君色の栄冠   作:フィッシュ

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第14球 勝つ為に

試合後に至誠ナインと京王ナインは握手を交わす。

片や笑顔を浮かべながらも気を遣った様子で、片や涙を浮かべながらも笑顔で送り出そうとして。

そんな正反対な感情と表情を浮かべる彼女達は、グラウンドを後にした。

 

試合の疲れを癒すために、待ち時間でマッサージをしている至誠ナイン。

その輪から離れ、京王ナインの元へ向かう青羽。

 

「……お疲れっす」

「お疲れ青羽さん、勝ってきてね」

「はい……あの、米原……さん、は四番として大事にしてることってありますか?」

 

言いにくそうに、だが答えを求めて青羽が尋ねる。

四番として打席での意識を変えたが、それが正しかったのか。青羽は内心悩んでいた。

 

「私と青羽さんはそもそものタイプが違うから、あまり参考にはならないと思うけど……私は繋ぐことを意識してるかな」

「繋ぐ? 四番なのにか?」

「ウチが強打のチームっていうのもあるけど、私は自分で決める事に執着すると打てなくなるタイプなんだ」

 

青羽はその言葉に心当たりがあった。

昨年までの青羽は、とにかく長打を狙い難しい球に手を出して三振やゴロなどが多かった。

 

「それに自分が打てない相手っていうのも出てくる、そしたら長打どころじゃないからね」

「……だから後ろを信じて繋ぐのに徹する」

「そういうこと、参考になったかな?」

 

青羽の後ろには得点圏に強い山田、長打力はないが高打率を誇る鈴井が控えている。

彼女たちの打力は十分信頼に値するだろう。

 

「凄く参考になった、ありがとうな」

「そう言ってくれて良かったよ、じゃあ……頑張ってね」

「ああ、必ず優勝してみせる」

 

青羽は米原と別れ自分達のチームの元へ戻る。

同い年の四番の意識を聞く、それは彼女にとって大事な事だったのだろう。

歩みを進める青羽は晴れやかな顔をしていた。

 

 

学校に戻った至誠ナインは小林の作った軽食を食べながら試合を観戦し、次戦の相手を確認していた。

 

「次の相手は藤銀学園! 去年も戦ったけど、今年の藤銀は一味違うよ!」

「エース竹谷の存在だな、球が速くて変化球で緩急を付けてくる本格派投手」

 

千秋が出したデータには竹谷の持ち球や配球分布、コースや球種別の被打率が載っていた。

 

「サークルチェンジ、スラーブ、スプリット……速球を生かす球種が多いです」

「特に厄介なのはサークルチェンジ、これと直球の組み合わせで数多の三振を奪ってきている」

 

京王義塾や蒼海大相模といった強豪校から、右腕がサークルチェンジで次々と三振を取っていく映像が映し出される。

速球との球速の落差、単純な変化量の多さが幾多の強打者を苦しめた。

 

「対策しようにも、サークルチェンジ投げられる奴いないんだよな……」

「私投げられますよ」

 

灰原の口からぽつりと溢れた言葉に、洲嵜が手を挙げて発言する。

視線を集めているのを気に留めず言葉を続ける。

 

「実戦で使える球ではないですけど、一応変化はしますし練習程度には」

「知らなかった……なら洲嵜に投げて貰おうか」

 

他の注目選手の解説もしてから、グラウンドに移動し洲嵜を相手にサークルチェンジ対策をする。

伊藤が捕手を務め鈴井が打席に入る。

 

「正直鈴井ならなんでも打てそうな気するけど」

「それでも対策は必要でしょ、それに私のフォームだと速球には対応しにくいし」

 

鈴井はフォームは振り子打法と呼ばれる物。

通常打席では頭を固定するのに対し、振り子打法は自分が動きその反動で強い打球を打つフォームだ。

 

非力な選手であっても強い打球が打てること、変化球を待ち速球はカットなどの対応をするという基本とは真逆の性質を持つ。

弱点は内角攻めに弱い、速球に振り遅れるなどがあるが、鈴井は持ち前の巧打力で内角の球をものともしない。

 

「いつでも投げていいよ」

「はい、彗も準備いい?」

「勿論」

 

鈴井は普段はあまり打撃練習に参加しない。

配球や守備練習を重点的にやり、打撃はマシンのみという日もある。

そんな鈴井の珍しい姿に、他の部員も自分の練習の手を止め眺める。

 

洲嵜がゆったりと振りかぶってサークルチェンジを投げる。

減速しながら斜めに沈み込む変化球、鈴井はそれを難なく真芯で捉えた。

 

「相変わらず凄いミート力してんな……」

「美希ちゃんって金堂先輩の後継者みたいなところあるよね」

「打率が高くて長打は少ない……確かに」

 

マシンではなく人なので、投げられる数は有限だ。

何球か投げたらすぐ他の人に交代、それを十二人分続けた。

 

 

「じゃあ軽く練習するぞ、何かやりたい事ある奴はいるか?」

「はい、室内でもいいので」

「何か必要な物とかは?」

「カラーコーンさえあれば平気です」

 

カラーコーンで一体何をするのか、ほぼ全員が疑問に思ったのかその練習を見せて貰うことになった。

鈴井は等間隔に的を付けたカラーコーンを八つ並べ、マウンドにピッチングマシンも置いた。

 

「……打撃練習?」

「まあ見てて」

 

鈴井はマシンが投げた球を次々と打ち返していく。

ただ打ち返すだけではなく、打球を左の的から順に当てていく。

 

(……なるほど、鈴井のミート力はこの練習で身に付いたのか)

(普通の練習はしてないだろうなとは思ってたけど、まさかこんな事してるとはね)

 

灰原と千秋がジッと鈴井を見つめる。

自分たちに隠れてこのような努力を続けていた事、それがあの打撃に繋がっていたのだとようやく知れたのだ。

 

「神奈先輩も出来そうですよね!」

「流石にあれは厳しいかも」

 

神宮の問いに苦笑いで答える金堂。

彼女も類稀な巧打力は持っているが、偶にしか狙い打ちはしない。

狙ったコースに打ち返せるバットコントロールを持つのが鈴井、ボール球をヒットに出来るバットコントロールを持つのが金堂。

巧打者と一括りにされているが、性質は違う。

 

「……これを続けたら今の私の打撃が生まれた、大事な練習だよ」

「出来る気しねーわ……やっぱ鈴井って凄いな」

 

浜矢は来た球を打ち返しているだけで、狙った所に打てる技術は無い。

ヤマを張り狙った場所に打つ鈴井とは正反対だ。

 

「すみません、グラウンド使いますよね?」

「続けててもいいんだぞ?」

「他にもやりたい練習はあるので……」

 

そう言って鈴井はカラーコーンを片付ける。

片付け終わった後は各々の練習を始めた。

 

 

「ほら、灯頑張って!」

「無理っ…! きっつ! おらぁーー!!」

「ナイスガッツ! 次、悠河」

 

一人が左右にボールを軽く投げ、もう一人はそれを素手で捕るペッパー。

二遊間を守る三人がこの練習を行なっていた。

 

「神奈先輩まじヤバい……終盤めっちゃ距離増やしてくるんだけど……」

「けどその方が練習にはなるでしょ」

「そうだけどさー! キツいもんはキツい!」

 

スパルタな金堂のトスに石川が嘆く。

まだそれを体験していない三好は、どこか余裕そう。

 

「悠河先輩お疲れっす!」

「おつかれー……神奈ってさ、こういうとこあるよな……」

「おおぅ……先輩までこんなくたびれて……」

 

自分の番が終わった途端地面に倒れ込む菊池。

石川は自分もそうなったから気持ちが分かっていたが、三好は少し不安を覚え始めていた。

 

(……灯はともかく先輩までこれって、相当ヤバいんやなかと)

 

嫌な予感は的中し、普段クールな三好からも悲鳴に近い叫び声が聞こえた。

その様子を見て腹を抱えて笑う石川と、温かい目で見守る菊池の姿があった。

 

「どーよ? 神奈先輩のペッパーヤバかったろー?」

「…………監督より鬼」

「流石に監督ほどじゃないよ」

 

優しく微笑みながら言う彼女は、事情を知らなければ優しい先輩に見えるだろう。

 

「それと灯……後で覚えときんしゃい」

「ヒィッ、博多弁出るほどマジじゃん……」

 

三好はいつもは恥ずかしいからと博多弁を隠している。

それが出てくるという事は、余裕なんてないという事。

つまり今の発言はかなり本気であることが窺える。

 

 

一方その頃室内練習場では外野陣が打撃練習を、投手陣が投げ込みをしていた。

その片隅で一人黙々とバントをし続ける岡田。

 

「早紀ってバント上手いよねー」

「えっ? 上手くないよ?」

「いやいや、今ライン上に転がしたじゃん」

 

芝生の上に引かれたラインの上に、綺麗に転がしていた。

これだけ見ればバントが上手い選手と思われるだろう。

 

「私セーフティーしか出来ないよ」

「なんでそんな極端なんだよぉ……」

 

衝撃的な事実に頭を抱える荒波。

送りバントが出来ればまだ活躍の場も増えただろうに、そう考えていた。

 

「いや、けど早紀の脚を考えるとセーフティーが上手いのは良いのか」

「そうそう、セーフティーで出塁して盗塁! それなら私でも出来るから」

 

セーフティーバントと盗塁はそんなに簡単に出来る物ではないが、岡田の成功率はどちらも今の所100%だ。

 

「早紀って盗塁上手いよね、コツとかあるの?」

「えー? 何となくで走ってるだけだよ?」

「それであの成功率はおかしいでしょ」

 

ギリギリならまだしも、岡田は余裕で成功する。

何かコツがなければおかしいと荒波は思った。

 

「一塁でピッチャーの背中見るじゃん?」

「うんうん、んで?」

「それで牽制してこなさそうな時に走るの」

「んん? どういう意味?」

 

どういう意味と言われても、そのままの意味と返す岡田。

流石にそれでは納得できず、荒波は詳しい解説を求める。

 

「分かんない? 投げてこなさそうな雰囲気の時あるじゃん」

「分かるような分からないような……」

「逆に友海はいつ走ってんの?」

「普通にモーション入ってからだけど……」

 

投手のクイックの上手さや牽制の頻度などは考慮せず自分の勘と脚力を信じて走る岡田と、実は色々考えつつスタートを切っている荒波。

 

このまま二人はお互いの盗塁に対する意識やスタートの切り方、リードの大きさを語り合った。

打撃練習を忘れているのを思い出したのは、練習が終わる10分前の事であった。

 

「じゃあ解散! 明日に向けて今日はゆっくり休めよ」

「ありがとうございましたっ!」

「あざしたー!」

 

各々の練習を終わらせ、藤蔭戦へ向け帰路へつく。

県予選四回戦、勝った方がベスト16の座を掴む。


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