君色の栄冠   作:フィッシュ

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某球団の実話を元にしたフィクションです(白目)

なんだかんだこの後は改善されて、最終的には日本一になるチーム(という設定)です


悪夢のような現実

今日から初めての春季キャンプが始まる。

高校とプロでは全然レベルが違うだろうし、先輩たちに技術的な事を色々聞きたいな。

 

「緊張するなぁ……」

「プロで通用する為にも、キャンプをしっかりこなさないとね」

「おう!」

 

鈴井が居るだけで安心感が違うな。

やっぱ知り合いが同じチームにいるのは嬉しい。

 

「集合! えー、私が今年度よりこのチームの監督を務める事になった、中山清美(なかやまきよみ)だ! これからよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「……しゃーす

 

え、先輩達の声ちっさ。

一軍の人達とルーキーは声出してたけど、二軍選手の声全然聞こえなかったんだけど。

 

「声が小さいぞー、もっと元気出していこう!」

「はいっ!」

「…………」

 

今度はガン無視かよ、しかもなんだこの雰囲気。

監督の言葉を無視するのが当たり前みたいな感じがある。

 

「……プロ以前に、社会人として挨拶が出来ないのはどうかと思うぞ! まずは大きな声を出して、気持ちを切り替えてプレーしないと!」

 

プロってこんな所から指導されるの?

いやそんな事は絶対に無い、ブルースターズがおかしいだけだ。

 

「まあいい! ルーキー、指名順に挨拶してくれ」

「はっ、はい! えーっと……至誠高校から来ました投手の浜矢伊吹です! まだまだ未熟ですが、皆さんに追い付けるように頑張ります!」

 

うーん、声だけじゃなく拍手すらも小さいな。

私以外が挨拶してもこんな感じだったし、もうチーム全体に染み付いてるのか。

 

 

「浜矢は今日ブルペン入れそうな状態か?」

「はい、大丈夫です」

「なら鈴井と一緒に入ってくれ」

「ルーキーって初日からブルペン入りしないイメージがあったんですけど……」

 

私が疑問を口にすると、中山監督はニッと笑った。

 

「メディアとファンへのサービスみたいなもんだ、浜矢のおかげで今年は記者が沢山来てるからな」

「ああ……いつも少ないですもんね」

 

ブルースターズは現在暗黒真っ只中のチーム。

最下位が当たり前で、シーズン終盤まで5位争いに食い込めたらファンが驚くレベル。

そんなチームに全国優勝投手が入団したら、まあ注目は浴びるよな。

 

「ただ初日から飛ばし過ぎるなよ、変化球は一球だけなら許そう」

「分かりました、鈴井行こうぜ!」

「うん」

 

ブルペンに移動しようとすると、記者がほぼ全員付いてくる。

ずっとシャッター切られてるし気になっちゃう。

 

「こんなに注目されるとは……」

「ドラ1だしね、まあいずれ慣れるでしょ」

 

ただ移動するのすらも緊張感があったけど、何とかブルペンまで移動する。

軽いストレッチとキャッチボールから始め、立ち投げをしていよいよ投球練習開始だ。

 

 

私がマウンドに立って、鈴井が座って構える。

今から投球練習が始まると分かった記者は、一斉にカメラを構え出した。

 

記念すべき初球はど真ん中へのストレート。

投げる瞬間にシャッターを連続で切る音が聞こえて少しビビった。

なんか集中出来ないけど、プロは常にこんな状況でプレーしてるんだ。

 

飛ばし過ぎないように、かつ本番を意識して30球投げ込んだ。

監督が一球だけなら変化球も良いって言ってたのは、多分だけどこういう意味だと思う。

 

「ラスト! スライドフォーク!」

「オーケー!」

 

フォークの握りを鈴井の方に向けると、今まで以上にカメラを向けられる。

この一球はここに来てくれてる記者さんと、ファンの人達へのサービスだ。

 

冬の間は投げてなかったから、制球が定まらずワンバウンド。

だけど変化量は問題無いしこれから上げていけば平気だ。

 

「鈴井サンキュ! 今日も投げやすかったよ」

「当たり前でしょ、受け続けてきたんだから」

「へへっ、そうだな!」

 

こんなチーム状況だし、鈴井が居なかったらおかしくなってたと思う。

これに関してはブルースターズに感謝しないと。

 

 

ブルペン投球が終わったら次は連携守備。

投手と捕手の間に転がるバントを想定して、連携を取り合う練習だ。

 

「じゃあ次浜矢ー!」

「はいっ!」

 

バントの処理はそこまで苦手でも無い、というか得意な方。

肩は強いから上手く転がされてもアウトに出来ることのが多いし。

 

「よしっ、ナイス! 良い動きしてるなー」

「あざーっす!」

 

鈴井も二塁送球やら何やらをノーミスでこなしてた。

けど意外だったのは、鈴井はプロの中では全然肩が強くない部類に入るって事。

送球の弾道が正捕手の西森さんと全然違かった。

 

「鈴井はどうだった?」

「プロの壁を感じたよね……というより西森さんの肩が強すぎる」

「流石は正捕手だなぁ」

 

西森さんは高卒でプロ入りした捕手。

高校時代から強肩強打の名捕手と呼ばれてて、プロでもその力を発揮している人。

ただ怠慢走塁が時々目立つのが玉に瑕。

 

「二人とも良い動きしてるな、流石は至誠出身だ」

「至誠出身ってだけでそんなに褒められるんですね……」

「けど実際ウチの卒業生って全員活躍してるしね」

 

ブルースターズでいうと八神さんがそうだ。

八神さんだって先発の二番手として、毎年のように二桁勝利を挙げている名投手だから。

 

 

「ねぇあのルーキー二人さぁ……気合い入り過ぎじゃない?」

「分かる、そんなにアピールしたいのかって思う」

 

監督との話が終わると、そんな会話が聞こえてきた。話していたのは二人とも二軍の選手だ。

 

「……アピールするのなんて、当たり前じゃないのかよ」

「ごめんな、ウチの失礼な奴らが」

「わっ! って……西森さん!」

 

後ろから話しかけてきたのは西森さん。

髪を金色に染めていて見た目はちょっと怖い。

 

「たまーにだけど、二軍にはああいう奴もいるんだよ。大体がやっかみだと思うから気にするなよ、お前らのがあんなのより実力はあるんだから」

「はぁ……あの、ブルースターズの二軍ってどんな感じなんですか?」

「二軍? 地獄だよ」

 

そんなキッパリと言い切っちゃうのか。

いやでも少し分かるんだよな、あんな人達が居るんだから。

 

「なんだかんだプロで活躍してる先輩からのアドバイスだ……二軍にだけは絶対落ちるなよ」

「は、はい……」

「肝に銘じておきます」

 

二軍に落ちたら今以上にやる気の無い人しか居ないはず。

そんなとこに居てモチベを維持し続けられる自信なんて、私には無い。

 

 

キャンプ初日の練習は終わり、ホテルに戻る。

唯一信用できる鈴井とは常に行動を共にしている。

 

「いやー、ヤバかったな……あれがプロの姿か?」

「アマチュアレベル……はアマチュアに失礼だよね」

「そこまで言うか……分かるけど」

「小学生の方が返事もできる分まだマシだよ」

 

小学生と比べられるプロ野球選手って何だよ。

地元だし八神さんも居るから嬉しかったけど、やばいチームに入っちゃったな。

 

「こんなチームで大丈夫かなぁ……」

「あはは、やっぱりそうなるよねー」

「ひっ、ごめんなさい!!」

 

あの先輩達に聞かれたのかと思って、謝りながら振り向くとそこには。

 

「や、八神さんに神浦(みうら)さん!」

「おつかれー、大変だったでしょ? 主にやる気の無さが」

「……まぁ、そうですね」

「私達も同じ気持ちだから、気にしないでいいからな」

 

八神さんと神浦さんは同期入団した選手だ。

高校卒業後からブルースターズ一筋10年。

一体このチームの何に惹かれたんだろう。

 

「あの……お二人は、どうしてチームに残られたんですか? 確かFAもしてましたよね?」

 

この二人はFA権を取得した年に行使した。

だけど結局は宣言残留したんだけど、二人なら引く手数多だったはず。

 

「ファン感でファンに止められちゃってね、“他球団に行かないで”って」

「あれ聞いちゃったら残るしかないよね〜……それに、私は優勝を見てるから」

 

ブルースターズは一応、1960年と1998年にリーグ優勝と日本一を達成している。

後にも先にもこの二回だけだって言われてるけど。

 

「強かった頃の横浜が忘れられなくて、ずっと未練タラタラで残ってる」

「それにあんまこういう事は言いたく無いけどさ、横浜にいると活躍のハードルが低くなるから楽なんだよね」

「活躍のハードルが? ……って、どういう事ですか?」

 

この二人は球界でも屈指の成績を残している人だ。

だから余計に言葉の意味が分からない。

 

「ほら、横浜って弱いじゃん? という事は成績を残せている選手が少ないってわけで……」

「投手は特にね。だから防御率3点台後半とかでもエース扱いされるんだ」

「そういう意味でしたか……」

 

時々野手でも投手でも凄い人は現れるけど、そういう時は周りがあまりにも酷すぎるってパターンが殆ど。

だから常に結果を残している二人は、横浜内では神のような存在になっている。

 

「だから伊吹も気楽にね、3点台なんてやったらもう浜矢フィーバーだよ」

「2点台目標なんですけど……」

「うちでそんな成績残したら、一瞬でエース扱いされるよ」

 

そういや横浜の2点台って全投手合わせても、確か三人くらいしかいなかった記憶が。

4点台とかが普通にローテ入りするような投手陣なんだった。

 

「そうだ、私達からのアドバイス!」

「二軍には落ちるなよ……」

「それ先程、西森さんにも言われました」

 

鈴井がそう返すと、神浦さんは悠理なら言いそうと賛同する。

てか二軍がヤバいのは共通認識なんだ。

けど気合い入れて挑めば意外といけそうな気はするけどな、ライバルは少なそうだし。

 

「気合があれば二軍落ちても平気だと思った?」

「な、何で分かるんですか!?」

「そう言って二軍で腐っていく選手を、私達は見てきてるんだよ……」

 

神浦さんが凄い遠い目をして、八神さんが何度も頷いてる。

二軍ってそんなに酷い環境なのか。

 

「色々見てきたよ……すっごいウキウキでFAで出て行く選手とか」

「逆にトレードでうちに来た瞬間、ムードメーカーって呼ばれてた選手から笑顔が消えたりとかね」

「うわぁ……」

 

他にも練習中にサッカーしたり、そもそも靴を履いて来なかったり。

試合中に全員がベンチにいる方が珍しいだとか、練習しちゃいけない空気が流れているだとかの話を聞かされる。

 

 

 

……拝啓監督、お元気ですか?

胸の高鳴りを感じながらプロへの扉を開いたら、悪夢のような現実がそこには待っていました。

ここで自分がずっと腐らずに居られるか、今から心配で仕方ないです。


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