3回表のディーバの攻撃は下位打線から。
いくら強打のチームといえども、中上も神奈川で防御率1点台を叩き出した好投手。
下位打線相手に打たれはしない。三人でシャットダウンして攻撃に移る。
「下位打線は意外と抑えられそうです」
「まあ、飛鷹たちと違って推薦で入ってきてはないしな」
「やっぱりあの三人は要注意ですね」
浜矢は灰原と中上の話に聞き耳を立てる。
中上と浜矢では実力も違うし参考程度にしかならないと気はするが、一応自分も登板予定なので頭に入れておく。
とにかくあの三人に気を付けつつ、他で油断しないようにすれば大事故は避けられるだろう。
3回裏の攻撃、まずは中上がヒットで出塁。
マグレっぽかったがヒットはヒットだ。
(バント……了解)
ここで送れば糸賀辺りが還してくれるだろう。
浜矢は正直バッティングには期待出来ないし、送りバントくらいは成功させなければならない。
大鷲が初球を投げた瞬間、ファーストとサードがチャージを掛ける。ついでに大鷲も突っ込んでくる。
(げっ、どこに転がせば……くそっ、ヤケクソで投手前!)
「あっ」
「オーライ!」
浜矢は普通に打ち上げてしまった。
ゲッツーよりかはマシだが、送りバントのサインを出されて転がせないのは論外。
しかもベンチから灰原が手招きしており、浜矢の気分は一気に底に落ちた。
「浜矢〜?」
「すみません!!」
「まあでもゲッツーよりかはマシか……次からは木製使うか?」
「あー……私木製でもこんな感じなんですよ」
「なら帰ったらバント練だな」
浜矢は地味な練習はそんなに好きではないのだが、そんな事を言ったら流石の灰原も本気で怒る。
「監督ってまだ本気で怒った事ないですよね?」
「だって萎縮して消極的なプレーばっかりされたら嫌だろ、叱るのと怒るのは違うんだ」
「……監督がうちの監督で良かったです」
感情的に怒りをぶつけてくる人だったら浜矢はとっくに部を辞め、夢を諦めていた。
灰原は選手の立場に立って考えてくれるから、選手からの信頼が厚い。
藤銀戦のように自分が失敗した場合もちゃんと頭を下げられる大人でもある。
「おっ、由美香打った!」
「あー! 見逃したー!」
浜矢は人の顔を見て話せるタイプの人間なので、視線は灰原の方を向いていた。
彼女の知らない間に糸賀がヒットで繋いでワンアウト一・二塁。
菊池にはバントのサインは出ない。彼女は初球から積極的なスイングをしていくが。
「あっ……」
「あーあ……一番やっちゃいけない事を……」
「うーん、これはキツイな」
この場面で綺麗な6-4-3のゲッツー。
チャンスが一瞬にして潰れてしまった。
「……ごめんなさい」
「次があるから、そんな落ち込むなって」
ここまで落ち込まれると灰原も叱れない。
嫌な空気のまま攻撃が終わり、守備につく。
超攻撃型のディーバ対どちらかと言えば打のチームの至誠の試合は点の取り合いが予想されていたが、その予想に反して3回まで終わって両チームの得点は斑鳩のソロホームランだけ。
それだけならまだしも、ヒットすらほとんど出ていないという状況だ。
お互いエースが投げているから当然といえば当然だが、ここまで封じ込められているのは予想外。
中上は先頭打者にヒットを許してしまい、飛鷹の打席を迎える。外野は後退して長打に備える。
カウント1-1から中上が投じたのはナックルカーブ。
体の近くから低めいっぱいに決まるその球を、飛鷹は掬い上げた。
「なっ、オーライ!」
「任せた!」
しかし、セカンドとライトの間にポトリと打球が落ちる。
その間にランナーは三塁まで進み一・三塁。
完全に浜矢の守備範囲の狭さを知ってて打ったヒットだ。
「すみません!」
「今のは仕方ないよ、それより次は斑鳩だから下がってね」
「はい!」
次は今日、両チーム唯一の得点となるホームランを打ってる斑鳩。
一番警戒しなければならない相手、それはバッテリーも分かっていた。
だが、またしても捉えられた。
打球は一瞬にして外野の最奥部へ。
「飛鷹二塁回ってます! 急いで!」
「オーケー!」
糸賀が捕球する頃には飛鷹は二塁を蹴っていた。
レーザービーム送球で三塁へ送球をしたが、判定はセーフ。
「脚速すぎだろ……」
「それだけじゃないよ、走塁も上手かった」
自分や菊池にも匹敵する、と糸賀が言う。
流石にこれには柳谷がタイムを取り、内外野全員がマウンドに集まる。
「いやー、流石に2点目はキツイね……」
「頑張って援護するからもう少し堪えて!」
「伊吹は6回からだよね?」
「そうです」
「ならこれ以上失点しないから、6回までに逆転頼むよ!」
また至誠ナインは守備位置に散っていく。
中上を責める人は誰もいない、当たり前だ。
ここまで連れて来てくれて、ディーバを2点で抑えてくれる彼女を責められるような者は居ない。
「センター打たせて良いぞー!」
「セカンドもいいっすよ!」
「ショートなら全部捕りますよ!」
センターラインだけは頼りになるので、そこに打たせれば失点の確率は大幅に下がる。
バッテリーの二人は当然それを知ってる。
(ただ、一番確実なのは……そもそも打たせないことだよね!)
一番確実なアウトの取り方、それは三振。
あくまでも後ろに逸らさないキャッチャーと組んでいるという条件が必要だが、その条件さえ満たしてしまえば一番確実だろう。
五番は三振、大鷲はセンターフライ、七番も三振。
「有言実行ナイス!」
「ありがと、援護お願いね!」
「任せろ!」
4回裏の攻撃は山田から。
ここ最近結果が出ていないし、そろそろ一本出そうだとベンチが話していた時だった。
「うわっ、いったろこれ!」
「飛距離エグッ……」
芯で捉えられた打球は一瞬にしてスタンドに突き刺さった。
あんなのが直撃すれば死人が出る。
「いえーい!」
「ほんと、沙也加っていきなり打つよな……」
「打席ごとのムラが激しいので〜」
「そんなんじゃ四番任せられないぞー」
現四番の柳谷にすら弄られる安定感の無さ。
山田という打者は打席ごとの調子の変動が激しい。
四番は常に結果を出す事が求められるから、山田のような打者は正直向いていない。
恐らくだが、彼女は六番辺りで何も気にせずブンブン振る方が良い成績を残せるタイプ。
「けどこれで1点差だ! この回で追いつくぞ!」
「おー!」
続く柳谷もチェンジアップを思い切り引っ張りノーアウト一塁。
ここで打席に立つのは金堂、期待が出来る。
「走った!」
「マジか……!」
「よしっ、セーフ! ナイラン!」
柳谷は初球から走って盗塁成功。
盗塁の出来る捕手、盗塁の出来る四番は珍しい。
そして柳谷が化け物すぎてその影に隠れがちだが、得点圏での金堂は頼りになる。
それを証明するように彼女は初球からライト前に流し打ち。
「回れ回れ!」
「ノースライ!」
今さっき二盗を決めた柳谷の脚で間に合わないはずもなく、悠々と生還。意外とあっさり同点になる。
「大鷲の球軽いな、すごい飛んでった」
「の割には単打だったんだけど〜?」
「打球速すぎて二塁は無理」
打球が速すぎて逆に単打になってしまったが、柳谷は盗塁が出来るし特に問題は無かった。
やはり脚があるというのはかなりの強みだ。
青羽はレフトライナーに終わってしまうが、鈴井はセンター返しで出塁。
しかしそこから中上内野フライ、浜矢はいつも通り三振で続けず。
同点には追いついたが勝ち越すことは出来なかった。
「ま、次は下位打線だからいけるって」
「佳奈恵、頼むぞ……」
柳谷の不安をよそに中上は好投を見せる。
まーた見覚えのない変化球で打者を翻弄していき、三者凡退で5回表を終わらせる。
「よーし、私が打ってくる!」
「由美香ー! 頑張れー!」
いつもの有言実行、糸賀由美香。
インローのチェンジアップを難なく打ち返し出塁。
「さてと、ここはどうするかな……」
「バントじゃないんですか?」
「いつもならそうだけど、さっきあんな顔してたからな……糸賀ならゲッツーにならないだろうし、託すか」
菊池には出されたのは強攻のサイン。
先程のゲッツーは自分で取り返せとのこと。
内角のチェンジアップ、外角のスラーブに手も足も出ずあっという間にツーストライクに追い込まれる。
「悠河! 打て!」
「いけるよー!」
「落ち着いてボールよく見て!」
菊池は一旦バッターボックスから出て間を取る。
深呼吸をして心を落ち着かせ、大鷲と向き合う。
一球外れて1-2となった直後の四球目だった。
甘く入ったストレートを完璧に打ち返し、三遊間を破るヒットに。
糸賀は三塁ストップで一・三塁。
「なんで今の当たりで三塁行けるんですかね……」
「由美香って少しでも行けると思ったら走るタイプだから」
今までそれに救われていたが、見てる方は結構ヒヤヒヤする走塁。
ただ本人はアウトにならないと分かって走っているので、なぜ皆がそんなに心配するのかが理解出来ていない。
「スクイズさせます?」
「確かに不意はつけるけど、1点じゃ足りないしそもそも山田は普段バントさせてないから無理だ」
それに山田は嫌そうな顔をしてサインがバレる。
という事で灰原は普通に打たせたが、何処まで飛ばす気だと言いたくなる豪快な空振りで三振。
「真衣ー、頼むよ」
「了解」
四番の柳谷が打席に向かう。彼女は今までで一番の集中力を見せている。
ここで打たなければ5回2失点の好投をしてくれたエースに勝ちが付かない、だからこれだけ集中している。
初球の内角低めのチェンジアップ、それは少し甘めに入ってしまった。
「……いったな」
「真衣ー!」
打った瞬間それと分かる当たり。
柳谷は打球の行方を確認してバットを放り投げる。
本来なら許されないバット投げ、だがこんな良い場面でホームランを打ったのだから仕方ないだろう。
「勝ち越しスリーラン!」
「ナイバッチ!」
「さすがキャプテン!」
「打てて良かったよ」
柳谷はホームランを打っても落ち着いている。
浜矢はいつだったか、捕手として試合に出てると攻撃の時も配球の事が頭に浮かんでくると聞いた事があった。今もそうなのかもしれない。
「これで5点目か……なかなかいい攻撃だな」
「あとは伊吹が抑えれば完璧!」
「が、頑張ります……」
マウンドでは大鷲を囲うように内野陣が集まっている。だがここは続投の模様。
「控えに投げさせるより大鷲のが抑えられるって事なんですかね?」
「だな、ディーバの控えとか4点台とかしかいないし」
「そりゃ続投させますね……」
まともに抑えられるのは自分しかいないと再認識した大鷲は、金堂を今日初めての凡退に仕留める。
青羽にはヒットを許すが、鈴井は内野フライでスリーアウト。
勝ち越しのスリーランを打たれた直後にこの投球ができる、彼女も正真正銘のエースだ。
「じゃ、伊吹頼んだよ」
「はい、なんとか抑えます!」
「2点までだったらいいからね〜」
初心者がディーバ相手に2回2失点はなかなか厳しいが、勝つためにはやるしかない。
八年ぶりの全国大会、初戦敗退で終わらせる訳にはいかない。