--宇宙世紀0080年--
## 地球連邦軍最高司令部 戦後処理統合室
一年戦争は終わった。
そう発表された。
ジオン公国は敗れ、停戦協定は結ばれ、地球連邦は勝者となった。
だが、私はその「勝利」という言葉が、どうにも好きになれなかった。
勝利とは、もう少し晴れやかなものではなかったか。
少なくとも、私の机の上に積まれている書類の山を見る限り、勝利とは、捕虜名簿、行方不明者一覧、民間被害報告、残党勢力分布、軍需物資流出経路、各方面軍の責任逃れ、そして政治家からの問い合わせ状の別名にしか見えない。
私はその時、すでに地球連邦軍最高司令部の大将だった。
ただし、大将だからといって、何でも自由に動かせるわけではない。
むしろ、階級が上がるほど不自由になることもある。
命令は出せる。
だが、その命令には政治的意味が付いて回る。
捕虜一人をどう扱うか。
旧ジオン軍の技術者をどう使うか。
残党軍をどこまで追うか。
降伏した兵と、海賊化した兵をどう分けるか。
軍需物資を横流しした者をどこまで裁くか。
そして、勝者である連邦軍が、復讐心で法を踏み越えないようにどう抑えるか。
どれもこれも胃に悪い。
いや、胃に悪くない仕事が最高司令部に存在するのか、最近は疑わしい。
「閣下、旧ジオン情報部所属の捕虜です」
情報局の士官が、一人の女性を連れてきた。
階級章は外されている。
軍服も捕虜用の簡素なものに替えられている。
だが、立ち方で分かる。
ただの事務官ではない。
情報を武器として扱ってきた人間だ。
「記録名は?」
「提出されています。ただし、本人は尋問時の所属詳細について黙秘しています」
「なら、今は旧ジオン情報士官でいい」
女性は薄く笑った。
「連邦の大将閣下が、随分と丁寧な呼び方をするのですね」
「捕虜は捕虜として扱う。敵だったことは、法を外れてよい理由にはならん」
「綺麗事ですか」
「綺麗事を命令書にするのが、軍の仕事だ」
私は書類を机に置いた。
「君には情報がある。こちらには、君を捕虜として扱い、証言者として保護する権限がある。取引になる」
彼女は笑みを消した。
「連邦情報部は、私を使い捨てるつもりのようでしたが」
「私の管轄ではさせん」
「なぜ?」
「使い捨ての情報源は、次に嘘を売る。情報には対価と保護が必要だ」
「連邦の大将が、敵の情報士官に保護を?」
「敵だからこそだ」
私は署名済みの保護命令書を示した。
「口約束は派閥に潰される。だが、最高司令部大将名義の命令書は、少なくとも一度は相手を止める盾になる」
「盾、ですか」
「ああ。君が情報を売るなら、こちらは条件を守る。君が嘘を売るなら、保護は消える。単純な話だ」
「……変わった大将ですね」
「よく言われる」
「褒めていません」
「知っている」
そこから、取引は始まった。
旧ジオン残党の補給経路。
敗残兵を取り込む武器商人。
旧公国軍の連絡網。
ザビ派、反ザビ派、デラーズ系、キシリア派残党。
そして、その中で妙に扱いづらい存在。
「シーマ艦隊?」
私が聞き返すと、旧ジオン情報士官は頷いた。
「正式な居場所がありません。ジオンの中でも嫌われ、連邦へ投降するにも過去が重すぎる。指揮官はシーマ・ガラハウ」
「どういう人物だ」
「信用しない方がいい」
「それは助言か?」
「警告です。ですが――」
彼女は少し間を置いた。
「約束を破る相手は、もっと嫌う女です」
私はその名を記録した。
シーマ・ガラハウ。
その時はまだ、数年後に地球の命運を左右する相手になるとは思っていなかった。
ただ、記録の片隅に、こう書いた。
危険。
交渉余地あり。
部下を抱えている。
損得で動く可能性。
約束の履行を重視。
後に思えば、その一文が始まりだった。
--宇宙世紀0081年--
## 最高司令部第3情報会議室
最初の取引は、直接ではなかった。
旧ジオン情報士官を経由し、シーマ艦隊らしき勢力から情報が入った。
海賊化したジオン残党が、連邦系民間輸送船団を襲う計画。
見返りは報酬。
それと、負傷兵三名の中立医療施設への移送。
会議室では反発が出た。
「旧ジオン残党に金を払うのですか」
「情報には対価が必要だ」
私はそう答えた。
「敵に利益を与えることになります」
「民間輸送船団が襲われれば、連邦市民が死ぬ。情報を買って防げるなら、安い」
「相手を信用するのですか」
「信用ではない。検証する」
実際、情報は正しかった。
民間輸送船団は針路を変更し、連邦警備艦が待ち伏せた。
海賊化した残党部隊は武装解除され、捕虜となった。
そして、私は約束通り報酬を支払い、負傷兵三名を中立医療施設へ送った。
情報局長は苦い顔をした。
「ずいぶん律儀ですね」
「一度目の約束を破れば、二度目の情報は来ない」
「相手はシーマ・ガラハウです」
「だからこそだ」
私は報告書に判を押した。
「彼女が約束を試しているなら、こちらも約束を守って試す」
数日後、旧ジオン情報士官経由で短い返答が届いた。
負傷兵は治療を受けた。
金も届いた。
連邦にも物好きがいるらしい。
署名はなかった。
だが、誰の言葉かは分かった。
私は少しだけ笑った。
副官がそれを見て、微妙な顔をした。
「閣下、また厄介な相手を拾うおつもりですか」
「拾うかどうかは、まだ分からん」
「女性ですか」
「それが何か関係あるのか」
「いえ。過去の傾向として」
「心外だ」
本当に心外だった。
私はただ、人材を大事にしているだけである。
同じ頃、サイド外縁の暗い宙域で、シーマ・ガラハウは短い報告を聞いていた。
「中佐、金は本当に届きました」
「へえ」
「負傷兵三名も、中立医療施設で治療を受けています。処置もまともです」
「まとも、ねぇ」
シーマは艦長席に座ったまま、指先で肘掛けを叩いた。
連邦など信用しない。
ジオンも信用しない。
綺麗な言葉を使う者ほど、汚れ仕事を他人に押し付ける。
それが彼女の知っている世界だった。
毒を撒けと命じた者たちは、綺麗な顔をしていた。
汚れたのは、命じられた者たちだけだった。
戦争が終われば、汚れた者は邪魔になる。
大義を語る男たちは、いつもそうだ。
だから、シーマは最初、この取引も罠だと思っていた。
だが、金は届いた。
負傷兵は治療された。
連邦の大将が、旧ジオンの汚れ艦隊相手に、約束通りに動いた。
「物好きな男だね」
シーマは呟いた。
「信用しますかい?」
部下が尋ねる。
シーマは笑った。
「馬鹿を言うんじゃないよ。信用なんかするわけないだろう」
だが、と彼女は思う。
約束を試す価値はある。
少なくとも、約束を破る連中よりは使える。
その程度には、記憶しておいていい。
--宇宙世紀0081年後半--
## 最高司令部極秘通信室
初めてシーマ・ガラハウと直接話した時、画面の向こうの彼女は笑っていなかった。
いや、口元は笑っていた。
だが、その笑みは刃物のようなものだった。
『連邦の大将様が、ジオンの汚れ女に何の用だい?』
第一声がそれだった。
ずいぶんと歓迎されている。
「君と君の部下に、損をしない取引を提示したい」
『救ってやる、とは言わないんだね』
「そう言われたいのか?」
シーマは鼻で笑った。
『言われたら回線を切ってたよ』
「なら言わなくて正解だった」
『で、何の取引だい?』
「残党補給網の情報。民間船襲撃の予兆。デラーズ系部隊の動向。対価は支払う。負傷者の治療、物資の調達、捕虜交換の仲介も、条件次第で扱う」
『連邦に私らを売れって?』
「売るかどうかは君が決める。こちらは条件を提示するだけだ」
シーマの顔から、わずかに軽さが消えた。
『条件ねぇ』
「信用しろとは言わん。条件を見ろ。得だと思えば使え。損だと思えば切ればいい」
彼女はしばらく沈黙した。
その沈黙が、拒絶ではなく計算の時間であることは分かった。
『あんた、連邦の高官にしては、ずいぶん汚い話し方をするね』
「綺麗な言葉を好む相手には、綺麗に話す。君は違うだろう」
『分かってるじゃないか』
彼女は初めて、ほんの少しだけ本当に笑った。
『いいよ。まずは小さな取引からだ。裏切ったら、次はない』
「それでいい」
『それと、大将』
「何だ」
『私の部下に手を出したら、あんたの階級章ごと噛み砕くよ』
「覚えておく」
通信が切れた後、私はしばらく画面を見ていた。
副官が横から言う。
「どう見ますか」
「危険だな」
「では、切りますか」
「いや」
私は記録を閉じた。
「彼女は部下を守る。そのために損得で動く。約束を破れば敵になるが、約束を守れば取引相手にはなる」
「信用できますか」
「まだ信用する段階ではない」
私はそう答えた。
「だが、信用できる状況は作れる」
一方、通信を切ったシーマもまた、しばらく画面を見ていた。
「中佐?」
部下が声をかける。
「何でもないよ」
シーマは椅子に深く座り直した。
救ってやる、とは言わなかった。
信用しろ、とも言わなかった。
条件を見ろ。
得だと思えば使え。
損だと思えば切ればいい。
連邦の高官にしては、妙に現実を知った言い方だった。
綺麗な言葉より、よほどましだ。
甘い救済を語る者ほど信用ならない。
だが、損得を語る相手なら計算できる。
計算できる相手は、まだ扱える。
「あの大将、面倒な男だね」
「切りますか?」
「まだだよ」
シーマは小さく笑った。
「約束を何度か試す。破ったら、それで終わりさ」
--宇宙世紀0082年--
## サイド外縁宙域 取引回線
シーマとの取引は、少しずつ増えた。
決して綺麗な関係ではない。
こちらは連邦軍。
彼女は旧ジオン残党に近い武装勢力。
互いに腹を探り、条件を詰め、裏切られた場合の手を用意して話す。
それでも、約束は積み上がった。
彼女は残党の補給拠点情報を出した。
私は報酬を払った。
彼女は民間船襲撃計画を流した。
私は該当宙域の警備を増やし、民間船を迂回させた。
彼女は負傷兵の治療を求めた。
私は中立医療施設を手配した。ただし費用は情報報酬から差し引いた。
その時、シーマは通信越しに笑った。
『冷たいねぇ。助けてやるって言えば、少しは格好がつくのに』
「無償にすると、君は借りを嫌がるだろう」
『……ふん。分かってるじゃないか』
「取引は対等でなければ続かん」
『連邦の大将が対等ねぇ。笑える話だよ』
「笑えるなら、まだましだ」
彼女は疑い続けた。
当然だ。
彼女の人生は、約束を破られる側に近すぎた。
大義を語る者に汚れ仕事を押し付けられ、都合が悪くなれば切られる。
そんな立場にいた人間が、連邦の大将を簡単に信じるはずがない。
だが、ある取引で流れが変わった。
シーマ艦隊が提供した情報に基づいて、連邦の現場部隊が残党補給船を押さえた。
作戦そのものは成功した。
だが、その現場部隊の指揮官が、シーマ艦隊の存在に気づき、独断で追撃をかけようとした。
「約定違反です」
情報局長が言った。
「止めろ」
「宇宙軍系の部隊です。最高司令部の介入を嫌がっています」
「最高司令部大将名義で出せ。取引対象への攻撃を禁ずる。従わなければ査問にかける」
「相手は旧ジオン残党ですよ」
「私が判を押した取引相手だ」
私は命令書に署名した。
「約束を破る軍に、情報協力者は残らん」
数時間後、現場部隊は追撃を中止した。
## シーマ艦隊 追撃
その頃、シーマ艦隊の艦橋では、緊張が張り詰めていた。
連邦艦の光点が、こちらへ向かっていた。
約束など、所詮は紙だ。
シーマはそう思っていた。
連邦の大将がどれほど丁寧な言葉を使おうと、現場が撃ってくればそれまでだ。
彼女は部下に撤退準備を命じていた。
「中佐、敵艦、進路変更!」
「追撃中止か?」
「はい。反転していきます」
艦橋に、わずかなざわめきが広がった。
シーマは黙って光点を見ていた。
本当に止まった。
その事実が、かえって気味悪かった。
連邦は約束を破るものだと思っていた。
ジオンも同じだった。
上にいる者は、いつも綺麗な顔で命令し、汚れた仕事は下に押し付け、都合が悪くなれば切り捨てる。
だが、あの大将は止めた。
旧ジオンの汚れ艦隊を守るために、連邦の現場部隊を止めた。
馬鹿だ、とシーマは思った。
だが、約束を守る馬鹿なら、取引相手としては悪くない。
その夜、シーマから通信が入った。
画面の向こうで、彼女はいつものように笑っていた。
だが、声は少し低かった。
『本当に止めたのかい』
「約束だからな」
『連邦の約束なんて、紙より軽いと思ってたよ』
「私の判を押した紙なら、少しは重くしてみせる」
シーマは黙った。
長い沈黙だった。
『……あんた、馬鹿だね』
「よく言われる」
『褒めてないよ』
「知っている」
『でも、嫌いじゃない』
そう言って、彼女は通信を切った。
その日から、シーマの通信は少しだけ変わった。
警戒は消えない。
試す言葉も減らない。
だが、刃の角度がわずかに変わった。
こちらを刺すためだけではなく、こちらの強度を確かめるようになった。
--宇宙世紀0082年末--
## 最高司令部極秘通信室
『やぁ、また顔色が悪いね。連邦の大将ってのは、もっと良いものを食べてるのかと思ってたよ』
「食べる時間があればな」
『寝る時間もなさそうだ』
「よく分かるな」
『通信越しでも分かるさ。あんた、毎回少しずつ老けてるよ』
「失礼な」
『事実だろう?』
私は言い返そうとして、机の上の胃薬を見た。
言い返せなかった。
その時、扉が開いた。
副官が顔を出す。
「閣下、医務室から三度目の呼び出しです」
私は思わず目を閉じた。
「後にしてくれ」
「すでに二度、後にしています」
通信画面の向こうで、シーマが声を立てて笑った。
『あんた、本当に大将なのかい? 部下に首輪を付けられてるじゃないか』
「優秀な副官ほど逃げ道を塞ぐものだ」
『そいつは災難だねぇ。私より先に過労で死ぬんじゃないかい?』
「君に心配されるほど落ちぶれたか」
『心配じゃないよ。取引相手に死なれると、請求書の宛先がなくなるだけさ』
「君は本当に性格が悪いな」
『生き残るには必要だったのさ』
その言葉は軽かった。
だが、軽くなかった。
私は彼女を見る。
シーマ・ガラハウは笑っている。
しかし、笑っていない。
彼女の背後には、常に部下たちがいる。
食わせねばならない者たち。
守らねばならない者たち。
帰る場所のない者たち。
彼女は自分のためだけに取引しているのではない。
だからこそ、私は彼女を完全には信用しないが、評価している。
善人ではない。
だが、愚かではない。
危険だが、計算できる。
そして、部下を守るためなら危ない橋を渡る。
ならば、こちらが約束を守り続ければ、彼女は裏切るより協力する方を選ぶ。
信用ではない。
信用した方が得になる状況を作る。
それが、シーマ・ガラハウとの付き合い方だった。
画面の向こうで、シーマもまた、同じようにこちらを見ていた。
連邦は信用しない。
ジオンも信用しない。
大義を語る男どもも信用しない。
だが、あの大将は約束を守る。
金を払うと言えば払った。
負傷兵を治すと言えば治した。
連邦の部隊を止めると言えば、本当に止めた。
そして今も、疲れた顔で、胃薬を横に置きながら、条件の話をする。
馬鹿な男だ。
だが、約束を守る馬鹿なら、計算に入れられる。
シーマにとって、それは信用よりもよほど確かなものだった。
『で、今日は何の話だい? まさか本当に健康相談じゃないだろうね』
「残念ながら違う。デラーズ系の動きについてだ」
その名を出した瞬間、シーマの口元から笑みが消えた。
『……あいつらか』
「接触が増えているのか」
『大義だの、名誉だの、ジオンの魂だの。耳障りのいい言葉を並べてるよ』
「君は乗るのか」
『部下を食わせるには、選べる仕事ばかりじゃないんでね』
「だが、使い捨てにされる仕事もある」
『知ってるよ』
シーマの声が低くなる。
『だから、あんたと話してる』
その一言で、十分だった。
--宇宙世紀0083年直前--
## 最高司令部上層部高官執務室
デラーズ・フリートの動きは、少しずつ不穏さを増していた。
観艦式。
ガンダム開発計画。
旧ジオン残党の再編。
月面企業の影。
そして、シーマ艦隊への接触。
情報は断片ばかりだ。
だが、断片は繋げるためにある。
私は情報局長を呼んだ。
「例の回線を維持しておけ」
「シーマ・ガラハウですか」
「ああ」
情報局長は、いつものように微妙な顔をした。
「信用できますか」
私は少し考えた。
無条件に信用できるか。
否だ。
シーマ・ガラハウは、こちらのために動く女ではない。
連邦に忠誠を誓う女でもない。
大義に酔う女でもない。
彼女は、部下を守るために動く。
損得を読み、約束を試し、危険なら噛みつく。
それでも、こちらが約束を守り、彼女にとって協力が利益になる状況を作れば、彼女は裏切らない。
少なくとも、簡単には。
「信用するしかない相手と、信用した方が得な相手がいる」
私は言った。
「彼女は後者だ」
情報局長は沈黙した。
「閣下らしい判断です」
「褒めているのか?」
「半分は」
「残り半分は?」
「また面倒な女性協力者を抱えた、という感想です」
心外だった。
非常に心外だった。
私はただ、人材を大事にしているだけである。
もっとも、シーマ・ガラハウの場合、人材というより火薬庫に近い。
扱いを誤れば爆発する。
だが、正しく扱えば、こちらの命を救う火にもなる。
## シーマ艦隊旗艦 私室
同じ頃、シーマはデラーズ・フリート側の会合を終え、自艦の私室に戻っていた。
デラーズの連中は、また大義を語っていた。
ジオンの理想。
武人の名誉。
散っていった者たちへの鎮魂。
耳触りはいい。
だが、その言葉の裏で、誰が汚れ仕事を押し付けられるのかを、シーマは知っていた。
大義を語る者ほど、自分の手は汚さない。
汚れるのは、いつも下だ。
そして、都合が悪くなれば捨てられる。
シーマは机の上の暗号端末を見た。
連邦は信用しない。
ジオンも信用しない。
デラーズも信用しない。
だが、あの大将は約束を守った。
金を払った。
負傷兵を治療した。
連邦の部隊を止めた。
通信のたびに疲れた顔をして、馬鹿みたいに書類と条件にこだわり、馬鹿みたいに自分の判を押した約束を守った。
ならば、今回は賭けてもいい。
連邦にではない。
あの男の判を押した約束に。
## 最高司令部極秘通信室
数日後。
観艦式は核の光に呑まれた。
ワイアット大将は戦死し、観閲艦隊は壊滅した。
デラーズ・フリートの次の手が、地球圏そのものを揺るがすものになることは明らかだった。
私は極秘回線を開いた。
長い暗号確認。
複数の中継。
妨害確認。
やがて、画面が開く。
シーマ・ガラハウが映った。
彼女は、いつものように口元だけで笑っていた。
だが、目の奥は笑っていない。
こちらも、おそらく似たような顔をしていたのだろう。
ここから先は、軽口で始まる。
だが、その奥にあるものは軽くない。
私は、彼女を無条件に信用していたわけではない。
彼女もまた、連邦を信用していたわけではない。
それでも、私は知っていた。
シーマ・ガラハウは、部下を守るためなら損得を正確に読む。
約束を守る相手には、約束で返す。
裏切るより協力する方が得だと判断すれば、危険な橋でも渡る。
だから、私は彼女をこう評価した。
信用するしかない相手ではない。
信用した方が得な相手だ、と。
そして彼女もまた、私の約束に賭ける価値があると判断していた。
それで十分だった。
戦場で命を預ける理由など、時にそれだけで足りる。
地球連邦軍上層部は、約束でも多忙です。