地球連邦軍上層部はいつも多忙です。   作:はにわはにわ

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番外編 忘れられた中将

 

## 宇宙世紀0084年。

 

地球連邦軍本部の記録室には、表に出ない戦争が積み上がっている。

 

作戦報告書。

 

査問記録。

 

責任所在確認書。

 

監察部門からの照会。

 

軍法務局からの差し戻し。

 

そして、黒塗りだらけの機密資料。

 

コーウェン中将は、その一枚を黙って見つめていた。

 

地球連邦軍中将。

 

宇宙軍軍務局長。

 

ガンダム開発計画責任者。

 

そして、第三地球軌道艦隊に最も強い影響力を持つ将官。

 

その肩書きだけを見れば、彼は中枢にいた。

 

だが、デラーズ紛争の最中、彼は作戦の中心にはいなかった。

 

ロンド・ベルを動かしたのは最高司令部高官。

 

バスク・オム大佐を月方面へ送ったのも最高司令部高官。

 

シーマ・ガラハウとの極秘線を維持したのも最高司令部。

 

作業船団を動員し、ソーラー・システムIIを待機させ、最終阻止線を組んだのも最高司令部だった。

 

コーウェンは、その中心から外されていた。

 

理由は分かっている。

 

彼は当事者だったからだ。

 

彼の管轄下にあったガンダム開発計画から、ガンダム試作二号機が奪われた。

 

その核が観艦式を焼いた。

 

その後、コロニーが地球へ向かった。

 

自分の計画が、地球を焼きかけた。

 

その事実を前にして、彼が危機対応中枢から外されるのは当然だった。

 

責任者が、責任の発生した作戦を自ら裁くことはできない。

 

だから彼は、会議室の中心には座れなかった。

 

だが、蚊帳の外に置かれても、責任が消えるわけではない。

 

むしろ、外に置かれたことで、自分に何が残っているのかが見えた。

 

コーウェンは、手元の報告書を閉じた。

 

そこには、短くこう書かれていた。

 

ガンダム試作三号機、緊急投入。

 

最高司令部承認。

 

アルビオン隊運用。

 

コロニー落着阻止に寄与。

 

それは、彼に残された最後の責任だった。

 

 

## 動かせなかった艦隊

 

観艦式壊滅の報は、コーウェンの執務室にも届いた。

 

最初に耳にした時、彼は言葉を失った。

 

核。

 

試作二号機。

 

アナベル・ガトー。

 

デラーズ・フリート。

 

それらの単語が、報告書の上で整列していた。

 

あまりにも整いすぎていた。

 

まるで、誰かが彼の責任を指差すためだけに作った文章のようだった。

 

だが、彼は責任を感じるだけで終わってよい立場ではなかった。

 

彼には、本来なら動かせるはずの戦力があった。

 

第三地球軌道艦隊。

 

表向きには地球軌道防衛を担う実戦部隊。

 

だが、ガンダム開発計画、アルビオンの配備、試作機運用の後方支援を考えれば、実質的にはコーウェンが最も強く影響力を持つ艦隊でもあった。

 

観艦式でワイアット大将の主力が壊滅した後、地球圏でまともに動ける数少ない健在戦力。

 

それが第三地球軌道艦隊だった。

 

コーウェンは、そこに出撃命令を出そうとした。

 

だが、止められた。

 

宇宙軍総司令部。

 

コリニー派。

 

観艦式壊滅直後の混乱の中で、彼らは第三地球軌道艦隊を勝手に動かすことを認めなかった。

 

名目は地球軌道防衛。

 

ジャブロー周辺防衛。

 

残存戦力の温存。

 

どれも理屈としては間違っていない。

 

確かに、コンペイトウが焼かれた直後に地球軌道防衛戦力まで動かせば、ジャブロー近傍に穴が開く。

 

だが、コーウェンには分かっていた。

 

それは責任を取りたくない者たちの理屈でもあった。

 

「我が艦隊は何をしている」

 

彼は、思わずそう叫んだ。

 

だが、叫んだだけだった。

 

第三地球軌道艦隊は動かなかった。

 

動かせなかった。

 

結局、前に出たのはアルビオンだった。

 

最新鋭艦とはいえ、一隻の強襲揚陸艦。

 

艦長は老練なシナプス大佐だった。

 

判断力も胆力もある、前線指揮官としては信頼できる男だ。

 

だが、それでも一隻は一隻だった。

 

その艦に、コウ・ウラキ少尉をはじめとする若いパイロットたちが乗っていた。

 

試作機を奪われた悔しさに突き動かされる者たち。

 

現場でしか見えないものを追い続ける者たち。

 

そして、本来なら艦隊単位で支えるべき追撃任務を、ほとんど単艦で背負わされた者たち。

 

それは、コーウェンにとって忘れられない失敗だった。

 

シナプス大佐が未熟だったわけではない。

 

アルビオンが無力だったわけでもない。

 

むしろ、彼らは持ち場でよく戦った。

 

問題は、そこではなかった。

 

権限がなかったわけではない。

 

影響力がなかったわけでもない。

 

第三地球軌道艦隊という、自分が最も強く影響力を持つ戦力があった。

 

だが、宇宙軍総司令部の政治的な壁を破るだけの力が、自分にはなかった。

 

コリニー派に止められた。

 

地球軌道防衛を名目に押し返された。

 

それでも、押し切れなかった。

 

それが、彼の弱さだった。

 

コーウェンは、自分の肩にある階級章を見た。

 

中将。

 

その星は、決して軽くない。

 

大佐ではない。

 

一艦を預かるだけの階級ではない。

 

一個艦隊、一つの局、複数の計画、そして多くの兵の命に責任を持つ階級だ。

 

その階級章を付けていながら、彼は政治の壁の前で止まった。

 

止められたのではない。

 

止まったのだ。

 

その事実が、胸の奥に重く沈んでいた。

 

 

## 最高司令部からの通信

 

副官が青ざめた顔で入ってきた。

 

「中将、最高司令部より緊急照会です」

 

「内容は」

 

「ガンダム開発計画全体の権限凍結、関係施設の封鎖、残存試作機の運用可否、第三地球軌道艦隊の拘束状況、以上です」

 

「来ると思っていた」

 

コーウェンは短く答えた。

 

来ないはずがない。

 

むしろ、遅いくらいだった。

 

試作二号機を奪われた以上、計画責任者である自分は疑われる。

 

管理不備。

 

情報漏洩。

 

アナハイムとの関係。

 

計画の妥当性。

 

そして、第三地球軌道艦隊を前に出せなかった判断。

 

すべてが問われる。

 

「中将、どう回答しますか」

 

「正直に答える」

 

「正直に、ですか」

 

「隠してどうする。隠せば、また誰かが死ぬ」

 

副官は黙った。

 

コーウェンは端末を開いた。

 

試作一号機。

 

試作二号機。

 

試作三号機。

 

関連施設。

 

担当技術者。

 

アナハイムとの契約系統。

 

輸送ルート。

 

保管権限。

 

第三地球軌道艦隊の配備状況。

 

宇宙軍総司令部による出撃制限の記録。

 

そして、まだ表に出していない不備。

 

彼はそれらを最高司令部へ送った。

 

もちろん、すべてを公開するわけではない。

 

軍事機密である。

 

だが、最高司令部の危機対応中枢に必要な情報まで抱え込むつもりはなかった。

 

「中将」

 

副官がためらいがちに言った。

 

「これを送れば、責任を問われます」

 

「問われるために送る」

 

コーウェンは言った。

 

「私の計画が地球を焼きかけた。ならば、私の計画がどこで歪んだかを、私自身が隠すわけにはいかん」

 

その時、最高司令部から直接通信が入った。

 

画面に映ったのは、疲れ切った顔の大将だった。

 

地球連邦軍最高司令部高官。

 

名前を出さずとも、軍中枢で知らぬ者はいない人物だった。

 

『コーウェン中将』

 

「はっ」

 

コーウェンは姿勢を正した。

 

画面の向こうにいる最高司令部高官は、ひどく疲れた顔をしていた。

 

だが、その声は冷えていた。

 

『君の権限は一時凍結する』

 

「承知しています」

 

『不服は』

 

「ありません」

 

『早いな』

 

「不服を申し立てる資格が、今の私にあるとは思えません」

 

最高司令部高官は、しばらく黙っていた。

 

その沈黙が、コーウェンには何より重かった。

 

やがて、最高司令部高官が言った。

 

『私は君に失望している』

 

コーウェンは、目を伏せなかった。

 

「第三地球軌道艦隊の件ですね」

 

『そうだ』

 

最高司令部高官の声には、怒鳴り声より重いものがあった。

 

『君にはアルビオンしかなかったわけではない。第三地球軌道艦隊があった。観艦式後、地球圏で動かせる数少ない健在戦力だ。だが、君はそれを押し出せなかった』

 

「宇宙軍総司令部に止められました」

 

『知っている』

 

最高司令部高官は即答した。

 

『コリニー派が止めたことも、地球軌道防衛を名目に温存を主張したことも知っている。だが、それでも君は動かすべきだった』

 

コーウェンは何も言えなかった。

 

最高司令部高官は、改めて言った。

 

『コーウェン中将』

 

「はい」

 

『君は中将だ』

 

その一言が、重かった。

 

コーウェンは、自分の肩にある階級章の重さを改めて意識した。

 

中将。

 

連邦軍という巨大な軍事組織の中で、艦隊を動かし、軍政に関与し、兵器開発計画を左右できる階級。

 

軽いはずがない。

 

だが、画面の向こうにいる男は、そのさらに上にいる。

 

地球連邦軍大将。

 

地球圏全域に展開する数百万の兵と、無数の艦艇、基地、軍政機構に影響を及ぼし得る階級。

 

人によっては、その階級を権力と呼ぶ。

 

派閥を作り、予算を握り、人事を動かし、政敵を潰し、自らの名を歴史に刻むための道具にする。

 

その気になれば、地球連邦軍大将という階級は、あまりにも巨大な権力を掌中にできる立場だった。

 

だが、この最高司令部高官は違った。

 

少なくとも、コーウェンの知る限り、この男はその権力を自分のためには使わなかった。

 

軍政を動かす時も、艦隊を動かす時も、部下を叱責する時も、責任を取る時も、常に最初に来るのは、市民をどう守るかだった。

 

それは、今に始まったことではない。

 

この男が大将になる前から、コーウェンはその噂を聞いていた。

 

不安定地域での民間人避難。

 

現場部隊を使い潰さない補給計画。

 

失敗した作戦の責任を、現場にだけ押しつけない報告書。

 

軍政側から見れば、面倒な男だった。

 

作戦側から見れば、口うるさい男だった。

 

政治家から見れば、扱いにくい男だった。

 

だが、兵と市民から見れば、必要な男だった。

 

だから、この男は大将になったのだろう。

 

ただ昇進したのではない。

 

この男を大将に押し上げた者たちが、連邦軍と連邦政府の中にいたのだ。

 

それは、腐敗しきったように見える連邦の中にも、まだ責任を理解する者が残っていたという証でもあった。

 

そして今、その男が自分に問うている。

 

中将として、君は何をしたのか。

 

大将という、より重い階級章を背負い、その重さ以上の責任を果たそうとしている男が、画面越しにそう問うている。

 

コーウェンには、逃げ場がなかった。

 

宇宙軍総司令部に止められた。

 

コリニー派に押し返された。

 

地球軌道防衛を名目にされた。

 

それらは事実だ。

 

だが、この男ならどうしたか。

 

この最高司令部高官なら、政治の壁を前にしても、少なくとも壁を叩き続けただろう。

 

必要なら、自分の名で命令を出し、後で査問を受ける覚悟をしただろう。

 

ソーラ・システムIIを撃たずに済む限り撃たず、しかし必要なら全責任を負って撃つ。

 

そういう男だった。

 

コーウェンは、ようやく理解した。

 

自分は、権限がなかったから動けなかったのではない。

 

権限を使い切る覚悟が足りなかったのだ。

 

『連邦軍中将という階級は軽くない。艦隊を預かり、軍政に関わり、何万人もの兵の進退に責任を持つ階級だ。政治の壁があることは分かる。コリニー派が止めたことも分かる。だが、それでもなお、中将には中将として破るべき壁がある』

 

コーウェンは、無言で聞いていた。

 

『シナプス大佐は、一隻の艦長としてできる限りのことをした。老練な大佐として、アルビオンを率い、若い兵たちを抱えながら前に出た』

 

最高司令部高官は続けた。

 

『バスク大佐もそうだ。危うい男だ。私も全面的に信用しているわけではない。だが、少なくとも今回、作業船団防護という任務では、大佐として求められた以上の働きをした』

 

コーウェンの胸に、その言葉が沈んだ。

 

シナプス大佐。

 

バスク大佐。

 

二人とも大佐だった。

 

中将ではない。

 

将官ですらない。

 

だが、それぞれの持ち場で、階級章の重さ以上の働きをした。

 

『では、中将である君はどうだった』

 

その問いは、刃物のようだった。

 

『大佐たちが、それぞれの階級章以上の働きをした時、君は中将として何を背負った。第三地球軌道艦隊を持ちながら、政治の壁の前で止まった。アルビオン一隻に過大な負担をかけた。そこに、私は失望している』

 

「……返す言葉もありません」

 

『階級章は飾りではない。重い権限を持つ者ほど、重い責任を負う。君はそれを知っているはずだ』

 

「知っていたつもりでした」

 

コーウェンは、ようやく言った。

 

「ですが、私はその重さに見合う行動を取れませんでした」

 

『君は無能ではない。だからこそ失望している』

 

その言葉は、罵倒より深く刺さった。

 

無能と言われた方が、まだ楽だった。

 

『君は計画を作れる。艦も機体も用意できる。だが、危機の瞬間に政治の壁を破れなかった。そこが君の弱さだ』

 

「認めます」

 

コーウェンは静かに言った。

 

「私は、第三地球軌道艦隊を動かせませんでした。結果として、アルビオンとその乗員、そして若いパイロットたちに、過大な責任を負わせました」

 

最高司令部高官は、わずかに息を吐いた。

 

『その自覚があるなら、まだ使える』

 

「私を、ですか」

 

『そうだ。君を切り捨てるために通信したのではない。君は危機対応中枢から外す。だが、責任からは逃れられない』

 

コーウェンは画面を見つめた。

 

『試作機、ラビアンローズ、アナハイム、第三地球軌道艦隊の拘束状況。知っていることを全て出せ。中将としてできなかったことを、責任者として補え』

 

「すでに送信を開始しています」

 

『助かる』

 

その一言は短かった。

 

だが、コーウェンには重かった。

 

助かる。

 

失望していると言った相手が、それでもそう言った。

 

『もう一つ』

 

「何でしょうか」

 

『自己弁護に時間を使うな。失敗を隠すな。地球を守るための情報を出せ。査問は後だ』

 

「了解しました」

 

『蚊帳の外にいても、責任者にできる仕事はある』

 

通信が切れた。

 

コーウェンは、しばらく黒い画面を見ていた。

 

失望されている。

 

当然だ。

 

だが、まだ使われている。

 

ならば、逃げるわけにはいかなかった。

 

 

## ラビアンローズへの道

 

星の屑作戦が動き出してから、コーウェンの執務室は別の戦場になった。

 

彼には、艦隊を自由に動かす権限はない。

 

ロンド・ベルへ直接命令する権限もない。

 

バスク艦隊を指揮する立場でもない。

 

シーマ艦隊との極秘通信にも関与できない。

 

第三地球軌道艦隊は、いまだ宇宙軍総司令部の名目上の拘束を受けている。

 

だが、彼には知っていることがあった。

 

ガンダム開発計画。

 

試作三号機。

 

ラビアンローズ。

 

アナハイムとの契約文書。

 

運用試験データ。

 

未承認の補給申請。

 

そして、誰が何を隠したがっているか。

 

「アルビオンの現在位置は」

 

「月遷移軌道外縁。ラビアンローズへの接触可能性あり」

 

「試作三号機の搬出権限は」

 

「現在、最高司令部の凍結命令により停止中です」

 

「停止中でよい。勝手に動かせば責任問題になる」

 

「では」

 

「最高司令部へ運用可否照会を出す。試作三号機を、緊急阻止任務用の機材として再分類する」

 

副官が目を見開いた。

 

「機材、ですか」

 

「兵器として出せば、政治部門が止める。凍結中のガンダムを勝手に動かす話になるからだ」

 

「では、機材として?」

 

「コロニー姿勢制御部への干渉、推進軸乱流形成、作業船団牽引支援。目的を破壊ではなく、阻止作業支援に限定する」

 

副官は理解した。

 

「最高司令部の作業船団構想に組み込むのですね」

 

「そうだ」

 

コーウェンは端末へ命令文を打ち込んだ。

 

ガンダム試作三号機。

 

本来なら、連邦軍の次世代戦闘体系を試験するための機体。

 

だが、今は違う。

 

地球へ落ちるコロニーを、わずかでも逸らすための巨大な作業機械。

 

それでよかった。

 

むしろ、その方がよかった。

 

兵器として生まれたものが、最後に地球を救うための道具になる。

 

その皮肉を、コーウェンは笑えなかった。

 

「中将」

 

別の士官が言った。

 

「ラビアンローズ側から、アナハイム担当者が搬出承認に難色を示しています」

 

「理由は」

 

「最高司令部の正式命令がない限り、凍結対象装備を移動させられないと」

 

「建前としては正しい」

 

コーウェンは言った。

 

「だが、今はその建前が邪魔になる」

 

「どうしますか」

 

「最高司令部に、私の署名入りで照会を出す。試作三号機の運用に伴う技術責任は私が負う。作戦責任は最高司令部が持つ。法務責任は後で査問に回せ、と」

 

「中将、それでは」

 

「どうせ査問にはかかる」

 

コーウェンは静かに言った。

 

「なら、今さら書類一枚を惜しむ理由はない」

 

彼は送信キーを押した。

 

数分後、最高司令部から返信が来た。

 

簡潔だった。

 

試作三号機、緊急運用承認。

 

任務はコロニー姿勢制御部への干渉、および作業船団牽引支援。

 

運用はアルビオン隊。

 

技術責任はコーウェン中将。

 

作戦責任は最高司令部。

 

搭乗者の帰還を前提とすること。

 

最後の一文を読んだ時、コーウェンは少しだけ目を閉じた。

 

搭乗者の帰還を前提とすること。

 

あの大将らしい。

 

「アルビオンへ送れ」

 

「はい」

 

「技術資料も全て送る。火器管制の簡略化手順、姿勢制御部への推奨攻撃点、過負荷時の脱出手順もだ」

 

「脱出手順まで?」

 

「若い少尉を棺桶に乗せるつもりはない」

 

コーウェンは端末を見つめた。

 

コウ・ウラキ少尉。

 

試作一号機のパイロット。

 

試作二号機を奪還できなかった若者。

 

責任を感じているだろう。

 

怒りもあるだろう。

 

だが、だからといって使い潰してよい理由にはならない。

 

「私の計画は、すでに多くの若者を巻き込んだ」

 

コーウェンは小さく呟いた。

 

「せめて、帰る道くらいは残す」

 

 

## 蚊帳の外の男

 

最終阻止戦の間、コーウェンは最高司令部第1会議室にはいなかった。

 

そこに座る資格はなかった。

 

彼は別室で、ラビアンローズ、アルビオン、技術班、最高司令部との通信を束ねていた。

 

戦況図の中心に自分の名前はない。

 

誰も、彼の名を呼ばない。

 

ロンド・ベルはアムロとブライトが前に出た。

 

バスク艦隊は作業船団を守った。

 

シーマ艦隊は管制データを送った。

 

アルビオンはコウを出した。

 

最高司令部高官は、ソーラー・システムIIの照射判断を握っていた。

 

コーウェンは、そのどれにも直接名を残さない。

 

副官が、気遣うように言った。

 

「中将、よろしいのですか」

 

「何がだ」

 

「このままでは、試作三号機投入に中将が関与したことも、ほとんど表には残りません」

 

「記録には残る」

 

「公には、です」

 

コーウェンは少しだけ笑った。

 

「公に称賛されたいなら、私はこの仕事を選んでいない」

 

「しかし」

 

「私の計画が、核を撃った」

 

副官は黙った。

 

「それだけで十分だ。称賛を求める資格はない」

 

「ですが、試作三号機がなければ」

 

「地球を救えなかったかもしれない。そういう話にしたい者も出るだろう」

 

コーウェンは戦況図を見た。

 

「だが違う。地球を救ったのは、一機のガンダムではない」

 

彼は指で光点を示した。

 

作業船団。

 

ロンド・ベル。

 

シーマ艦隊。

 

バスク艦隊。

 

アルビオン。

 

最高司令部。

 

それらが重なっている。

 

「試作三号機は、道具の一つだ。私が残したのは道具だ。道具は、使う者と、支える者がいて初めて意味を持つ」

 

副官は、何も言えなかった。

 

その時、通信士が叫んだ。

 

「試作三号機、姿勢制御部への攻撃開始!」

 

「作業船団、牽引開始!」

 

「コロニー軌道、変化!」

 

コーウェンは立ち上がった。

 

自分の計画が、今度は地球を救う側に回った。

 

そう思うことはできる。

 

だが、それで罪が消えるわけではない。

 

観艦式で消えた艦隊は戻らない。

 

試作二号機を奪われた事実も消えない。

 

第三地球軌道艦隊を押し出せなかった失敗も消えない。

 

それでも、今は祈るしかない。

 

いや。

 

祈るだけではない。

 

「試作三号機の推進剤残量は」

 

「減少中。まだ機動可能」

 

「姿勢制御部への次弾推奨角を送れ。過負荷警告も付けろ。ウラキ少尉に、接近しすぎるなと伝えろ」

 

「了解!」

 

蚊帳の外にいても、責任者にできる仕事はある。

 

コーウェンは、その言葉をもう一度思い出した。

 

 

## 戦後査問

 

星の屑作戦は失敗した。

 

コロニーは地球に届かなかった。

 

その報が届いた時、コーウェンは椅子に座り込んだ。

 

歓声は上げなかった。

 

上げる資格がないと思った。

 

ただ、目を閉じた。

 

「地球は……守られたか」

 

「はい、中将」

 

副官の声も震えていた。

 

「コロニー、地球落着コースから逸脱。破片被害は最小限とのことです」

 

「そうか」

 

コーウェンは短く答えた。

 

その直後、彼は端末を開いた。

 

「中将?」

 

「ガンダム開発計画関連資料を整理する」

 

「今ですか」

 

「今だ」

 

彼は淡々と言った。

 

「勝った直後が一番危ない。誰もが都合の悪いものを隠したがる。責任を勝利の陰に埋めたがる。私はそれを許す立場ではない」

 

「ご自身の責任も含めて、ですか」

 

「当然だ」

 

コーウェンは、試作二号機の管理系統から順に資料を整理し始めた。

 

搬入記録。

 

保全記録。

 

人員照合。

 

アナハイムとの契約分岐。

 

計画凍結時の指示。

 

第三地球軌道艦隊の出撃制限記録。

 

試作三号機緊急運用承認。

 

それらを一つずつ、監察部門へ送る。

 

翌日、彼は正式に査問へ呼ばれた。

 

場所は最高司令部内の監察会議室。

 

出席者は、軍監察部、法務局、国防総省系の行政官、そして最高司令部の将官数名。

 

その中に、最高司令部高官もいた。

 

いつものように疲れた顔をしている。

 

机の上には大量の資料。

 

横には副官。

 

そして、明らかに医務室から持ち込まれたと思われる薬包が見えた。

 

コーウェンは敬礼した。

 

「コーウェン中将、出頭しました」

 

「座れ」

 

最高司令部高官は言った。

 

「これは裁判ではない。だが、言い訳の場でもない」

 

「承知しています」

 

監察官が資料を読み上げる。

 

ガンダム開発計画の管理不備。

 

試作二号機強奪。

 

核使用。

 

第三地球軌道艦隊の不投入。

 

試作三号機緊急運用。

 

アナハイムとの契約構造。

 

機密保持違反の疑い。

 

責任は重かった。

 

当然だった。

 

やがて、監察官が問う。

 

「コーウェン中将。あなたは、ガンダム開発計画責任者として、自らの責任をどう認識しているか」

 

コーウェンは静かに答えた。

 

「私の計画が、連邦艦隊を焼いた」

 

部屋の空気が重くなる。

 

「そして、私の計画の残存機が、コロニー落着阻止に寄与した」

 

彼は続けた。

 

「前者の責任は、後者の成果で相殺されるものではありません」

 

最高司令部高官が、黙ってコーウェンを見ていた。

 

コーウェンは言った。

 

「また、私は第三地球軌道艦隊を押し出せませんでした。宇宙軍総司令部の制止があったとはいえ、それを破るだけの政治力も、覚悟も、あの時の私には足りなかった」

 

「それを認めるか」

 

最高司令部高官が問う。

 

「認めます」

 

コーウェンは答えた。

 

「アルビオンとシナプス大佐、そして若いパイロットたちに、過大な負担をかけました」

 

「シナプス大佐はよくやった」

 

「はい」

 

「アルビオン隊もだ」

 

「はい」

 

「ならば、なおさら君の責任は軽くならない」

 

「承知しています」

 

法務局の将官が言った。

 

「自分の失敗を認めた上で、なお軍に残るつもりか」

 

「軍に残るかどうかは、私が決めることではありません」

 

コーウェンは答えた。

 

「ただ、私ほどこの失敗の構造を知っている者も少ない。処分される前に、必要な記録は残します」

 

監察官が問う。

 

「何を求める」

 

「技術監査です」

 

コーウェンは答えた。

 

「ガンダム開発計画の全面凍結は当然です。ですが、記録抹消のみで終わらせてはならない。アナハイムとの契約系統、軍内部の承認経路、核装備の管理基準、試作機運用の法的制限、宇宙軍総司令部と第三地球軌道艦隊の指揮権整理。それらを検証し、次の兵器開発と危機対応へ反映させる必要があります」

 

沈黙。

 

その後、最高司令部高官が口を開いた。

 

「君を無罪にするつもりはない」

 

「承知しています」

 

「栄転もない」

 

「必要ありません」

 

「ガンダム開発計画は凍結。関係記録は封印。ただし、監察部と技術監査部門の管理下で検証を継続する。君はその技術監査に協力してもらう」

 

監察官が眉を動かした。

 

「閣下、それは処分としては甘いのでは」

 

「甘くない」

 

最高司令部高官は低く言った。

 

「責任者を切って、書類を燃やして、全てを終わったことにする方がよほど甘い。楽だからな」

 

部屋が静まり返る。

 

「コーウェン中将には責任を取らせる。指揮権は停止。開発権限も剥奪。監察下で、計画の失敗構造を全て吐き出してもらう」

 

最高司令部高官は、疲れた顔のまま続けた。

 

「政治的な処刑ではなく、責任として働かせる」

 

コーウェンは、思わず顔を上げた。

 

「私を、まだ使うのですか」

 

「使う」

 

即答だった。

 

「君が作ったものが災厄になった。君が動かせなかった艦隊があった。ならば、君にはその災厄がどう生まれ、なぜ動かせるはずの戦力が動かなかったのかを最後まで説明する義務がある。逃げることも、英雄になることも許さん」

 

コーウェンは、ゆっくりと頭を下げた。

 

「了解しました」

 

その時、最高司令部高官の副官が小声で言った。

 

「閣下、ご自身にも同じことを仰っていますか」

 

「今それを言うか」

 

「今だからです」

 

監察会議室の空気が、わずかに緩んだ。

 

コーウェンは、そのやり取りを見ていた。

 

この大将も、逃げていない。

 

ソーラ・システムIIを撃たなかった責任。

 

撃つ覚悟を持ちながら撃たなかった判断。

 

シーマ艦隊を保護した責任。

 

ガトーを捕虜として扱う責任。

 

全てを背負おうとしている。

 

だからこそ、コーウェンも逃げられない。

 

階級章の重さ

 

監察会議の後、コーウェンは一人で控室にいた。

 

軍服の肩に手をやる。

 

そこには、中将の階級章があった。

 

重い。

 

これほど重かったのかと、今さら思った。

 

シナプス大佐は、アルビオン一隻で前に出た。

 

老練な艦長として、若い兵たちを抱え、無茶な任務の中で艦を動かし続けた。

 

バスク大佐は、危うい男だった。

 

だが、作業船団防護では、敵撃滅の衝動を抑え、命令された任務を最後まで遂行した。

 

二人とも大佐だった。

 

大佐としての権限しか持たない者たちが、その階級以上の重さを背負った。

 

では、自分はどうだったのか。

 

中将である自分は。

 

第三地球軌道艦隊に影響力を持ち、宇宙軍軍務局長として軍政に関わり、ガンダム開発計画を動かした自分は。

 

政治の壁を前に、止まった。

 

止められたのではない。

 

止まったのだ。

 

コリニー派の制止。

 

地球軌道防衛という名目。

 

残存戦力温存という理屈。

 

それらは確かに存在した。

 

だが、それを破ってでも動かすだけの覚悟を、自分は持てなかった。

 

その結果、アルビオンが前に出た。

 

シナプス大佐が前に出た。

 

コウ・ウラキ少尉が前に出た。

 

本来なら中将である自分が背負うべき重さの一部を、彼らに押しつけた。

 

階級章は飾りではない。

 

最高司令部高官の言葉が、今も耳に残っている。

 

コーウェンは、机の上に置かれた監査資料を見た。

 

ならば、今度こそ逃げるわけにはいかない。

 

艦隊を動かせなかった中将として。

 

計画を推進した責任者として。

 

そして、まだ記録を残す権限だけは与えられている軍人として。

 

自分は、この階級章の重さに、遅れてでも応えなければならなかった。

 

監察下の中将

 

数週間後。

 

コーウェン中将は、以前より狭い執務室にいた。

 

肩書きは変わった。

 

ガンダム開発計画責任者ではない。

 

最高司令部監察下、技術監査協力官。

 

事実上の降格に近い配置だった。

 

指揮権はない。

 

新規開発権限もない。

 

艦隊を動かすこともできない。

 

だが、資料は山のように積まれている。

 

アナハイムとの契約。

 

核装備管理基準。

 

試作機保全規定。

 

技術情報の軍内共有ルート。

 

第三地球軌道艦隊の指揮権整理。

 

そして、デラーズ紛争に関する非公開検証記録。

 

副官が言った。

 

「中将、これは閑職でしょうか」

 

「違う」

 

コーウェンは即答した。

 

「墓場だ」

 

副官が固まる。

 

コーウェンは少しだけ笑った。

 

「冗談だ」

 

「冗談に聞こえません」

 

「半分は本気だ」

 

彼は資料を一枚めくった。

 

「だが、墓場でも記録は残せる」

 

その時、端末に新しい通知が入った。

 

最高司令部からだった。

 

発信者は、あの大将。

 

内容は短い。

 

アナハイム関与疑惑に関する技術照会。

 

月面推進剤供給線。

 

産業用レーザー施設。

 

試作機関連契約との接点。

 

第三地球軌道艦隊の拘束に関わった宇宙軍総司令部側の命令系統。

 

コーウェンはしばらく文面を見ていた。

 

戦後処理は終わっていない。

 

むしろ、ここから始まる。

 

副官が尋ねる。

 

「返信しますか」

 

「当然だ」

 

「どのように」

 

コーウェンは端末に指を置いた。

 

「知っていることは全て出す。知らないことは、知らないと書く。疑わしいことは、疑わしいと書く」

 

「それでよろしいのですか」

 

「責任者の仕事だ」

 

コーウェンは入力を始めた。

 

自分は、歴史の表には残らないかもしれない。

 

ガンダム開発計画は封印される。

 

試作機の記録も、多くは黒塗りになる。

 

観艦式を焼いた責任だけが残るかもしれない。

 

第三地球軌道艦隊を動かせなかった弱さも、内部記録にだけ残るかもしれない。

 

それでもいい。

 

地球は焼けなかった。

 

試作三号機は、破壊ではなく阻止のために使われた。

 

コウ・ウラキは帰ってきた。

 

シナプス大佐とアルビオン隊も、生きて報告書を書ける場所へ戻った。

 

その事実があれば、まだ仕事は続けられる。

 

「中将」

 

副官が静かに言った。

 

「ご自身は、蚊帳の外だったと思われますか」

 

コーウェンは手を止めた。

 

少し考える。

 

「作戦の中心にはいなかった」

 

「はい」

 

「だが、蚊帳の外ではなかったのかもしれんな」

 

「と言いますと」

 

「責任の内側にはいた」

 

副官は何も言わなかった。

 

コーウェンは、窓の外を見た。

 

宇宙には、まだ火種がある。

 

ジオン残党。

 

連邦強硬派。

 

アナハイム。

 

そして、地球と宇宙の不信。

 

彼の作った兵器は、その火種に油を注いだ。

 

彼の動かせなかった艦隊は、アルビオンに過大な負担をかけた。

 

だが、同時に、一つの災厄を止める道具も残した。

 

その矛盾を抱えたまま、彼は生きていくしかない。

 

「私の計画が地球を焼きかけた」

 

コーウェンは静かに言った。

 

「そして、私の弱さが現場に重荷を背負わせた」

 

副官は、黙って聞いていた。

 

「ならば、私の残りの仕事は、同じ火を二度と起こさせないことだ」

 

副官は敬礼した。

 

「了解しました」

 

コーウェンは端末に向き直った。

 

最高司令部への返信文を作成する。

 

黒塗りになるかもしれない報告書。

 

誰にも読まれないかもしれない監査記録。

 

それでも、記録は残す。

 

責任から逃げないために。

 

そして、いつか誰かが同じ過ちの前で立ち止まるために。

 

忘れられた中将は、今日も机に向かった。

 

表に出ない戦後処理の中で、彼はようやく、自分に残された戦場を見つけていた。

 

地球連邦軍上層部は、いつも多忙です。

 

そして、蚊帳の外にいた者たちにも、終わらない仕事がある。

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