君色の栄冠   作:フィッシュ

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第32球 体力つけろ!

本日の練習は何やら普段と違うようだ。

全員ユニフォームではなくジャージで集合するように言われ、その集合場所も野球部のグラウンドだったがそこから移動する。

 

「室内……って訳でもないよなぁ」

「すぐに分かるよ」

 

先程から千秋はこう言って今日の練習内容をはぐらかす。彼女の事なので変な特訓はさせられないと分かっていても、事情を知らない部員は少し不安。

 

「てか監督はー?」

「スカウトに行かれましたよ、福岡まで」

「福岡!? そんな遠くまで行ってんだ……」

 

現在の部員は殆どが関東出身だ。近場をメインにスカウトするのかと思いきや、良い選手がいるとなれば福岡まで赴くのだ。

 

「みんなは年末年始何してた?」

「ふつーに帰省してダラダラしてた」

「県内組は自主トレしてたのに!」

「久しぶりに家族と会ったから怠けちゃった」

 

冷静に考えると、越境組はこの歳で家族にも滅多に会えず結果を出す事を常に求められている。外人部隊だなんだと批判されがちな野球留学生だが、留学生なりの苦悩だってある。

 

「県内組だけの練習って珍しくて楽しかったです」

「自主トレって何やったの?」

「美月がいるからノックしたでしょー? あと実戦形式のフリーバッティングに〜」

「走塁練習もしましたよね」

 

人数が少ない割には充実したトレーニングだった。千秋が居たのでノックが出来たのは大きく、捕手の鈴井が居たから実戦形式でフリー打撃も出来た。

 

「私も実家が東京だし、行こうと思えば行けたんだけどね」

「年末年始くらい家族と一緒にいた方がいいよー」

「けど素振りしか出来なくて暇だったな」

「翼はマシン打撃大好きだからね」

 

青羽と山田のロマン砲コンビはマシン打撃が好き。マシンが空いた瞬間にダッシュで向かってる姿を、他の部員は何度も目撃したことがある。

 

 

歩き始めてから数分、目的地に到着したのか千秋が立ち止まる。

 

「はいっ、着きましたよ!」

「……ん? ここって」

「お、来たね! じゃあこれ」

「ちょっ、話が見えない……」

 

野球部員がサッカー部専用のグラウンドに着いたと思ったら、番号の書かれたゼッケンを渡された。

唐突すぎて誰も話に付いていけていない。

 

「野球部の冬は体力作りが基本! というわけでサッカーやりましょう!」

「サッカーやっていいの!? よっしゃー!」

「早くアップしよう!」

 

急に山田と菊池がやる気を出す。普段は野球一筋なのでサッカーが出来るのが新鮮なのだ。

そして何故か野球部員はサッカーが上手い選手が多く、彼女たちも例に漏れなかった。

 

「普通の走り込みじゃダメなの?」

「逆に聞くけど、伊吹ちゃんは長時間走り込みしたいの?」

「……嫌だわ」

 

少しでも楽しく体力を付けられるように千秋がサッカーを提案し、そしてその話を聞いたサッカー部も快く引き受けてくれたとのこと。

 

「あっ、ちなみに伊吹ちゃんはミッドフィルダーね! 走り回ってもらうよ」

「えぇ……なんで……」

「先発投手が夏場完投すると、サッカー1試合出るのと同じかそれ以上のカロリーを消耗するんだよ? だから頑張ってね」

 

千秋はいい笑顔で圧を掛ける。

だが千秋の言うことは正しいので、この練習(という名のサッカー)は有意義なものになる。

 

 

やる事が決まればまずはメンバー決め。

 

「んじゃグッパで分かれよう」

「よーし、メンバー大事だぞ」

「菊池先輩上手そうだから一緒になりたいですね」

「この中で一番上手い自信あるよ!」

 

それは頼もしい。どうにかして菊池と同じチームになりたい浜矢だった。

 

「グッとパーでわっかれましょ!」

「綺麗に分かれたな」

「じゃあ私と翼、美希はこっちで残りの三人はそっちね」

「あいよー」

 

金堂(MF)、青羽(FW)、鈴井(DF)がグー。

浜矢(MF)、菊池(FW)、山田(FW)がパー。

 

メンバーが決まったら作戦会議となる。当たり前だがサッカー部主導で会議を進める。

 

「じゃあこのフォーメーションでいくね」

「サッカー詳しくないから、このフォーメーションがどういうのか分かんないんだけど」

「けど3-4-3って事はスタンダードですよね?」

「そうだね、それとウチは基本的にはサイドから攻めてくよ」

 

ボールを奪ったら適当にドリブルして、サイドのFWにボールを回せばいい。単純な攻め方だが、FWを信頼しているから取れる作戦。

 

「まぁこっちで指示は出すから、思いっきりプレーしてね!」

「はい!」

 

これは公式戦とかではなく体力作りの一環。野球部員はとにかく動き回るのが正解。

 

「せんしゅーはやらないの?」

「皆の動きを見るのが目的だからね、それと! しっかり90分出てもらうよ」

「なっが」

 

試合とはいえ練習なので短縮してやると浜矢は少しだけ思っていたが、野球が絡んだ千秋はそこまで優しくない。

 

「だろうなとは思ってたけど……」

「諦めなよ、伊吹ちゃんがターゲットだから」

「くそぅ……私にもっと体力があれば!」

 

逃亡は許されないので何だかんだやるのだが。浜矢に渡されたゼッケンは9、事前の発言通りMFだ。

 

 

「よーし、準備はいい? 始めるよー」

 

試合開始のホイッスルが響く。キックオフはグーチームから。

ホイッスルと同時に速攻を仕掛けられるが、サッカー部も手加減はしてくれている。これなら野球部でも太刀打ちできる。

浜矢は相手のFWの足から一瞬ボールが離れた隙に奪い取る。

 

「伊吹ー! ヘイパース!」

「おっけー!」

 

浜矢からFWの菊池にロングパス。

僅かに逸れたが菊池の脚なら余裕で追いつける。パスが通ったことを確認し、浜矢も前線に上がる。

 

向こうのDF陣まで到達したところで、菊池は浜矢にパスをする。彼女がトラップした時点で空いているスペースは無いので、ドリブルで抜けていくかセンタリングを上げるかの二択。

合っているかは分からないが、浜矢はフォーメーションと今の配置を考えてセンタリングを選んだ。

 

「菊池先輩っ!」

「任せ……って、高い!」

「すみませーん!」

 

菊池の身長を忘れていた事により、GKにボールを奪われる。相手の身長や脚力などを考慮して、届く範囲にパスをするのは意外と難しい。

サッカー部は簡単そうにやってのけるが、いざ自分でやってみるとその難しさが分かる。

 

 

そんな攻防もありながら、前半戦が終わった。

サッカー部はまだ余力がありそうな感じだが、野球部は常に動きっぱなしというのは慣れていないのでバテている。

 

「けど後半も出なきゃなんだよな……」

「しかもずっと動きっぱなしだからね」

 

鈴井も涼しそうな顔はしているが息が上がってる。これを見る限り、1年組の課題はやはり体力か。

先輩組は1年生よりかはバテていない、ただ一人を除いて。

 

「なんで菊池先輩はそんな疲れてるんですか……」

「いや〜、FWだからって飛ばしすぎた……」

「ずっと走り回ってたからね」

 

確かに彼女は常に走っていた。攻撃的なFWという印象だが、アレは疲れるだろう。

 

「はい、伊吹ちゃん」

「せんしゅーありがと……これ何?」

「スポドリのあったかいの!」

「それ美味いの……?」

 

浜矢は冷たいスポーツドリンクしか飲んだ事がない。ぬるいスポーツドリンクが不味いのは知っているが、温かいのは未知数だ。

 

「あっ、意外とイケる」

「でしょ? 寒い時期にぴったりだよ!」

「今度から家で温めてから持ってこようかな」

 

冬場に冷たいスポーツドリンクは体が冷えてしまうが、これなら体も温まるし塩分や糖分も同時に補給できるので丁度いい。

 

 

「じゃあ後半戦も頑張ってね!」

「おう! ゴールかアシスト決めてやる!」

「私も決めるぞー!」

 

パーチームは後半戦が始まった瞬間に猛攻を仕掛ける。FWだけでなくMFも全員突撃して1点をもぎ取る作戦。

菊池が上がっていくと、向こうのDFの鈴井にボールを奪われるが。

 

「油断すんなよ!」

「くそっ、伊吹ちゃん邪魔!」

「うっせ!」

 

誰にパスするか悩んでいる隙に浜矢が奪取。

中央から突撃しようかと悩んだが、彼女が選んだのはサイドのFWへのパス。パス自体は通ったが、相手側の守備が固く攻めあぐねている。

 

(……あそこ空いてるな、行くか!)

 

浜矢は守りが薄くなっているスペースを見つけ、そこに向かって駆け出す。

 

「ヘイパス!」

「任せた!」

 

完全フリーの状態でボールを託され、そのままボレーシュート。マグレではあるがゴールの隅に決まり1点を先制する。

 

「いぇーい!」

「ナイッシュー!」

 

サッカーも野球と一緒で点を取った時のパフォーマンスはあるのだが、混ぜてもらっている以上は自重してハイタッチだけにする。

 

 

「試合終了! しっかりダウンしてねー!」

「へー……やっと終わった……」

「伊吹ちゃんおつかれ! 大活躍だったね」

「忘れてたけど、伊吹ちゃんって一応運動神経良かったんだったね」

 

鈴井に対して一応は余計だと言い返そうとしたが、疲労で喋る余裕すらない。

90分フルで出た挙句、本来はあるはずのない地獄のロスタイムもあったので100分動き続けたからだ。

 

「体力付きそうな感じしたでしょ?」

「まぁ、体力は尽きたな……」

「つまらないダジャレはいいから」

「はい」

 

実際、これを続けていけば体力も付く。足を動かしながらどこを攻めるか考えたりで頭も使うので、脳への良い刺激にもなる。

 

「冬の間はサッカーがメインになるからね! もちろんそれ以外の練習がしたかったら言ってね」

「変化球も完成したし、私はサッカーやろっかな」

「私もサッカーやりたい!」

「言っておくけど、遊びじゃないからな」

 

青羽は野球の練習もやるようにと釘を刺す。

だが浜矢の一番の課題は体力なので、少なくとも彼女はサッカーメインにした方がいい。

 

「冬場にどれだけ身体を作れるかが大事です、皆さんこれからも気張っていきましょう!」

「オー!!」

 

もう少し経てば新入生が入ってくる。後輩たちの手本となれるよう、彼女たちは実力を磨いていく。


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