その代わり大事な試合はちゃんと書くので許してクレメンス
二回戦の相手は古豪の城南。
それなりにレベルは高いが、データは豊富にある。
相手はチェンジアップを決め球とする技巧派左腕。
だが球速はそこまでではないのでチェンジアップさえ捨てれば打てるはずだ、恐らく。
先発の中上は完璧な立ち上がりを見せ、良い流れで攻撃へと繋げる。
打線も好調を維持し続けていて糸賀が決め球のチェンジアップを打ち返して出塁、菊池の送りバント、そしてクリーンナップの連続タイムリー。いつものパターンで初回から先制。
「城南のクリーンナップは流し方向への打球が多い、シフトを敷いておけよ」
「ハイッ!」
要注意なクリーンナップへの対策もしっかりし、中上は6回1失点という好投。
打線もチェンジアップを苦としない糸賀、金堂、鈴井の三人を軸に8点を奪って6回コールド成立。
三回戦は浜矢が4イニングを、青羽が2イニングを投げる継投。
守備型のチームで打線はあまり脅威ではなく、投手を始めたての二人でも6回を3点に抑えられた。
だがその反面投手力が高いチームで、二番手以降も手強い選手は揃っていた。
「よっし! やっと一本出た!」
「ナイバッチー!」
しかし糸賀のホームランを始めとし、主に三年生の打撃が爆発。
それと金堂は巧打力はあるが長打は無いことから今までクリーンナップに据えられる事は殆どなかったが、今回のような投手力の高いチーム相手でも余裕で打てる事から今回は五番に置かれた。
足と打力を兼ね備えた最強の四番と、長打は無いがどんな投手のどんな球でも打ち返せる五番。
一番から三番の選手になんとか出塁してもらい、ランナーを溜めた状態で二人に回す。
それが上手い具合にハマって6回でコールド。
四回戦、五回戦は連続で打撃重視のチームと当たり、試合前から打撃戦が予想されていた。
そしてその予想通り五回戦は打撃戦となった。
この二試合はエース中上が四回戦を7回2失点、五回戦は浜矢が5回3失点、青羽が2回2失点。
一方で打撃陣は好調を維持し続け二試合で9得点。
この二試合はコールドは成立せず7回まで試合をする事になった。
四回戦は3対2、五回戦は6対5という接戦をモノにして準々決勝進出を決めた。
「五回戦突破おめでとう。あと三回勝てば優勝だ、気を引き締めてくぞ!」
「はいっ!」
あと三回勝てば神奈川の頂点に立てる。
タレント揃いのチームとはいえ、たった九人でここまで残ると予想出来た者は居ない。
下馬評では四回戦進出までがいいところだろうと言われていた。
選手たちの疲労はかなり溜まっているが、ここからの日程は連日の試合は無くなり、更に優勝さえしてしまえば暫くは休める。
「もう向こうは試合終わったんですかね」
「ちょうど試合が終わったみたいです」
神奈川は出場校が多い。そのため五回戦まで来ても複数の球場に跨って試合が行われている。
生で観戦することによって気付くこともあるので、中継でしか観られないというのだけが残念な点だ。
「準々決勝の相手は……藤銀学園です」
「ついに当たったか、強豪と」
「今年の藤銀はどんな感じだ?」
藤銀学園。春夏11回の全国出場を誇る強豪校。
今年の優勝候補の一角とされている。
全寮制で部員は有力選手を県内外から集めている。
至誠と似たような感じだが、規則や校則だけ見れば向こうの方かだいぶ厳しい。
そもそもこんな髪色が派手な選手が揃っている至誠の方がおかしいといえばおかしいのだが。
強豪校と弱小校で何が一番違うかと言われれば、メンタルの強さだろう。
試合に慣れているのは勿論、逆境での強さ、得点圏での怖さなどはやはりメンタル面が関わってくる。
強豪校で試合を多くこなし、色んな場面を乗り越えてきた選手たちはメンタルが鍛えられている。
多少のミスが出ても動じずプレーが出来る、かなりの強敵だと予想される。
「今年は投手力、守備力が高めのチームですね」
「かといって打線が弱いわけでもないんだろ?」
「そうですね。クリーンナップは全員4割打ってますし下位打線も3割弱の選手が並んでいます」
「そんだけ打てて守備型のチームなのかよ……」
あくまで例年と比較して守備型というだけである。
だが投手層の薄い至誠にとって、比較的打線が弱い年に当たったのは幸運だろう。
「せんしゅー、藤銀の総失点は?」
「5試合やって2失点だよ」
「はっ? それだけ?」
いくら格下としか当たってこなかったとはいえ、5試合で2失点というのは素晴らしい。
しかもその2失点も五回戦での失点なので、残りの4試合は全て完封リレーで勝ち星を上げている。
ちなみに至誠は5試合で13失点。
チーム防御率は2.94と、まともな投手経験者が一人だけのチームとは思えない好成績を残している。
「対策とかは無いんですか?」
「あるにはあるぞ」
「え、あるんですか!?」
「なんで驚いてんだ……ちゃんと調べてきたよ」
まず灰原が言うには、藤銀のエースはコントロールはいいが球威はあまり無い。
持ち球はスライダー、カーブ、スプリット。
その内のスプリットはコントロールが効くので捨てて、スライダーとストレート狙い。
スライダーは変化が小さく狙いやすく、ストレートも速くはない。
「スペックだけ聞くとなんでそんな抑えられたのか謎なんですけど……」
「打たせて取れる守備力のお陰もあるし、コースギリギリに決められたら手が出ないだろ?」
「なるほど……」
アウトローギリギリに変化球を決められてしまえば、まともに打てるのは金堂と柳谷くらいだろう。
特に高校野球はプロ野球に比べてストライクゾーンが広いので、バットが届きにくいというのも相手打者を苦しめる。
「あとはカーブの存在だな……あいつのカーブは縦に曲がるんだ」
「パワーカーブとかナックルカーブ系統ってことですか?」
「ああ、それに変化量も大きく制球も効く。あのカーブがあれば予選くらいなら簡単に抑えられる」
浜矢は縦に割れるカーブと対戦した経験は無い。
縦に変化するカーブをコーナーに投げ分けられる制球力があれば、県内ならそれだけで無双できる程の武器となる。
「カーブを打てそうな奴は狙って、無理なら捨ててスライダーとストレート狙い。それしかないな」
「あんま対策ってレベルじゃない気が……」
「それだけ向こうも凄いって事だ。それにうちだって誰も打てないなんて決まった訳じゃない」
そう、至誠には最高打者の柳谷とバットコントロールお化けの金堂がいる。
青羽と山田だって当たりさえすればアウトローの変化球もスタンドイン出来るし、糸賀や鈴井だって当てるくらいなら出来るはず。
この中で一人か二人タイミングが合えば点を奪うことだって可能だ。
次の先発はエースの中上なので、2点か3点あれば恐らく勝てるだろう。
「明日は投手戦になりそうだな……」
「だね、まあ私に任せといてよ」
「後ろは必ず守ります!」
「おっ、いい返事! 任せたよ〜!」
彼女はまだ手の内を完全に明かしてはいない。
この大会で投げていない変化球はいくつかある。
それを駆使していけば打たれる確率は下がる、それに託すしかない。
「浜矢も投げてもらうかもしれないから、心の準備だけはしとけよ」
「はい」
浜矢もなんだかんだ言って悪くはない成績。
左の変化球投手から右の速球派なのか本格派なのか分からない投手が出てくれば打ちにくいだろう。
(私が試合を壊すわけにはいかない、出番があったら抑えるだけだ)
「帰ったら明日に向けて練習するぞ!」
「オオッ!」
ここを乗り越えられなければ優勝は無い。
圧倒的な破壊力を誇る至誠打線が打ち勝つか、それとも鉄壁の守備を誇る藤銀が守り抜くか。
運命の試合は明日13時から始まる。