、だけど怪我をした私の手足を見て一気に心配そうな表情へと変わった。そんな光景を忙しそうだなぁなんて他人事のように思いつつ、同時にレイジングハートが服を直してくれていなかったらどうなっていたのだろう、なんて考えていた。
「ただいま。……えと、遅くなってごめんなさい」
「なのはどうしたの!?」
「なにがあったんだ?なのは」
いろいろお話しないとと思っていたけれど、そう言えば何から話せばいいんだろう?怒られることばかり考えていて、すっかり忘れていた。魔法のこと?二人のこと?私が体験したこと?どれから話すべきか迷って……けれど、それはかなわなかった。
「あの……、えっと、あれ……?」
家に帰って来たという安心感と同時に、今まで抑え込んでいた恐怖心が今更ながらに蘇ってきて、感情に制御が効かなくなってしまった。さっきまでなかったはずの体の震えは止まらず、瞳は潤み始める。
「にゃはは、さっきまで平気だったのに……な、んで……うぅ」
一度溢れ出した涙は止まらず、自分の意思に反して嗚咽が漏れ始め――。
「うあぁぁぁぁん」
結局、私はそれから数十分もの間泣き続けてしまったのでした。
わかりにくい描写があれば言ってやって下さい。
改善するかもしれません。