地球連邦軍上層部はいつも多忙です。   作:haniwa17

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再構成のストーリーは全10話構成です。その後、番外編が少しあります。


再構成第三話 危うい刃にも鞘は要る

 

地球連邦軍最高司令部上層部高官執務室

 

極秘通信回線の接続表示が、執務室の端末に淡く点滅していた。

 

シーマ・ガラハウとの通信を終えてから、まだ数時間しか経っていない。

 

本来なら、一度は仮眠を取るべき時間だ。

 

医務室からも、そう命令に近い注意が来ている。

 

だが、月が標的ではなく踏み台かもしれないという疑念が出た以上、寝ている場合ではない。

 

いや、寝たい。

 

非常に寝たい。

 

できれば十時間ほど寝たい。

 

温かい布団に入り、胃薬も血圧計も副官もいない世界で眠りたい。

 

だが、地球圏の情勢は私の睡眠時間に配慮してくれない。

 

「閣下、宇宙軍所属、バスク・オム大佐との回線が確立しました」

 

副官が端末を確認しながら言った。

 

「傍受の可能性は?」

 

「現時点では確認されていません。ただし、宇宙軍総司令部の正規回線を迂回しています。長時間の通信は避けるべきです」

 

「分かっている」

 

画面が切り替わる。

 

そこに映ったのは、バイザーを着用した宇宙軍士官だった。

 

バスク・オム大佐。

 

宇宙軍の中でも、ジオン残党への苛烈な対応で知られる軍人だ。

 

通信が繋がった瞬間、彼はわずかに顎を引いた。

 

驚きはあったのだろう。

 

だが、取り乱しはしない。

 

すぐに椅子から立ち上がり、軍服の襟を正し、寸分の乱れもない敬礼を返す。

 

『最高司令部、閣下。事前通達は受けておりませんが』

 

「驚かせてすまない、バスク大佐。緊急だ」

 

『命令系統の確認を願います。本件は宇宙軍総司令部経由ではなく、最高司令部直轄命令と理解してよろしいですか』

 

やはり、そこを確認するか。

 

良い。

 

軍人として正しい。

 

そして少し面倒だ。

 

「その通りだ。最高司令部直轄の予備命令として出す」

 

『了解しました。任務内容を』

 

簡潔だ。

 

無駄がない。

 

こういう人間は好きだ。

 

ただし、好きだから安全という訳ではない。

 

切れ味の良い刃物は、料理にも使えるし、人も殺せる。

 

問題は、誰が握り、何に向けるかだ。

 

「月方面の哨戒を強化してもらう」

 

『月方面、ですか』

 

「加えて、コロニー再生計画関連宙域の監視。フォン・ブラウン周辺の警戒。月面推進剤施設、推進剤貯蔵施設周辺の異常確認。さらに、コロニーが月を踏み台にして地球方向へ転じる可能性を念頭に置いた進路妨害準備だ」

 

バスクの口元がわずかに硬くなった。

 

『コロニー落としを想定している、と』

 

「可能性の一つだ。まだ断定はしない」

 

『デラーズ・フリートが関与しているなら、即時撃滅すべきです』

 

言うと思った。

 

その声には感情を抑えた硬さがあった。

 

ジオン残党という言葉を前にした時、この男の中で何かが冷たく燃えるのだろう。

 

「撃滅は手段だ。目的ではない」

 

バスクはすぐには答えなかった。

 

沈黙そのものが、異議を整列させているようだった。

 

『敵戦力を残せば、次の被害が出ます』

 

「その通りだ。だが、敵を全滅させてもコロニーが月や地球に落ちれば敗北だ」

 

私は画面越しに、バスクの硬い表情を見た。

 

バイザーの奥は読めない。

 

だが、口元、顎の角度、返答までの間。

 

それだけで、この男が何を優先したがっているのかは分かる。

 

「最優先はデラーズ・フリート撃滅ではない。コロニー落とし阻止、市民保護、月と地球の防衛だ」

 

数秒、沈黙があった。

 

バスクは不満を表に出さない。

 

だが、納得していないことは分かる。

 

彼の中にあるジオン残党への憎悪は、相当に深い。

 

一年戦争を経験した連邦軍人なら、無理もない。

 

私とて、ジオンを許せる訳ではない。

 

ブリティッシュ作戦も、毒ガスも、虐殺も、許せるはずがない。

 

だが、許せないことと、全てを焼き払ってよいことは違う。

 

それを間違えた瞬間、軍は市民を守る剣ではなく、市民を脅かす棍棒になる。

 

「バスク大佐」

 

『はっ』

 

「君に必要な権限は与える。進路妨害に必要な作業艇、曳航艦、補給艦の徴発も認める。月面施設との連絡権限も最高司令部名義で付与する」

 

『宇宙軍総司令部は反発するでしょう』

 

「するだろうな」

 

『コリニー大将は、最高司令部の介入を嫌っています』

 

「知っている」

 

『査問の対象になる可能性があります』

 

「私が受ける」

 

バスクの顎がわずかに上がった。

 

わずかな反応だった。

 

だが、予想外の回答だったことは伝わった。

 

『閣下が、ですか』

 

「私は大将だ。責任を取るためにこの階級章を付けている。君たちは現場で最善を尽くせ。書類と査問は私の仕事だ」

 

本当は査問など受けたくない。

 

派閥の老人たちに囲まれて、なぜ宇宙軍の面子を潰したのか、なぜ独断専行を許したのか、と責められる未来など考えただけで胃が痛い。

 

だが、地球にコロニーが落ちるよりはましだ。

 

たぶん。

 

いや、比較するまでもなくましだ。

 

「ただし、条件がある」

 

『何でしょうか』

 

「敵を憎むなとは言わん。だが、憎しみで命令を出すな。繰り返す。今回の任務は敵撃滅ではなく、コロニー阻止と市民保護だ」

 

バスクは沈黙した。

 

長い沈黙だった。

 

やがて、低く答える。

 

『了解しました。バスク・オム大佐、最高司令部直轄予備命令を拝命します。月方面哨戒、コロニー再生計画関連宙域監視、フォン・ブラウンおよび月面推進剤施設周辺の警戒、並びにコロニー進路妨害準備を開始します』

 

「頼む」

 

『ただし、デラーズ・フリートが妨害する場合は』

 

「排除しろ。ただし、排除のために目的を見失うな」

 

『……了解しました』

 

通信が切れた。

 

私は椅子の背にもたれた。

 

胃が重い。

 

「閣下」

 

副官が小声で言った。

 

「バスク大佐を使うのは、危険ではありませんか」

 

「危険だ」

 

私は即答した。

 

「だが、有能でもある」

 

「危うい刃、ですか」

 

「そうだ。使い方を誤れば、未来の災厄になる。だが、正しく使えば地球を守る刃にもなる」

 

「正しく使えると?」

 

「使うしかない」

 

私は机の上の胃薬を見た。

 

副官がその視線に気づき、無言で薬瓶を遠ざけた。

 

「まだ何も言っていない」

 

「医務室から、一日上限を超えないよう厳命されています」

 

「医務室は、コロニー落とし阻止の重要性を理解していない」

 

「胃粘膜の阻止限界点は理解しているようです」

 

「誰が上手いことを言えと」

 

副官は表情を変えない。

 

最近、彼は私に遠慮がなくなっている。

 

良い傾向なのか、悪い傾向なのか判断に迷う。

 

「閣下、ロンド・ベルより定時報告です」

 

「回せ」

 

私は端末を切り替えた。

 

月遷移軌道上の哨戒網が、少しずつ形になり始めていた。

 

ルナツー発 強襲揚陸艦トロイホース

 

トロイホースは月遷移軌道上に展開していた。

 

周辺には、ロンド・ベル所属艦と偵察機が広く散っている。

 

ブライト・ノアは艦橋中央で、索敵情報を見つめていた。

 

「不自然な輸送船団?」

 

「はい。通常のコロニー再生計画用補給線から外れた針路を取っています。識別信号は民間輸送船団ですが、航路申請と実際の動きが一致しません」

 

「デラーズ・フリートの補給線か」

 

「断定はできません。ただし、月方面へ向かっています」

 

ブライトは眉を寄せた。

 

最高司令部から送られてきた追加指示は明確だった。

 

月を守れ。

 

だが、地球も疑え。

 

コロニーが月へ落ちるなら止める。

 

月を踏み台にするなら、それも止める。

 

簡単に言ってくれる。

 

だが、あの方が簡単な任務を寄越したことなど、ほとんどない。

 

「アムロは?」

 

「哨戒中です。アレックス、第二偵察線へ移動中」

 

通信が開く。

 

『ブライト、こちらアムロ。民間船にしては護衛が厚い。熱源反応もおかしい』

 

「武装しているか」

 

『隠している可能性がある。少なくとも、ただの補給船ではない』

 

ブライトは少し考えた。

 

「接触は避けろ。追跡に留める」

 

『了解。ただし、相手がコロニー関連なら』

 

「分かっている。見失うな」

 

『了解』

 

通信が切れる。

 

副長が言った。

 

「司令、アルビオン隊から断片通信です」

 

「内容は」

 

「デラーズ・フリート残存部隊の動きについてです。アルビオンは依然として独自追跡を継続中。ただし、ガンダム試作一号機および試作二号機は既に交戦で失われています。コウ・ウラキ少尉は現在、搭乗可能なガンダムを持たず、艦内で追跡情報の整理と戦闘記録の解析に当たっているとのことです」

 

「……そうか。試作一号機も失ったか」

 

ブライトは短く息を吐いた。

 

若いパイロットが、目の前で奪われた機体を追い、宇宙まで来て、そして相打ちで失った。

 

その挫折は軽くない。

 

「ウラキ少尉の状態は?」

 

「詳細不明。ただ、アルビオン側の報告では、ガトーへの追撃意志は衰えていないようです」

 

「若いな」

 

ブライトは呟いた。

 

無茶をする若者。

 

それを止めきれない大人。

 

どこかで見た構図だった。

 

「アルビオンへ返信。こちらは月遷移軌道上で不自然な輸送船団を追跡中。識別コードを維持し、友軍誤認を避けろ。単独突出は控えろ。ウラキ少尉には、次に出る時のために休ませろ、とも添えておけ」

 

「了解」

 

副長が少しだけ笑った。

 

「聞きますかね」

 

「聞かないだろうな」

 

ブライトも苦笑した。

 

「だが、言わないよりはましだ」

 

ブライトは戦況図を見つめた。

 

点が増えている。

 

輸送船団。

 

デラーズ・フリートらしき反応。

 

コロニー再生計画航路。

 

月面推進剤施設。

 

それらが少しずつ、一つの線に繋がり始めている。

 

「やはり、あの方の疑いは当たりかもしれんな」

 

副長が言った。

 

「司令?」

 

「月は標的かもしれない。だが、月だけではない」

 

ブライトは艦橋前方のモニターに映る月を見た。

 

白く静かな天体。

 

だが、その重力は巨大な質量を曲げる。

 

コロニーでさえも。

 

「哨戒を続けろ。敵が動くなら、必ず前兆がある」

 

「了解」

 

アルビオン艦内

 

コウ・ウラキは、ブリーフィングルームの隅で戦闘記録を見つめていた。

 

画面には、試作一号機と試作二号機の最後の交戦記録が何度も繰り返されている。

 

相打ち。

 

奪還失敗。

 

試作一号機喪失。

 

その文字が、胸の奥に鉛のように沈んでいる。

 

「まだ、終わっていない……」

 

コウは拳を握った。

 

今の自分には機体がない。

 

出撃命令もない。

 

それでも、戦いは続いている。

 

ガトーはまだどこかで動いている。

 

デラーズ・フリートは次の作戦を進めている。

 

そして、コロニー再生計画関連宙域で何かが起きようとしている。

 

ニナ・パープルトンが、少し離れた場所から声をかけた。

 

「コウ、休んだ方がいいわ」

 

「休んでる場合じゃない」

 

「機体もないのに?」

 

その言葉に、コウは一瞬だけ顔を歪めた。

 

ニナもすぐに言い過ぎたと気づいた。

 

「ごめんなさい」

 

「いや、事実だ」

 

コウは画面を見つめたまま言った。

 

「今の俺にできることは少ない。でも、次に乗る機体があるなら、その時に遅れたくない」

 

ニナは黙った。

 

それが危うい言葉であることは分かっていた。

 

だが、止められないことも分かっていた。

 

「アルビオンは月方面へ向かうのね」

 

「ああ。ロンド・ベルとも識別共有が済んでいる。最高司令部も何か掴んでるらしい」

 

「最高司令部……」

 

「たぶん、俺たちより先を見てる」

 

コウは画面を消した。

 

「だから、今は情報を集める。ガトーを追うためにも、コロニーを止めるためにも」

 

その声は、疲れていた。

 

だが、折れてはいなかった。

 

サイド6近傍 シーマ艦隊旗艦

 

「中佐、デラーズ側から正式命令です」

 

副官が端末を差し出した。

 

シーマ・ガラハウは艦長席で足を組んだまま、その命令文を眺める。

 

コロニー再生計画関連の無人コロニー強奪。

 

シーマ艦隊は先行して対象船団を制圧。

 

警備部隊を排除し、曳航制御を確保。

 

その後、デラーズ本隊へ引き渡す。

 

簡潔な命令だった。

 

そして、実に分かりやすい汚れ仕事だった。

 

「やっぱり、私らにやらせる気かい」

 

「中佐、どうします?」

 

「命令には従うさ。表向きはね」

 

シーマは端末を閉じた。

 

「対象は?」

 

「コロニー再生計画輸送船団。護衛は少数。民間管理の名目ですが、連邦軍の監視も付いています」

 

「強奪には向いてる。つまり、罠にも向いてる」

 

「連邦に気づかれていると?」

 

「あの大将が気づかないと思うかい?」

 

副官は苦笑した。

 

「思いませんね」

 

「だろう?」

 

シーマは立ち上がった。

 

「全艦に通達。作戦準備。ただし、通常の強奪作戦じゃない。逃げ道を三つ用意しな」

 

「三つ、ですか」

 

「一つ目はデラーズ用。二つ目は連邦用。三つ目は私ら用だ」

 

「了解」

 

「それと、部下には徹底しな。連邦の護衛を無駄に殺すな。通信妨害、武装解除、管制制圧を優先。殺し合いが目的じゃない」

 

「デラーズ側が見れば、甘いと判断されるかもしれません」

 

「なら、上手くやれ」

 

シーマは冷たく言った。

 

「私らは生き残る。そのために必要な汚れ仕事はする。だが、デラーズの大義のために部下を捨てる気はない」

 

副官が敬礼する。

 

「了解しました」

 

シーマは窓の外を見た。

 

遠くに、コロニー再生計画の航路がある。

 

あそこにある無人コロニーが、これから戦争の道具にされる。

 

人が住む場所だったもの。

 

人が生きるために作ったもの。

 

それを落とす。

 

月へか。

 

地球へか。

 

どちらにせよ、ろくでもない。

 

「あの大将に、また高く売りつける情報が増えそうだね」

 

シーマは薄く笑った。

 

だが、その笑みは楽しげではなかった。

 

月遷移軌道 アレックス哨戒線

 

アムロ・レイは、アレックスのモニターに広がる宇宙を見つめていた。

 

遠方に、識別不明の輸送船団。

 

護衛らしき小型反応。

 

さらにその背後に、微弱な熱源。

 

隠れている。

 

アムロにはそう感じられた。

 

ニュータイプとしての感覚なのか、単なる経験なのか。

 

自分でも分からない。

 

だが、嫌な感じがする。

 

「ブライト、あの輸送船団の後ろに何かいる」

 

『センサーには?』

 

「はっきり映らない。だが、いる」

 

『分かった。偵察機を回す。無理に近づくな』

 

「了解」

 

アムロは操縦桿を握り直した。

 

コロニーを兵器にする。

 

その可能性が頭から離れない。

 

一年戦争で、空が落ちた。

 

多くの人が死んだ。

 

それをまた繰り返すというのか。

 

「そんなこと、させるか」

 

アムロは低く呟いた。

 

その時、警告音が鳴った。

 

「通信妨害?」

 

ノイズが走る。

 

輸送船団の識別信号が、一瞬途切れた。

 

続いて、複数の高速熱源が動く。

 

「ブライト!」

 

『こちらでも確認した。デラーズか?』

 

「分からない。だが、始まる」

 

地球連邦軍最高司令部第1会議室

 

「閣下!」

 

情報局の士官が駆け込んできた。

 

「何だ」

 

「コロニー再生計画輸送船団との定時通信が途絶しました」

 

会議室の空気が止まる。

 

「場所は?」

 

「月遷移軌道外縁。ロンド・ベル哨戒圏の近傍です」

 

「ロンド・ベルは?」

 

「不自然な輸送船団と高速熱源を確認。通信妨害も発生しています」

 

来たか。

 

ついに動いた。

 

まだコロニーは本格的には動いていない。

 

だが、歯車は噛み合ってしまった。

 

「宇宙軍総司令部には?」

 

「現在確認中です」

 

「遅い。こちらから通達しろ。コロニー再生計画輸送船団が襲撃された可能性が高い。月防衛だけではなく、地球落下コースへの転用も警戒せよ、と」

 

「了解!」

 

「ロンド・ベルには追跡継続。アルビオンには識別維持。バスク大佐には月方面哨戒を即時強化させろ。推進剤施設周辺の警戒を最大に」

 

「了解!」

 

私は立ち上がった。

 

胃が痛い。

 

頭も痛い。

 

ついでに、さっきから抜け毛が気になる。

 

だが、それどころではない。

 

「諸君」

 

会議室の将官たちがこちらを見る。

 

「コロニー強奪が始まった可能性が高い。敵の表向きの狙いは月だ。だが、本命が月とは限らない」

 

私は戦況図に映る月と地球を見た。

 

その間に、赤い警告表示が灯っている。

 

「ここからが本番だ。違和感を見逃すな。敵が月を狙うなら止める。月を踏み台にするなら、その前に見抜く」

 

副官が通信を開く。

 

私は短く命じた。

 

「全局、作戦第二段階へ移行。コロニー再生計画輸送船団の消息を追え」

 

そして、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。

 

「頼むぞ、間に合ってくれ」

 

第四話で、いよいよコロニーは奪われる。

 

地球連邦軍上層部は、いつも多忙です。

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