それを一言で形容できる言葉を僕は知らない。
凄惨にして壮麗。
閑麗にして壮絶。
絶世にして惨烈。
光景だけを表現するのであれば、一瞬にして桜色が舞うその瞬間は、ある種の華のような儚さを持って美しいと言えるだろう。
事象だけを捉えるのであれば、全てを飲み込み何者をも消し去る桜色の奔流は、一種の天災に対するような恐怖心を抱かざるを得ない。
ただ、重要な点はそこではない。
最後に彼女が使用した魔法、ディバインバスター。ただ使用するだけであれば、同様の魔法を使用できる人はいくらでもいるし、それ以上の魔法を操る魔導師も少なくはない。僕だって、使用が可能か不可能かであれば可能だ。
問題は、それを行ったのが初めて魔法に出会った齢10歳程の少女ということ。
才能、なのだろうと思う。
もちろん、デバイスがレイジングハートであることは大きく影響しているけれど、それでもだ。そもそも、魔導師としてもそれなりに優秀な人間のいるスクライア一族の中ですら、誰一人としてレイジングハートを起動させてもらえなかった――もとい、できなかったんだ。作り直した僕が辛うじて恩恵を貰えていたけれど、それでもスペックの1割もひきだせているかどうか。
そんなレイジングハートを容易く起動させ、魔力量だけでAAAクラス、レイジングハートの補助さえあれ全て感覚だけで魔法を使いこなす。
儚く、美しく、恐ろしい。
正直、僕は後悔している。
巻き込むべきではなかった。なんとしても僕が駆けつけ、封印しておくべきだった、と。
おそらくこの先、高町なのはにとって平穏と呼べる時は限りなく少なくなるだろう。
いずれの時も戦渦に身を置き、渦中には必ず彼女がいる。確固たる意志で身を引かない限り、彼女が望まずとも世界がそれを許さない。
辿り付く先は英雄か、魔王か。
いずれにせよ、世界に祭り上げられることは確定的だ。
なおかつ、初めてであった僕らのために戦う彼女の性格を考えれば、戦いから退くことはありえないと言ってもいいだろう。
同じことは立花響にも言える。
高町なのはを助けるためにとった彼女の行動は正気の沙汰とは思えない。
いくらレイジングハートのサポートがあると言えど、戦う術を持たない少女が、初めて出会った少女を助けるために跳び出していくなんて行動がとれるものだろうか。なおかつ、節約しながらの障壁の運用と、その際の動作。レイジングハートの記録映像を見たけれど、あれは戦闘を経験したことのある動きとしか思えない。……いや、響のことを考えるのはまた別の機会にしよう。
ともかく、高町なのは。
僕は彼女を巻き込んだことを後悔している。
少なくとも僕らが関わることがなければ、管理外世界の住人である彼女が魔法を知ることはなかっただろう。魔法を知ることもなく、才能を開花させることもなく、平穏な日常を送れていただろう。
僕は、彼女からその未来を奪ってしまった。
幼い彼女はまだその重大さに気づいていないけれど……。
少なくとも、僕には彼女の家族にはちゃんと話をする責任があるだろう。
*****
ジュエルシードの再封印を終えた後、ようやく僕はレイジングハートと響、そして高町なのはと合流した。いろいろするべき話はあったけれど、まずは高町なのはの家に向かおうということになった。理由は単純にすでに彼女の門限が過ぎていたから、ということが一つ。もう一つ、外見では安定しているようで、その実高町なのはの緊張がほぼ限界に達していたという理由がある。案の定というべきか、家に辿り着き家族の顔を見た途端、彼女は泣き出してしまった。スクライア一族のような特別な環境で育ったわけでもない限り、それが年相応の当然の反応だろう。まあ、思念体から逃げ切った経緯を聞く限りでは十分におかしいところはあるのだけれど。
ともかく、なのははそうして家に帰り付き……僕と響は、彼女の家族と対面することとなった。
「正直、信じ難い話だな」
「でも、全部本当のことです」
通されたリビング、その真ん中にあるソファに、僕と響は並んで座っていた。
テーブルを挟んだ対面のソファには、なのはと、なのはの両親である高町士郎さんと高町桃子さんが座っている。キッチン側にあるご飯時には家族で囲むことになるのだろうテーブルの椅子には、なのはのお姉さんの高町美由紀さん。そして、リビングに入る入口のドアのすぐ横に、なのはのお兄さんである高町恭也さんが壁にもたれかるようにして立っている。
「……まあ、確かに真面目にこんな嘘つくわけがないだろうが……」
「というか、実際魔法も見ちゃったしねぇ……」
さっきまで警戒心剥き出しだった恭也さんと、好奇心丸出しだった美由紀さんもかなり困惑しているようだ。……まあ、それも当然のことだと思うけど。
僕が話したのは、魔法のこと、異世界のこと、僕と響がここに来た経緯、なのはを巻き込んでしまったこと、逆に助けてもらったこと、そしてこれから 暫く助けてもらえないかということだった――魔法のことは僕の変身で信じてもらった――。管理局のこととか細かいところの話はしてないけど、実質全てだ。
もちろん、管理外世界でむやみに異世界や魔法のことを話すのは禁止されているけれど、緊急時は別だ。必要最低限の人にのみ話し、協力を仰ぐことは許されている。僕一人だけであればフェレットにも変身できるし、ペット扱いでも何でもいいからなのはに匿ってもらいつつ……なんてこともできたけれど、響がいればそうはいかない。
管理外世界ではあるものの、地球の組織レベルは非常に高く僕や響のように身分の証明できない――しかも子供――人間は国家組織に見つかれば保護という名の監視がつくことになるだろう。悪いことをしているわけではないけれど、それは最も避けたいことの一つだった。身動きが取れなくなり、迎えが来た時にすぐ帰れないような状況に陥るのは極力避けたい。
それに、僕一人なら野宿でも何でも構わないけれど、響に……というか、女の子に見知らの土地で野宿だなんだとさせるのも避けたかった。……一番の理由はスクライアに帰った時にいろいろ言われそうだからだけど。正直、響自身はなんか馴染みそうな気がしなくもない。
「…………」
桃子さんは何も言わずなのはの横に寄り添うようにしながら、なのは……と、恐らくは僕と響にも安心させるように微笑んでいる。ううん、少し心配そうな表情も見え隠れしている気もするけれど、それは会ったばかりの僕からすれば本当に気のせいかなと思ってしまう程度のもので、判然としない。
隣にいる響も最初に自己紹介したくらいであとはほとんど何も話していない。来る前に説明したり難しい話は苦手だから任せると言っていたし、そもそも響自身が説明できるほど何かを知っているわけじゃないから仕方ないだろう。でもなんだろう……?難しい顔をしてるけど、何となく違うことを考えてるような気がしなくもない。
「……お父さん、私ユーノ君と響ちゃんのお手伝いしたいと思ってるの」
「「なのは!?」」
ずっと黙っていたなのはの言葉に、恭也さんと美由紀さんが驚きを隠せず名前を呼ぶ。士郎さんと桃子さんも驚いていないわけではなさそうだけれど、どこかわかっていた風なところもある。
なのはの決意は、僕も響も一度聞いている。とてもありがたいことだし、実際なのはがいるだけでジュエルシード回収の難易度は格段と下がるだろう。なのはの決意も固く、だからこそ、なのはを魔法の世界に巻き込む心苦しさを抱きつつも、僕は協力をお願いした。けれど、同時に巻き込みたくないという思いは決してなくならない。
「理由を聞いてもいいかい、なのは」
だから、条件を付けた。それは家族の人たちにも話をして、許可を得ること。協力してもらう側の僕が言えたことではないけれど、いくら力があったとしても危険なことに変わりはないし、何より幼い彼女にこんな大事な判断を一人出させるわけにはいかない。
僕も年齢こそ同じだけれど、それはそれ。そもそも住む世界が違ったのだから比較すべきではないだろうと思う。例え、これからは同じ世界に生きることになるとしても。
「困ってる人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけない。でしょ?」
「……ああ、そうだな」
それがお父さんの教えだと言っていた。つまり、士郎さんの。自分の教えをだからと言われれば駄目だと言いにくいんだろう。でも父親としては、娘にそんな危険なことをさせたくはない。僕にはまだ父親の気持ちなんてわからないけれど、それが一般的な考えなんじゃないだろうか。
多分、想定していた『困っている人』と『助けてあげられる力』は、『迷子の子供』と『道案内』程度のものだろうと思う。少なくとも、『異世界からの放浪者』と『魔法の力』なんて奇想天外なものではなかったはずだ。
「俺は反対だ」
そう声を上げたのは恭也さん。
「確かになのはの言っていることは父さんの教えの通りだが、かと言ってまだ小さいなのはにそんな危険なことはさせられない」
「危険だったら困ってる人を助けちゃいけないの?」
「助けちゃいけないとは言わないが、なのはにはまだ危険過ぎる」
「私じゃなくても危険なのは危険なの。それに、もしかしたら関係のない街の人たちにまで危険な目に遭うかもしれないんだよ?」
「それはそうだが、それを敢えてなのはがやらなくても――」
「敢えて私がやらなくてもいいかもだけど、少なくとも今は私しか協力できる人がいないんだよ?」
「…………」
「恭ちゃんはなのはが心配なんだよねー」
さっきの戦闘時のように冷静ななのはと、冷静なようでとても動揺している恭也さんの会話に割って入る美由紀さん。
「私も恭ちゃんの気持ちはよくわかるけどね。でも、どちらかと言えば私は賛成かな。危険なことさせたくないのも、だから心配なのもわかるけど、でも普段滅多にわがまま言わないなのはがわがまま言ってるんだから、いいかなって。それに、なのは頑固だし」
「え!?ええぇ~そんなことないよー!」
「ううん、なのは頑固だよ。高町家で一番頑固」
そうなのかなぁ~なんて言っているなのはに、美由紀さんはあの時もこの時もと言い始める。その横で、逸れ始めた話を戻すように恭也さんが士郎さんと桃子さんへと話を振る。
「父さんと母さんはいいのか?誰かのためって言っても……なのはが、戦ったりする、なんて」
そう言う恭也さんの言葉に引っ掛かりを覚える。いや、言葉自体に何かあるというわけじゃないけれど……ニュアンス?戦うことに抵抗があるというより、なのはが戦うことに抵抗があるというか……いや、もちろんそれはそうだろうけど……気のせいかな。
「もちろん心配よ。……でも、なのはがやりたいって言っているんだもの。やりたいようにやったらいいと思うわよ。無理はしちゃダメだけどね」
「僕も桃子さんと同じ気持ちだよ。むしろ、予想外な方向ではあったけれど、僕の言っていたことを実践してくれようとしていることはとても嬉しい」
そう言ってなのはに微笑む二人に対して、恭也さんは諦めを含んだ笑みとともに溜息を吐く。なんとなくこうなることはわかっていたと言いたそうな表情で……苦労人なんだろうなとなぜか親近感を覚えてしまった。
「ただ、一つだけ条件がある」
………………………
…………………
……………
一つだけ条件がある。
そう言って付けられた条件は、僕からすれば予想外のものだった。
「すごーい、これが結界の中?」
「嫌な空気だな……」
ジュエルシード回収に行く際、恭也さんか美由紀さんの二人のうち少なくとも一人を連れて行く。緊急で一緒にいない場合には連絡を入れる。
それが条件だった。
話をした翌日、放課後に予定を開けてもらい、おあつらえ向きに発動したジュエルシードの封印へと向かった。
体長5メートルほどのオオカミ型の影を纏ったジュエルシードの思念体。本来であれば、遠距離狙撃型を主なスタイルとしたなのはにとっては、力とスピードで攪乱する近接型の相手はやりにくい相手だ。熟練者ならそれなりの対応策を持って上手く立ち回れるだろうけれど、魔法に出会ったばかりのなのはではそうもいかない。レイジングハートのサポートがあれど苦戦すること必至な相手だった。
――本来であれば。
「お兄ちゃん!」
「大丈夫だ」
ガキン!という音とともに弾かれる思念体の爪。体勢を崩す思念体に合わせて、横合いから美由紀さんが足払い。同時に真剣で爪を弾いた恭也さんがタックルし、思念体を吹き飛ばす。魔力の伴わない攻撃は思念体にダメージを与えられない、という話は二人にしたけれど……ダメージを与えられなくとも、攻撃が当たりさえするならやりようはある、と返された時には僕は耳を疑った。というか、家を出るときに恭也さんと美由紀さん二人して帯刀してきた時には目を疑った。
「なのは!」
「うん!」
――Restrict Lock――
倒れ込んだ場所は、予めなのはが捕縛魔法を設置していたところだ。発動した捕縛魔法により拘束される思念体、そして――。
「ジュエルシード、封印!」
――Sealing――
本来なら苦戦する相手を危なげなく封印に成功。
『何者ですかこの人たちは』
なのはどころか僕以上に戦い慣れている二人の動きに、僕どころかレイジングハートまで驚きを隠せないようだった。驚きつつもしっかり仕事をこなしているのはさすがというべきか。
「なのは、修行だ」
「一緒に修行できるね、なのは」
「マスター、トレーニング内容を変更していきましょうか」
「私も一緒に特訓させてください!」
「頑張ろうね、響ちゃん!」
いや響、君はいったい何の特訓をするのさ。
「ユーノ、お前も完治しだい修行だ」
「は、はい!」
ともかく、協力をお願いした僕が言うのもなんだけど、にぎやかなジュエルシード回収になりそうだった。