地球連邦軍上層部はいつも多忙です。   作:はにわはにわ

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再構成第九話 星の屑は地球に届かない

 

## ラビアンローズ接触宙域 強襲揚陸艦アルビオン

 

「コウ・ウラキ、ガンダム試作三号機、出ます!」

 

巨大な機体が、ラビアンローズのドックから押し出される。

 

それは、モビルスーツというより、武装と推進器を纏った移動要塞だった。

 

通常のMSとは比較にならない質量。

 

膨大な推進剤。

 

複雑すぎる火器管制。

 

そして、操縦席に座るのは、まだ若い少尉だった。

 

コウ・ウラキは、操縦桿を握る手に汗を感じていた。

 

怖くないと言えば嘘になる。

 

いや、怖い。

 

試作一号機を失った時の記憶。

 

ガトーを止められなかった悔しさ。

 

観艦式で消えた艦隊。

 

地球へ向かうコロニー。

 

すべてが胸の中で暴れている。

 

だが、それでも前に出る。

 

『コウ、聞こえる?』

 

ニナ・パープルトンの声が通信に入る。

 

「聞こえてる」

 

『いい? 任務はコロニー破壊じゃない。推進軸を乱して、姿勢制御部の補正タイミングを外すこと。シーマ艦隊からの管制データを送るわ』

 

「分かってる」

 

『分かってるだけじゃ駄目。戻ってきて』

 

コウは一瞬、目を閉じた。

 

「戻るよ」

 

その声は震えていなかった。

 

『信じてる』

 

通信が切れる。

 

続いて、ブライト・ノアの声が入った。

 

『ウラキ少尉、こちらロンド・ベル、ブライト・ノア。進路情報を送る。我が隊のMSが前を開く。君は推進軸へ向かえ』

 

「了解しました!」

 

さらに、別の通信が重なる。

 

『若いの、聞こえるかい?』

 

シーマ・ガラハウだった。

 

「シーマ中佐?」

 

『管制データを送ってやる。補正の癖、推進軸の揺れ、デラーズ側が隠したい場所。全部詰めてある。高くつくよ』

 

「ありがとうございます」

 

『礼は帰ってからにしな。死んだら請求書が出せない』

 

コウは少しだけ笑った。

 

恐怖は消えない。

 

だが、背中を押してくれる声がある。

 

「コウ・ウラキ、試作三号機、目標へ向かいます!」

 

巨大な機体が、地球へ落ちるコロニーへ向けて加速した。

 

 

## 地球連邦軍最高司令部第1会議室

 

「試作三号機、発進!」

 

「ロンド・ベル、進路確保へ移行!」

 

「シーマ艦隊、管制データ送信継続!」

 

「作業船団、牽引ワイヤー射出準備!」

 

私は戦況図を睨んでいた。

 

コロニーは地球へ向かっている。

 

南米方面。

 

北米方面。

 

二重に揺れる落着予測線は、まだ完全に定まっていない。

 

だが、デラーズ側が最後に北米穀倉地帯へ振る可能性は高い。

 

ジャブロー狙いは、見せ札。

 

あるいは、連邦軍の思考を南米へ縛るための餌。

 

敵は地球の軍事中枢だけではなく、地球の食料供給網を狙っている。

 

実に嫌な作戦だ。

 

嫌な作戦ほど、よく効く。

 

「ソーラ・システムII、最終照射可能域へ接近!」

 

報告が飛ぶ。

 

「あと数分で、最終照射機会に入ります!」

 

会議室の空気が凍った。

 

最終照射機会。

 

その言葉は、全員の胸に重く落ちた。

 

今なら、まだ選べる。

 

だが、選べる時間は長くない。

 

「照射準備は維持しろ」

 

私は言った。

 

「ただし、まだ撃つな」

 

「まだ、ですか」

 

作戦部の中将が確認する。

 

「ああ。まだだ」

 

私は戦況図を見た。

 

試作三号機がいる。

 

アレックスがいる。

 

作業船団がいる。

 

シーマ艦隊がいる。

 

バスク艦隊がいる。

 

投降した敵機もいる。

 

救難信号を発して漂流している脱出ポッドもある。

 

その全てが、コロニーの周囲に絡みついている。

 

そこへソーラ・システムIIを撃ち込めば、どうなるか。

 

コロニー外殻を焼けるかもしれない。

 

同時に、味方も、民間船も、離反者も、救難対象も焼くかもしれない。

 

だが、それでも。

 

もし、それ以外に地球落着を止める手段がなくなれば。

 

私は撃たなければならない。

 

その命令を出すために、この椅子にいる。

 

「閣下」

 

副官が低く言った。

 

「今の戦況で照射命令を出せば、ロンド・ベル、アルビオン、作業船団、シーマ艦隊に甚大な被害が出ます」

 

「分かっている」

 

「その責任を、閣下一人で背負うおつもりですか」

 

私は答えなかった。

 

答えは決まっている。

 

背負うしかない。

 

地球にコロニーを落とすよりは、全てを焼く方がまだましな瞬間はある。

 

その瞬間が来れば、私は命じる。

 

その責任から逃げるつもりはない。

 

だが、まだその瞬間ではない。

 

「閣下」

 

今度は、情報局長が口を開いた。

 

「試作三号機の推進軸干渉、シーマ艦隊の管制遅延、作業船団の牽引。三つはまだ成立しています。失敗と判断するには早い」

 

続いて、作戦部の中将が言った。

 

「バスク艦隊も防護線を維持しています。ロンド・ベルもガトー機を抑えている。現場はまだ崩れていません」

 

第一会議室にいたもう一人の大将が、静かに言葉を継いだ。

 

「照射命令が必要になれば、私も連名で責任を負う。君だけに押しつけるつもりはない」

 

私はそちらを見た。

 

「君まで巻き込むつもりはない」

 

「馬鹿を言うな。もう巻き込まれている」

 

もう一人の大将は、表情を変えずに言った。

 

「ここは最高司令部だ。地球圏全域の命令を出す場所だ。責任を一人の肩に逃がす場所じゃない」

 

会議室が静かになった。

 

私は、ほんのわずかに息を吐いた。

 

ありがたい。

 

そう思った。

 

だが、口には出さない。

 

口に出せば、何かが緩みそうだった。

 

 

## 副官

 

副官は、最高司令部高官の横顔を見ていた。

 

この人は、いつもそうだ。

 

軽口を叩く。

 

胃薬の数を数える。

 

医務室から逃げようとする。

 

髪が減っただの、書類が多いだのと、どうでもいいことを口にする。

 

だが、本当に重い命令の前では逃げない。

 

ソーラ・システムIIを撃たないのは、甘さではない。

 

現場を信じているからでもある。

 

だが、それだけではない。

 

撃つべき時が来れば、この人は撃つ。

 

ロンド・ベルも、アルビオンも、シーマ艦隊も、作業船団も、救難信号を出した敵兵も。

 

それらを巻き込む可能性を理解した上で、地球落着を止めるためなら、照射命令を出す。

 

そして、その責任を自分の名前で記録に残す。

 

副官は、それを知っていた。

 

何年も横で見てきた。

 

この人は、優しいから撃たないのではない。

 

責任を理解しているから、まだ撃たないのだ。

 

そして今、その責任を一人に押しつけないと言った者がいた。

 

もう一人の大将。

 

情報局長。

 

作戦部の中将。

 

彼らもまた、現場がまだ生きていることを見ている。

 

そして、最悪の命令が必要になった時、その重さから逃げない覚悟を持っている。

 

副官は、ほんのわずかに表情を緩めた。

 

この人は孤独ではない。

 

少なくとも、この会議室には、責任を一人に押しつけない者がいる。

 

それが、少しだけ救いだった。

 

 

## 地球連邦軍最高司令部第1会議室

 

「副官」

 

最高司令部高官が低く言った。

 

「記録は」

 

「残しています」

 

副官は即答した。

 

「ソーラ・システムII、照射準備維持。現時点での照射は保留。現場作戦継続。最終照射機会突入時、最高司令部複数名による再判断。責任者名も、連名で記録します」

 

もう一人の大将が短く頷いた。

 

「それでいい」

 

私は苦く笑った。

 

「君たちは、私に逃げ道をくれないな」

 

副官は静かに答えた。

 

「閣下がいつも逃げ道を塞ぐ側ですので」

 

会議室の端で、誰かが小さく息を漏らした。

 

笑いではない。

 

だが、張り詰めていた空気がわずかに動いた。

 

私は戦況図へ視線を戻した。

 

「分かった。なら、全員で背負うぞ」

 

「了解」

 

もう一人の大将が言った。

 

副官も頷いた。

 

「了解しました」

 

私は指揮卓に手を置いた。

 

「ソーラ・システムIIは照射準備を維持。最終照射機会に入った時点で、再判断する」

 

「了解」

 

「だが、現時点では撃たない。現場はまだ押している。まだ引いている。まだ作戦は生きている」

 

私は戦況図を睨んだ。

 

「現場が生きている限り、我々はそれを殺す判断を急がない」

 

「了解!」

 

「全出力の一部を通信中継と観測支援に回せ。ソーラ・システムIIを、照射だけの装置として遊ばせるな」

 

「観測支援ですか?」

 

「巨大な鏡だ。ならば鏡として使え。反射光学観測でコロニー表面の熱変化と姿勢制御部の稼働を拾え。照準のためではなく、牽引角補正のために使う」

 

「照射準備と並行して行います」

 

「そうだ。撃たずに済むなら撃たない。だが、撃たねばならない時は撃つ。その判断を誤らないために、今ある全ての情報を現場へ返せ」

 

「了解!」

 

胃が痛い。

 

頭も痛い。

 

だが、逃げている場合ではない。

 

地球を守るためなら、私は最悪の命令も出す。

 

だが、最悪の命令は、最後まで最悪でなければならない。

 

まだ、現場は戦っている。

 

ならば、今は信じる。

 

信じるとは、祈ることではない。

 

現場が勝つための材料を、最後の一秒まで送り続けることだ。

 

 

## 地球落下コース 最終阻止線

 

「作業船団、牽引ワイヤー射出!」

 

「第一群、固定成功!」

 

「第二群、一部失敗! ワイヤー切断!」

 

「第三群、敵攻撃を受けています!」

 

ブライトは、トロイホース艦橋で叫んだ。

 

「バスク艦隊、第三群の防護へ回せ! ロンド・ベル各機、敵MSを作業船から引き離せ! 降伏勧告は継続、ただし作業船を狙う機体は即時撃破だ!」

 

「了解!」

 

バスク艦隊が動く。

 

その動きは、もはや敵撃滅を第一目的としたものではない。

 

作業船団の前に出る。

 

敵の進路を塞ぐ。

 

直撃を避け、しかし確実に突撃角を潰す。

 

「敵艦、作業船団へ直進!」

 

「進路前方へ主砲斉射。撃沈を狙うな。針路を曲げろ」

 

バスクの声は低い。

 

「敵MS、第二群へ接近!」

 

「対空砲、推進器と火器管制を狙え。漂流させろ。救助は後だ」

 

その命令に、艦橋の部下たちはもう驚かなかった。

 

バスク・オムは苛烈な男だ。

 

敵を許したわけではない。

 

憎悪が消えたわけでもない。

 

だが、今は任務を理解している。

 

撃墜して爆散させれば、破片が作業船の針路を塞ぐ。

 

投降しかけた敵まで撃てば、残る敵は死に物狂いで突っ込んでくる。

 

逆に、武装を捨てた者が救助対象として扱われる姿を見せれば、迷う敵の手は鈍る。

 

その数秒が、牽引ワイヤーを繋ぐ時間になる。

 

それは慈悲ではない。

 

戦場管理だ。

 

「作業船を撃つ敵は沈めろ。迷っている敵は止めろ。逃げる敵を追うな」

 

バスクは短く命じた。

 

「ここで必要なのは死体の数ではない。作業船団がコロニーに届く時間だ」

 

部下が息を呑む。

 

バスクの口元が硬くなる。

 

その命令が自分の口から出たこと自体が、不愉快そうだった。

 

だが、撤回はしない。

 

「ここを抜かれれば、地球が焼ける」

 

 

## NT-1 アレックス

 

同じ頃、アムロのアレックスは限界に近づいていた。

 

右腕部冷却系、異常。

 

左脚部推進器、出力低下。

 

シールド喪失。

 

チョバム・アーマー、破損多数。

 

それでも、アムロは前に出る。

 

「ウラキ少尉、進路を開ける!」

 

『ありがとうございます、アムロ少佐!』

 

「礼は後だ。目標だけ見ろ!」

 

アムロの前に、蒼い機体が立ちはだかった。

 

ガトーだった。

 

アナベル・ガトー。

 

試作二号機は失われた。

 

だが、彼はなお戦場にいた。

 

別の機体に乗り、最後の軌道修正を通すため、コロニーへ向かおうとしていた。

 

『アムロ・レイ……貴様がここまで邪魔をするか』

 

「地球にコロニーを落とすなら、何度でも止める」

 

『腐敗した連邦を守るためにか!』

 

「連邦が正しいから守るんじゃない」

 

アレックスがビームサーベルを抜く。

 

「地球に人が住んでいるから守る」

 

ガトーの機体が突っ込んでくる。

 

二機が交錯する。

 

アムロの機体は損傷している。

 

速度も落ちている。

 

だが、動きはなお鋭い。

 

ガトーの一撃を受け流し、反撃でライフルを撃ち抜く。

 

ガトーはさらに踏み込む。

 

「そこをどけ、アムロ・レイ!」

 

「どかない!」

 

アムロは叫んだ。

 

「大義のために、何も知らない人間を巻き込むな!」

 

ビームサーベルがぶつかり、粒子が散る。

 

その脇を、試作三号機が駆け抜けた。

 

 

## ガンダム試作三号機 デンドロビウム

 

コウは一瞬、ガトーの機体を見た。

 

怒りが込み上げる。

 

試作二号機。

 

観艦式。

 

奪われたもの。

 

失ったもの。

 

追い続けた相手。

 

だが、今は違う。

 

任務説明で、何度も聞かされた。

 

任務は撃墜ではない。

 

任務は復讐ではない。

 

コロニーを止めること。

 

作業船団の牽引を成立させること。

 

生きて帰ること。

 

コウは操縦桿を握り直した。

 

「俺の相手は、今はあんたじゃない!」

 

コウはガトーを追わなかった。

 

試作三号機は、コロニーの姿勢制御部へ向かう。

 

ニナの声が入る。

 

『コウ、右側面の姿勢制御ブロック。シーマ艦隊のデータと一致したわ。そこを乱せば、作業船団の牽引が効く!』

 

「了解!」

 

『火力を集中しすぎないで。破壊じゃなく、推進軸をずらすの!』

 

「分かってる!」

 

試作三号機の大型アームが展開する。

 

砲撃。

 

ミサイル。

 

しかし、狙いは破壊ではない。

 

姿勢制御の補正タイミングを外す。

 

推進軸を乱す。

 

巨大なコロニーの重心と進路に、わずかな狂いを作る。

 

「当たれぇぇっ!」

 

砲撃が姿勢制御部を撃つ。

 

爆発。

 

だが、コロニーは止まらない。

 

当然だ。

 

止まるはずがない。

 

だが、軌道が揺れた。

 

 

## 最高司令部直轄コロニー落下阻止部隊

 

「コロニー推進軸、変化!」

 

「作業船団、牽引開始!」

 

作業船のワイヤーが、コロニー外殻に食い込む。

 

複数の曳航艦が反対方向へ噴射する。

 

小さな力。

 

小さすぎる力。

 

だが、何十、何百という力が束になり、巨大な質量に抗う。

 

シーマ艦隊からの管制データが、補正タイミングを狂わせる。

 

デラーズ側が修正しようとするたびに、わずかに遅れる。

 

わずかに外れる。

 

そのわずかが、積み重なる。

 

シーマは艦橋で叫んだ。

 

「今だよ! 補正が遅れる! 押しな!」

 

ブライトが即座に命じる。

 

「作業船団、牽引角二度修正! アルビオンの解析値を入れろ! バスク艦隊、防護線を崩すな!」

 

「了解!」

 

バスク艦隊が敵の突撃を受け止める。

 

アムロがガトーを押さえる。

 

コウが姿勢制御部を乱す。

 

シーマが管制の隙を突く。

 

作業船団が引く。

 

すべてが、一本の線になった。

 

 

## 地球連邦軍最高司令部第1会議室

 

「コロニー軌道、変化!」

 

「落着予測線、北米方向から逸れ始めています!」

 

「南米方面への再補正も失敗!」

 

「デラーズ側、最終管制入力を試行!」

 

「ガトー機、アムロ少佐と交戦中。コロニー管制区画への接近を阻止されています!」

 

私は拳を握った。

 

まだだ。

 

まだ足りない。

 

だが、変わっている。

 

確かに変わっている。

 

「ソーラ・システムII、最終照射機会に入ります!」

 

再び報告が飛ぶ。

 

会議室の全員が、戦況図を見た。

 

試作三号機がいる。

 

アレックスがいる。

 

作業船団がいる。

 

シーマ艦隊がいる。

 

バスク艦隊がいる。

 

投降した敵機もいる。

 

救難信号を発して漂流している脱出ポッドもある。

 

そして、コロニーの軌道は、確かに変わり始めている。

 

「照射判断を」

 

作戦部の中将が言った。

 

私は戦況図を見た。

 

撃てば、終わるかもしれない。

 

撃てば、壊れるかもしれない。

 

撃てば、守れるかもしれない。

 

だが、撃てば、今まさにコロニーを押している者たちを焼く。

 

そして何より。

 

現場はまだ死んでいない。

 

「照射、保留」

 

私は言った。

 

「保留、ですか」

 

「そうだ。最終照射機会の中でも、まだ数十秒ある。観測支援を最大化。牽引角補正を現場へ返せ」

 

「しかし、最終判断が遅れれば――」

 

「遅らせているのではない。見極めている」

 

私は言った。

 

「現場が崩れれば撃つ。落着回避が不可能と判断すれば撃つ。だが、現場がまだ軌道を変えている以上、こちらからその手を焼き払うな」

 

もう一人の大将が短く言った。

 

「同意する。記録に残せ」

 

情報局長も続ける。

 

「管制補正の遅延、なお継続。シーマ艦隊のデータが効いています」

 

作戦部の中将が戦況図を確認する。

 

「作業船団、牽引継続可能。試作三号機、次弾準備中」

 

私は頷いた。

 

「全軍へ。ここが最後だ。押せ。引け。ずらせ。ソーラ・システムIIは観測支援を継続。照射判断は最高司令部が保持する」

 

「了解!」

 

撃たずに済むなら撃たない。

 

撃たねばならないなら撃つ。

 

その境目を、私は見ていた。

 

瞬きすることすら怖かった。

 

 

## 最終阻止線 コロニー周辺宙域

 

ガトーの機体が揺らいだ。

 

アムロのビームが脚部を撃ち抜いたのだ。

 

「ガトー、終わりだ!」

 

『まだだ! まだ、ジオンの理想は――』

 

「理想を語るなら、生きている人間を踏み潰すな!」

 

アムロは機体を押し込んだ。

 

ビームサーベルがガトー機の腕を切断する。

 

さらに、推進器を撃ち抜く。

 

ガトー機は制御を失い、コロニーから離れていく。

 

『くっ……!』

 

「救難信号を出せ、ガトー。捕虜として扱われる」

 

『情けを……かけるつもりか』

 

「違う」

 

アムロは即答した。

 

「君をここで殺せば、まだ迷っている兵まで“ガトーに続け”と叫んで死にに来る。今はそれが一番まずい」

 

『貴様……!』

 

「これは情けじゃない。これ以上、コロニー阻止の邪魔になる殉死を増やさないためだ」

 

アムロは静かに続けた。

 

「それに、君には生きて法廷に立ってもらう。大義で何をしようとしたのか、生きて語れ」

 

ガトーの通信は、ノイズに沈んだ。

 

やがて、脱出ポッドが射出される。

 

ロンド・ベルの救難ビーコンが、その座標を記録した。

 

アムロは追わなかった。

 

今の任務は、ガトーを殺すことではない。

 

コロニーを止めることだった。

 

 

## 最終阻止戦 コロニー外郭部

 

コウはその光を見た。

 

追いたい衝動が一瞬だけ湧く。

 

だが、彼は追わなかった。

 

「ニナ、次の攻撃点!」

 

『下部姿勢制御リング、三番! ただし、近づきすぎないで!』

 

「了解!」

 

試作三号機が再び砲撃する。

 

作業船団のワイヤーが軋む。

 

一本が切れる。

 

続いて二本目。

 

だが、三本、四本、五本が残る。

 

民間作業船の船長が叫ぶ。

 

「切れた船は下がれ! 残った船で引くぞ!」

 

「無理です、船体が!」

 

「地球が無理だって言ったらどうするんだ! 引け!」

 

推進器が噴く。

 

小さな船が巨大なコロニーを引く。

 

馬鹿げている。

 

無謀だ。

 

だが、確かに軌道は変わっていた。

 

「コロニー、落下角変化!」

 

「大気圏突入角、限界値を逸脱!」

 

「地球重力井戸からの完全離脱は不明。ただし、地表落着コースからは外れつつあります!」

 

ブライトが叫ぶ。

 

「まだ緩めるな! 牽引継続!」

 

シーマが叫ぶ。

 

「補正がまた入る! 三秒後に逆噴射来るよ!」

 

ニナが叫ぶ。

 

「コウ、最後の補正部! ここを外せば、もう戻せない!」

 

コウが叫ぶ。

 

「これでぇぇぇっ!」

 

試作三号機の砲撃が、最後の姿勢制御部を撃ち抜いた。

 

爆光。

 

コロニーの巨大な影が揺れる。

 

そして、地球へ向かう赤い予測線が、青い星の外側へずれた。

 

 

## 地球連邦軍最高司令部第1会議室

 

「落着予測線、消失!」

 

「大気圏突入角、不成立!」

 

「コロニー、地球落着コースから逸脱!」

 

「破片落下予測、最小。大部分は地球圏外へ逸れます!」

 

誰もすぐには声を出さなかった。

 

会議室は、一瞬、完全に静まり返った。

 

私は戦況図を見ていた。

 

赤い線が消えている。

 

地球へ伸びていた死の線が、消えている。

 

「再計算」

 

声が震えそうになるのを抑えた。

 

「再計算しろ。誤差を確認」

 

「再計算中……結果同一! コロニー、地球落着コースから逸脱!」

 

別の士官が叫ぶ。

 

「北米、南米、いずれの落着可能性も消失!」

 

「破片監視は継続しろ」

 

「了解!」

 

私は椅子に座り込んだ。

 

力が抜けた。

 

副官がすぐに寄ってくる。

 

「閣下」

 

「倒れてはいない」

 

「かなり近いです」

 

「まだ仕事がある」

 

「分かっています」

 

副官は水を差し出した。

 

私はそれを受け取り、一口飲んだ。

 

冷たい水が喉を通る。

 

ようやく、自分が息をしていることに気づいた。

 

「閣下」

 

情報局長が静かに言った。

 

「星の屑作戦、失敗です」

 

失敗。

 

デラーズ・フリートにとっては。

 

連邦にとっては、かろうじて勝利。

 

市民にとっては、知らないところで救われた日常。

 

私は戦況図の青い地球を見た。

 

「星の屑は」

 

言葉が自然に出た。

 

「地球には届かなかった」

 

会議室の誰かが息を吐いた。

 

それを合図にしたように、張り詰めていた空気が少しだけ崩れる。

 

だが、歓声は上がらなかった。

 

上げられなかった。

 

コロニー落下阻止作戦は、終わった。

 

だが、戦域の戦闘はまだ終わっていない。

 

「各部隊の状況は」

 

私は水の入ったカップを机に置いた。

 

「アムロ少佐、生存。アレックス大破寸前ですが帰投可能」

 

「コウ・ウラキ少尉、生存。試作三号機、損傷あり。帰投中」

 

「シーマ・ガラハウ中佐、生存。シーマ艦隊、損害ありながらロンド・ベル側に合流」

 

「バスク艦隊、作業船団防護任務を継続。損害あり」

 

「作業船団、多数損傷。ただし、主要船は生存。救難活動へ移行」

 

「アナベル・ガトーは?」

 

「機体無力化。脱出ポッドをロンド・ベルが捕捉。救助に向かっています」

 

「捕虜として扱え」

 

「了解」

 

私は目を閉じた。

 

誰も死んでいない訳ではない。

 

損害はある。

 

負傷者もいる。

 

作業船団にも被害が出た。

 

戦闘継続の意思を示した敵機は撃墜された。

 

救えなかった者もいる。

 

だが、地球は焼けなかった。

 

北米も、南米も、ジャブローも、穀倉地帯も、コロニーの直撃を受けなかった。

 

それだけは、確かだった。

 

「全軍に通達」

 

私は言った。

 

「コロニー落下阻止作戦は、第一目的を達成。以後、救難活動および戦域整理へ移行する。敵味方問わず、救える者は救え。作業船団を最優先で保護。シーマ艦隊は最高司令部直轄保護下に置く。アナベル・ガトーは捕虜として扱え。アルビオン、ロンド・ベル、バスク艦隊には帰投後、正式に報告を求める」

 

「了解!」

 

「それと」

 

私は少しだけ間を置いた。

 

「全員、よくやった」

 

会議室に、静かな敬礼が広がった。

 

それは勝利の歓呼ではない。

 

生き残った者たちが、ようやく息をしただけの敬礼だった。

 

だが、十分だった。

 

少なくとも、今は。

 

「閣下、デラーズ残存部隊の動向です」

 

情報局長の声で、緩みかけた空気が再び締まった。

 

そうだ。

 

コロニーは地球に届かなかった。

 

しかし、デラーズ・フリートが全て降伏したわけではない。

 

「報告しろ」

 

「デラーズ・フリート残存艦艇、一部は戦闘継続。一部は武装解除信号を発信。複数の脱出ポッドと漂流機から救難信号を確認しています」

 

「デラーズ本人は」

 

「座乗艦と思われる艦が、降伏勧告を拒否。残存艦数隻とともに外縁宙域へ退避中。現在、アクシズ艦隊の接近方向と針路が重なっています」

 

会議室の空気が、また重くなった。

 

アクシズ。

 

一年戦争後、旧ジオン公国系勢力の影を濃く残す場所。

 

ここで判断を誤れば、デラーズ紛争の火種は宇宙の奥へ逃げる。

 

逃げた火種は、いずれ別の形で戻ってくる。

 

「アクシズ艦隊の動きは」

 

「直接交戦の兆候はありません。ただし、デラーズ残存部隊の収容可能位置へ進路を取っています。通信は沈黙。救難活動を名目に接近している、と主張する余地はあります」

 

「余地を潰せ」

 

私は即答した。

 

「アクシズ艦隊に警告。ここは連邦軍管制宙域であり、デラーズ・フリートはコロニー落としを実行した交戦主体である。デラーズ残存艦、指揮官、搭載物資、戦闘記録、捕虜を無許可で収容する行為は、救難ではなく敵対勢力への軍事的幇助と見なす」

 

副官が端末を操作する。

 

「続けてください」

 

「接近を中止し、指定宙域外で待機せよ。なお、デラーズ残存部隊の収容、曳航、護衛、通信中継、補給、進路妨害のいずれかを確認した場合、連邦軍は敵対行為と認定し、全力で阻止する」

 

会議室が静まった。

 

作戦部の中将が確認する。

 

「全力で、ですか」

 

「そうだ」

 

私は戦況図を睨んだ。

 

「ここで曖昧にすれば、デラーズの残骸がアクシズへ流れる。人員、思想、記録、技術、物資。どれも次の火種になる」

 

「アクシズとの戦闘に発展する可能性があります」

 

「分かっている」

 

私は答えた。

 

「だからこそ、最初の警告を強くする。こちらの意思を誤読させるな」

 

情報局長が頷いた。

 

「警告文、最高司令部名義で発信します」

 

「発信しろ。全周波数、暗号通信、国際救難回線、全て使え。後で『聞いていない』と言わせるな」

 

「了解」

 

私は戦況図の端を見た。

 

デラーズ残存艦。

 

その先に、アクシズ艦隊。

 

青い地球からは遠ざかっている。

 

だが、危険が遠ざかったわけではない。

 

ただ、場所を変えようとしているだけだ。

 

「宇宙軍総司令部へ回せ」

 

私は言った。

 

「ここから先の残敵処理、航路封鎖、武装解除勧告、追跡実務は宇宙軍総司令部の任務だ。本来の管轄に戻す」

 

副官が確認する。

 

「最高司令部は直接指揮を解除しますか」

 

「完全にはしない。監督は残す。だが、実務は宇宙軍にやらせる」

 

私は続けた。

 

「宇宙軍総司令部へ通達。デラーズ残存部隊に対し、全周波数で降伏勧告を継続。武装を放棄した艦、救難信号を出した機体、脱出ポッドは、敵味方を問わず救助せよ。これは最高司令部命令だ」

 

「了解」

 

「ただし」

 

私は声を低くした。

 

「降伏勧告を拒否し、戦闘行動を継続する艦艇は、即時無力化しろ。作業船団、救難部隊、ロンド・ベル、アルビオン、シーマ艦隊保護下の艦艇へ攻撃を加えるものは、撃沈を含む実力行使を許可する」

 

作戦部の中将が短く頷く。

 

「戦闘継続意思を示す艦に対しては、通常交戦規則へ移行ですね」

 

「そうだ。降伏した者は救う。撃ってくる者は沈める。そこを混同するな」

 

「デラーズ座乗艦については」

 

「可能なら拿捕。ただし、アクシズ艦隊への合流、機密資料の移送、残存部隊の再編を図る場合は、阻止を最優先する」

 

私は言った。

 

「デラーズ本人の生死より、デラーズ・フリートの政治的・軍事的継承を断つことを優先しろ」

 

会議室が沈黙した。

 

誰も、異論は言わなかった。

 

「死んで殉教者になられても困る」

 

私は続けた。

 

「だが、生きて逃げられる方がもっと困る。法廷に立たせられるならそれが最善だ。だが、最善に拘って次善を失うな」

 

「了解」

 

情報局長が端末を操作しながら言った。

 

「デラーズ側から広域通信。内容はジオンの大義、連邦への非難、星の屑作戦の意義を訴えるものです」

 

「負け惜しみか」

 

「士気維持、あるいは残存部隊への撤退指示を兼ねている可能性があります」

 

「全文記録。切るな。解析しろ」

 

私は言った。

 

「死に場所を探している者と、逃げ道を探している者を分けろ。前者は止める。後者は降伏させる。どちらにも使われる言葉を拾え」

 

「了解」

 

もう一人の大将が、低く言った。

 

「宇宙軍総司令部には、随分と重い後始末を渡すことになるな」

 

「本来の仕事だ」

 

私は答えた。

 

「コロニー落とし阻止で後手に回った分、ここから先は働いてもらう。最高司令部が全て抱え込めば、宇宙軍総司令部は責任から逃げる」

 

「厳しいな」

 

「責任を返しているだけだ」

 

もう一人の大将は、それ以上何も言わなかった。

 

「シーマ艦隊は?」

 

副官が尋ねる。

 

「最高司令部直轄保護は維持する。宇宙軍総司令部の現場判断で拿捕、武装解除、攻撃対象にすることを禁ずる。通信文に明記しろ」

 

「了解」

 

「アルビオン隊とロンド・ベルは救難支援へ移行。ただし、消耗が大きい。無理に追撃へ使うな」

 

「バスク艦隊は」

 

「作業船団防護と救難宙域の警戒を継続。残敵掃討に深入りさせるな。あの男は役割を明確にしておかないと、刃の向きが変わる」

 

「了解しました」

 

「宇宙軍総司令部への最後の一文を加えろ」

 

私は言った。

 

「降伏した兵を撃つな。救難信号を見捨てるな。だが、降伏を拒んで戦闘を継続する者を、情で見逃すな。残存部隊の処理は報復ではない。次の戦争を防ぐための軍務である」

 

副官がこちらを見た。

 

「そのまま送りますか」

 

「そのまま送れ」

 

「了解しました」

 

私は椅子の背にもたれた。

 

今度こそ、少しだけ力が抜けた。

 

コロニーは止めた。

 

デラーズ・フリートは敗れた。

 

アクシズ艦隊への警告も出した。

 

残存部隊の処理は、宇宙軍総司令部へ戻した。

 

これで、戦域の後始末は本来の管轄へ移る。

 

だが、最高司令部の仕事は終わらない。

 

むしろ、ここからが別の戦場だ。

 

シーマ艦隊の保護。

 

アナベル・ガトーの処遇。

 

コウ・ウラキ少尉とアルビオン隊の扱い。

 

アナハイムの関与調査。

 

宇宙軍総司令部の対応遅延。

 

ソーラ・システムIIを撃たなかった判断の検証。

 

撃つ覚悟を持ちながら撃たなかった責任。

 

バスク・オムの評価。

 

作業船団への補償。

 

負傷者と遺族への対応。

 

そして、スペースノイドへの恐怖を煽りたい者たちへの対処。

 

後始末の山が見える。

 

山どころか、山脈だ。

 

副官が小声で言った。

 

「閣下、医務室がこちらへ向かっています」

 

「今度こそ逃げられんか」

 

「逃がしません」

 

「君はどちらの味方だ」

 

「閣下の健康の味方です」

 

私は苦笑した。

 

胃は痛い。

 

頭も痛い。

 

髪もまた減った気がする。

 

だが、地球は無事だ。

 

それで十分だ。

 

コロニー落下阻止作戦は終わった。

 

戦域の処理は、宇宙軍総司令部へ戻った。

 

そして、最高司令部には最高司令部の仕事が残った。

 

戦争は終わった。

 

だが、後始末は終わらない。

 

むしろ、ここからが連邦軍上層部の仕事だった。

 

 

地球連邦軍上層部は、いつも多忙です。

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