## 地球落下コース外縁 トロイホース艦橋
作業船団の前方で、デラーズ・フリート残存部隊が一斉に加速した。
曳航艦。
民間作業船。
推進剤タンク。
古びた作業ポッド。
軍艦に比べればあまりにも脆い船たちが、地球落下コースへ向かうコロニーの外縁へ展開しようとしている。
その針路を、ジオン残党の火線が遮った。
「敵MS部隊、作業船団第一群へ接近!」
「敵艦、砲撃姿勢!」
「牽引ワイヤー射出予定宙域にデブリ反応増大!」
ロンド・ベル旗艦 強襲揚陸艦トロイホースの艦橋で、報告が飛び交う。
ブライト・ノアは、艦橋中央で戦況図を睨んでいた。
作業船団がコロニーに取りつくには、時間がいる。
牽引角を合わせる時間。
ワイヤーを射出する時間。
固定具を噛ませる時間。
そして、退避する時間。
だが、敵はその全てを奪いに来ている。
「全艦、作業船団の前に出ろ。砲撃は敵進路遮断を優先。むやみに爆散させるな。破片で作業船を潰すぞ!」
「了解!」
艦橋の空気が引き締まる。
その時、通信が入った。
『ブライト、前に出る』
アムロの声だった。
損傷を重ねたアレックスが、なお白い光を引いて戦場へ飛び込む。
「アムロ、機体状況は?」
『良くはない。けど、まだ動く』
「無理はするな」
『この状況で無理をしない方法があれば教えてくれ』
ブライトは短く息を吐いた。
「なら、死ぬな。それだけだ」
『了解』
## コロニー周辺宙域 ロンド・ベルMS隊
アレックスが加速する。
接近してきたデラーズ機の腕部を撃ち抜き、続けて脚部スラスターを潰す。
敵機は姿勢を崩し、作業船団の進路から外れて漂流した。
『少佐、撃墜しないのですか!?』
ロンド・ベルの若いパイロットが叫んだ。
アムロは即答しなかった。
目の前の敵機は、なお武装を構えようとしている。
だが、その識別信号は乱れていた。
デラーズ残存機か。
シーマ艦隊から離反中の機体か。
投降勧告を受けて迷っている機体か。
この距離、この混戦、この識別状況で、全てを敵として撃てば早い。
だが、早いだけでは足りない。
誤ってシーマ艦隊を撃てば、せっかく繋いだ離反の線が切れる。
投降しかけた機体を撃てば、残りの敵は「どうせ殺される」と悟り、死に物狂いで突っ込んでくる。
撃墜した機体の爆散破片が作業船へ飛べば、それだけで牽引線が崩れる。
今の勝利条件は、敵を殺すことではない。
作業船団をコロニーに届かせることだ。
「武装を潰せ。推進器を止めろ。作業船に近づけるな」
アムロは短く言った。
「識別が曖昧な相手を片っ端から落とすな。ここには、もう敵だけがいるわけじゃない」
その時、トロイホースから全周波数帯へ通信が流れた。
『デラーズ・フリート各機へ告ぐ。こちらは地球連邦軍ロンド・ベル隊。戦闘継続の意思なき者は、ただちに武装を放棄し、推進器を停止せよ。救難信号を発した機体は捕虜として扱う。脱出ポッド、損傷機、漂流者への攻撃は行わない。繰り返す。戦闘継続の意思なき者は武装を放棄せよ』
通信は、戦場の雑音に混じりながらも繰り返された。
直後、先ほどアムロが無力化した敵機から、細い救難信号が上がった。
別のデラーズ機が、その信号を見た。
機体の動きが一瞬止まる。
わずかな逡巡。
それでもライフルを構えようとしたが、狙いは揺れていた。
アムロはその腕を撃ち抜いた。
『少佐、今の機体、撃てました』
若いパイロットが言う。
「撃てた」
アムロは答えた。
「でも、撃たなくても止められた」
デラーズ・フリートの兵士すべてが、ガトーやデラーズのような理念で動いているわけではない。
貧しい補給線。
古びた艦。
足りない部品。
帰る場所のない兵士たち。
ジオンへの忠誠は、彼らを支える誇りにもなれば、逃げ場のなさを覆い隠す呪いにもなる。
最後まで殉じる者もいる。
だが、生きられるなら生きたいと願う者もいる。
その境目を、連邦側が先に潰してはいけない。
死兵にしてはならない。
「降伏した者が救助される姿を見せろ」
ブライトの声が艦隊通信に入った。
「敵の中には、デラーズやガトーのように死ぬ覚悟を決めた者ばかりではない。目の前で味方が捕虜として扱われると分かれば、迷う者は必ず出る」
ブライトは戦況図を睨んだ。
「その逡巡で、敵の連携は乱れる。突撃の足並みも崩れる。こちらは、その数十秒で作業船団を前に出せる」
通信士が息を呑む。
ブライトは続けた。
「これは慈善ではない。コロニーを止めるための作戦だ。敵を一人でも多く迷わせろ。撃つべき敵と、撃たずに済む敵を分けろ。その差が、牽引線を繋ぐ時間になる」
アムロは頷いた。
その直後だった。
別方向から、デラーズ機が一機、作業船団の側面へ一直線に加速した。
通信は開いている。
降伏勧告も届いている。
だが、進路変更はしない。
機体はビームライフルを構え、民間作業船の牽引ワイヤー射出装置へ照準を合わせていた。
アムロの表情が変わった。
「それは、させない」
アレックスのライフルが一閃した。
ビームは敵機の胴を貫いた。
機体は光に包まれ、爆散する。
若いパイロットが息を呑んだ。
『少佐……』
「迷っている相手と、殺しに来る相手は違う」
アムロは低く言った。
「作業船を撃つ相手には、手加減しない」
その声に、迷いはなかった。
## 地球連邦軍最高司令部第1会議室
「作業船団第一群、展開継続!」
「デラーズ残存部隊、なお突撃中!」
「ロンド・ベル、降伏勧告を全周波数帯で送信!」
「無力化された敵機複数、救難信号を発信。救助対象としてマークされています」
私はその報告を聞きながら、戦況図を見つめていた。
戦場は、もはや単純な敵味方の図ではなくなっている。
ロンド・ベル。
バスク艦隊。
アルビオン。
シーマ艦隊。
民間作業船団。
デラーズ残存部隊。
投降しかけた機体。
救難信号を出す脱出ポッド。
全てが、コロニー落下軌道上に入り乱れていた。
この状況で、ソーラー・システムIIを撃つなど論外だ。
「ソーラー・システムII、最終照射準備完了まで間もなく」
将官の一人が言った。
「閣下、今なら――」
「撃たん」
私は即答した。
「射線上に味方と民間船がいる。シーマ艦隊も離反中だ。作業船団の展開も始まっている。今撃てば、コロニーを焼く前にこちらの阻止線を焼く」
「ですが、照射機会を逃せば」
「照射で全て解決するなら、私は最初から胃薬など飲んでいない」
副官が横で小さく咳払いした。
「閣下、胃薬の話は会議記録に残ります」
「消しておけ」
「残します」
本当に容赦がない。
だが、会議室の空気はわずかに緩んだ。
緩ませる必要があった。
人は張り詰めすぎると、判断を誤る。
「降伏勧告は継続。救難信号を出した者は、捕虜として扱え。記録を残せ。救助優先順位も明確にしろ」
「敵も、ですか」
「敵もだ」
私は言った。
「ただし、戦闘継続中の敵に救助艇を突っ込ませるな。救助は作戦を破綻させない範囲で行う。目的は慈善ではない。敵の突撃を鈍らせ、戦場の連携を分断し、作業船団の時間を稼ぐことだ」
「了解」
「それと、シーマ艦隊の受け入れ経路を全軍に再送。誤射した艦は、私が直々に査問にかける」
「直々に、ですか」
「そうだ。胃痛を増やす者には、それ相応の報いを与える」
副官が淡々と言った。
「その発言も記録します」
「君は私の味方か?」
「閣下の健康の味方です」
ありがたいが、少し納得がいかない。
だが、今はそれどころではない。
「シーマ艦隊からの通信は?」
「まだです。ただし、極短暗号を受信。内容は――」
通信士が一瞬、言葉に詰まった。
「“次で抜ける。拾う準備をしな。管制土産あり”」
会議室の空気が変わった。
来るか。
ついに、シーマがデラーズから抜ける。
「ロンド・ベルへ通達。シーマ艦隊を最高司令部直轄保護対象として受け入れ。敵として撃つな。デラーズ側追撃部隊から守れ」
「宇宙軍総司令部の一部艦隊から、シーマ艦隊攻撃許可を求める通信が来ています」
「却下だ」
私は机を指で叩いた。
「彼女たちは、今この瞬間から証人であり、協力者であり、保護対象だ。敵味方識別の都合で撃ち殺していい相手ではない」
「了解」
「あと、保護命令には私の認証を付けろ。責任の所在を曖昧にするな」
副官が静かに頷いた。
「閣下名義で発令します」
「ああ」
責任を取るために、この椅子にいる。
そう思わなければ、胃薬代が割に合わない。
## シーマ艦隊旗艦。
「中佐、デラーズ側から再照合要求!」
「管制補正値を戻せと?」
「はい。こちらの遅延入力が露見しかけています」
シーマ・ガラハウは艦橋で口元を歪めた。
「そろそろ潮時だね」
周囲の部下たちは、黙って彼女を見た。
誰も軽口を叩かなかった。
彼らは、これがただの寝返りではないことを知っている。
デラーズから抜けるということは、昨日までの味方から撃たれるということだ。
連邦へ向かうということは、昨日までの敵に背中を預けるということだ。
そのどちらも、簡単な話ではない。
「管制データの抜き出しは?」
「完了。コロニー姿勢制御の補正値、推進軸、デラーズ側最終入力コード、すべて暗号化済みです」
「上出来だ」
「中佐、本当に連邦が拾いますかね」
副官が低く問う。
シーマは少しだけ笑った。
「連邦は信用しない」
「では?」
「あの大将の約束を使うのさ」
部下たちは黙った。
その言い方に、不思議な説得力があった。
「全艦へ通達。これよりデラーズ・フリートから離脱する。ロンド・ベル受け入れ経路へ向かえ。遅れる艦は見捨てない。だが、管制データを持つ艦は最優先で走れ」
「了解!」
「追撃してくる連中は?」
シーマの声が低くなる。
「撃て。こっちの尻を撃つ奴にまで義理立てする必要はない」
艦橋に、ようやく小さな笑いが戻った。
「中佐らしい」
「今さら上品になっても仕方ないだろう?」
シーマは通信端末に手を伸ばした。
最高司令部、ロンド・ベル、アルビオン。
三方向へ同時に管制データを送信する。
「さあ、土産だよ。高く買いな」
送信完了。
次の瞬間、デラーズ側の通信が怒号に変わった。
『シーマ艦隊、貴様ら――!』
「うるさいね」
シーマは笑った。
「私はもう、誰かの大義のために部下を売らない」
シーマ艦隊が一斉に進路を変える。
その背後から、デラーズ残存部隊が追撃を開始した。
## トロイホース艦橋
「シーマ艦隊、離反!」
「管制データ受信!」
「デラーズ残存部隊、シーマ艦隊を攻撃開始!」
ブライトは即座に命じた。
「受け入れ経路を開け! 火線を重ねるな! シーマ艦隊の後方へ追撃機が入る。アムロ、行けるか!」
『行っている』
アムロの声が返るより早く、アレックスは動いていた。
シーマ艦隊の後尾へ迫る敵MSを一機、武装破壊で止める。
次の一機は、推進器を撃ち抜く。
さらに一機。
通信を切り、一直線に損傷したシーマ艦へ迫る。
その機体は、ライフルを艦尾エンジンへ向けていた。
シーマ艦には、脱出できない兵が残っている。
アムロは一瞬で判断した。
迷いはなかった。
アレックスが反転し、ビームライフルを撃つ。
敵機は胴を貫かれ、光の中で砕けた。
『白い悪魔さん、今のはずいぶん容赦ないじゃないか』
通信にシーマの声が入る。
アムロは短く答えた。
「君たちを撃とうとした」
『なら、仕方ないね』
シーマは笑った。
だが、その声には、わずかな安堵が混じっていた。
## バスク艦隊
「シーマ艦隊、離反を確認」
「デラーズ残存部隊、作業船団とシーマ艦隊双方へ攻撃を分散」
「敵艦一隻、作業船団第一群へ砲撃姿勢!」
バスク・オム大佐は腕を組んだまま、戦況図を見ていた。
バイザーの奥は見えない。
だが、口元は硬い。
「作業船団防護を継続。敵艦の進路を塞げ」
「大佐、敵艦を撃沈できます」
部下の一人が言った。
「許可を」
「撃沈すれば破片が作業船団へ流れる。牽引ワイヤー射出前に余計な障害物を増やすな」
「しかし、敵です」
「分かっている」
バスクの声が低くなる。
「だから止める。だが、今の任務は撃滅ではない。作業船団防護だ」
その言葉を口にした瞬間、彼自身が不快そうに沈黙した。
敵を叩き潰したい。
残党を根絶したい。
その衝動は消えていない。
だが、最高司令部高官の命令が頭に残っていた。
全軍、作業船団を守れ。
あれが今の地球の命綱だ。
さらに、ロンド・ベルからの降伏勧告が戦場全域に流れ続けている。
武装を捨てた敵機が救難信号を出し、実際に回収対象として扱われる姿を見れば、敵の中に揺らぎが生まれる。
デラーズの大義に殉じる者は止まらない。
だが、場に流され、飢え、恐怖し、それでも引き返せなかった兵は違う。
生きられると知れば、引き金を引く手が鈍る。
その鈍りは、作業船団が牽引準備を終えるための数分になる。
バスクは、それを理解していた。
理解していること自体が、ひどく不愉快だった。
「推進部を撃て。砲塔を潰せ。進路を塞げ。作業船団に近づけるな」
「撃沈は?」
「作業船を狙う艦だけは沈めろ」
その声が一段低くなる。
「迷っている敵に構うな。逃げる敵を追うな。だが、民間船を撃つ敵は容赦するな」
次の瞬間、デラーズ側の一隻が作業船へ主砲を向けた。
バスクの反応は早かった。
「撃て」
艦隊砲撃が集中する。
敵艦の砲塔が吹き飛び、続く一撃が機関部を貫いた。
艦は火を噴きながら進路を逸れ、作業船団から離れていく。
バスクはそれを見ても表情を変えなかった。
「次だ」
## ラビアンローズ アルビオン
「ラビアンローズとの接触完了!」
「試作三号機、受領準備完了!」
艦内に緊張が走った。
コウ・ウラキは、巨大な機体を見上げていた。
ガンダム試作三号機。
あまりにも巨大で、あまりにも異質な兵器。
これに乗れば、戦場へ戻れる。
ガトーを追える。
コロニーを止められるかもしれない。
だが、ただ怒りで飛び出せば、何も救えない。
ニナ・パープルトンが端末を抱えて駆け寄る。
「コウ、聞いて」
「分かってる。無茶はするな、だろ?」
「違うわ。無茶はすることになる」
コウが目を見開く。
ニナは苦しそうに続けた。
「でも、無駄な無茶をしないで。あなたの任務は、コロニーを壊すことじゃない。推進軸を乱すこと。姿勢制御部に干渉して、作業船団の牽引を成立させること」
彼女は端末を示した。
そこには、シーマ艦隊から送られた管制データが反映されていた。
「シーマ艦隊のデータで、補正入力のタイミングが分かった。そこに合わせて姿勢制御部を叩けば、コロニーの軌道補正が遅れる。その遅れが、作業船団の牽引角と重なれば――」
「落下軌道を外せる」
「可能性はある」
「可能性か」
コウは拳を握った。
「十分だ」
シナプス艦長の声が通信に入る。
『ウラキ少尉』
「はい」
『君を英雄にするための出撃ではない。帰還を前提とした任務だ』
コウは一瞬、言葉に詰まった。
『最高司令部からも同じ命令が来ている。若いパイロットを使い潰すな、と』
「最高司令部が……」
『そうだ。だから命令する。行け。そして帰ってこい』
コウは深く息を吸った。
「コウ・ウラキ、試作三号機、出撃準備に入ります」
## 地球連邦軍最高司令部第1会議室。
「シーマ艦隊、ロンド・ベル側受け入れ経路へ合流!」
「管制データ、ブライト司令へ到達!」
「アルビオンより入電。試作三号機、出撃準備完了!」
その報告に、会議室がわずかにどよめいた。
ついに来たか。
だが、喜べる話ではない。
また若者を戦場へ出す。
一年戦争から何も変わっていないようで、胃が重くなる。
「試作三号機の任務は?」
「コロニー姿勢制御部への干渉、推進軸の乱れ形成、作業船団の牽引成立支援です。破壊任務ではありません」
「よし。破壊ではなく、ずらす。そこを徹底させろ」
「了解」
「それと、ウラキ少尉には帰還命令を明記しろ」
副官がこちらを見る。
「命令として、ですか」
「そうだ。若い者は、命令にしないと無茶を美徳だと思い込む」
「了解しました」
「ソーラー・システムIIは?」
「照射可能状態です。最終機会との報告も来ています」
「待機」
私は言った。
「まだ撃つな」
「閣下、これが最後の照射機会になる可能性があります」
「分かっている」
私は戦況図を見た。
シーマ艦隊が離反した。
作業船団が展開している。
ロンド・ベルが追撃部隊を抑えている。
バスク艦隊が作業船団を守っている。
アルビオンが試作三号機を出そうとしている。
全てが、コロニーの周囲へ集まりつつある。
今撃てば、その全てを台無しにする。
「ソーラー・システムIIは最後の保険だ。だが、保険金目当てに家を燃やす馬鹿はいない」
会議室の数人が反応に困った顔をした。
副官が静かに言う。
「例えが少々不適切です」
「では、後で君が適切な比喩に直してくれ」
「記録はそのまま残します」
本当に容赦がない。
私は咳払いした。
「全軍に通達。作業船団を最優先で守れ。シーマ艦隊は保護対象。降伏勧告は継続。戦闘継続意思のない敵は捕虜として扱う。ただし、作業船団、シーマ艦隊、ロンド・ベル、アルビオンへ攻撃を継続する敵は、即時撃破を許可」
「了解!」
「バスク艦隊には、作業船団防護を継続させろ。敵撃滅に釣られるなと念を押せ」
「了解」
「ロンド・ベルには、試作三号機の進路を開けと伝えろ」
「了解!」
戦況図の中で、赤いコロニーの軌道線が地球へ伸びている。
その外縁に、青い光点が集まり始めていた。
小さな船。
小さな機体。
小さな人間たち。
巨大な落下物に比べれば、あまりにも小さい。
だが、その小さな力を束ねるしかない。
「閣下」
副官が静かに言う。
「医務室から、強い休憩要請が来ています」
「今?」
「今です」
「地球にコロニーが落ちようとしているんだが」
「医務室は、閣下も落ちそうだと判断しています」
会議室の端で、誰かが咳き込んだ。
笑いを堪えたな。
まあいい。
笑えるなら、まだ戦える。
「休憩は、星の屑が外れてからだ」
「その発言も記録します」
「好きにしろ」
私は戦況図を見た。
作業船団は、なお進んでいる。
シーマ艦隊は、辛うじて受け入れ経路に乗った。
ロンド・ベルは敵を止めている。
バスク艦隊は、命令通り作業船を守っている。
アルビオンから、最後の通信が入った。
「アルビオンより入電!」
通信士が叫ぶ。
「試作三号機、出撃準備完了!」
私は目を閉じ、短く息を吐いた。
若者にまた無茶をさせるのか。
だが、今度は違う。
死なせるためではない。
帰らせるために使う。
「アルビオンへ伝えろ」
私は言った。
「ウラキ少尉の出撃を承認する。ただし、任務はコロニー破壊ではない。姿勢制御部への干渉、作業船団牽引の成立支援。そして、必ず帰還せよ」
「了解!」
戦況図の中で、新たな光点が生まれた。
試作三号機。
最後の阻止線へ向かう光。
私はその光を見つめながら、静かに呟いた。
「若者にまた無茶をさせるのか……だが、帰らせるために使う」
誰も答えなかった。
コロニーはなお、地球へ落ち続けている。
だが、もう何もできないわけではない。
次の一手が、間に合いつつあった。
地球連邦軍上層部は、いつも多忙です。