君色の栄冠   作:フィッシュ

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第12球 気持ちを切り替えて

京王義塾と至誠、注目のカードという事で三回戦ながら客席はほぼ満員だ。

強豪校同士の試合らしく、試合前の練習で緊張した選手がいる様子はない。

互いに初歩的なミスもなく練習を終え、試合開始の時が迫っていた。

 

「京王で警戒すべきは投手より打線! 最悪打撃戦も覚悟してくださいね!」

「エラーしたらそこから流れを持っていかれる、集中して試合に臨もう!」

「おうっ!!」

 

千秋と金堂の声出しで注意点を最終確認。

この試合は先攻なので一番の菊池から攻撃が始まる。

 

 

(一番の仕事は粘ること! 全球種引き出してやるから覚悟しとけよ〜!)

 

菊池は粘り続けスライダーとカーブを引き出した。

しかし最後に投げられたフォークには空振りし三振してしまう。

 

「ごめん、ツーシーム見せらんなかった」

「それは私に任せて下さい」

 

入学してから一度も変わらず二番に入った三好は、菊池が惜しくも引き出せなかったツーシームを投げさせた。

 

(2-2か……このバッテリーは確か、並行カウントからは釣り球を投げる傾向にある)

 

高めにストレートが投げられ、三好は少しも動くことなく見送った。

三好自身の判断通り、これはボールと宣告される。

 

(フルカンは絶対ゾーンに入れてくる、そこを叩く!)

 

千秋と灰原から投球傾向を聞いていた三好の判断は当たっていた。

ボールからストライクになる外角のカーブをしっかり打ち返すが、三塁線を破ることはなくサードゴロに終わる。

 

「粘ってくれてありがとうね」

「いえ……頼みました」

「うん、必ず打ってくるよ」

 

三番に入る金堂が守備シフトを見る。

外野は前進気味で、レフトとサードの間は空いている。金堂が強く引っ張れないほど非力だと思っているのだろう。

 

初球の外に投げていくスライダーは見逃す。

二球目のカーブも見送ってカウントは1-1。

三球目は内角高めに外れるツーシーム、金堂はその球に対し体勢を崩しながらも振り抜いた。

 

芯で捉えられた打球はサードの頭上を超え、レフト前に落ちた。

 

「ナイバッチです!」

「打てて良かったよ」

 

ベンチは顔面に向かってくる球を巧みな技術で打ち返し、しかもヒットにしてしまう金堂に愕然としていた。

 

「今の打つのかよ……」

「流石に今の打てるのは人間じゃないでしょ」

「相変わらずの変態打ち……」

 

灰原に菊池、浜矢が口々に思ったことを言う。

他の部員も何も思わなかったのではなく、驚愕すぎて何も言えなかっただけだ。

 

(何はともあれ得点のチャンス……青羽先輩、ここは長打狙いでお願いします)

(この状況ならそうだよな、任せとけ)

 

高めのストレートを打ち損じてワンストライク、低めのスライダーは見送ってワンボール。

再度高めに投げられたカーブには反応せず追い込まれた。

 

最後の決め球も高めのストレート。

青羽はそれを初めから狙っていたかのように、迷いのないスイングでボールを捉える。

 

「左中間だ! 大きい!」

「打球はやっ!」

 

打った瞬間それと分かる打球であった。

初回から先制ツーランを放ち、最高のスタートダッシュを切ることが出来た。

 

 

「なーいばっち!」

「ん、伊吹もちゃんと抑えろよ」

「当然ですよ! 何だったらもう援護なくても勝てますよ〜?」

 

祥雲戦の敗退で精神が鍛えられ、現在絶好調の浜矢はもう強敵相手にも臆さない。

山田が打ち取られチェンジになると、誰よりも早くベンチから出た。

 

「米原さんの前には極力ランナー溜めないように、気合入れて投げてね」

「もちろん! 誰が相手だろうと抑えてやるよ!」

 

ロジンを触ってから先頭打者と相対する。

左の俊足が持ち味の打者、言うならば打力が付いた荒波だ。

 

(この人は内角の球に強いけど速球には弱い、だからストレートで押すよ)

 

初球は外角高めにストレートで見逃し。

次はカーブで緩急を付ける筈だったが、外れてしまいワンボール。

三球目は内角高めのツーシームで仰け反らせる。

 

(高めのツーシームで仰け反らせた……なら次のこの球は対応できないはず!)

 

決め球として選んだのはアウトローのストレート。

前の球の効果もあり、低めの豪速球には反応が遅れ空振りの三振でワンアウト。

 

「ナイピー」

「ワンダンワンダン!」

 

(今日はストレートの調子良い感じ、もっと投げさせよう)

 

浜矢の調子が良い時は回転数が多くなる。

回転が多くなればノビのある球となり、打者から空振りを取りやすくなる。

そして今の浜矢は絶好調だ、打者からすればまるで浮き上がっているかのような錯覚を覚える。

 

浮き上がるようなストレートを駆使し三者三振に仕留め、初回の守備を終える。

浜矢はベンチに戻って水分補給をしながら、千秋と調子について話し合う。

 

「伊吹ちゃん今日調子良いね!」

「特にストレートが最高! 誰からでも空振り取れそうな感じする」

「うんうん、頼りにしてるよ!」

 

先頭の鈴井がツーベースを打って出塁。

七番に入った浜矢が素振りをしてから打席に立つ。

 

(ノーアウト二塁からどんな攻め方してくるのか分からないんだよな……けど、最低でも進塁打は打つ!)

 

浜矢は高めに浮いたフォークを弾き返すが、飛距離が出ずライトフライになる。

しかし鈴井の脚ならばタッチアップは余裕だった。

 

「ごめん荒波、頼むわ」

「任せて下さい! 追加点入れちゃいますよ」

 

荒波が左打席に入り、バットの先で地面を擦ってから構える。オープンスタンスでバットをよく動かすのが特徴的だ。

 

(鈴井先輩の脚じゃ浅めのフライで還って来られない……最低でも外野の最奥までは飛ばしたい)

 

荒波は初球から積極的に振っていくが、スライダーに空振り。

続くカーブにタイミングを外されファールとなる。

一球ボールを挟んでからの勝負球は、内に食い込むスライダーだった。

 

甘く入ってきた思った荒波はバットを振るが、曲がり始めたと気付いた時にはもう遅かった。

内に変化していく変化球をせめてカットしようとするが、窮屈なスイングとなりバットに掠ることすらなかった。

 

 

「友海ー、マジかよ」

「やっちゃったよ……早紀頼んだ」

「私に頼まれてもなぁ、頑張るけど」

 

ランナー三塁という絶好のチャンスで三振という最悪の結果を残した荒波は、ベンチに戻ってからも俯いていた。

 

「ほら荒波、声出せ! 自分の打席だけが仕事じゃないぞ、切り替えて応援するのだって仕事だ」

「……はい! 早紀打てー!」

 

灰原はそんな荒波を直接的では無いが励ました。

チャンスでの凡退なんて誰にでもある、そこで気持ちを切り替えられるのが一流の選手。

プロの舞台で活躍した灰原だからこそ、そう考えている。

 

(まぁ三振多いところは直さないとな……流石にこのままじゃダメだ)

 

岡田も三球で三振し、このチャンスを活かす事はできなかった。

 

「浜矢せんぱーい! すみませんでした!」

「もう2点援護貰ってるから平気だって……それに私もヒットは打てなかったし」

「うぅ……守備で貢献します!」

「頼りにしてるぞ、名センター!」

 

すっかり先輩役が板についた浜矢も、三振してしまった後輩を慰める。

岡田の打撃力の無さは守備力で十分カバーできる、それは全員が理解していることだ。

 

(さてと……後輩にカッコつけた手前、ここはしっかり抑えないとな)

 

右打席には四番の米原が入る。

強力打線を誇る京王の中で四番に相応しいとされた彼女は、温厚そうな見た目とは裏腹に周りを圧倒するオーラを放っていた。

 

(柳谷さんみたいな感じの人だな、けどそれ位の相手じゃなくちゃ面白くないよな!)

 

初球から調子の良いストレートで押していく。

高めのストレートに合わせたフルスイングで、三塁側への痛烈なファールとなった。

 

(はや……あんなの捕れる気しないんだけど)

 

守備が苦手とはいえ、速い打球は見慣れている山田が一切反応出来なかった。

マウンド上の浜矢は一瞬焦った表情をしたが、すぐに凛とした顔で米原に向き合った。

 

(あの米原を打ち損じさせたんだ、私は自分の球に自信を持っていい)

 

去年までだったら確実にスタンドに放り込まれていた。それが今はファールで切り抜けた。

それはつまり、浜矢の成長を意味している。

 

続いてワンバンするフォークで空振りを誘うが、その誘いには乗らず見送られる。

外角低めのツーシームで引っ掛けさせようとするが、それもあわや長打コースのファールとされる。

 

(対応力が凄いな……どのコースに何投げても打たれそうな感じがする)

(けど、今の伊吹ちゃんならこの人も抑えられる筈!)

 

ボールからストライクになるカーブを投じる。

見せ球としか使ってこなかったカーブを、ここで勝負球として使う。

米原はそれを想定していなかったが、それでも力と技術で無理矢理外野まで持っていく。

 

 

「センター!」

 

(早速きた汚名返上のチャンス、掴み取ってやる!)

 

岡田が最短距離で打球まで走り、センターとショートの間に落ちようかという打球に飛び付く。

地面に手を付いて滑り込みながら、ボールがグラブに入った感覚を頼りにグラブをガッチリと閉じる。

 

「アウト!」

 

アウトの宣告がされた瞬間、球場が沸いた。

汚名返上、名誉挽回の超ファインプレー。

岡田早紀という選手を良くも悪くも象徴する一連のプレーだった。

 

「岡田サンキュー!」

「今のは捕らなきゃダメですもん!」

 

ファインプレーの直後は流れを持っていきやすい。

浜矢もその例に漏れず更にギアを上げ、五番と六番を打ち取り2回もノーヒットピッチを継続。

 

「ナイピ、岡田もよく捕ったな」

「打撃じゃ貢献できないですしね、これくらいはやらないとですよ!」

「岡田がセンターで良かったよ!」

 

浜矢が岡田の頭をワシャワシャと撫でる。

荒波は気持ちを切り替えるとはこういう事だ、と教えられた気分だ。

 

(早紀には負けてられないな……! 私は打撃で活躍してやる!)

 

完全に流れを渡したくない相手の先発と、1点も許さないという気迫を感じる浜矢の好投により3回と4回はお互い無得点。

2対0と全く気の抜けない展開のまま、5回表の至誠の攻撃を迎える。


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