君色の栄冠   作:フィッシュ

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第6球 ナイスピッチ!

新入生を迎えてのGW合宿は終盤に入っていた。

一年生の野手は主に打撃練習を、投手は連携プレーと投球練習をメインに行なっている。

 

「浜矢と鈴井はやっぱ体型がネックだよなぁ」

「二人とも細いですよね」

 

練習風景を眺めながら、灰原と千秋は二年生の二人について語り合っていた。

浜矢と鈴井は実力こそ十分だが、体格は中学生にも劣る場合がある。

 

「どうにかして身体を大きく出来ないものか……」

「体重が増えたらその重さに慣れるまで時間が掛かるってよく聞きますけど、監督は実際どうでした?」

「1、2キロ増えるだけでもだいぶ変わった感じはあったな」

 

野球の世界はコンマ一秒を、たった数センチを争う繊細な場だ。体重が2キロ増えるだけでも、体のバランスは乱れスイングや投球にも影響が出る。

そしてそのバランスに慣れるまでには時間が掛かる。

 

「とはいっても、あれだけ細いと夏場キツいだろうしな……去年は結局全国二回戦負けだったからあれだけど」

 

祥雲戦を勝ち上がっていた場合、あの二人が耐えられた保証はない。灰原は厳しい表情でそう断言する。

 

「確かにそうですね、食べる量を増やすように言いますか?」

「それは難しいだろうし食事の回数自体を増やして貰おう、それとベンチプレスとかウエイトとかを積極的にやらせようか」

 

選手一人一人に合ったトレーニングは必ずある。

それを見つけ出していき、選手に正しく伝えるのが二人の役目だ。

 

「というわけで二人はこれから食事の回数を増やしてね! あとはトレーニングの内容も更新するよ!」

「うへぇ……キツそー」

「伊吹ちゃんはともかく、私ってそんなに細いかな?」

 

その言葉を聞いた瞬間、千秋の眼が光った。

 

「美希ちゃんって確か160cmだよね? 体重は?」

「53だったかな」

「細いよ! というより軽いよ! 最低でもあと2キロは増やして欲しいな」

 

今の鈴井のBMIはちょうど20といったところ。

あと2キロ増えればBMIは21.8となり、スポーツ選手として最低限の体重は確保できたと言っていい。

 

「伊吹ちゃんは美希ちゃんより背が高いんだから、当然もっと増やしてね」

「はーい……」

 

この状態の千秋が見逃す筈もなく、浜矢もしっかりと釘を刺される。

 

(二人には期待してるんだから……これくらい厳しくいかないとね)

 

期待をしていなければメニューの更新などしない。

千秋が二人に特別厳しいのは、期待の表れであるのが分かる。

 

 

試合の締めくくりは県外の高校との練習試合。

 

「試合をやって合宿も終わりだ! 勝ってビシッと締めよう!」

「ハイッ!!」

 

灰原からスタメンが発表される。

 

一番セカンド 菊池悠河

二番ショート 三好耀

三番サード 山田沙也加

四番レフト 青羽翼

五番ファースト 金堂神奈

六番キャッチャー 鈴井美希

七番ライト 石川灯

八番ピッチャー 浜矢伊吹

九番センター 荒波友海

 

公式戦でのスタメンに最も近いメンバーだ。

浜矢が先発のマウンドに上がり足元をならす。

 

「連勝がかかってるから気合入れて投げてよ」

「分かってるって! 鈴井も援護頼むぜ」

「言われなくても」

 

相棒と称するに相応しい二人がそれぞれの守備位置につく。鈴井の激励を受け取った浜矢は初回から好投を続ける。

スライダーとスライドフォークの調子が良く、面白いように打者を三振に切り取っていく姿は圧巻だ。

 

浜矢は4回まで無失点のピッチングを続け、裏の攻撃を迎える。

 

「三好出てくれー!」

「分かりました」

 

(いい加減先輩を援護したいし、ここはチャンスメイクとして四球狙いかな)

 

三好が打席に入り息を吐く。

彼女の真骨頂と言えるカット技術で粘り続け、迎えた十球目。

 

「ボールフォア!」

「よしっ……」

 

四球でノーアウトからのランナーが出る。

三番の山田が気合の入った表情で打席に向かう。

 

(コントロール乱れてるし、甘いのが来たら狙っていこうかな)

 

どっしりと構えてホームランを狙う姿勢になる。

制球の乱れ、そして三好に四球を出したことによりストライクを先行させたいという焦り。

その二つの要素が合わさり、失投を招いた。

 

(もらった!!)

 

山田の振り抜いたバットがボールを捉えた瞬間、打球は外野フェンスに突き刺さった。

打った瞬間、誰も動かなかったのは本塁打を確信したから。

 

「ナイバッチ」

「2点守り切ってね!」

「了解です!」

 

グータッチを交わし合う山田と浜矢。

2点の援護は今の浜矢には十分すぎた。

尻上がりに調子を上げ6回まで1失点の投球を続ける。

 

「さてと、自援護しなくちゃな」

「スライダーが狙い目だよ」

「せんしゅーありがと!」

 

(伊吹ちゃんが打てればチーム的にはかなり助かる……ここで結果を出して欲しいかな)

 

千秋は浜矢の打席を厳しい目で見つめる。

一年生の中で打撃型の選手がいない以上、浜矢に頼らざるを得ないのが現状だ。

 

(おっ、甘い!)

 

浜矢に対しての初球は、真ん中高めに浮いたスライダー。それを逃さずに打ち返し、痛烈な打球は右中間を真っ二つに割る。

 

「二塁行けるぞ! 走れ!」

 

一塁コーチャーの青羽の判断に従い、二塁目掛け全力疾走をする浜矢。脚から滑り込み少しの余裕を持ってセーフとなる。

 

(よしよし、ホームランには出来なかったけど長打は打てた)

(今の仕留められないか……けど去年を考えたら成長してるね)

 

二人して似たような事を考える浜矢と千秋。

事実去年の浜矢であれば打ち損じていた球だ。

それを長打に出来たのは、間違いなく成長している証であった。

 

 

(荒波はヒッティングで)

(了解っと、出来る限り引っ張った方が良いかな)

 

浜矢の脚を考えると、内野ゴロでは進塁出来ない。

最低でも引っ張って外野フライにしなければならない。

 

「ストライクッ!」

 

引っ張らせないように外角に変化球を投げ込んでくる相手投手。荒波の対応力では外の変化球は引っ張れない。

 

(流してヒットにできるのが最高か……難しいけどやってみよう)

 

二球目も外角にカーブを投げ込んでくる。

荒波はしっかりと待ちの姿勢を貫き、タイミングを合わせて流し打つ。

打球はフラフラっと上がり、幸運にもレフトとショートの間に落ちた。

 

「ナイバッチ」

「ラッキーでしたけどね」

 

菊池が打席に入り投手と相対する。

 

(スクイズのサインは無い……犠牲フライで1点だけど、伊吹の脚を考えるとライトかセンター方向か)

 

やはり浜矢の脚を頭に入れる。鈍足にも程がある。

しっかりと狙いを定めて構える菊池。

その初球は真ん中高めへのストレート、絶好球だ。

 

(もらった! あっ……)

 

しかし菊池は打ち損じてしまい、ライトは定位置のまま動かない。

 

「行けそうかな」

「行けますよ……ゴー!」

 

捕球したのを確認した伊藤の合図で浜矢が走り出す。ライトもホームで刺そうと鋭い送球を捕手に送る。

 

「セーフ!」

「オッケー! 先輩ナイスフライ!」

「伊吹もナイスラーン!」

 

僅かに浜矢の方が速く、これでまた2点差となる。

ベンチに戻りハイタッチをしながら伊吹は息を整える。

 

「てか今私何球だっけ」

「6回で68球! かなりの省エネ投球だよ〜!」

「ありがと、なら7回も私で良いですよね!?」

 

期待をしているような瞳で灰原を見つめる浜矢。

苦笑いをしながら灰原は答える。

 

「元から完投させるつもりだったから頼むぞ」

「まっかせてください!」

 

“元から完投させるつもりだった”その言葉は指揮官からの信頼を意味している。

それを理解した浜矢は口元のニヤケを隠せなかった。

 

「キモイよ伊吹ちゃん」

「うっせ! キャッチャーは完投するリード考えててください〜!」

「はいはい」

 

悪態をつきながらもお互い信用はしている。

二人の様子を眺めながら、千秋は満面の笑みを浮かべている。その後は両チーム追加点がなく2点差のまま7回裏を迎えた。

 

 

「よーし、サクッと三人で締めようぜ!」

「ど真ん中には投げないでね」

「ここまで来てそんな勿体無い事しないって」

 

浜矢と鈴井が微笑み合い、守備位置につく。

相手打線はクリーンナップから始まる好打順だ、油断は出来ない。

 

(フォーク警戒で前に立ってる……なら速球かな)

 

バッターボックスの前に立つと、変化球はよく見えるが速球に差し込まれやすくなる。

それに加えて浜矢のストレートは質が良い。

その二つが合わさるとどうなるか。

 

「オーライ! ……はいワンダン」

 

勢いのないファーストフライとなりワンアウト。

打者は浜矢のストレートの威力と速さに、愕然とした面持ちだ。

 

次のバッターは左打者、初球は内角低めにスライダーがビシッと決まりワンストライク。

 

(同じコースにツーシーム、甘く入らないようにね)

(了解、しっかり投げるよ)

 

同じコースに真逆の変化をする球種を投げる。

それに惑わされ、尚且つツーシームという球の特徴として手元で曲がるというのがある。

打者もうまく肘を畳んで打ち返したが、力の無い打球はセカンド正面。

 

「ツーダンツーダン!」

「あと一人で決めるよー!」

 

(先輩たちが率先して声出してくれるから、やりやすいんだよな……よしっ! 最後ビシッと決めよう)

 

スライダー、カーブ、ストレートと投げワンボールツーストライク。

いよいよ最後の一球という所まできた。

 

(低めにストレート投げたから、同じコースにフォーク頼むよ)

(おっけー、三振取るぞ!)

 

最後の決め球はやっぱりスライドフォーク。

同じコースに二回続けてストレートを投げたと思った打者は手を出したが、そこからボールは曲がりながら沈み空振りを取る。

 

「鈴井! 一塁!」

「うん」

 

ワンバウンドした球を捕り、落ち着いて一塁に送球する鈴井。振り逃げは成立せず、球審から試合の終了が告げられた。

 

 

 

「ナイピ」

「あんがと、連勝途切れなくて良かった〜」

 

これでチームは今年に入ってから無傷の三連勝。

洲嵜と浜矢の先発二枚看板、そしてそれを支える神宮の安定した(要審議)投球が勝利を呼び込んだ。

試合後の片付けや軽い守備練習もこなして、GW合宿は終わりを告げた。

 

「お疲れ! 今後は練習時間は短縮するけど試合はあるし、試験もあるからまた気合入れていけよ!」

「うっ、試験……」

「赤点取ったら補修だからな! 必ず回避しろよー」

 

試験の単語に反応したのは三年生では山田と菊池、一年生では岡田と荒波に神宮。

 

「灯はなんでそんな余裕そうなんだよ!」

「私には彗がいるし〜?」

「私も彗ほしい!」

「耀と真理いるじゃん」

 

石川は焦った様子もなく返答する。

伊藤と石川の家は隣同士、テスト前の勉強会を開くのには何も苦労は無い。

 

「クラス違うから教えてもらえないし!」

「私とは学科も違うんだけど!?」

「灯はこっちサイドの人間だと思ってたのに……!」

 

普通科という事は、体育科Dクラスの三人よりは頭が良いことになる。

 

「彗の幼馴染やってて頭悪くなれる訳ないよ……」

「あー……なんかごめん」

 

苦い顔をしながらそう呟く石川。

その表情は伊藤の勉強に対する厳しさを伝えていた。

 

「寮生は寮生で頑張りなよ、私たちは二人で勉強会するし」

「そうそう、それに体育科だけの科目とかもあるんでしょ? 流石にそれは分からないから」

 

石川と伊藤にもっともな事を言われ閉口する三人。

この三人に勉強を教える事が確定した三好と洲嵜は、呆れたような顔をしている。

 

「二年は心配……ないか」

「まぁそうですよね」

 

二年生は特待生の浜矢に偏差値を下げて入ってきた鈴井、総合点なら浜矢より上の千秋の三人だ。

学業に対しては何の心配もなかった。

 

「三好たちには悪いが、二人とも頼むよ」

「まぁ監督に言われたら仕方ないですね」

「そのかわり厳しくやるけん、覚悟してね」

 

監督に頭を下げられれば、三好たちも断れなかった。自分の勉強時間を削られる不満は三人にぶつけるようだ。

 

「勉強と部活の両立は大変だと思うけど、頑張ってくれ! 解散!」

「ありがとうございました!」

 

勉強が苦手なメンツと得意なメンツで表情と足取りが違う。

既にやる気が出ている浜矢に対し、岡田や神宮は三好と洲嵜に引っ張られながら寮へと帰っている。


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