## 地球連邦軍最高司令部第1会議室
「強奪コロニー群、地球落下コースを維持!」
「阻止限界点までの推定時間、急速に減少!」
「落着予測、南米方面と北米方面の二系統に分岐!」
「デラーズ・フリート残存部隊、追撃線へ展開!」
報告が、会議室の壁を叩くように飛び交っていた。
月を踏み台にしたコロニー群は、地球へ向かっている。
その進路はまだ不安定だ。
バスク大佐が月面推進剤施設と産業用レーザー施設を押さえたことで、敵の追加加速は完全ではなかった。
シーマ艦隊の遅延工作も効いている。
アルビオンからの解析で、推進軸の乱れも把握できている。
だからこそ、まだ止められる可能性がある。
だが、可能性とは、何と胃に悪い言葉だろう。
「ソーラー・システムII、照射準備完了まで残りわずか!」
「地球軌道迎撃部隊より、早期照射許可を求めています!」
「宇宙軍総司令部からも、阻止限界点突破前の照射を強く要請!」
来たか。
私は戦況図を見た。
コロニー群。
ロンド・ベル。
バスク艦隊。
シーマ艦隊。
アルビオン。
作業船団。
そして、ソーラー・システムIIの巨大な射線予定域。
そこには、味方も、敵も、民間船も、まだ入り混じっている。
「却下」
私は言った。
会議室が一瞬静まった。
「閣下、宇宙軍総司令部は、ここで照射機会を逃せば――」
「分かっている」
「ですが、コロニーは阻止限界点に」
「分かっていると言った」
自分でも、声が少し低くなったのが分かった。
胃が痛い。
頭も痛い。
血圧もおそらく高い。
だが、それでも判断はしなければならない。
「現在の射線上には、ロンド・ベル、シーマ艦隊、デラーズ部隊、作業船団予定進路が重なっている。加えて、民間作業船の退避経路も確定していない」
「しかし、コロニー本体を焼ければ」
「味方ごと焼く兵器は、作戦ではなく虐殺だ」
会議室の空気が凍った。
言い過ぎたか。
いや、言い過ぎではない。
「ソーラー・システムIIは最後の保険だ。保険を使うために、救える味方と民間人を切り捨てるな」
「ですが、失敗すれば地球が」
「だからこそ、今は撃つなと言っている」
私は戦況図の作業船団を指した。
「敵の加速は不安定だ。シーマ艦隊の遅延工作、バスク大佐の封鎖、アルビオンの解析、ロンド・ベルの追跡が効いている。今なら、まだ軌道をずらせる可能性がある」
可能性。
またその言葉だ。
だが、今回はその可能性に賭けるしかない。
「作業船団の展開状況は?」
「第一群、落下予測線外縁へ到達。第二群、移動中。第三群、民間協力船の合流待ちです」
「補償文書は?」
「最高司令部名義で発行済み。危険手当、損傷補償、遺族補償、全て明記されています」
「よし」
「財務局が卒倒します」
副官が小声で言った。
「今、卒倒していいのは私だけだ」
「閣下も駄目です」
「厳しいな」
「医務室からの命令です」
本当にどこまでも容赦がない。
「全軍に通達。ソーラー・システムIIは待機。照射命令権限を最高司令部の私に限定する。独断照射は認めない」
「了解!」
「バスク大佐へ直接繋げ」
「はい!」
通信が開く。
画面に、バイザーを着用したバスク・オム大佐が映った。
その姿勢は硬く、口元には抑え込んだ苛立ちがあった。
『閣下』
「バスク大佐。ソーラー・システムIIは撃たせない」
わずかな沈黙。
『承知しました』
「本当に承知しているか?」
さらに短い沈黙。
『……現時点では、射線上に味方および民間作業船が存在します。照射は適切ではありません』
「よろしい」
『ただし、デラーズ残存部隊ごと焼き払える機会でもあります』
「その考えは捨てろ」
バスクの口元が硬く結ばれた。
『敵を残せば、次の災厄を招きます』
「作業船団を失えば、今この瞬間に災厄が落ちる」
私は画面越しに言った。
「君の任務は、デラーズ・フリート撃滅ではない。作業船団の防護だ。あれが今、地球を救う命綱だ」
長い沈黙。
やがて、バスクは敬礼した。
『了解しました。作業船団防護を最優先します』
「頼む」
通信が切れる。
私は椅子に深く座った。
副官が静かに言う。
「バスク大佐、抑えましたね」
「ああ」
「効いていますか」
「効かせる」
私は短く答えた。
あの男は危うい。
だが、命令を理解する能力はある。
それを信じるしかない。
## バスク艦隊 地球落下コース外縁
「作業船団第一群、進路上へ展開」
「デラーズ残存MS隊、接近!」
「敵艦一隻、作業船団へ直進コース!」
バスク・オム大佐は艦橋中央で報告を聞いていた。
画面には、武装の乏しい作業船団が映っている。
軍艦ではない。
装甲も薄い。
乗っているのは、民間の船乗りや技師も多い。
彼らが今、地球の命綱だという。
実に不安定な命綱だ。
「艦隊を作業船団前面へ展開。敵MSを近づけるな」
「了解!」
「主砲、照準」
「敵艦ですか?」
「敵艦ではない。敵艦の進路前方だ。進路を塞げ」
部下が一瞬だけ反応を遅らせた。
「撃沈ではなく、牽制ですか」
「作業船団防護が任務だ」
バスクは短く言った。
「撃沈にこだわるな。敵を逸らせ。作業船に近づけるな」
「了解!」
砲撃が走る。
直撃ではない。
敵艦の針路前方に火線を置き、進路を強制的に曲げる。
なおも突っ込むMSには、対空火器が武装部位を狙う。
撃墜ではなく無力化。
バスクにとって、苛立たしい戦い方だった。
敵がいる。
撃てる。
ならば撃ち落としたい。
特にジオン残党ならば、なおさらだ。
だが、今ここで敵を追えば、作業船団が空く。
それでは任務を失う。
「敵MS、作業艇へ接近!」
「第二対空砲、脚部スラスターを狙え」
「了解!」
光が走り、敵機が姿勢を崩す。
「救難信号を出しています」
「回収は後だ。位置を記録しろ」
バスクは低く言った。
「生きていれば、捕虜として扱う」
艦橋にわずかな沈黙があった。
バスク自身も、その命令が自分の口から出たことに、少しだけ奇妙な感覚を覚えた。
だが、撤回はしなかった。
## ロンド・ベル 強襲揚陸艦トロイホース
「デラーズ妨害部隊、さらに増加!」
「作業船団への進路を取る敵機多数!」
「バスク艦隊、防護線を形成!」
ブライト・ノアは艦橋で戦況図を見つめていた。
即席の阻止線。
それは、美しい陣形ではなかった。
ロンド・ベル。
バスク艦隊。
地球軌道迎撃予備戦力。
民間作業船団。
アルビオンから送られる解析データ。
シーマ艦隊から断片的に漏れてくる管制情報。
全てをつなぎ合わせた、継ぎ接ぎの防衛線。
だが、継ぎ接ぎでも線は線だ。
切れなければ、地球は守れる。
「最高司令部より命令。作業船団防護を最優先。ソーラー・システムII照射は待機」
副長が読み上げる。
ブライトは頷いた。
「あの方らしい」
「宇宙軍総司令部は照射を求めているようですが」
「だろうな。だが、今撃てば味方も焼く」
通信が入る。
『ブライト、敵が多い』
アムロだ。
アレックスはデラーズ残存MS隊の中にいた。
高速で動き、撃ち、避け、また撃つ。
だが、相手を完全に撃墜しない。
武装を潰し、推進器を壊し、戦闘不能に追い込む。
それは精密すぎる戦いだった。
「無理をするな」
『無理をしないと、作業船団へ抜けられる』
「なら、無茶は少しだけにしろ」
『あの方と同じことを言う』
「言いたくもなる」
ブライトはわずかに口元を緩めた。
「アムロ、コロニー監視も切るな」
『分かっている。推進軸がぶれている。今なら、まだ押せる』
「作業船団にその情報を回す」
ブライトは即座に命じた。
「全艦、コロニー推進軸の不安定点を共有。作業船団へ牽引候補点を送れ。アルビオンの解析データと照合しろ」
「了解!」
継ぎ接ぎの線が、少しずつ形になっていく。
## シーマ艦隊 強奪コロニー随伴宙域
「中佐、デラーズ側から再照会です。管制遅延の原因を説明せよ、と」
「機材不調と言っておきな」
「三度目です」
「じゃあ、四度目も同じでいい」
副官は苦い顔をした。
「そろそろ限界です」
「分かってるよ」
シーマ・ガラハウは端末を見つめた。
デラーズ側は、こちらを疑っている。
管制補正の遅れ。
連邦側への妙な情報漏れ。
シーマ艦隊の戦闘行動の甘さ。
疑われる材料はいくらでもある。
それでも、まだ完全には切られていない。
シーマ艦隊の管制補助と外周防衛が必要だからだ。
利用価値がある間だけ生かされる。
実に分かりやすい。
そして、腹立たしい。
「中佐、どうします?」
「次で抜ける」
艦橋の空気が変わった。
「全艦に退路確認。第一退路はロンド・ベル側、第二退路は作業船団外縁、第三退路は月方向への偽装後退」
「了解」
「管制データは?」
「現在吸い上げ中です。ただし、全部は無理です」
「必要なところだけでいい。推進軸、姿勢制御、補正タイミング。あの大将なら、それだけで勝手に胃を痛めながら使う」
「暗号通信は?」
「送る」
シーマは短文を入力した。
次で抜ける。拾う準備をしな。管制土産あり。
送信。
「中佐、軽すぎませんか」
「重く書けば助かるのかい?」
「いえ」
「なら軽い方がいい」
シーマは立ち上がった。
「いいかい。ここからは本当に裏切り者になる。デラーズから見ても、連邦から見ても、面倒な立場だ」
「今さらですな」
副官が笑った。
シーマも笑った。
「そうさ。今さらだ。だが、今回は部下を連れて生き残る」
## アルビオン ラビアンローズ接触宙域へ向けて
「ラビアンローズとの接触予定、確定しました」
「試作三号機の受領可否、確認中」
アルビオンの艦内は緊張していた。
コウ・ウラキは、ブリーフィングルームでニナ・パープルトンと端末を見ている。
そこに表示されているのは、試作三号機に関する断片的な仕様情報だった。
巨大な機動兵器。
通常MSとは比較にならない推力と火力。
大型アーム、コンテナ、重装備。
コウは息を呑んだ。
「これなら、コロニーの姿勢制御部に届くのか」
ニナは慎重に答える。
「届く可能性はある。でも、扱いは簡単じゃない。機体というより、移動要塞に近いわ」
「それでも、使えるなら」
「コウ」
ニナの声が少し強くなった。
「焦って乗れば死ぬわ」
コウは黙った。
その通りだ。
今の自分は焦っている。
試作一号機を失った。
試作二号機を奪われた。
ガトーを止められなかった。
その悔しさが、体を前へ押している。
だが、それだけで乗れば、また失う。
今度は自分の命かもしれない。
「分かってる」
コウは静かに言った。
「でも、何もしないまま見ているのは嫌なんだ」
ニナは少しだけ目を伏せた。
「最高司令部から、試作三号機の投入可否について照会が来てる」
「最高司令部が?」
「ええ。ただし、無理な投入は認めない、とも」
コウは少し驚いた。
「そんなことまで」
シナプス艦長が入ってきた。
「最高司令部は、君を使い潰す気はないらしい」
「では、投入しないのですか」
「必要なら投入する」
艦長は厳しく言った。
「だが、死にに行かせるためではない。帰ってくるために使う」
コウは敬礼した。
「了解しました」
まだ本格出撃ではない。
だが、準備は始まった。
## 地球連邦軍最高司令部第1会議室
「シーマ艦隊より極短暗号!」
「内容は?」
「次で抜ける。拾う準備をしな。管制土産あり」
会議室の何人かが微妙な顔をした。
「……彼女らしいな」
私は思わず呟いた。
「保護準備は?」
「ロンド・ベルへ通達可能です。ただし、宇宙軍総司令部に知られれば、シーマ艦隊を敵として撃つ可能性があります」
「最高司令部直轄の保護対象として扱う。ロンド・ベルとバスク大佐にのみ先行通達。宇宙軍総司令部への共有は、離反後に限定情報で行う」
「了解」
「バスク大佐にも?」
「送れ。作業船団防護中にシーマ艦隊を撃たれては困る。だが、彼には言い方を選べ」
「どのように?」
「『現時点でコロニー阻止に有益な協力部隊。敵味方識別を慎重に行え』だ」
「了解しました」
「ソーラー・システムIIは?」
「照射班、命令待機中。一部将官より再度、照射判断を求める意見が」
「却下」
私は即答した。
「照射権限は私が持つ。今は撃たない。作業船団、ロンド・ベル、シーマ艦隊が動いている以上、射線は開けない」
「了解」
その時、戦況図が更新された。
「コロニー、阻止限界点までさらに接近!」
「作業船団第一群、牽引準備位置へ!」
「デラーズ・フリート残存部隊、作業船団へ突撃開始!」
赤い光点が、青い作業船団へ向かって伸びる。
来た。
敵も分かっている。
作業船団が命綱だと。
だから潰しに来る。
私は立ち上がった。
胃痛も、血圧も、医務室も、今は後だ。
「全軍へ」
通信士が回線を開く。
「作業船団を守れ」
私ははっきりと言った。
「繰り返す。全軍、作業船団を守れ。あれが今の地球の命綱だ」
会議室の全員が息を呑む。
「ロンド・ベルは妨害部隊を押さえろ。バスク艦隊は防護線を維持。アルビオンは試作三号機受領準備を急げ。シーマ艦隊の離反に備え、受け入れ経路を確保しろ」
「了解!」
「ソーラー・システムIIは待機。勝手に撃たせるな」
「了解!」
私は戦況図を見た。
コロニーは落ちる。
作業船団は向かう。
敵はそれを潰しに来る。
味方は守る。
全ての線が、地球の手前で交差しようとしていた。
「ここを抜かれれば終わりだ」
私は呟いた。
「だが、ここを守れば、まだ間に合う」
地球連邦軍上層部は、いつも多忙です。