マブラヴ オルタネイティヴ episode HAGAKURE 作:不屈闘志
狭いコンクリートの尋問室に、マシンガンの連続した銃声が響く。
ダダダダダ……!
銃撃しているのは、2日間に渡って覚悟を尋問中にことあるごとに殴り、蹴り、脅していた兵士である。そのような行為を受けても怨みの感情を一片足りとも見せない覚悟を表情こそ出さないが、心のそこでは舐めきっていた。どうせ今日も黙秘を続けて、自分に殴られるだけだ思い、数十秒前まで心が緩みきっていたのだ。
しかし、その少年がどんな人類だろうが破けないはずの拘束具を破り、自分に殺気を向けている。
その場面展開の落差に心が耐えきれなくなった兵士は、狭い尋問室に覚悟の他に少女がいるのにも関わらず自分の身を守るためだけにマシンガンを撃ったのだ。
考えていることはただ一つ、『ここで殺さなくては自分が殺られる』である。
「うわぁぁぁぁ、死ねぇぇぇ!!!」
しかし、少年の形をした怪力の化け物は、銃撃を受ける直前に金属の肌を持つ化け物に変身を遂げていた。
『零式鉄球・防弾形態』
ただのイカれたファッションと思われていた覚悟の体の中に埋め込まれている8つの鉄球。これは、弾丸などといった皮膚が防衛しきれない異物が迫った時、血液の中に溶け、表皮に分泌され一瞬で凝固し体を守る特殊金属でできている。覚悟は、その鉄球によって皮膚の56%を鎧化できるのだ。その防御力は、零に及ばないまでも、0.5秒間に120発の速射銃でも意に介さない。
兵士は、あり得ない現実の連続により完全に乱心し、部屋に取調官の少女がいるのにも関わらず、マシンガンを打ち続ける。
『撃つなぁぁ!落ち着けぇ!』
マイク越しに怒鳴る取調官と笑みを浮かべたままの夕呼の二人だが、乱心した兵が放つマシンガンにより他の兵を率いて迂闊に尋問室に入れない。
「止めてぇぇ!もう、撃たないでぇぇ!!!」
覚悟は、その乱心した兵士の銃弾から、先程のサディスティックな顔から、年相応に泣きじゃくる顔に変わった少女をかばい続けていた。
十秒後、すべての銃弾を打ち終えた兵士が、さらに銃撃を続けるべく予備のカートリッジに手を伸ばした。
しかし、その瞬間を見逃さず、覚悟は、防弾形態を解き、一瞬で間合いを詰め、兵士が持つマシンガンを前蹴りで吹き飛ばす。
「ひゃぁぁぁ!」
兵士が狼狽えている間に有無を言わせず背後に回り込み、零式の技を掛ける。
「安息せよ……」
『零式防衛術・棺』
母の如く穏やかで、殺意すら帯びていない両腕で頸動静脈を絞めることにより、相手の抵抗を受けることなく脳へ供給血液を遮断。意識喪失と痙攣の後、脳細胞を死滅させる。本来ならば、対象を殺害する技だが、今回は一瞬で兵士を気絶させたのみで覚悟は、技を解く。そして、次に覚悟は部屋の隅で怯えている取調官の少女に近寄り始めた。
「許してくださいぃぃ!殺さないでぇぇ!」
兵士を一瞬で殺害したと勘違いしている少女は、次は自分がターゲットだと思い泣きじゃくりながら、覚悟に許しをこう。
しかし、覚悟は、少女のそばにしゃがみ、悲しげな表情で両手を差し出した。
「後ろの兵士は、気絶させただけなり。そして、すまない。私の行為で兵を乱心させ、君を怯えさせてしまった。今日は私の質問に答えてくれて本当にありがとう。さぁ、また拘束してくれ。」
「え?」
その悲しげな声を聞いた少女は、何をいっているのか分からないように硬直した。
次の瞬間、隣の監視室への扉が勢いよく開き、取調官と多数の兵士が流れこんだ。兵士達は、容赦なく警棒で顔や体を問わず覚悟を何発も殴る。しかし、暴行を受けている覚悟は殴られても当然とばかりに無抵抗であった。やがて制圧行為というには、有り余る暴行が終り、覚悟は再度拘束をされて、部屋から連れ出された。その数秒後、気絶した兵士も担架で医療班の所に連れ出された。
それら一部始終を見た夕呼は、覚悟が連れ出された後、尋問室に入り、一人残された涙をハンカチで拭う少女に近づく。
少女は、先程の自分の行為を恥じるように恐る恐る敬礼をする。
「お、お見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません、副指令!」
夕呼は、手をヒラヒラさせながら気にしてなさそうに答える。
「いいのよ、あんなの間近で見たら誰だってそうなるわ。それより、あいつと応対したあなたの感想を教えて頂戴。拘束具破いたり、金属出したりを除いてね。」
少し落ち着いた、少女はいってもよいものかと恐る恐る答える。
「……そうですね。今だから言えることですが、やはり人間だったと再確認でき、安心しました。」
「へぇ……」
「最初は、私がどれだけ愛想を振り撒こうと、反応しなかったので機械みたいなやつだなと思ったんです。けれど、私の脅しの言葉に反応して怒ったところと、私を庇って悲しそうに謝罪したところを考えると、ああこの人も人間で何か信念を持って行動してると感じました。」
「ありがと。率直な意見感謝するわ。」
「副指令、あいつの正体っていったい?」
「それ以上は、軍事機密よ。けれど、もしかしたら、強力な味方になるかもしれないわ……貴方は、もう仕事に戻りなさい。」
「わかりました。失礼します。」
尋問室から出る少女を見送った夕呼は、先程聞いた彼女の評価を頭の中で反芻する。
(今までの取調官の評価を聞く限り、あいつは、何か信念を持って行動しているわ。それが何なのか聞き出せるのは、この世界で唯一の知り合いであるあたししかいない。けれど、ここでは人の目があって話せない。危険だけど、 隣に社を控えさせて白銀と同じく私の部屋に呼び出しましょう。)
夕呼は、早速取調室の責任者へ連絡をとるべく歩きだした。
一時間後、複数の兵士から不必要なほど暴行を受け顔や体が、傷だらけとなった覚悟は先程と同じ、特殊ゴムとアラミド繊維の拘束具の上に、手足に手錠、目隠し、耳栓までかけられたまま車輪つきのベッドにぐるぐる巻きに縛られて、重症患者のごとくどこかに運ばれていた。
(懲罰房ではない。他の部屋?いや、一旦外に出ている故、違う建物に運ばれている。)
覚悟は、目隠しをされていても廊下を何回も曲がり、エレベーターで上下移動したりと施設の奥に連れていかれていると感じていた。最後にどこかに部屋に入った感覚があり、しばらくすると耳栓を外されてどこかで聞いたような女性の声で囁かれた。
「話が進まなくなるから、始めに言っとくわ。貴方が拘束されたのは、兵士への強姦容疑じゃなくて極秘作戦中の戦闘に乱入して、未知の兵器を使ったからよ。強姦の件は、情報を引き出すための嘘。彼女達は、逆に勘違いされないように嘆願書まで提出していたわ。わかった?」
覚悟は、心の中にあるつっかえが取れたように答えた。
「良かった。彼女達の心が無事で。」
(無罪で喜ぶんじゃなくて、伊隅達の心配か……。声の調子で安心したって、かろうじて解るけど、もしスパイなら、感情の表現が下手くそね。無表情過ぎるわ。)
「そして、ここからが本題なんだけど、ねぇ、この世界のことを教えて欲しい?条件次第で教えてあげてもいいわよ?」
「条件とは?」
「あたしが聞く質問に、すべて軍事機密なしで答えること。返事は二つに一つ。イエスかノーか。」
「……ノー。その提案、受け入れる訳にはいきません。容疑が晴れたのであれば、自分でここから出ていきます。」
「へぇ、この周りはずっと廃墟なのに水は?食料は?」
「私は、特別な栄養剤を精製できる機械を所持しています。零と月狼を回収した後、政府の施設に行き、私の上司である香月博士を探します。」
「その栄養剤も興味深いけど、これを見ても行くの?」
彼女は、ゆっくりと覚悟の目隠しを外した。
目の前にいたのは……
「貴方は、香月夕呼博士!」
覚悟を覗き込むように前にいるのは、自分が眠りにつく前に最後に会話をし、自分を気遣ってくれた人物、『香月夕呼』がそこに立っていた。
やっと出会えた知り合いに珍しく覚悟が目を見開き、ここまでのことを質問しようとするが、それを無視するかのように真剣な顔で夕呼は言う。
「今から、貴方の拘束を解くわ。自由にしてあげる。けど、絶対に暴れちゃ駄目よ。」
「よろしいのですか?」
「この拘束具も貴方にとっては、多分意味をなさないでしょ?それとも、自ら破壊する?」
「軍の大切な品をこれ以上破壊する訳には生きません。」
(やっぱり、いつでも壊せたのね…………)
夕呼は時間をかけて、すべての拘束具を外した。そして、すべての拘束を解かれてダルダルの服を辛うじて着ている覚悟は、ゆっくりとベッドから降りる。解放された覚悟に夕呼は問う。
「まず葉隠、あたしを覚えている?覚えているなら、あたしの役職とか言える?」
「香月夕呼博士。日本を辛うじて、統一している管理局の一人で、私を眠らせた冷凍睡眠装置の開発者。」
「あとは?」
「私の眠る前に最後に会話し、永遠に眠るかもしれない私を気遣ってくれた人物。」
「あとは?」
「いずれは、管理局のトップになりて、教科書に名が乗り、自叙伝も書くと言っておられたではありませんか?」
(あっちの私、結構、向上心と顕示欲強いのね……けど、冷凍睡眠装置なんてもの開発するなんてやっぱり天才だわ♪)
夕呼は、ほんの少し機嫌が良くなった。
「貴方は、その冷凍睡眠装置から目覚めたのね?」
「はい。これで疑いは晴れましたか?」
「わかったわ。けど、こういってもなんだけど、逆にあたしがどこかの敵組織の偽物かもしれないのに、よく二日前と違って情報を喋る気になったわね。」
「私のことを少しでも知っている敵なら、重火器無しで一人で応対し、なおかつ私の拘束など解きませぬ。」
「そう。なるほどね。」
拘束を外した夕呼は、一仕事終えたかのように自分の椅子に座って覚悟に問う。
「まず葉隠、貴方はこの世界どう思った。」
「率直に言って、理解が追い付かぬといったところです。あの少女の取調官が嘘をついていないなら、私は約二ヶ月前の過去に飛んだことになります。けれど、私が眠る前の日本とは全く違う。戦術鬼ではない人を食らう怪物。それと戦う巨大な機体。自衛隊とは違う、日本帝国が残存したかのような軍人たち。いや、かつての大戦でも、あのような年端もいかぬ少女を徴兵することは無かった……いったい私が眠った後で何が起こったのですか?」
(戦術鬼?あっちでもBETA見たいな生物がいたのかしら?)
と考えながら咳払いをして覚悟に確かめる。
「さっきの会話、覚えてる?この世界のことを話す替わりに、貴方も軍事機密なしで話すって話。」
「すべてを話すことは無理ですが、できるだけの情報を開示し、嘘はつかないと約束致します。」
「わかった。今はそれでいいわ。じゃあ、あたしから少し話す。まず最初に理解をして欲しいのは、ここは貴方のいた世界とは違う、いわゆる平行世界ね。」
「平行世界?」
「聞いたことないかしら?まぁ、簡単にいえば貴方は、自分の世界と似ているけど、全く違う異世界に召喚されたってことね。そして、あたしも貴方の知っている香月夕呼とは違う香月夕呼よ。だとしても、今さら情報交換しないなんて言わないでね。このことが理解できるのは、この世には、あたしと貴方、あと二人の四人だけなんだから。ここまで納得しなきゃ話は続けられないわよ。わかった?」
覚悟は、数秒程沈黙した後
「………………了……解……」
と辛うじて答えた。
覚悟は、大抵のことであれば、その証拠を提示せよと迫るところだが、自分が二日前に体験したことを考えると、何も言うことが出来なかった。
「物わかりがいいのね。助かるわ。」
夕呼は、どれだけ殴られ脅しても、無表情だった覚悟の表情に、僅かだが驚き、困惑した顔を見つける。自分の話でその変化を作り出せたことに満足し、いつもの妖しい笑顔に代わり、白銀武と同じような接し方で喋り始めた。
「基本的なこの世界のことは、わかったわね。じゃあ、あたしがこの世界のすべてを教えるのは効率が悪いから、まずは貴方の世界の、主に日本の歴史を教えて。そこからあたしが、この世界だけに起こったことを貴方に教えるわ。理解できた?」
「日本の歴史ですね、了解。」
夕呼は、久し振りに興奮していた。今までも白銀武から自分と違う世界の話を聞き、自分の探求心、知識欲を満たすのは楽しくて仕方なかったからだ。そして、行き詰まった退屈なレポートを眺めるよりも何倍も研究意欲をそそられるのだ。
夕呼は、胸を高鳴らせ覚悟の語る異世界の話を待つ。
覚悟は、口を開きゆっくりと語り始めた。
「まず神代の時代、伊邪那岐命・伊邪那美命の二柱の神が、国作りを命じられ、天の沼矛を授けられ……」
ピキッ、イラッ……
「それは、もう少し後で聞くわ。できれば…………1800年代後半からお願い。」
「失礼しました。では…………」
やはり、キャラクターがどう動き、喋るのかを考えると時間がかかりますね。