地球連邦軍上層部はいつも多忙です。   作:haniwa17

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3年ぶりの投稿。今日から暫く毎日投稿となります。


第三話 根回しと胃薬は軍務のうち

 

地球連邦軍最高司令部上層部高官執務室

 

「やぁ、大佐。そっちの作戦は順調かい?」

 

通信画面の向こうで、宇宙軍の大佐――バスク・オムは一瞬だけ目を見開いた。

 

だが、次の瞬間には椅子から立ち上がり、軍服の襟を正して敬礼していた。

 

「閣下……。事前通達は受けておりませんが」

 

うむ。驚いてはいるが、取り乱さない。

 

良くも悪くも、肝は据わっている男だ。

 

こちらとしては極秘回線で繋いだだけなのだが、相手からすれば最高司令部の大将が何の前触れもなく執務室の端末に現れるのだから、心臓に悪いのも分かる。

 

もっとも、バスク・オムという男は、心臓に悪い状況でも眉一つ動かさず、次の瞬間には相手を撃つか拘束するか判断していそうな危うさがある。

 

私も最近、健康診断で心電図に所見ありと書かれたので、人の心臓に悪いことは控えたいのだが、残念ながら地球圏の情勢は私の健康に配慮してくれない。

 

「驚かせてすまない。少し話がある」

 

「はっ。命令であれば、直ちに拝命いたします」

 

「デラーズ・フリートのコロニー落としについてだ」

 

その瞬間、バスクの表情からわずかな温度が消えた。

 

血の気が引いたというより、怒りが冷えて固まった顔だった。

 

やはり知っているな。

 

宇宙軍総司令部の末端まで完全に情報が伏せられている訳ではない。だが、上が動かない。いや、動かないのではなく、動きたくない者がいる。

 

政治、派閥、面子、責任回避。

 

それらが軍隊という組織の血管に詰まると、前線の兵士と市民が死ぬ。

 

まったく、血栓なら薬で溶かせるのに、派閥争いは胃薬でもどうにもならん。

 

「バスク大佐。君の艦隊には、これより独自に哨戒線を張ってもらう」

 

「独自に、ですか」

 

疑問ではなく、確認だった。

 

その声には、命令の重みと危険性を測る響きがある。

 

「そうだ。宇宙軍総司令部からの命令を待つ必要はない。最高司令部直轄の予備命令として出す」

 

「コリニー大将の指揮系統を迂回することになります」

 

「そうなるな」

 

「宇宙軍総司令部は反発します」

 

「怒るだろうな」

 

私は即答した。

 

バスクはしばらく沈黙した。

 

その目には迷いがあった。

 

ただし、それは恐怖ではない。

 

命令系統を乱すことへの軍人としての警戒と、ジオン残党を前に即応できない上層部への苛立ちが混ざった沈黙だった。

 

「閣下。確認させていただきます」

 

「何だね」

 

「私の艦隊に与えられる任務は、デラーズ・フリートの撃滅ですか。それともコロニー落としの阻止ですか」

 

良い質問だ。

 

そして、危うい質問でもある。

 

バスク・オムという男は、放っておけば前者を優先する。

 

敵を潰すこと。

 

ジオン残党を殲滅すること。

 

その一点においては非常に有能だ。

 

だが、今回それだけでは足りない。

 

「最優先はコロニー落としの阻止だ」

 

私は明確に言った。

 

「デラーズ・フリートの撃滅は重要だ。だが、敵を全滅させてもコロニーが落ちれば敗北だ。市民を守れ。地球を守れ。そのために必要なら敵を撃て」

 

バスクの目が細くなる。

 

「市民の防護を第一とする、ということですな」

 

「その通りだ。君はコリニー大将の顔色と、地球市民の命のどちらを重く見る?」

 

答えはすぐには返ってこなかった。

 

バスクは画面の向こうで、硬い表情のまま立っていた。

 

やがて、低く言った。

 

「……地球市民の命です」

 

「よろしい。君の艦隊はサイド6周辺宙域に展開。名目は残党軍補給線の遮断。実態は廃棄コロニーの監視と進路妨害だ。必要ならば推進剤タンク、曳航艦、作業ポッドを徴発しても構わん」

 

「戦闘艦ではなく、作業船まで投入するのですか」

 

「コロニー落としは砲撃だけで止めるものではない。軌道をずらす。推進部を潰す。内部の管制を奪う。出来ることは全部やる」

 

言いながら、私は机の上に置いた胃薬を水で流し込んだ。

 

最近、この胃薬の消費量が補給計画上の弾薬より深刻になってきた気がする。

 

「それと、バスク大佐」

 

「はっ」

 

「現場判断を恐れるな。責任は私が取る」

 

バスクの眉がわずかに動いた。

 

「閣下、それは最高司令部が宇宙軍総司令部との政治的衝突を引き受ける、という意味ですか」

 

「そうだ」

 

「査問の対象になる可能性もあります」

 

「私は大将だ。責任を取るためにこの階級章を付けている。君たちは現場で最善を尽くせ。書類と査問は私の仕事だ」

 

本当は査問など受けたくない。

 

軍法会議も嫌だ。

 

出来れば温泉に行きたい。温泉で肩まで浸かって、何も考えずに空を見上げたい。

 

だが、南米にコロニーが落ちれば温泉どころではない。

 

バスクは数秒、こちらを見ていた。

 

やがて、改めて敬礼する。

 

「了解しました。バスク・オム大佐、最高司令部直轄予備命令を拝命します。コロニー落とし阻止を最優先とし、必要に応じてデラーズ・フリートを排除します」

 

「頼むよ。あぁ、それと」

 

「まだ何か」

 

「胃薬は常備しておけ。これから忙しくなる」

 

バスクは表情を変えなかった。

 

冗談が通じていないのか、通じた上で無視しているのか判別しにくい顔だった。

 

「……必要であれば補給リストに加えておきます」

 

「真面目だな、君は」

 

「軍務ですので」

 

うむ。

 

やはり、この男は有能だ。

 

有能だが、胃に悪い。

 

通信を切ると、私は椅子の背にもたれた。

 

これで三本目の矢だ。

 

ロンド・ベル。

 

シーマ艦隊。

 

バスク・オム大佐率いる宇宙軍独立哨戒部隊。

 

とはいえ、矢を放てば必ず的に当たる訳ではない。戦場では、たった一つの通信遅延、たった一人の判断ミス、たった一発の砲撃が歴史を変える。

 

だからこそ、手は多いほど良い。

 

「閣下、情報局より追加報告です」

 

副官が資料を持って入室してきた。

 

「今度は何だ」

 

「アルビオン隊が独自に追撃を継続中。ガンダム試作一号機、ならびに試作三号機関連の動きがあります」

 

「またコーウェン案件か……」

 

思わず天井を仰いだ。

 

核装備のガンダムを作らせ、奪われ、挙句の果てに一隻で追わせる。

 

あの男、悪人ではない。むしろ連邦軍人としてはかなりまともな部類だ。

 

だが、まともな人間が、まともでない計画を押し通すことはある。

 

理想と技術信仰と派閥抗争が混ざると、大抵ろくなことにならない。

 

「アルビオンには?」

 

「現在、最高司令部から直接命令を出すか検討中です」

 

「いや、今はまだいい。彼らは現場でよくやっている。変に縛るな。ただし、ロンド・ベルとの識別コードを共有。友軍誤認だけは避けろ」

 

「了解しました」

 

「それと、コウ・ウラキ少尉の戦闘データを回してくれ」

 

「少尉ですか?」

 

「若いが、伸びている。無茶も多いがな。ああいう若者を使い潰してはいかん」

 

一年戦争では、若者たちが次々に戦場へ放り込まれた。

 

アムロ・レイも、カイ・シデンも、ハヤト・コバヤシも、セイラ・マスも、本来ならもっと別の人生があったはずだ。

 

だからこそ、今回は少しでも違う結末にしなければならない。

 

勝利だけでは足りない。

 

生きて帰らせる。

 

それが、今回の私の戦争だ。

 

ルナツー宙域 強襲揚陸艦トロイホース

 

「ブライト司令、最高司令部より追加データです」

 

「廃棄コロニーの候補、サイド6周辺か」

 

ブライト・ノアは艦橋中央で表示された宙域図を見つめていた。

 

一年戦争の頃に比べれば、彼の顔つきは随分と軍人らしくなった。だが、その目の奥にある疲労は変わらない。

 

「また、あの人は無茶な線を繋いできたな」

 

隣に立つアムロが苦笑する。

 

「けど、助かる。情報が早い」

 

「最高司令部高官は、こういう時だけは恐ろしく手が早い」

 

「こういう時だけ?」

 

「平時の書類は遅いぞ。よく決裁印を押し忘れる」

 

艦橋の空気が少し緩んだ。

 

だが、すぐに警報音が鳴る。

 

「偵察部隊より入電! サイド6外縁に不審な熱源多数!」

 

「デラーズ・フリートか?」

 

「識別不能。ただし、ムサイ級反応あり!」

 

ブライトは即座に指示を飛ばした。

 

「全艦第一戦闘配置。アムロ、出られるか?」

 

「アレックス、準備完了している」

 

アムロはヘルメットを抱え、艦橋を出る。

 

その背中を見ながら、ブライトは小さく呟いた。

 

「今度こそ、落とさせん」

 

デラーズ・フリート集結宙域 シーマ艦隊旗艦

 

「中佐、連邦の哨戒線が増えています」

 

「ふん。あいつ、随分と手が早いじゃないか」

 

シーマ・ガラハウは艦長席で足を組み、口元を歪めた。

 

デラーズの連中は、まだ自分たちの作戦が完全に秘匿されていると思っている。

 

武人の誇り。

 

ジオンの大義。

 

散っていった者たちへの鎮魂。

 

耳触りは良い。

 

だが、そのために地球へコロニーを落とすというなら、結局は一年戦争と同じだ。

 

いや、もっと悪い。

 

「中佐、本当にやるんですかい?」

 

副官が低い声で尋ねた。

 

「やるさ。私たちはもう、捨て駒じゃない」

 

シーマは静かに言った。

 

「毒ガスを撒かされた時も、汚れ仕事を押し付けられた時も、上は綺麗な顔をしていやがった。デラーズも同じさ。大義だの名誉だの言いながら、死ぬのは下の者と何も知らない市民だ」

 

「連邦を信用すると?」

 

「連邦全部を信用する訳じゃない。あのくたびれた大将を信用するだけさ」

 

部下たちの何人かが笑った。

 

最高司令部高官。

 

ジオン残党の間でも、奇妙な噂の多い男だった。

 

過労で倒れながら作戦指示を出す。

 

敵味方問わず、有能な人材を拾おうとする。

 

女に弱い。

 

そして約束は守る。

 

「コロニー管制区画の情報は?」

 

「入手済みです。起動コードの一部もこちらに」

 

「上出来だ。ロンド・ベルが来る前に、こちらで管制に細工をする。完全停止は無理でも、軌道修正の余地は作る」

 

「デラーズに気付かれますぜ」

 

「だから、気付かれる前に逃げるのさ」

 

シーマは笑った。

 

その笑みは荒々しく、けれどどこか晴れやかだった。

 

「いいかい。私たちは生き残る。部下も連れてだ。戦争屋どものお題目に付き合って死ぬのは、もう終わりにするよ」

 

サイド6外縁宙域

 

アレックスがカタパルトに固定される。

 

全天周モニターに星々が広がり、アムロは操縦桿を握った。

 

「アムロ・レイ、アレックス、出る」

 

青白い光が走り、機体が宇宙へ射出される。

 

その先に、ムサイ級とゲルググ系の反応。

 

さらに遠方には、巨大な影。

 

廃棄コロニー。

 

まだ静かだ。

 

だが、あれが動き出せば、多くの人々が死ぬ。

 

「また同じことを繰り返すつもりか……!」

 

アムロの声に怒りが滲んだ。

 

その時、暗号通信が入る。

 

『こちらシーマ艦隊。ロンド・ベル、聞こえるかい?』

 

「シーマ・ガラハウか」

 

『話は聞いてるよ、白い悪魔さん。こっちは管制区画に細工する。あんたたちは外の連中を黙らせな』

 

「了解した。無理はするな」

 

『おや、連邦のエース様に心配されるとはね』

 

通信の向こうでシーマが笑う。

 

『あの大将にも言われたよ。無理しない程度に頼むってね。まったく、戦場で無理しないなんて、随分と贅沢な注文だ』

 

アムロはわずかに笑った。

 

「それでも、生き残るためには必要だ」

 

『気が合うじゃないか。じゃあ、派手に始めるよ』

 

次の瞬間、シーマ艦隊の一部がデラーズ側の警戒部隊へ砲撃を開始した。

 

宙域が混乱に包まれる。

 

ムサイ級が反転し、友軍識別の乱れに戸惑う。

 

その隙を、アムロは逃さない。

 

アレックスが加速する。

 

ビームライフルが閃き、敵機の武装だけを正確に撃ち抜いていく。

 

撃墜ではなく、無力化。

 

それは難しい戦い方だった。

 

だが、アムロには出来た。

 

「ブライト、コロニーの管制に接近する部隊を援護してくれ!」

 

『分かっている。全艦、シーマ艦隊の進路を開け! ただし誤射は絶対にするな!』

 

トロイホースの主砲が敵艦の進路を塞ぐように火線を置く。

 

その背後を、シーマ艦隊の高速艇が駆け抜けた。

 

同じ頃、アルビオンもまた戦場へ接近していた。

 

コウ・ウラキはモニターに映る巨大なコロニーを見て、息を呑む。

 

「これを、地球に……」

 

隣の通信に、ニナ・パープルトンの声が入る。

 

『コウ、無理しないで。でも、止めて』

 

「分かってる。止める。必ず」

 

その言葉は若く、未熟で、だが真っ直ぐだった。

 

ロンド・ベル、シーマ艦隊、アルビオン。

 

三つの力が、ひとつの宙域に集まりつつあった。

 

地球連邦軍最高司令部上層部高官執務室

 

「閣下、サイド6外縁で戦闘開始!」

 

「シーマ艦隊、デラーズ部隊へ反転攻撃!」

 

「ロンド・ベル、交戦開始!」

 

報告が次々と飛び込んでくる。

 

私は目を閉じ、深く息を吐いた。

 

始まったか。

 

ここから先は、現場の者たちを信じるしかない。

 

「全通信回線を維持。宇宙軍独立哨戒部隊には予定通り進路妨害準備。作業船団を前に出せ。地球軌道上の迎撃部隊にも警戒態勢を取らせろ」

 

「了解!」

 

「それと、医務室に連絡してくれ」

 

副官がぎょっとした顔をした。

 

「閣下、また倒れられるおつもりですか?」

 

「違う。胃薬の在庫確認だ」

 

会議室に、わずかな笑いが漏れた。

 

笑えるなら、まだ大丈夫だ。

 

私はモニターに映る戦況図を見つめた。

 

赤、青、黄色の識別光が複雑に絡み合っている。

 

その向こうに、地球がある。

 

青く、静かで、あまりにも脆い星が。

 

「頼むぞ、諸君」

 

誰にともなく、私は呟いた。

 

「今回は、皆で帰ってこい」

 

その祈りにも似た命令は、通信には乗らなかった。

 

だが、宇宙のどこかで戦う彼らになら、届くような気がした。

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