## 地球連邦軍最高司令部第1会議室
「強奪コロニー群、地球方向へ転進!」
「月重力圏離脱、加速を確認!」
「宇宙軍総司令部、月面防衛陣形から追跡態勢へ再編中!」
「再編、遅れています!」
報告が重なり、会議室の空気が一気に重くなった。
やはり月は標的ではなかった。
踏み台だった。
分かっていた。
疑っていた。
備えてもいた。
だが、実際にコロニー群の軌道線が月を離れ、青い地球へ向かって伸びた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
人は、悪夢を予想していても、実際に悪夢が目の前に現れれば恐怖する。
軍人でも同じだ。
大将でも同じだ。
胃薬を常備する最高司令部高官なら、なおさらである。
「最新の落着予測は?」
「初期値では南米方面、ジャブロー近傍を含みます。ただし、月離脱時の推力が不安定です。今後の補正次第では北米方面へ振れる可能性もあります」
「北米……」
私は戦況図を見た。
ジャブローを狙うなら軍事攻撃だ。
だが、北米なら。
北米の穀倉地帯なら。
「ジャブローだけを見るな」
私は言った。
「敵が本当に潰したいのは、連邦軍本部ではなく、地球の胃袋かもしれん」
会議室にざわめきが走る。
「地球の胃袋、ですか」
「北米穀倉地帯を潰せば、地球の食料供給網は大打撃を受ける。地球はスペースノイドからの食料供給に依存せざるを得なくなる。軍事的打撃ではなく、政治的・経済的な兵糧攻めだ」
「デラーズ・フリートがそこまで?」
「奴らを過小評価するな。観艦式を核で吹き飛ばし、月面衝突を偽装し、月を使って軌道を変えた連中だ。大義に酔った狂人でも、作戦を立てる頭はある」
言いながら、私は自分の言葉に胃が重くなった。
嫌な評価だ。
敵を侮れないというのは、本当に胃に悪い。
「地球軌道迎撃予備戦力は?」
「移動開始。ですが、月防衛からの再編が遅れた宇宙軍部隊とは連携が乱れています」
「ロンド・ベルは?」
「追跡継続中。デラーズ妨害部隊と交戦しながら、コロニー軌道監視を維持」
「バスク大佐は?」
「月面推進剤施設の封鎖を継続。正規搬入ルートはほぼ押さえています」
「ほぼ、か」
私はその言葉を反芻した。
戦場で一番嫌な言葉だ。
完全ではない。
だが、失敗とも言い切れない。
そして、そういう隙間にこそ、災厄は入り込む。
「バスクが押さえたのは正規ルートだな?」
「はい。デラーズ側が当初予定していた規模の推進剤補給は、ほぼ阻止されています」
情報局長が端末を操作しながら答えた。
「なら、今の軌道は本来予定されていたものより不安定なはずだ」
「その可能性が高いです。現在のコロニーの姿勢制御は、安定した計画軌道というより、強引な補正を重ねている状態です」
軌道計算担当の准将が、モニターへ推定図を表示した。
月面衝突に見える軌道。
月縁をかすめる実際の通過線。
そこから地球方向へ伸びる赤い線。
だが、その線は滑らかではなかった。
細かく揺れている。
「推進剤が十分にあるなら、もっと滑らかに地球落下コースへ移行するはずです。しかし、現状では姿勢制御の噴射が断続的で、補正量にもばらつきがあります。必要量に対し、供給が不足している可能性が高い」
「では、月面落着を避けるだけの推進剤は確保したが、地球へ安定して落とすには足りない、ということか」
「はい。現時点では、その解釈が最も整合します」
会議室がざわついた。
私は情報局長へ視線を移した。
「不足分はどこから来た?」
「正規搬入ルートとは別に、アナハイム系列の関連企業を経由した緊急搬出が確認されています」
「緊急搬出?」
「名目は月面工業ブロックの安全対策資材、外壁補修材、反応制御用工業ガス、作業艇用予備推進剤です。いずれも単体では軍用推進剤とは扱われにくいものです」
「だが、組み合わせれば?」
「短時間の姿勢制御、あるいは月面衝突回避のための応急補正には使えます」
なるほど。
正規の推進剤搬入ルートが本命だった。
バスクはそこを押さえた。
だから、デラーズは十分な推進剤を得られなかった。
だが、アナハイム系の月面網が動いた。
軍が押さえる正規ルートではなく、工業資材、作業艇用備蓄、民間搬出、補修名目の物資。
そういう抜け道を使って、最低限の補正分を急ぎ流した。
「アナハイムが、連邦軍の動きを察知して代替ルートを確保したか」
「断定はできません。ただ、時系列上は、バスク大佐の封鎖開始後に複数の民間貨物が急遽動いています」
「偶然にしては出来すぎているな」
「同感です」
その時、別の士官が声を上げた。
「閣下、月面工業ブロックで高出力レーザー照射を確認!」
会議室正面の大型モニターに観測映像が映し出された。
月面の一角。
フォン・ブラウン近郊の工業ブロックから、細く鋭い光が伸びている。
その光は、月縁をかすめるコロニー外殻へ向けて照射されていた。
隠す気がない。
そう思うほど、明確な光だった。
「何だ、これは……」
誰かが呟いた。
別の将官が低く呻く。
「月面から撃っているのか」
情報局長が端末を操作する。
「産業用大型レーザー施設です。通常は鉱物加工、大型構造物の表面処理、外壁焼結処理に使われる設備ですが、現在の照射角度と出力は通常運用から大きく逸脱しています」
「コロニーを押しているのか?」
軍政担当の中将が問うた。
軌道計算担当准将が首を振る。
「あれ単独でコロニーを地球へ向けるほどの推力は出ません。外殻表面を急速加熱し、蒸発噴出による微小な反作用を得ることは可能ですが、主推進にはなり得ません」
「では、何のために」
「補正です。姿勢制御用推進剤が不足しているため、外部から軌道補正を補っている。そう見るのが自然です」
私はモニターを睨んだ。
月面から伸びる光。
コロニー外殻を焼くレーザー。
まるで、巨大企業の指先が宇宙の物体を押しているようだった。
「表向きの理由は、おそらくフォン・ブラウン防衛だな」
私が言うと、数名の将官がこちらを見た。
「どういうことです?」
「アナハイム本社はフォン・ブラウンにある。コロニーが月面、特にフォン・ブラウン方面に落ちるとなれば、彼らは自衛措置として軌道補正を試みた、と主張できる」
「民間企業が勝手にコロニーへ高出力レーザーを照射したと?」
「非常時の都市防衛、民間資産保護、月面住民保護。言い訳はいくらでも作れる」
情報局長が頷いた。
「実際、その建前は使われるでしょう。現時点では、照射命令の出所までは不明です」
「だが、その結果として、コロニーは月から外れ、地球へ向かっている」
「はい」
会議室の空気が重くなった。
アナハイムがデラーズと完全に共謀したのか。
それとも、フォン・ブラウンを守るためにコロニーを逸らし、その逸れた先が地球だったのか。
あるいは、表向きの自衛を装いながら、最初から地球転進を補助する計画だったのか。
今は断定できない。
だが一つだけ言える。
この作戦は、デラーズ・フリート単独では成立しない。
軍が押さえる推進剤施設の外側に、月面企業の物流網、工業施設、レーザー設備、現場判断という別の血管があった。
そこを使われた。
「……デラーズが一枚上手だった、というより」
私は低く言った。
「アナハイムの月面網が、連邦軍の封鎖の外側にあった、ということか」
誰もすぐには答えなかった。
それが答えだった。
「バスク大佐に通達」
私は即座に命じた。
「推進剤施設封鎖は継続。加えて、レーザー施設を停止させろ。ただし、施設そのものを破壊するな。作業員を退避させ、照射ログ、運用端末、指令記録、現場責任者を確保。工業ブロックの管制記録も押さえろ」
「了解!」
「最後の一文も送りますか?」
副官が確認する。
「柔らかくして送れ」
「了解しました」
「情報局」
「はっ」
「アナハイム系列企業、月面工業ブロック、緊急搬出に関わった民間業者を洗え。正規推進剤搬入ルートだけではない。工業資材、作業艇用備蓄、補修材、反応制御用ガス、すべてだ」
「強制捜査権限は?」
「最高司令部名義で緊急証拠保全命令を出す。企業本社への踏み込みはまだ早い。今は現場ログを押さえろ。消される前にだ」
「了解しました」
「議会筋には漏らすな。今漏れれば、アナハイムは政治家を盾にする」
「承知しています」
私は再び軌道図を見た。
赤い線は地球へ向かっている。
だが、完全ではない。
滑らかではない。
揺れている。
「バスクの封鎖は無駄ではなかった」
私は自分に言い聞かせるように言った。
「むしろ効いている。正規推進剤を封じたから、敵は代替ルートとレーザー補正に頼らざるを得なかった。だから軌道が荒れている」
軌道計算担当准将が頷く。
「はい。推進剤が十分量入っていれば、既により安定した落下軌道に乗っていた可能性があります。現状は補正不足で、姿勢制御にも乱れがあります」
「つまり、まだ触れる」
「まだ、逸らせます」
その言葉に、会議室の空気がわずかに変わった。
絶望ではない。
猶予は少ない。
だが、ゼロではない。
「作業船団ですか」
「そうだ」
私は戦況図の地球軌道上に、複数の青い光点を表示させた。
曳航艦。
作業艇。
推進剤タンク。
民間作業船。
軍用ではない船も多い。
だが、コロニーの進路をずらすには、砲撃よりこういう力が必要になる。
「動かせるものから出せ。作業船団は地球落下予測線の外縁へ展開。まだ接触はするな。まずは牽引角と退避経路を確保しろ」
「了解!」
「敵の推力は十分ではない。姿勢制御も荒い。そこを突く。完全停止を狙うな。落下軌道から外すことを第一とする」
「了解!」
「ソーラー・システムIIは?」
別の将官が口を開いた。
私は短く答えた。
「準備継続。撃つな」
「ですが、コロニーは地球落下コースへ入りました」
「まだ味方も民間船も射線上にいる。そもそも軌道が確定していない。焦って撃てば、焼くのは敵ではなく味方だ」
「しかし、照射機会を逃す可能性が」
「逃すかもしれん。だが、撃って取り返しがつかなくなる可能性もある」
私は戦況図を睨んだ。
「ソーラー・システムIIは最後の保険だ。保険を主戦力と勘違いするな」
副官が小声で言う。
「閣下、血圧が上がる言い方です」
「血圧が上がる状況なんだ」
「医務室にはそう伝えておきます」
「伝えなくていい」
「伝えます」
本当に容赦がない。
## ロンド・ベル 強襲揚陸艦トロイホース
「コロニー、地球方向へ転進!」
「デラーズ妨害部隊、なお接近!」
「月防衛部隊の一部、追跡線へ移行できていません!」
ブライト・ノアは、艦橋で次々と入る報告を処理していた。
月防衛から地球追跡へ。
言葉にすれば簡単だ。
だが、艦隊運用では全く違う。
針路も、加速タイミングも、補給も、射線も、全部組み直しになる。
しかも敵はその混乱を狙って妨害部隊を投入してくる。
「全艦、追跡線を維持。敵機はアムロに任せろ。こちらはコロニーを見失うな」
「了解!」
通信が開く。
『ブライト、敵がしつこい』
アムロの声だった。
アレックスは、デラーズ側のMS部隊と交戦している。
撃墜ではなく無力化。
それは、今の状況では最も難しい戦い方だった。
「できるだけ退かせろ。だが、コロニー監視が最優先だ」
『分かっている』
アレックスが敵機の武装を撃ち抜く。
脚部スラスターを潰す。
シールドを弾き飛ばす。
だが、敵はなお前へ出てくる。
「何でそこまでして……!」
アムロの声に苛立ちが滲む。
デラーズ・フリートの兵士たちにも大義があるのだろう。
だが、その大義のために地球へコロニーを落とす。
アムロには、それがどうしても許せなかった。
「ブライト、コロニーの推力が不安定だ」
「最高司令部からも来ている。月面の推進剤供給線はバスク大佐が押さえた。だが、アナハイム系の代替ルートとレーザー照射で、最低限の補正をかけられた可能性がある」
『レーザーで?』
「フォン・ブラウン防衛を名目に、コロニー外殻を加熱して軌道補正を行ったらしい。だが、正規推進剤が足りていない。だから不安定だ」
『そんな使い方を……』
「逆に言えば、まだ軌道をずらす余地がある」
アムロは一瞬だけ沈黙した。
『分かった。敵を引きつける。追跡線を切らせるな』
「任せる」
ブライトは通信を切り、艦橋を見渡した。
「最高司令部からの命令だ。作業船団が動く。こちらはその進路を確保する」
「民間船も含むのですか?」
「含む。あの方は、また面倒な線を繋いだ」
副長が苦笑した。
「信頼していますね」
「信頼というより、諦めだ。あの方は、こういう時に必ず仕事を増やす」
だが、その声には微かな敬意があった。
## バスク艦隊 月面工業ブロック上空
「産業用レーザー施設、第三区画の稼働を確認」
「照射角度、コロニー群の月縁通過位置に一致」
「施設側は、フォン・ブラウン防衛のための緊急措置と主張しています」
バスク・オム大佐は腕を組んだまま、低く言った。
「フォン・ブラウンを守るために、地球へ向かう軌道補正をかけたというのか」
「少なくとも施設側はそう主張しています」
「都合の良い理屈だ」
バスクの口元が硬くなる。
「施設を停止させろ」
「武力制圧を?」
バスクは一拍置いた。
その一拍に、部下たちは緊張した。
「電力供給を遮断する。作業員を退避させ、制御室を押さえろ。抵抗する警備兵は武装解除。発砲は、こちらが撃たれてからだ」
「了解」
本来なら、もっと強く出たい。
アナハイムの名を盾に、地球へコロニーを落とす片棒を担ぐ者たち。
許しがたい。
だが、今の任務は処罰ではない。
停止だ。
「閣下は、面倒な命令を下さる」
副官格の士官が小さく言った。
バスクは答えた。
「だが、間違ってはいない」
その声は低かった。
だが、反発ではなかった。
「レーザー施設停止後、地球落下コース上の作業船団防護へ移る。艦隊を再編しろ」
「月面封鎖は?」
「最低限の部隊を残す。主力は作業船団へ向かう。敵は必ず、作業船を狙う」
「デラーズ・フリートを追撃しないのですか」
「任務は撃滅ではない」
バスクは短く言った。
「コロニーを止めることだ」
その言葉を口にした時、彼自身がわずかに不快そうに沈黙した。
だが、撤回はしなかった。
## シーマ艦隊 強奪コロニー周辺
「中佐、デラーズ側がこちらの遅延入力に気づき始めています」
「早いねぇ」
シーマは艦橋で端末を見ていた。
コロニーは地球へ向かった。
月は通過点だった。
そこまでは想定内。
問題は、デラーズ側の監視が強まっていることだった。
「管制補正値の再入力を求められています」
「応じな。少しだけ素直にね」
「少しだけ?」
「全部従ったら地球に落ちる。全部逆らったら私らが撃たれる。だから少しだけだ」
副官が苦笑する。
「難儀な立場ですな」
「今さらさ」
シーマは通信記録を見た。
デラーズ側の一部士官が、シーマ艦隊の動きに疑念を持ち始めている。
まだ露見はしていない。
だが、長くは持たない。
「中佐、完全に連邦側へ離反するなら今では?」
「まだ早い」
シーマは即答した。
「今抜ければ、デラーズ側は管制を完全に閉じる。そうなれば、あの大将に送れる情報も減るし、こっちの部下も追われる」
「では?」
「疑われながらも中に残る。嫌な役だよ」
「いつもの汚れ仕事ですな」
「そうさ。ただし、今度は部下を生かすための汚れ仕事だ」
シーマは暗号端末を開いた。
送れる情報は短い。
落着予測、二重。南米偽装、北米可能性。
送信。
「これで、また胃薬の消費が増えるね」
「中佐、楽しんでません?」
「少しだけね」
シーマは笑った。
だが、その笑みの奥にある緊張は隠せなかった。
## アルビオン艦内
「試作三号機?」
コウ・ウラキは、艦内通信室でその言葉を聞き返した。
シナプス艦長が低く答える。
「確定情報ではない。だが、ラビアンローズに未受領の装備があるという話だ」
「ガンダムですか」
「ガンダムかどうかは分からん。だが、今の状況で使える戦力があるなら、確認する価値はある」
コウは拳を握った。
出られるかもしれない。
もう一度、戦場へ。
ガトーを追うために。
コロニーを止めるために。
「艦長、自分は」
「焦るな」
シナプス艦長は短く言った。
「今の君の仕事は解析だ。試作三号機が使えるとしても、受け取るまでには時間がある」
ニナ・パープルトンが、別端末から声を上げた。
「コウ、これを見て」
「何だ?」
「コロニーの推進部と姿勢制御部。月での追加加速が不安定だったせいで、負荷が偏ってる。ここを突けば、推進軸を崩せる可能性がある」
「つまり、攻撃点か」
「ええ。ただし、近づくには重火力と高機動が必要。通常MSでは厳しい」
コウは端末を見た。
自分にはまだ機体がない。
だが、もし次に乗る機体があるなら。
その時、自分が狙うべき場所が見える。
「最高司令部へ送ろう」
「もう送ってる」
ニナは少しだけ笑った。
「あなたが前に出たがるのは分かってる。でも、今はこれが戦いよ」
コウは悔しそうに息を吐いた。
「分かってる」
分かっている。
だが、体が戦場へ向かいたがっている。
それでも今は、画面の前で戦うしかない。
「ガトーなら、最後は必ず自分で動く」
コウは呟いた。
「その時までに、俺も動けるようにしておく」
## 地球連邦軍最高司令部第1会議室
「シーマ艦隊より極短暗号」
「内容は?」
「落着予測、二重。南米偽装、北米可能性」
私は目を閉じた。
やはりだ。
ジャブロー方面への軌道は、見せ札かもしれない。
本命は北米。
地球の胃袋。
「情報局、北米落着シナリオを最優先で再計算しろ。南米、ジャブロー方面も捨てるな。二重に見る」
「了解!」
「作業船団は?」
「第一群、地球落下予測線外縁へ移動開始。第二群、待機中。第三群は民間船の協力調整中」
「補償を明記しろ。協力船には最高司令部名義で危険手当、損傷補償、遺族補償を出す」
「閣下、予算が」
「財務局は後で泣かせる」
「かなり泣きます」
「私の胃よりはましだ」
副官が何か言いたそうにしたが、黙った。
たぶん、どちらも悪いと言いたかったのだろう。
「ソーラー・システムII、展開率八割。照射準備完了まで間もなく」
「待機。繰り返す、待機だ」
「迎撃部隊からは、早期照射を求める声が出ています」
「まだ撃つな。射線上にロンド・ベル、デラーズ部隊、民間作業船団の予定進路が重なっている」
「しかし、阻止限界点までの時間が」
「分かっている」
私は強く言った。
「分かっているから、撃つなと言っている」
会議室が静まった。
私は深く息を吐いた。
「ソーラー・システムIIは使えるなら強力だ。だが、使えば全て解決する魔法ではない。今撃てば、コロニーを焼く前に味方の退路を潰す」
誰も反論しなかった。
「全軍に通達。作戦第三段階へ移行。ロンド・ベルは追跡線維持。バスク艦隊は作業船団防護へ転進。アルビオンは解析継続、試作三号機関連情報の確認を急げ。シーマ艦隊との通信経路は維持。地球軌道迎撃予備戦力は作業船団展開を支援」
「了解!」
戦況図の中で、コロニー群は地球へ向かっていた。
まだ遠い。
だが、近づいている。
そして、その進路線の先には、南米と北米の二つの可能性が表示されていた。
どちらも外さなければならない。
どちらも守らなければならない。
「閣下」
副官が静かに言う。
「医務室から再度、休憩要請です」
「今?」
「今です」
「今、地球にコロニーが落ちようとしているんだが」
「医務室は、閣下も落ちそうだと判断しています」
会議室の端で、誰かが咳き込んだ。
笑いを堪えたな。
まあいい。
笑えるなら、まだ戦える。
「休憩は作戦後だ」
「記録しておきます」
「しなくていい」
「します」
本当に容赦がない。
私は戦況図を見た。
落ちるもの。
それを追う艦隊。
それを守るために動く作業船団。
それを妨害するデラーズ・フリート。
それぞれの線が、地球の前で交わろうとしている。
「ここからは」
私は呟いた。
「落ちるものとの競争だ」
その言葉に、会議室の誰もが息を呑んだ。
阻止限界点まで、時間は少ない。
地球連邦軍上層部は、いつも多忙です。