君色の栄冠   作:フィッシュ

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第23球 懐かしの3人

年末年始の束の間のオフを満喫した部員は、多少の気だるさを感じながらも練習に取り組んでいた。

 

「帰省組は大変そうだよな」

「久しぶりに会うと、親がいっぱいご飯作るんですよ……」

「あぁ……だからちょっとプニッてるのか」

「言わないで下さいよ〜! 頑張って落としますから!」

 

神宮はいわゆる正月太りをしており、頬の辺りが以前より柔らかそうに見えた。

 

「伊吹先輩は変わってないというか、寧ろ筋肉付きました?」

「まあ12月入ってからバイトしてたから」

「へー、どこでやってたんですか?」

「賄い出るから焼肉屋ー」

 

浜矢は12月から年末年始まで、焼肉屋でバイトをしていた。

給料を稼ぎつつ賄いで食費も浮かせる、まさに一石二鳥だった。

 

「けど久々に真理のお母さん達にも会えたから楽しかったです!」

「そっか幼馴染か〜いいなぁ……」

「美希先輩と美月先輩と仲良いのも、羨ましがられると思いますよ」

「確かになー、あの人気ありそうだもんな」

 

千秋は可愛くて鈴井は美人と言われる事が多い。

そんな2人と仲睦まじい浜矢のポジションは、羨ましがられるだろう。

 

 

「でも伊吹先輩も結構人気ありますよ」

「マジで!? うわー嬉しい……」

「蒼海大戦のピッチングがカッコ良かったって評判ですよ!」

「まああの試合の流れだとそうだよな……」

 

後輩が打たれた直後に登板し、相手を寄せ付けない投球を見せた。

その姿は特に年下には格好良く映っていた。

 

「てか三好は福岡まで帰ったの? 大変じゃない?」

「大変やったけど楽しかったです」

「……やっぱ帰省すると方言戻るんだな」

「仕方ないんです……! 周りが皆博多弁しか喋らないんです……」

 

地元に帰省すると、休み明けに方言が出る事は多くある。

三好も例外ではなく博多弁を隠すのに苦労しているようだ。

 

 

「ほらそこサボらない!」

「げっ、バレた! 今すぐやりまーす!」

「じゃあ私はカーブの精度上げてきます」

 

先程まで練習していた三好はともかく、話し込んでいた浜矢と神宮は一目散にマウンドへ向かう。

浜矢はインターバルで実戦を意識した投げ込みを、神宮は緩急を付けるためにカーブの投げ込みをする。

 

「休み明けでちょっとだらけてるな……」

「まあすぐ感覚取り戻してくれますよ、それに今日はあの人達が来ますから」

「だな、流石にアイツらが来ればやる気も出るか」

 

その話をしたタイミングで、グラウンドに見覚えのある3人組が現れた。

 

 

「おっ、きたきた! 久しぶりだな!」

「お久しぶりです、ここは変わってないですね」

「雰囲気も良いし、部員も増えましたね」

「なんか安心する〜」

 

現れたのは中上、柳谷、糸賀の卒業生3人だ。

自主トレの期間になり母校に戻ってきたのだ。

 

「ほっ、本物の柳谷さん……!」

「彗!? だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない……捕手として憧れてた人がこの場に全員揃ってるんだよ!」

 

監督、鈴井、柳谷という捕手として高い評価を得ている3人がこの場にはいる。

しかも1人は元プロ、そしてもう1人は現役という大物ぶり。

 

 

「私のファン? なら後でサインあげようか?」

「い、いいんですか……!? ぜひお願いします」

「私の彗が遠くに行ってしまう……」

「別に灯のではないでしょ……え、違うよね?」

 

三好の問いに違うよー、と楽観的に答える石川。

単に幼馴染が自分には見せた事のない顔をしていたのが、気に食わなかった様子。

 

「灯も好きだから安心して」

「へへー、なら許す!」

「そのやり取り何回も見た記憶あるけど大丈夫? 灯騙されてない?」

「いや好きなのは本当だから」

 

その言葉に対し、好きと言いながら伊藤に抱きつく石川。

そんな2人を呆れた顔で見る三好。

 

 

「いーぶき! 夏大活躍だったじゃーん」

「中上先輩のお陰ですよ……色々変化球も教えてもらいましたし」

「先輩って呼ばれるの久しぶりだなー、前は中上さんって呼んでたし」

「引退してる人に先輩って呼ぶのはどうかと思って……今はつい呼んじゃっただけです」

 

私は別にどっちでもいいんだけどね、と中上。

その一方で外野組も話していた。

 

「外野が鉄壁になってて凄かったなー、2人ともいい守備するね」

「まあ我々守備と脚しか誇れないので……」

「あとは肩ぐらいしか……」

「私も入学したての頃は似たようなもんだったし、2人もすぐ打てるようになるよ!」

 

外野コンビは糸賀とすぐに仲良くなっていた。

3人ともコミュニケーション能力が高い人間だからだろう。

 

 

「そうだ監督、アレ届いてないですか?」

「アレって何だ?」

「変化球も投げられるピッチングマシン、3人で買って寄付したんですけど……」

「まだ来てないな、というかそんなの買ってくれたのか? ありがとう」

 

3人曰く、部全体のレベルを上げるために購入したとの事。

 

「それと恩返しですかね」

「私らは監督が居なければこんな大成してなかったと思いますし」

「特に私は至誠に来てなかったら、ずっと打てないままだったと思いますし」

「私はただダイヤの原石を選んだだけだ、私じゃなくても大成してたと思うぞ」

 

ダイヤの原石をダイヤにするのには技術はいる。

監督は采配には自信は無いが、育成に関しては胸を張って得意と言える。

 

 

 

「プロ野球ってどんな感じなんですか?」

「レベル高いよ〜、私なんて2軍にいた方が長かったし」

「私は開幕一軍だったけど、一度落ちてからはシーズン終盤まで戻れなかったな」

「私は夏に体力尽きて落とされた……」

 

活躍の度合いはそれぞれ違うが、それでも苦戦したのは共通している。

この中で1番一軍に帯同していた期間が長かったのは。

 

「中上先輩が1番活躍してましたよね」

「野手と投手なら、投手の方が通用しやすいからな」

「相良と同時に落とされてたのは笑ったなぁ」

「アレは何だったんだろうね、まあ陽菜だけ一軍ってのも負けた気がして嫌だったけど」

 

(……名前で呼ぶようになってる、仲良くなったんだなぁ)

 

これを言うと恥ずかしがりそうだからと、浜矢は口を閉ざした。

実際この2人は、あの時の煽り合いが嘘のように仲良くなっている。

プライベートで2人きりで遊びに行き、その様子をSNSにアップする程だ。

 

 

「まあ誰ももう新人賞の資格ないんだけどね」

「私が夏に落ちてなければ多分、って感じだったかな」

「何だかんだ6勝してるもんな」

 

中上は6勝5敗で防御率は3.86、柳谷は41試合に出場し102打数24安打、打率.235で3本16打点。

糸賀は38試合に出場し86打数20安打、打率.233で1本10打点。

3人とも高卒ルーキーとしては中々の活躍をしたと言ってもいい。

 

「来年はレギュラー定着出来そうか?」

「キャンプで調子良ければ先発ローテ確定です」

「良いなー、私はもっと頑張らなきゃ無理かも」

「私はもう少し打てれば多分一軍には居れます」

 

全員来季のレギュラー奪取に向け、気合が入っている模様。

 

 

「柳谷先輩! 対戦してくださいよ」

「おっ、いいね」

「鈴井ー、キャッチャー頼んだ」

「仕方ないなぁ……」

 

浜矢が柳谷との勝負を申し出る。

 

(来年こそ1番を取るために、今自分がどれだけ出来るか知りたい)

(久々に伊吹の球打つな……あのフォークを打席で見てみたかったんだ)

 

それぞれの思惑を胸に、全員が持ち場で構える。

高校時代から少し変わった打撃フォームだが、タイミングの取り方は変わっていない。

 

 

(出し惜しみはしない、最初からフォークいくよ!)

(了解、さあ柳谷先輩……これが私の魔球(フォーク)ですよ!)

 

初球から魔球と呼ばれたフォークを投じる。

球の軌道を見極める為に、手は出さずに見送る。

 

「これがスライドフォークね……良い球だね」

「ありがとうございます、モノにするまで頑張ったんですよ!」

「だろうな、これをコントロールするのは難しそうなのによくやったよ」

 

(軌道は分かった、次からは打ちに行くぞ)

(相変わらず凄い集中力……安易にストライクは入れられない)

 

 

ギリギリストライクにならない、際どいコースに投げていく。

しかし柳谷はそれに釣られずカウントは1-2。

 

(釣られないか、ならここは勝負するしかない。最高の直球を頼むよ)

(任せて、柳谷先輩相手にも空振りとってやるよ!)

 

インハイに投げられた豪速球は風を切り裂きながら前へと進む。

柳谷のバットも空気を裂ながらボールを捉えようとするが、空を切った。

 

「ノビが更に増してるね、流石は伊吹」

「まあ鈴井やら監督やらにだいぶしごかれたんで……」

「そのお陰で今空振り取れたんだから感謝してよね」

「分かってるってばー」

 

(さて、並行カウントか……柳谷さんは追い込まれたら多少のボール球は全部振ってくる、ここからはミスは許されないよ)

(オーケー、成長した姿を見せてやる)

 

内角のスライダーは右方向へのファール。

外のボール球のカーブも流されるがファール。

低めのストレートは大きく外れてフルカウント。

 

 

(まだ見せてないツーシームでも良いんだけど、ストレートの後に投げるのは怖い……なら最後はあの球しかない)

 

最後の勝負球として投げられたのは、初球と同じ内角へのスライドフォーク。

柳谷はそれを待っていたと言わんばかりに振り抜く。打球は鋭く低い弾道でライトを襲う。

 

 

「これは……」

「荒波なら捕れるかな?」

「シフトにもよるけど、定位置だったら捕れるね」

 

野手が守りについてなかった事もあり、打球はグラウンドに落ちはした。

しかし荒波であれば捕れるとの判定が下り、結果はライトライナー。

 

「まさか打ち取られるとは……あのフォーク凄いね」

「その分コントロールは難しいし、雨の日は投げられないんですけどね」

「欠点はあるけど、それを持ってしても使うメリットのある球……まさしく魔球だな」

 

今では浜谷伊吹の代名詞となっているスライドフォーク。

試合中の写真から真似をしようとする選手もいるらしい。

 

 

「後輩の球も打てないんじゃ、まだまだ一軍は遠いな! もっと投げてくれ」

「柳谷先輩……分かりました! いくらでも抑えますよ!」

「言ったな? 私は何度も打ち取られはしないぞ」

「何回か打ったら私にも代わってよねー」

 

打ち取られた悔しさから奮起した柳谷は、この後浜矢を打ち砕く。

糸賀も打席に立って洲嵜や神宮に投げてもらい、中上も今の至誠ナインを相手に投げ込んだ。

 

 

 

「いやー、楽しかった!」

「至誠に来ると安心してはしゃぎすぎちゃうね」

「けど来季への気合は充填されたな」

 

旧3年生トリオは満足した様子だ。

その対戦相手となった現部員も、プロを相手に出来たことがいい体験になったようだ。

 

「私らの1個下がもう入ってくるんだもんね……負けてられないね」

「まあ誰とも同じチームにはなれなかったけど」

「でも殆どパ・リーグだから戦えますよ」

 

新旧3年生のプロ入りした6人は、山田以外はパ・リーグの球団に入った。

 

「早く一軍上がって戦おうね、絶対二軍では戦わないから!」

「開幕から一軍に上がってみせますよ」

「交流戦楽しみにしてて下さいね!」

「早くシーズン始まって欲しいな」

 

先輩後輩対決が実現される日は近い。

それを知らない彼女達は、いつか来る日を想像して胸を躍らせている。


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