君色の栄冠   作:フィッシュ

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第16球 終わりは唐突に

5回裏こそ回の途中で、しかもピンチの場面という投げにくい場面での登板だったからアレだが、6回裏はエースの本領発揮をされた。

青羽は三球三振、鈴井もスプリットに手を出してしまいショートゴロ。

中上も高めのストレートに釣られてあっさり三振。

 

「青羽先輩! 負けてられないですよね!」

「ああ、この回を抑えてお前に勝ちをつけてやる」

「頼みますよ!」

 

ハイタッチをしてライトの定位置に駆けていく。

この回を抑えれば八年ぶりの決勝進出が決まる。

浮き足立ってしまいそうになるが、冷静に風向きと太陽の位置を確認する。

 

《一番センター水瀬さん》

 

最終回2点差でも全く安心できないのは彼女と結城の存在があるから。

水瀬は何が何でも出塁してやると、鬼気迫った表情でマウンドの青羽を睨みつける。

敵を怯ませる気迫はある。張り詰めるような緊張感もある。だが、負ける気だけはない。

 

藤銀はどこか諦めていたような雰囲気がベンチに漂っていたが、京王義塾にはそんな様子はない。

それもその筈だろう。これまで何度も全国出場に届きかけた、しかしその度に蒼海大相模や藤堂学園にその権利を持っていかれた。

数年ぶりに決勝に進めるチャンス、それをそう易々と手放す訳にはいかない。

 

 

初球、青羽のストレートに対して水瀬は珍しく力任せに振り切った。

プレッシャーからか、冷静さを欠いた彼女らしからぬスイング。

しかし流石は6割打者と言ったところか、ヒットゾーンに運んでノーアウト一塁の場面をメイクする。

 

(まだ負けられへん。絶対このメンバーで全国に行く、三年間それだけを目標にやってきてん)

 

中学時代から憧れていた結城とチームメイトになるためだけに兵庫から神奈川まで来て、寮に入って野球漬けの日々を送ってきた。

楽しい事なんてほとんどなかった、高校生らしい事もほとんどしていない。

ただ結果を出す事だけを求められ、その期待に応えるべく常に自分を律して研鑽を積んできた。

 

それなのに三年間で一度も全国出場の経験無しで卒業したくない、そんな事が許されるはずがない。

苦楽を共にしてきたチームメイトの為に、共に実力を高め合っていった結城の為に、そして何よりも自分の為に。

 

「走った!」

 

絶対に自分がチャンスメイクしてみせる。

自慢の脚力を信じ、初球からスタートを切った。

ボールの行方を確認せず一心不乱に地面を強く蹴り、27.431メートル先のベースに向かってただひたすらに駆ける。

 

――しかし、この考えを読んでいた者がいた。

 

柳谷真衣に、鈴井美希の二人。

水瀬がスタートを切ったのを見ると同時に鈴井は二塁に入り、正捕手からの送球を待つ姿勢をとった。

そして正捕手は――投手に直球を投じさせた。

 

外角高めに外れる速球を弾くことなく直ぐさま握り替え、ステップを踏み、二塁で構える後輩に向けて低い弾道のバズーカ送球。

投球動作を終えた青羽が一瞬にして回避行動に移らなければ当たってしまう、そんな弾道だった。

 

二塁に滑り込む水瀬の脚、それと同時に鋭い送球を受け取った鈴井がタッチをする。

グラウンド整備から時間が経っており、スプリンクラーで撒いた水分は蒸発してしまったのだろう。

二塁ベース付近、広範囲に砂埃が舞う。

プレーを見て判定を下すことが出来たのは、鈴井と水瀬、そして塁審のみだった。

 

「アウトー!」

 

そのコールがされた瞬間、球場が湧いた。

県内でもトップクラス、全国でも見劣りしない俊足を誇る水瀬楓が刺された。

そんな珍しい場面を目の前で見てしまっては、興奮するのも無理はないだろう。

この歓声は至誠を後押しし、京王義塾を動揺させる残酷なものだ。

 

 

「ごめん……」

「向こうの捕手が一枚上手だっただけだ。それに、四番(わたし)が打てばいいだけの話だろう?」

「……任せたよ」

 

惜しくも盗塁死をしてしまった水瀬は、ベンチに戻ると俯いたまま結城と会話を交わす。

悔しさから今にも泣き出してしまいそうな彼女は、喉から声を無理やり絞り出していた。

 

このまま順調にゲームセットとはいかないもので。

今日の試合でノーヒット、バントは上手いが打力はそこそこという絶対に抑えなくてはいけない二番に四球を与えてしまう。

 

三番打者をゲッツーに打ち取れば結城に回すことなくゲームセット、それ以外の場合は結城に回る。

ヒットや四死球の場合はワンアウトで得点圏という、結城の大好きな場面で。

 

それこそ敬遠をしてしまえばいいのだが、その選択をした場合必ずヤジが飛んでくる。

この試合だけでは済まないかもしれない、次の試合も、その次も続くかもしれない。

罪のない選手たちに誹謗中傷が届くかもしれない。

そう考えた時、灰原は敬遠の指示を出すということは考えられなかった。

 

「ここで終わらせろー!」

「翼! 投げきれー!」

「セカンド打たせろー!」

 

青羽は心を落ち着かせる為にロジンバッグを触る。

試合前、緊張で手が震えていた彼女はいない。

マウンドに立っているのは、チームの勝利を掴み取ろうとしている投手だ。

 

最高はダブルプレー、最低でもツーアウト、そして最悪はワンアウト。

それだけを頭に入れて青羽は投げる。

初球、アウトローのカーブを見逃し。ストライク。

次に真ん中低めのストレートをファールにされる。

 

(レフト方向へのファール……速球を引っ張ったってことは元から速球狙い、しかも引っ張るつもりだったか。打力はあるしホームランに賭けてたか)

 

ホームランを狙って打つ場合、一番それを実行しやすいのは引っ張り打ち。

外角の球を流すより真ん中から内の球を引っ張る方が強い力が伝わりやすい。

 

ファールの方向、そしてタイミングが合っていたという事実……これがホームラン狙いであったと柳谷に悟らせてしまった。

柳谷はあまり三球勝負を好まない。自分のリードでそれをした場合、打たれるのではないかという怖さがある。

 

だからもう一球内角に速球を投げさせる、打者を仰け反らせるために。

 

(一瞬だけど踏み込んできた……! やっぱストレート狙いか)

 

見逃し方、タイミングの取り方、体の開き具合。

それで相手の待っている球種や狙いを探れ、柳谷は灰原からそう教わった。

まさに今、それを実行している。

 

(さあ柳谷、ストレートをホームランにしようと打ち気にはやる打者には何を投げる?)

 

長考の末に柳谷が構えたのは、インコース。

青羽は勝負を決める白球を握りしめ、グラブの中で二本(・・)の縫い目に指を掛ける。

左脚を上げ、そのまま力強く踏み込む。

右腕をオーバースローから、169cmの高身長から、24.5cmのマウンドから振り下ろす。

 

内角には投げられたが、一球前に打者を仰け反らせたほど体に近くはない。それどころか、甘い。

球速、コース共に打ち頃の絶好球。

最後の最後で失投か、そう思った打者は迷いの無いフルスイングで粉砕しようとした。

 

しかし、白球はホームベースの手前で利き手側に曲がり始めた――ツーシームだ。

打ち気にはやる打者に対して、甘いコースから斜めに沈み込むツーシーム、ゴロを打たせたい時によく使われる配球。

 

柳谷の狙い通り、打者はバットの根元付近で白球を捉えた。

だが腐っても金属バット、芯を外されたとしてもある程度は強い打球が打てる。

しかし至誠の内野陣――特に二遊間は鉄壁だ。

 

 

「ショートいったぞ!」

「はいっ! 一塁!」

「オーケー!」

 

鈴井は鋭い打球をガッチリと掴む。

流れるような動きで二塁に入った菊池にトスをしてツーアウト、そして菊池がそのまま一塁へ転送。

 

「……アウトッ!」

 

――長い試合の終わりが告げられた。

 

どちらも一歩も譲らない白熱した試合だったが、終わる時は意外とあっけないものだ。

 

「青羽せんぱーい! ありがとうございます!」

「礼はあの二人に言いな」

 

そう言って青羽が指差したのは鈴井と菊池。

確かにこの試合、あの二人にはだいぶ助けられた。

 

「鈴井! 菊池先輩! ありがとうございました!」

「エラー分取り返せてた?」

「十分すぎるほどに!」

 

鈴井も礼は言わないでいいと口にしながらも笑っていた。相変わらず素直ではない。

 

 

歓喜に包まれている至誠ナインとは違い、京王義塾ナインは泣き崩れていた。

地面に両膝をつき、蹲ったまま動けない。

特にチームの中心人物であった結城葵と水瀬楓は抱き合いながら悔しさを、自身の不甲斐なさをぶつけあっていた。

 

自分が悪い、自分があの場面で打てれば、あの場面で盗塁を失敗しなければ。

そんな言葉を涙が溢れてきて止まらない。

しかし敗者は立ち去らなければならない。

 

試合が終わった後のグラウンドには、勝者のみが残ることを許される。

結城と水瀬はチームメイトに肩を支えてもらいながら、覚束ない足取りでグラウンドから去る。

 

 

「決勝進出おめでとう! 相手はこの後の試合で決まる、皆で観戦しよう」

「どっちが勝つと思う?」

「そりゃ蒼海大でしょ」

「相手は市大藤沢ですよね!」

「なら私は市大藤沢予想かな」

 

神奈川屈指の強豪校・蒼海大相模と、ここ数年力を付けてきている市大藤沢。

圧倒的に打のチームである蒼海大相模に守りの市大藤沢、この二校の準決勝は熱戦が予想されていた。

 

――それは、予想を遥かに上回る結末だった。

 

「なんだよこれ……」

「……市大って強いんですよね?」

「今年は投手も二枚看板で優勝候補だぞ……」

 

スコアボードには24対1と刻まれていた。

優勝候補とまで言われたあの市大藤沢がこんなに点を取られて、なおかつ1点しか取れなかった。

 

「どこからでも点が入る打線か……」

「それどころじゃない、どこからでもホームランが出るぞ」

「投手も良いな……」

 

三年生すらも驚きを隠せない様子。

蒼海大は確かに毎年のように優勝している名門校だが、まさかここまで圧倒的だとは誰も思わなかった。

 

「そういえば佐久間は出なかったね」

「この試合展開だし、経験を積ませるためにも投げさせるかと思ってたけど……」

「そういやなんで出なかったんだ?」

「ここ数試合はリリーフで投げてたから温存したのかな?」

 

もしくは完膚なきまでに叩きのめそうとしたのか、それともエースの評価を上げようとしたのか。

 

「それに関しては球数だろうな、5回で50球だと」

「ご、50……」

 

5回までとはいえ完投して50球。

打者一人に対して3球程度しか投げていない計算。

 

「球数が少ないってことは、打たせて取るタイプなんですか?」

「いや、元は奪三振を取るタイプだ。きっと決勝も投げるから球数抑えようとしたんだな」

 

(決勝も投げるなら継投すればよかったのに……佐久間を投げさせたくない理由でもあったのかな)

 

一年生で最速150kmという輝かしい実績はあるが、絶望的なまでのノーコンで強豪校を相手に投げさせるには危険すぎる。

その為にエースを連投させるという選択を取ったのだが、それを浜矢が知る術はない。

 

 

「まぁ、何はともあれ決勝の相手は蒼海大に決まった。明日は速球打ちの練習をするが、その後はゆっくり休んでくれ」

「おっ、休みでいいんですか?」

「決勝でバテてもらっちゃ困るからな。それに私もデータ収集するから時間取れないし」

「ちなみに私もお手伝いします」

 

千秋も居ないのではチームに正確にノックを打てる者が一人もいなくなる。

ならば言われた通りゆっくり体を休めるしかない。

 

「ただ、三年は練習後も残ってくれ」

「えっ!? 私らなんか悪い事しました?」

「違う違う、インタビュー」

「インタビューですか……嬉しいですね」

 

決勝まで残ったからインタビューを受ける。

こういうのは基本的にキャプテンと監督だけなのだが、至誠は3年生が三人しかいないので全員に聞くらしい。

 

「優勝したら伊吹ちゃんも取材受けるかもよ」

「へっ!? いや私は取材する意味無くない!?」

「初心者が京王を5回4失点は普通に取材殺到すると思う……」

 

(もし取材とか来てもちゃんと答えられる自信無いんだけど)

 

注目されたらスカウトの目にも止まるし良いことではあるのだろうが、今の浜矢に平常心で受け答えをできる自信は無い。

 

「あんまり浮かれるなよ!」

「はっ、はい!」

 

妄想を膨らませていると灰原に釘を刺される。

(こんな浮かれてちゃ蒼海大には勝てないな)

 

浜矢は気合いを入れ直して明後日の試合に臨もうと決めた。


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