君色の栄冠   作:フィッシュ

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第17球 決戦! 蒼海大相模

決勝戦当日。ここ横浜スタジアムのスタンドは当然のように満員だ。

ネットやテレビでも中継されているので、この試合を観ているのは今ここにいる者だけではない。

この何倍、何十倍もの人数がこの試合の行方を見守っているのだ。

 

「人やば……」

「緊張しすぎて倒れないでよ」

「大丈夫……多分」

 

普通の人生を歩んできてこんな大舞台に立った経験などない浜矢は、過去最大の緊張を感じていた。

もし今躓いて倒れてしまった場合、自力で起き上がることは出来ない。それほど手足が震えている。

 

深呼吸をしてなんとか緊張を逃そうとしていると、突如として三塁側の観客席から歓声が湧く。

神奈川の名門・蒼海大相模の選手が入場したのだ。

当然、佐久間もその中にいる。

 

相良(さがら)ー! 頼むよー!」

「佐久間も出場してー!」

「ここまで来たら優勝一択!」

 

相良と呼ばれた選手が観客に向かって手を振ると、その都度黄色い悲鳴が上がっていた。

逆に佐久間は一切客席の方を見ておらず、この二人のファンへの対応は正反対と言えるだろう。

 

 

蒼海大相模の選手がベンチに着くと同時に、至誠は千秋を中心として作戦会議を始める。

 

「遂に決勝だね……警戒するのはやはりエースの相良投手。フォークとシュートが武器の左の本格派投手です」

「リリースポイントが見辛いフォームが特徴だな」

「弱点はあるんですか?」

「特に無いが……フォークは捨てた方がいいかもしれん。変化量が多くてワンバンする事が多い、見逃せば逸らす可能性もある」

 

運要素がかなり強い作戦だが、運に頼らなければ勝てないくらい良い投手ということだ。

前日に全員で映像は見た。見たのだがこれらしい弱点を発見する事はできなかった。

ストレートのノビも変化球のキレもコントロールも、全てが一級品。

そのレベルでないと蒼海大のエースは務まらない。

 

「それと、伊吹ちゃん的には佐久間さんも気になるかな?」

「もちろん!」

「出てくるのは恐らく試合終盤……代打として出てくるよ」

「うち相手に投げてくるかな?」

「どうだろう……けどここまで良い成績残してるし、もしかしたらあるかも」

 

佐久間は投球より打撃の方が評価されている。

それでも一年生で150kmのストレートを操るので浜矢にとってはかなりの強敵間違いなしだろう。

 

「打線に関しては、全員警戒して下さいとしか言えません」

「だよなぁ……」

「打線強すぎて投げるの嫌なんだけど」

「私も嫌です、中上先輩頑張って下さい」

 

蒼海大相手に浜矢を登板させたら余裕で二桁失点はするだろう。

至誠の中で蒼海大とまともに張り合えるのは中上だけ、本人が嫌だと言っても全てを託すしかない。

 

「幸いにも後攻だ、まずはしっかり守って攻撃に繋ぐぞ!」

「ここまで来たら絶対勝つぞ!!」

「オー!!」

 

至誠ナインが守備に散っていく。

絶対的王者・蒼海大相模か、古豪復活・至誠か。

大きくて重い期待を背負った二校の頂上決戦が、今幕を上げた。

 

蒼海大相模のオーダーは以下の通り。

 

一番セカンド 田中

二番レフト 角田

三番センター 西川

四番ファースト 山城

五番サード 菅沼

六番ショート 石﨑

七番ライト 永井

八番キャッチャー 城田

九番ピッチャー 相良

 

 

蒼海大相模の一番打者田中は打率4割越え。

水瀬と比較するとマシに思われるかもしれないが、彼女は蒼海大相模のスタメンだ。長打力もある。

ただそれと相対する中上も防御率1点台のエース。

化け物打線と互角に渡り合える実力はある。

 

運命の第一球、中上が投げたのは浜矢が一度も見た事のない変化球だった。

 

「オーライ!」

 

それでも田中は初球から積極的に打ちにきたので、まずはサクッと1個目のアウトを取る。

県外の高校ばかりと練習試合をしていたのは中上の変化球のデータを県内の強豪校、主に蒼海大相模に渡したくなかったから。

 

二番・角田への投球も、身内ですら全く見たことがない変化球ばかりだった。

一つがスライダー系だというのは浜矢にも分かったが、その球を投げられることを知らなかった。

相手もそれに戸惑っているのか三振に終わる。

 

しかしここまででだいぶ手の内を明かしてしまったのが悪かったのか、三番の西川には追い込まれる前にストレートを叩かれて出塁される。

 

《四番ファースト山城さん》

 

蒼海大相模不動の四番、山城斎。

今年の県予選で高校通算50本塁打を達成した正真正銘のスラッガー。

メディア曰くドラフト1位は確実とのこと。

 

彼女が打席に入ると内外野は共に後退、外野は背中にフェンスが触れる直前まで下がる。

落ちる球から入ったこの打席、山城の放った打球は高々と舞い上がりセンター方向へ。

 

(え、これホームランじゃ……)

 

浜矢はそう思ったが、フェンスギリギリの所で糸賀がキャッチ。

あとボール一個分伸びていたらホームランだった。

浜矢は最悪の事態は避けられた事に安堵して中上の方を見ると、何やらドタバタしていた。

 

「山城怖い! なんだよあいつー!」

「飛ばされすぎー」

「無茶言わないでよ! 縦スラあんなに飛ばされると思わないよ!」

 

ああ、アレは縦スラだったのかと納得。

彼女のメインの落ちる球はスプリット、それとは変化の仕方が違うように感じていた。

 

「そういえば、今日投げてた球種って何ですか? 私は見た事ないと思うんですけど」

「えっと、スラーブとサークルチェンジ、あとはシンキングファストに縦スラかな」

「そんな色々投げてたんですね……」

 

やはり中上佳奈恵という投手は凄い。

多種多様な変化球を操れるのもそうだが、今までそれらを封印してこの成績を残していたことも。

 

 

攻守を交代して至誠の攻撃が始まる。

相良がマウンドに上がった瞬間、歓声が上がる。

投球練習をしようものなら至誠の攻撃時の応援よりも大きいと思われる声援が。

 

「コントロールいいな」

「シュートの変化量すご……怪我しそう」

「ちゃんと投げればシュートは怪我しないよ。曲げようって思って変に捻るから怪我するんだ」

 

そもそも変化球というのは人によって握りやリリースの仕方が違う。

他の選手なら無理やり捻らなければ曲がらない場合でも、相良ならストレートと同じリリースでも大きく曲がる場合もある。

 

彼女はシュートという変化球に投げる事に適した身体をしていたのだろう。

特に何か工夫することも無く、大きな変化のシュートを手に入れた。

 

「悔しいけど、相良ってフォームも綺麗だしね。良いフォームの選手は良い球を投げるよ」

「確かにフォーム綺麗ですね」

「一つ一つの動きが繋がってるんだよね。高校レベルであんな完成されたフォーム、見たことない」

「見ていて楽しいフォームですよね」

 

投球集という動画があれば間違いなく延々と見ていられるフォーム、つまり見惚れてしまう。

浜矢と千秋は相良の投球練習を眺める。

 

「相良さんが左でよかった……内角抉られないで済むし」

「確かに内角のシュートは怖いよね、最近は絶滅気味な球種っていうのもあるし」

「確かにシュートを決め球にしてる投手なんて最近見ないなぁ」

 

投げ方次第では怪我をしないのに、怪我をしやすいというイメージが付き纏った結果絶滅気味になる。

それってなんか悲しいな、と浜矢は感じだ。

まあ彼女もシュートを投げる気は毛頭無いのだが。

 

「初回から相良を打ち崩せるとは思うなよ? じっくり時間をかけて攻略していこう、先に焦りを見せた方が負けるぞ」

「こちらでも何か気付いたことがあれば言うので、とにかく粘って下さい」

「了解、任せといてよ」

 

本日の至誠のオーダーは以下の通り。

 

一番センター 糸賀

二番セカンド 菊池

三番ファースト 金堂

四番キャッチャー 柳谷

五番サード 山田

六番レフト 青羽

七番ショート 鈴井

八番ピッチャー 中上

九番ライト 浜矢

 

 

「一巡目でどれだけ喰らいつけるかだな」

「ですね、最低でもバットに当てて貰いたいんですけど……」

「制球も良いから四死球も望めないしな」

 

糸賀の第一打席で今日の苦戦具合が分かる。

運命の決勝戦、最初の攻撃が始まった。

相良はゆったりとした綺麗なワインドアップから左腕を振り下ろす。

 

「ストライーク!」

「うへー、ビッタビタの制球」

「ノビもありそうですね」

 

いきなりストレートを低めに決めてきた。

コントロール良し、ノビ良しの好投手。

彼女もドラフト1位は確実な選手、今年の蒼海大は例年よりも手強い。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「由美香が手が出ないって……」

「変化球もコントロール出来てる、厄介だな」

 

あの糸賀が見逃し三振に仕留められた。

柳谷の発言通り、相良という投手は変化球であってもお構いなしにコーナーに決めてくる。

それが打者からすればどれだけ打ちにくいか、投手からすれば投げるのが難しいか。

 

浜矢は同じ投手だから分かるが、彼女は間違いなく今まで出会ってきた中で最高の投手だ。

 

「うちも相良欲しかったんだがなぁ」

「スカウトしてたんですか?」

「断られたけどな」

 

相良は野球大国・大阪府出身。

数多の強豪校がこぞってスカウトをしたが、彼女が選んだのは神奈川の蒼海大相模。

理由は不明だが、噂では山城とチームメイトになりたかったのではないかと囁かれている。

 

「相良さんと山城さんって仲良かったの?」

「いや、そういうのじゃなかったみたい。けどライバルだったんだって」

「だから同じチームに?」

「そう言われてるけど、あくまで噂だからね」

 

だが千秋は蒼海大に入学してからのインタビューを見る限り、信憑性は高いかもと付け加え。

 

「……ん? もしかして私は第二候補だったってことですか?」

「いや、その……」

「相良に断られたから同じ左の私が選ばれたって事ですか!?」

「……まぁ、そうなるな」

「……相良にだけは絶対負けない」

 

中上が焚き付けられてしまった。

そりゃあ監督直々にお前は二番目だったんだぞと言われれば燃えて当たり前だろう。

 

 

「ぜーんぜん当たらん!」

「何あのコントロール!」

 

中上が相良に対して一方的にライバル心を燃やしてる間に、菊池と山田も三振して帰ってきた。

初回から三者三振、本当に素晴らしい投手だ。

 

「相良せんぱーい!」

「素敵ー!」

「今日も勝ってくださーい!」

 

観客席からは相良へのラブコールが聞こえる。

 

「相良さんって何であんな人気なの?」

「あの蒼海大のエースっていうのもあるし、それに美人さんだからね」

「確かにそうだな……」

 

アイドルや女優と言われても違和感の無い顔立ちに加えファンサービスが良く、野球の実力も文句無しとなれば人気が出るのは至極当然だろう。

 

「しかも頭も良くて性格も良いらしいよ? 校内にはファンクラブもあるんだって」

「えぇ……ドラマかよ」

 

ファンクラブがあるのも頷ける完璧超人。

彼女の欠点を探す者が突然彼女のファンになって帰ってくるという都市伝説があるとかないとか。

 

「私はファンクラブなんてないのに……! 相良ー! 見てろよー!」

「どこで張り合ってんの……」

「熱いのはいいけど空回りすんなよー」

 

一体どこで張り合っているのか。

というより本人たちが知らないだけで、3年生組は校内に隠れファンクラブがある。

ちなみに一番会員数が多いのは柳谷だ。

 

「今日の私は一味違うよ……悪いけど外野は暇になるよ!」

「私としてはそれでも良いですよ」

「同じく」

「センターには飛ばしてよ」

 

中上が本気になれば外野に打球は飛ばさせない。

浜矢と青羽は守備が苦手なのでそれでも全然良いのだが、守備が好きな糸賀は不満を漏らした。

なのでセンターにだけは飛ばすと宣言し、中上はマウンドに向かっていった。

 

 

“今日は一味違う”その言葉通りのピッチングを中上は見せた。

また見覚えのない変化球で次々と三振に切っていき、相良に対抗するように三者三振で終わらせた。

 

「相良にできて私にできない訳がない!」

「流石です……で、今の変化球は?」

「シュートとフォークもどきとチェンジアップ! あとドロップカーブも」

「完全に意識してるじゃないですか……」

 

シュートとフォークは完全に相良だ。

フォークもどきなのは、中上はフォークとナックルだけはどうしても投げられないから。

 

しかし対抗意識があるとはいえ本人の前で真似するような投球なんて、向こうはどう思っているのか。

そう思って浜矢が蒼海大ベンチを見ると、思わず悲鳴が出てしまう光景が。

 

「ヒィッ!」

「浜矢? どした?」

「べ、ベンチ……相良さ……!」

「んー? うわっ」

 

浜矢の指先を追って糸賀が蒼海大ベンチを見ると、相良が満面の笑みで中上のいる方向を見ていた。

笑顔だがあれは確実に絶対に怒っている、怖い。

特に美人が怒った時の顔は怖い。

 

 

「こりゃ投手戦になりそうだなぁ……」

 

糸賀がポツリとこぼした呟きは的中した。

4回まで相良はノーヒット、中上も初回のヒット以外はほぼ全員を三振に切った。

内容だけ見ると熱い投手戦なだけに、事情を知らない観客は大盛り上がり。

本人たちは違う意味で盛り上がっているが。

 

「ほら皆! 相良を打ち砕こう!」

「……中上がそう言ってるから頼むぞ」

「お、オー……」

 

あの灰原ですらも気圧されている。

温厚な中上がここまで熱くなるのは初めてだ。

全力で投げてくれているエースのためにも、ここまでノーヒットに抑えられている屈辱を晴らすためにも、この辺りで1点は取っておきたい。


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