君色の栄冠   作:フィッシュ

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第10球 夏大開始!

市大藤沢との試合当日となる。

至誠は初戦だが相手は二試合目、球場の雰囲気やグラウンドに慣れているのは相手である。

 

「早い段階に喜多さんを打ち崩して降ろす! クリーンナップは長打警戒! この二つを頭に入れて戦いましょう!」

「観客は去年の夏から私らの公式戦を観ていない、成長した姿を見せて度肝を抜かせてやれ!」

「ハイッ!!」

 

じゃんけんの結果により先攻は市大藤沢となった。

前日に発表されたスタメンが守備位置につく。

 

(まさか初戦の先発が私とは……任されたからにはやるしかないか)

 

マウンド上で息を一つ吐いて空を見上げる洲嵜。

今はやる気よりも緊張が勝っている状態だ。

 

「完封する気で投げてね、全部受け止めるから」

「分かりました……よろしくお願いします」

 

鈴井と洲嵜がハイタッチをするのを、浜矢はベンチで面白くなさそうに見ている。

 

「くそぅ……あのポジションは私のなのに」

「次の試合は伊吹ちゃんが先発だから、ね?」

「…………我慢する」

 

心から納得している訳ではないが、千秋に言われたら仕方ないといった表情でそう答える。

 

(エースの座まで獲られてんのに、鈴井まで獲られたら堪ったもんじゃないぞ)

 

「そんなに心配しなくても、真理ちゃんには空ちゃんがいるよ?」

「……ナチュラルに心読むのやめよう?」

「伊吹ちゃんが分かりやすいだけだよ〜」

 

千秋であれば本当に心を読むことも出来そうだな、と浜矢は思う。

 

「今日はどんな試合になりそうですか?」

「鈴井に相手の苦手コースは伝えてある……だから洲嵜の調子次第ですね」

「なるほど……」

 

小林と灰原が今日の試合展開の予想をしていた。

彼女が自分から野球の話を振ってくるのは珍しい、と灰原は感じた。

 

 

鈴井という全国クラスの捕手に洲嵜という中学No.1左腕の投手。その二人が合わされば、激戦区神奈川でも圧倒するのは当然とも言える。

初回を三人で完璧に抑えた洲嵜がベンチに戻る。

 

「洲嵜ー、ナイピ!」

「浜矢先輩……ありがとうございます」

 

浜矢はさっきまでの不機嫌そうなオーラはどこへ行ったのか、今は洲嵜の好投を讃えている。何だかんだで後輩のことも大好きなのだ。

 

「さぁ初回から点取っていきますよ!」

「イシー! とりあえず出塁してくれ!」

「はい!」

 

1回裏の攻撃が始まり石川が打席に入り、マウンドには予想通り喜多が上がる。

 

(喜多さんか……ナックルカーブが厄介って言ってたし、最悪それは捨てよう)

 

喜多がスリークォーターから初球を投げ込む。

その球はまさかの真ん中付近の絶好球。

 

(甘い、もらった!)

 

捉えたと思ったその球は石川に手の痺れを与えつつ、セカンドへの平凡なゴロとなった。

 

「甘かったと思ったんですけどね」

「手元で小さく曲がった……カットボールかな」

「だから詰まった感覚があるんですか」

 

喜多はナックルカーブとノビのあるストレート、そして直球と惑わすカットボールがある。

 

(カットボールか……ギリギリまで見極めて打つしかない)

 

三好はバッターボックスの後方に立ち、変化を見極められるようにした。

その作戦は的中し切れ味鋭いカットボールにも対応出来ている。

 

七球粘り2-2の並行カウントまで持ち込んでからの八球目だった。

外角高めにすっぽ抜けの様な球が投げられ、三好は見逃そうとしたが。

 

(いやっ、落ちる! カットだけなら出来るはず!)

 

「ストライク! バッターアウト!」

「っ……!」

 

しかし反応が遅れてしまったのは大きく、空振り三振となった。

 

「意外とあのナックルカーブ厄介そうです」

「小さく曲がるからああいう投球も出来るんだね……引き出してくれてありがとう耀ちゃん」

「いえ、どっかの灯が初回の先頭だってのに初球打ちしたから粘っただけです」

「うっ……、ごめんごめん!」

 

三好は初回の上位打線は粘って、全球種を投げさせるのが役割だと考えている。

その為甘いからと初球打ちした石川を少し叱る。

 

「次からはちゃんと粘るよ!」

「そういえば灯って粘れたっけ?」

「…………無理」

「じゃあやっぱ私が粘るから好きに打っていいよ」

 

石川はツーストライク時の打率が低い。

対して三好は打率自体は低いものの、余程のことが無い限り粘る事ができる。

初回の二人目の打者が三好の場合、球数は増えるし全ての球種を暴かれるしで、投手からするとかなり厄介な相手。だからこそ三好は不動の2番打者として確立している。

 

 

金堂がヒットで出塁したものの、青羽の打球はショート正面のライナーとなりスリーアウト。

この初回の投球そのままに、その後は投手戦が続き3回まで両チーム無得点。

 

「敵ながら喜多さんは良い投手ですね」

「まぁ去年の秋に参考記録ですけどノーノー達成してますからね」

「確か5回までだったか」

 

昨年の秋季大会二回戦、新チームのエースとなった喜多は5回をノーヒットノーランで抑えた。

コールドゲームだった為参考記録ではあるが、あの試合で彼女の名は全国に知れ渡った。

 

「真理ちゃん、クリーンナップからだから警戒ね」

「はい、抑えてきます」

 

千秋に見送られ洲嵜が4回のマウンドに上がる。

三番から始まるこの打順、四番の古野の前にランナーは出したくない。

 

ロジンバックを触りながら心を落ち着かせる洲嵜。

鈴井も至って冷静に、前打席でのスイング等を考えながら脳内で配球を組み立てる。

 

(この人はさっきスラーブを打ちにくそうにしていた……なら初球からいこうか)

 

サインに頷いてスラーブを内角高めに投じる。

左対左の対決、体に向かってくる球は反射的に仰け反ってしまう。しかしボールはストライクゾーンを通過しワンストライク。

 

(次はスクリューをアウトローにお願い)

(分かりました)

 

スクリューは利き手側に曲がる変化球、外に投げれば明らかなボール球になると思われた球がゾーン内に入ってくるのだ。

打者からすればかなり打ち辛い球なのは間違いない。しかしこの大事な一球で洲嵜は。

 

(あっ、しまった……!)

(ヤバッ、失投!?)

 

すっぽ抜けた球は真ん中高めに浮いた。

それをクリーンナップを張る選手が見逃す訳もなく、ジャストミートされ外野まで運ばれる。

 

(ツーベース……やってしまった)

 

結果はフェンス直撃のツーベースヒットとなった。

四番古野を得点圏で迎えてしまう所で、鈴井がタイムを取りマウンドへ向かう。

 

「真理平気? スクリューの調子悪い?」

「いえ、すみません……少し気が抜けてたのかも知れません」

「なら良かった、次はしっかり投げて抑えよう」

 

試合中でもやり取りを交わし、意識の食い違いがあれば配球を変える。

捕手として必要な能力が鈴井には備わっている。

 

(古野は左は苦手……なら内角ガンガン攻めてこう)

 

内角低めにパームを投げ体制を崩させファール。

続いて内角高めにクロスファイヤーを放り空振りを取る。

 

(最後はスラーブで決めるよ!)

 

外角低めにゾーンギリギリを攻めるスラーブ。

それに手を出し力で無理矢理運ぶが、レフトフライに終わる。

 

「ドンマイ」

「あのスラーブは警戒した方がいいぞ」

「分かった」

 

四番の古野を抑えても、五番には喜多が座っている。情報を共有してから喜多は右打席に入る。

 

(一年生だっていうのに凄いな……流石は西東京の黄金左腕)

 

喜多は洲嵜と同じ西東京出身、二歳下の洲嵜の事も知っていた。対戦した経験はない為球筋は知らないが、その分映像を観てきた。

 

(古野さんもだけどこの人も威圧感あるな、慎重に入ろう)

 

内角低めのストレートであわよくば詰まらせる、そう思ってこの球を選んだのだろう。

しかし喜多は上手く体を使い、ギリギリまでバットのヘッドを出さずタイミングを合わせる。

 

甲高い金属音が昼の空に響き、白球はレフトスタンドに吸い込まれるように落ちていった。

試合を動かしたのは、エース喜多による先制ツーランホームラン。

 

ここで鈴井はタイムを取りマウンドに向かう。

 

「真理ごめん、今のは配球が悪かった」

「私も打たれないと思って首を振りませんでした、先輩だけの責任ではないです」

「……そうだね、この後は抑えよう!」

「はい」

 

まだ試合は中盤だ、諦めるには早すぎる。

バッテリーは気持ちを切り替え後続をしっかり打ち取り、これ以上点差を広げさせはしなかった。

 

 

「すみません、先制されてしまいました」

「あれを打たれたら仕方ないよ、ほら野手陣援護してやれ!」

「こっちもクリーンナップからだからね! 得点は期待できるよ!」

 

金堂が打席に入り真剣な表情でマウンド上の喜多を睨む。普段の温厚な彼女からは想像できない表情。

 

(至誠で一番警戒すべきバッター……対戦するのを楽しみにしてたよ)

(野手と比べれば、投手の喜多は脅威度は低い……私なら打てる!)

 

援護を守り抜きたい喜多と、後輩を援護したい金堂の戦いが始まる。

初球のストレートは見逃してワンストライク。二球目のカットボールは手を出さずワンボール。

 

二球続けてのカットボールは惜しくもファールでツーストライク。

しかし追い込まれてからのナックルカーブにも食らいつき、フルカウントになるまで粘る。

 

勝負の一球は高めのストレート、ノビがあり想像よりも打ちにくい球。

それに対し金堂は踏み込んでバットを出す直前まで振った。スイングするギリギリの所で止め、捕手が塁審へスイングの判断を求める。

 

セーフのジェスチャーがなされて四球となり出塁。

普段ならボール球でも迷わずスイングしていたが、この大事な場面でハーフスイングを選んだ。

 

(ノビがあるから当てられてもヒットになるか分からなかった……振らないでよかった)

(この場面で止めてきたか……昔の君だったら迷わず振ってたのにね)

 

因みに喜多と金堂は中学時代に対戦した経験がある。二人とも東東京、更に言うと中野区出身だ。

 

 

ノーアウト一塁で打席には四番の青羽。

威圧感を放ちながら打席に入り、右腕を一度回すというルーティンをする。

 

(ここで一番欲しいのはホームランだが、喜多のような投手に大振りをしたら最悪ゲッツー……ならば)

 

初球のインローのカットボールを無理矢理引っ張りレフト前。ノーアウト一・二塁で山田に繋いだ。

 

(ここで私かよ! 全く翼は無茶振りばっかして……けど)

(お前はこれくらいの方が燃えるだろ?)

 

塁上の青羽と視線を交え、喜多に向き合う山田。

プレッシャーは感じているが、その緊張感が楽しいといった雰囲気だ。

 

得意球であるナックルカーブをアウトローに。

普通の打者ならば当てるのが精一杯の球だろう。

だが、山田はその辺にいくらでもいるレベルの打者ではない。

 

「なっ……!」

「逆転スリーラン!! ナイバッチ!」

「山田せんぱーい! 好きでーす!」

「イェーイ!」

 

白球はあっという間にスタンドに突き刺さり、逆転スリーランとなる。

ベンチと観客席からの歓声に応えるように、満面の笑みでダイヤモンドを一周する。

 

「ありがとうございます」

「いいって! いやー、打てて良かった!」

「チーム第1号おめでとう」

 

今年のチーム初の公式戦本塁打を放ったのは山田。

四番という立場でありながらも、後続を信じて託した青羽の判断の良さも光った。

 

 

「洲嵜、どうよ?」

「……これだけ援護を貰ったら、負ける訳にはいきませんね」

 

浜矢は具体的に質問はしなかったが、同じ投手の洲嵜は意図を読み取った。

 

先輩から援護を貰った洲嵜は、今度は宣言通り完璧に抑え5回を2失点。

リリーフで登板した神宮は安定の四死球を2個出したものの、要所は抑え2回無失点。

打線も6回に2点を追加し5対2で快勝した。


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