地球連邦軍上層部はいつも多忙です。   作:はにわはにわ

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第四話 治安部隊構想

 

◆地球連邦軍最高司令部第1会議室

 

U.C.0084年春。

 

ジャブロー地下の会議室に、朝はない。

 

壁面の時刻表示が午前を示しても、厚い構造壁の向こうから光が差すことはなかった。低く唸る空調音と、会議卓に投影された資料だけが、時間の進みを知らせている。

 

会議卓の端には、前日から処理しきれていない案件が残っていた。

 

・救難完了率

・デラーズ座乗艦拿捕記録

・エギーユ・デラーズ遺体確認報告

・アクシス方面接触阻止報告

・ガトー捕虜収容艦移送後記録

・シーマ艦隊証言保全状況

・民間作業船団補償窓口設置状況

・退役者台帳更新状況

 

その下に、新しい資料が差し込まれている。

 

地球圏治安維持特別部隊構想。

 

上申者は、宇宙軍総司令部の中将。

 

宇宙軍総司令部内でも、対スペースノイド強硬派として知られる男である。

 

資料作成補佐欄には、別の名があった。

 

ジャミトフ・ハイマン准将。

 

宇宙軍総司令部総務局次長。

 

准将では、この規模の軍制構想を単独で最高司令部へ上げるには軽い。だから中将が前に立った。形式としては通る。

 

だが、資料の構成、予算の組み方、人員選抜基準の細かさ、そして治安維持という言葉の置き方を見れば、誰が実際に設計したかは分かった。

 

私は資料の一頁目から目を離した。

 

「副官」

 

「はい」

 

「この資料を作った者は、よく仕事をしている」

 

「褒め言葉として記録しますか」

 

「やめろ。後で本人が調子に乗る」

 

「では、『資料精度は高いが、要注意』としておきます」

 

「それでいい」

 

副官は淡々と入力した。

 

会議室には、作戦局、監察部、法務局、情報局、人事局、技術監査部、宇宙軍総司令部代表、国防総省の官僚が揃っている。

 

ロンド・ベル関係では、任務範囲確認書が作戦局資料に添付されていた。

 

・初動即応

・救難初動

・監察支援

・最高司令部命令の現場執行

・限定軍事行動

・民間人避難支援

・記録保全

 

平時の住民監視は含まれない。

 

その紙一枚で、今は十分だった。

 

宇宙軍総司令部の中将が、正面席に座っている。その後方に、ジャミトフ准将が控えていた。

 

彼は前に出すぎない。

 

だが、資料の細部について問われれば、すぐに答えられる位置にいる。

 

その配置だけで、この構想の実態は見えた。

 

「始める」

 

副官が記録を開始した。

 

宇宙軍総司令部の中将が口を開く。

 

「本構想は、デラーズ紛争後の地球圏治安維持を目的とするものです。観艦式被害、コロニー落とし未遂、ジオン残党の再結集、コロニー各地における反連邦運動の活発化を踏まえ、既存部隊とは別に、広域治安即応能力を持つ特別部隊の整備が必要と考えます」

 

言葉は妥当だった。

 

妥当すぎるほどに。

 

だから危ない。

 

 

◆同会議室 構想説明

 

会議卓に、構想の目的が並んだ。

 

・ジオン残党対策

・コロニー暴動予防

・反連邦活動監視

・地球圏防衛強化

・観艦式後の治安不安対策

・コロニー落とし未遂後の再発防止

・スペースノイド地域での治安維持支援

 

宇宙軍総司令部の中将は、資料に沿って説明を続けた。

 

「通常艦隊は戦争に対応する組織です。しかし、平時の治安、広域監視、予防的対応には向きません。コロニー駐留軍は各コロニーごとの対応には有効ですが、複数コロニーを横断する反連邦活動には対応が遅れる恐れがあります」

 

資料が切り替わる。

 

・コロニー駐留軍

・宇宙軍総司令部

・ロンド・ベル

・地球圏治安維持特別部隊構想

 

それぞれの任務が比較されていた。

 

「ロンド・ベルは最高司令部直轄即応部隊として、星の屑作戦でも救難初動と限定軍事行動に有効でした。しかし、危機発生後に動く部隊であり、平時の治安監視や予防措置を主目的とするものではありません」

 

中将は、横へ視線を流した。

 

ジャミトフ准将が、一歩だけ前に出る。

 

「補足してもよろしいでしょうか」

 

「許可する」

 

ジャミトフは、丁寧に敬礼した。

 

「ロンド・ベル、コロニー駐留軍、宇宙軍総司令部のいずれも必要な組織です。ただ、今回の事案で明らかになったのは、残党組織、政治的扇動、物流、宇宙港、民間協力者が結合した場合、通常の軍事配置だけでは発生前の兆候を捉えきれないという点です」

 

声は落ち着いていた。

 

感情的な復讐者の声ではない。

 

もっと冷たい。

 

「治安維持には、軍事作戦とは異なる情報の集約、広域の人員配置、事前接触、港湾・物流・居住区管理者との協力が必要です。残党が武装蜂起してから艦隊を動かすのでは、再び市民を危険に晒すことになります」

 

国防総省の官僚が、わずかに頷いた。

 

議会に説明しやすい言葉だった。

 

”予防”

”市民保護”

”再発防止”

 

恐怖を抱えた議員たちが好む単語である。

 

私は、資料の中の一語に印を付けた。

 

”予防的接触”

 

便利な言葉だった。

 

便利すぎる。

 

「ジャミトフ准将」

 

「はい」

 

「予防的接触とは、具体的に何を指す」

 

ジャミトフは即答しなかった。一拍置いてから答える。

 

「反連邦活動に関与する疑いのある団体、港湾関係者、輸送事業者、居住区管理者への事前確認、協力要請、情報聴取を想定しています」

 

「任意か」

 

「原則としては」

 

「原則から外れる場合は」

 

会議室の視線が、ジャミトフに集まった。

 

彼は表情を変えなかった。

 

「危険性が高い場合、拘束権限を持つ部局との連携が必要になると考えます」

 

法務局の将校が、資料へ印を付けた。

 

私は、会議卓に指を置いた。

 

「便利な言葉を使うな」

 

ジャミトフの目が、わずかに細くなる。

 

「治安維持という言葉は便利だ。住民監視にも、予防拘束にも、武力鎮圧にも使える」

 

宇宙軍総司令部の中将が、やや身を乗り出した。

 

「閣下、我々はコロニー住民を敵視しているわけではありません」

 

「ならば、そのように制度を書け」

 

私は答えた。

 

「善意や理念は、現場の暴走を止めない。命令書と記録義務だけが、後で誰が何をしたかを残す」

 

 

◆同会議室 任務境界と既存部隊

 

作戦局が、既存部隊との任務分界案を表示した。

 

・コロニー駐留軍:各コロニーにおける一次治安対応、施設防護、住民避難支援

・宇宙軍総司令部:宙域防衛、艦隊運用、長期追跡、封鎖、広域軍事作戦

・ロンド・ベル:初動即応、救難初動、監察支援、最高司令部命令の現場執行、限定軍事行動

・地球圏治安維持特別部隊構想:広域治安情報、残党対策、反連邦活動監視、治安維持支援、予防措置

 

最後の欄だけが、広い。

 

あまりに広い。

 

宇宙軍総司令部代表の将官が、慎重に発言した。

 

「宇宙軍総司令部としても、任務境界の明文化は必要と考えます。コロニー近傍での武装行動指揮が二重化すれば、現場の混乱を招きます」

 

「当然だ」

 

私は頷いた。

 

「コロニーには駐留軍がある。宇宙には宇宙軍総司令部がある。ロンド・ベルもある。その上に特別治安部隊を置くなら、境界を文字で縛る」

 

監察部長が、生ログ提出義務の項目を開いた。

 

「出動理由、交戦理由、拘束理由、民間人対応、捕虜・容疑者処遇、撤収条件。全て記録対象とする案でよろしいですか」

 

「それに加えろ」

 

私は言った。

 

「住民情報の取得理由。情報提供者の扱い。任意聴取と拘束の区別。現地駐留軍への通知時刻。宇宙軍総司令部との連絡記録。ロンド・ベルに支援要請を出した場合の理由」

 

監察部長は、わずかに目を伏せた。

 

項目が増えたからだろう。

 

その気持ちは分かる。

 

だが減らす気はない。

 

法務局が続ける。

 

「予防拘束については、明確な法的根拠がない限り、治安部隊単独では認めない方針とします」

 

「そうしろ」

 

私は、ジャミトフへ視線を戻した。

 

「連邦軍内部に置くなら、最高司令部監察下だ。生ログ、民間人処遇、捕虜処遇、容疑者処遇、出動理由、撤収条件を提出させる」

 

ジャミトフは、静かに答えた。

 

「監察の必要性は理解します」

 

「理解するだけでは足りない。嫌がる部隊になる前に、嫌でも出させる仕組みにする」

 

会議卓に、人員選抜案が表示された。

 

・志願制

・対残党戦経験者優先

・治安任務経験者優先

・地球圏防衛意識の高い者

・思想調査記録の参照

・所属長推薦

・勤務評定確認

 

その一文を見て、私は眉を動かした。

 

「人事局」

 

「はい」

 

「地球圏防衛意識の高い者、とは誰が判定する」

 

人事局の将校は、資料を確認してから答えた。

 

「現案では、所属長推薦、勤務評定、対残党戦経験、思想調査記録を総合する形です」

 

「思想調査記録という言葉を軽く使うな」

 

法務局が再び印を付ける。

 

「反スペースノイド思想の強い者、過剰な復讐志向を持つ者、軍紀違反歴のある者を中核に置くな」

 

宇宙軍総司令部の中将が、表情を硬くした。

 

「閣下、対残党戦には強い意志を持つ者が必要です」

 

「強い意志と、歯止めのない憎悪は別物だ」

 

私は言った。

 

「残党を撃つ部隊は必要だ。住民をまとめて敵視する部隊はいらん」

 

ジャミトフは黙っていた。

 

彼本人は、感情的な復讐者ではない。

 

私腹を肥やすだけの男でもない。

 

有能で、清廉で、組織を動かす能力がある。

 

だから厄介だった。

 

腐った男なら、腐敗を突けば倒せる。

 

だが、清廉な男が危険な理想を持つ時、説得は難しい。

 

 

◆同会議室 研究機関利用に関する確認

 

技術監査部が、構想資料の末尾に付された研究機関連携案を表示した。

 

・医療研究機関

・精神医学研究部門

・ニュータイプ適性研究

・強化措置

・被疑者心理分析

・情報局との共同運用

 

会議室の温度が、わずかに下がった気がした。

 

私は、資料のその部分をしばらく見た。

 

「これは誰が入れた」

 

宇宙軍総司令部の中将が答える前に、ジャミトフが口を開いた。

 

「草案段階で、関連研究機関との情報共有可能性を整理したものです」

 

「可能性か」

 

「現時点で、具体的運用を決定したものではありません」

 

「なら、先に禁止事項を書く」

 

技術監査部が、端末を構えた。

 

「治安部隊による研究機関の独自利用は禁止。ニュータイプ研究、精神医学研究、強化措置に関する運用は、最高司令部承認事項とする。被疑者、捕虜、民間人、未成年者を、治安任務の延長で研究対象に回すことは認めない」

 

法務局が、すぐに条項化の印を入れた。

 

ジャミトフの目が、少しだけ細くなる。

 

怒りではない。

 

計算している顔だった。

 

「閣下は、研究機関連携そのものを否定されるのですか」

 

「否定はしない」

 

私は答えた。

 

「だが、治安部隊が研究対象を探すようになれば終わりだ。軍事と治安と研究が一つに混ざれば、誰も止められなくなる」

 

情報局長が、わずかに頷いた。

 

ムラサメ研究所。

 

オーガスタ研究所。

 

ニュータイプ研究。

 

連邦軍の内部にも、既に扱いの難しい研究はある。

 

今はまだ、全てが破綻しているわけではない。

 

穏健な育成研究として残せるものもある。

 

だが、治安部隊の手に渡れば話は変わる。

 

”容疑者”

”孤児”

”捕虜”

”適性者”

 

呼び名を変えるだけで、人間が材料になる。

 

「この項目は、削除ではなく制限条項へ移せ」

 

技術監査部が確認する。

 

「研究機関利用には最高司令部承認。独自運用禁止。被験者保護規定を添付。情報局、法務局、技術監査部の三者確認」

 

「それで進めろ」

 

副官が、その条項を記録した。

 

「閣下」

 

「何だ」

 

「この調子ですと、構想資料より制約条項の方が厚くなります」

 

「良いことだ」

 

「提出する側は嫌がるかと」

 

「だから厚くする」

 

副官は、それ以上何も言わなかった。

 

宇宙軍総司令部の中将は、不満を隠しきれない顔をしている。

 

ジャミトフは、静かだった。

 

静かすぎるほどに。

 

 

◆同会議室 制約案提示

 

最終的に、最高司令部側の制約案は、会議卓を埋めた。

 

・最高司令部監察下

・生ログ提出義務

・民間人処遇記録

・捕虜・容疑者処遇記録

・コロニー常駐監視禁止

・コロニー駐留軍の指揮権侵害禁止

・宇宙軍総司令部との任務分界

・ロンド・ベルとの任務重複禁止

・研究機関利用には最高司令部承認

・ニュータイプ研究、精神医学研究、強化措置に関する独自運用禁止

・人員選抜に監察部確認

・反スペースノイド思想、過剰な復讐志向、軍紀違反歴のある者を中核に据えない

・出動理由、交戦理由、拘束理由、撤収条件の記録

・現場指揮官に民間人保護義務を明示

 

法務局が条項番号を振っていく。

 

監察部が、記録提出先を整理する。

 

作戦局が、既存部隊との分界線を引く。

 

人事局が、人員選抜基準の再作成を始める。

 

国防総省の官僚は、議会説明用の表現を考えている顔をしていた。

 

宇宙軍総司令部の中将は、明らかに面白くない顔をしている。

 

だが、最高司令部の審査会議である。

 

この場で正面から拒めば、構想の危険性を自ら認める形になる。

 

「本構想の必要性は、一部認める」

 

私は言った。

 

「ジオン残党対策も、広域治安情報も、コロニー落とし未遂後の”再発防止”も必要だ。だが、必要な部隊ほど制約を外してはならない」

 

宇宙軍総司令部の中将が、低い声で答えた。

 

「最高司令部の懸念は理解しました。構想を修正し、再提出いたします」

 

「ジャミトフ准将」

 

「はい」

 

「君もだ」

 

ジャミトフは、静かに敬礼した。

 

「承知しました」

 

「資料はよくできている。だが、よくできているから危ない。現場が勝手に解釈できる余地を削れ」

 

「閣下の御懸念は、反映いたします」

 

言葉は丁寧だった。

 

だが、その目は別のものを見ていた。

 

連邦軍内部に置けば、縛られる。

 

最高司令部監察下に置けば、記録を出さなければならない。

 

研究機関も自由には使えない。

 

人員も選ばれる。

 

”予防”という言葉の範囲も削られる。

 

ジャミトフは、それを理解していた。

 

理解したうえで、受け入れる顔をしていた。

 

有能な人間の厄介さは、そこにある。

 

負けた顔をしない。

 

次の経路を探す。

 

 

◆最高司令部 資料整理室

 

会議後、副官は、制約案の束を整理していた。

 

紙ではない。

 

端末上の資料だ。

 

それでも、束という言葉が似合う量だった。

 

・治安部隊構想

・最高司令部制約案

・法務補足

・監察部追加項目

・技術監査部意見

・ロンド・ベル任務範囲確認書

・人事局再選抜基準

・退役者台帳更新状況

 

最後の項目で、副官は手を止めた。

 

退役者台帳は、当初、戦後の人材流出と再雇用状況を追うためのものだった。

 

だが今は、別の意味を持ち始めている。

 

・退役整備兵

・港湾関係者

・民間船籍管理会社へ移った元事務官

・旧公社物流担当

・月面医療組合に再就職した軍医

・コロニー駐留軍OB

 

彼らの中には、正規の情報網では拾えない生活の匂いを知る者がいる。

 

どの港で薬が消えたか。

 

どの船籍が名義だけ変わったか。

 

どの旧ジオン系技術者が仕事を失いかけているか。

 

どの保険業者が不自然に問い合わせを受けたか。

 

まだ断片でしかない。

 

だが、断片は断片として残す必要がある。

 

副官は、退役者台帳更新状況の行に注記を加えた。

 

・治安部隊構想関連

・港湾関係者再照会

・医療組合関係者再照会

・民間船籍管理会社再照会

・旧公社物流関係者再照会

・月面方面再照会

 

入力を終えたところで、扉が開いた。

 

「閣下、食事です」

 

「会議ではないのか」

 

「食事です」

 

「資料は読めるか」

 

「読みながら食べる場合、医務室に報告します」

 

私は少しだけ考えた。

 

「……読まない」

 

「賢明です」

 

副官は、端末に短く入力した。

 

”食事予定、確定”

”医務室への報告、保留”

”未読資料、増加中”

 

ただし、保留で済む時間は長くない。

 

副官は、資料整理室の扉越しに廊下を見た。

 

ジャミトフ准将は、制約案を持ち帰った。

 

表面上は従うだろう。

 

だが、あの男がこのまま連邦軍内部の制約に収まるとは思えない。

 

あの方は、連邦軍内部で危険な構想を縛ろうとしている。

 

その判断は正しい。

 

けれど、正しさは、相手を別の場所へ追いやることもある。

 

副官は、それを口にはしなかった。

 

今、言うべきことは一つだけだった。

 

「閣下、食事が冷めます」

 

「今行く」

 

珍しく、大将は立ち上がった。

 

副官は少しだけ安心した。

 

ただし、端末には次の照会が既に届いている。

 

件名は、治安部隊構想制約条項案。

 

未読通知は、増えていた。

 

 

◆宇宙軍総司令部 総務局内応接室

 

ジャミトフは、最高司令部で受け取った制約案を机に置いた。

 

宇宙軍総司令部の一室。

 

公式の会議室ではない。

 

総務局内の応接室である。

 

記録は残る。

 

だが、議事録としては残らない。

 

そういう部屋だった。

 

対面に座っているのは、バスク・オムだった。

 

まだ、治安部隊の中核として表に立つ立場ではない。宇宙軍総司令部所属の、扱いづらいが実務能力のある強硬派将校。

 

最高司令部は彼の名を警戒している。

 

だが、宇宙軍総司令部に所属する一将校の全ての会話まで、最高司令部が細かく監視できるわけではない。

 

ジャミトフは、そこを突いた。

 

「最高司令部は縛る」

 

バスクは制約案を見下ろした。

 

「民間人処遇記録、出動理由、撤収条件、生ログ提出。これでは、制圧が遅れます」

 

「そうだ」

 

「残党に手続きを見せれば、逃げる時間を与えるだけです」

 

「そういう場面もある」

 

ジャミトフは否定しなかった。

 

否定しない方が、バスクには効く。

 

「だが、最高司令部は正しい。連邦軍内部に置く部隊なら、あの制約は当然だ」

 

バスクの眉が動いた。

 

「准将は、あれを受け入れるのですか」

 

「正式構想としては、受け入れる」

 

「正式構想としては」

 

バスクは、その言い方を拾った。

 

ジャミトフは、制約案の横に別の資料を置いた。

 

治安即応評価計画。

 

まだ構想未満の紙である。

 

”試験”

”評価”

”慣熟”

”実証”

 

どれも、制度ではなく準備に見える言葉だった。

 

「正式部隊ではない。評価小隊だ」

 

「装備は」

 

「ジム・クゥエルを中心にする。治安任務における即応性、威圧効果、限定戦闘能力を測る」

 

バスクの目に、明らかな興味が宿った。

 

「任務は」

 

「残党が動いた時、通常部隊より早く現場へ入る。市街区画への拡大を防ぐ。短時間で結果を出す」

 

「指揮系統は」

 

「宇宙軍総司令部内の評価運用だ。正式な治安部隊ではない」

 

バスクは、ゆっくりと資料をめくった。

 

「最高司令部は、これを嫌うでしょう」

 

「だから、正式構想の外で評価を行う」

 

「評価の名目で、実戦をする」

 

「実戦ではない。実証だ」

 

ジャミトフは、淡々と言った。

 

「言葉は制度を作る。制度は権限を作る。最初から部隊と呼べば縛られる。評価と呼べば、動ける余地がある」

 

バスクは笑わなかった。

 

この男は、冗談ではなく命令を好む。

 

だから、ジャミトフは言葉を選んだ。

 

「バスク大佐」

 

「はい」

 

「君には不満があるな。最高司令部は、君を使い切ろうとしない」

 

「閣下は、私を危険視しておられます」

 

「それは事実だ」

 

ジャミトフは、わずかに身を乗り出した。

 

「だが、危険な刃も、鞘に入れたままでは意味がない」

 

バスクの表情が硬くなった。

 

怒りではない。

 

期待を抑える顔だった。

 

「私は、残党に甘い顔をする気はありません」

 

「その必要はない」

 

「民間人保護を理由に、制圧を遅らせる気もありません」

 

「民間人保護は掲げろ。市民を守るために、残党を短時間で制圧する。そう言えばよい」

 

ジャミトフの声は冷たかった。

 

「議会は、長い報告書を読まん。だが、五分で制圧したという数字なら覚える」

 

バスクは、資料を閉じた。

 

「私に、その数字を作れと」

 

「作る機会が来る」

 

「偶然ですか」

 

「偶然を、準備しておけ」

 

バスクは沈黙した。

 

その沈黙は、了承に近かった。

 

ジャミトフは続ける。

 

「最高司令部は、軍の内側で正しい制約を作る。私は、その正しさが届かない場所を使う。君は、その場所で動けばよい」

 

「責任は」

 

「評価計画の範囲内で処理する。必要な記録は残す。不要な記録は、作らない」

 

バスクは、初めてわずかに笑った。

 

「分かりました」

 

「勘違いするな」

 

ジャミトフの声が、少しだけ低くなった。

 

「これは君の復讐の場ではない。政治の場だ。怒りで動けば、最高司令部に切られる」

 

「私は命令に従います」

 

「命令だけでは足りん。結果を出せ」

 

バスクは立ち上がり、敬礼した。

 

「結果を出します」

 

ジャミトフは答礼しなかった。

 

ただ、資料を一枚、彼の方へ滑らせた。

 

・月面方面

・エアーズ市周辺

・工業区画

・バンガー工業

・旧ジオン系技術者雇用比率

・人員整理予定

・ジュニアMS保有記録

・医療品搬入量の増加

 

まだ事件ではない。

 

まだ騒乱でもない。

 

ただ、火種になり得る数字が並んでいるだけだ。

 

バスクは、それを見た。

 

「ここですか」

 

「可能性の一つだ」

 

「監視します」

 

「違う」

 

ジャミトフは短く言った。

 

「評価の準備をしろ」

 

 

◆ブレックス大佐執務室

 

ブレックス・フォーラは、治安部隊構想に関する要約資料を読んでいた。

 

・地球圏治安維持特別部隊構想

・宇宙軍総司令部内の強硬派中将による上申

・作成補佐、ジャミトフ・ハイマン准将

・最高司令部による制約案

・生ログ提出

・民間人処遇記録

・予防拘束制限

・研究機関利用制限

・人員選抜確認

 

ブレックスは資料を閉じなかった。

 

ジャミトフの構想は危険だ。

 

それは分かる。

 

治安維持という言葉は、議会で通りやすい。

 

”市民保護”

”残党対策”

”再発防止”

 

どれも正しく聞こえる。

 

正しく聞こえるから、危険な条項が混ざっても見落とされる。

 

最高司令部の大将は、それを連邦軍内部で縛ろうとしている。

 

その判断も分かる。

 

連邦軍内部で制約を掛け、監察下に置き、記録を残させる。

 

軍人としては、正しい。

 

だが、議会が恐怖で動いた時、それだけで止まるのか。

 

恐怖は、票になる。

 

怒りは、予算になる。

 

軍内部で階級も信任も足りない者が、外部政治を使えばどうなるのか。

 

ブレックスは、そこで手を止めた。

 

その問いは、ジャミトフだけに向けたものではなかった。

 

自分にも返ってくる問いだった。

 

シナプス准将は、最高司令部の信任を得た。

 

ロンド・ベルは、第2機動群を得た。

 

ジャミトフは、軍内部で足りない力を、議会へ求め始めるかもしれない。

 

では、自分はどうするのか。

 

連邦軍内部だけで、次の政治を止められるのか。

 

ブレックスには、まだ答えがなかった。

 

ただ、机の上に置かれた資料の向こう側に、別の道が見え始めていた。

 

軍内部で届かないなら、外から動かす。

 

その発想が危険であることを、彼は理解していた。

 

理解していても、視線はそこへ向いてしまう。

 

ジャミトフの構想は、まだ連邦軍内部の資料だった。

 

だが、その日、複数の男が同じものを見た。

 

軍内部では足りない力。

 

”議会”

”世論”

”企業”

”月面都市”

 

地球圏の政治は、少しずつ、軍の会議室の外へ滲み出していた。

 

ブレックスは資料を閉じた。

 

閉じても、文字は頭から消えなかった。

 

”再発防止”

 

正しい言葉だった。

 

だからこそ、誰がそれを使うのかを見なければならなかった。

 




いやはや、0083のコロニー落とし阻止という小さな範囲を描くのと、本章のような様々な思惑が入り乱れる世界観を描くのでは、難易度が全然違いますね…。
プロットを何度も作成し直して、漸くマトモな形になってきたので、頑張って進めていこうと思います。
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