年末年始の束の間のオフを満喫した部員は、多少の気だるさを感じながらも練習に取り組んでいた。
「帰省組は大変そうだよな」
「久しぶりに会うと、親がいっぱいご飯作るんですよ……」
「あぁ……だからちょっとプニッてるのか」
「言わないで下さいよ〜! 頑張って落としますから!」
神宮はいわゆる正月太りをしており、頬の辺りが以前より柔らかそうに見えた。
「伊吹先輩は変わってないというか、寧ろ筋肉付きました?」
「まあ12月入ってからバイトしてたから」
「へー、どこでやってたんですか?」
「賄い出るから焼肉屋ー」
浜矢は12月から年末年始まで、焼肉屋でバイトをしていた。
給料を稼ぎつつ賄いで食費も浮かせる、まさに一石二鳥だった。
「けど久々に真理のお母さん達にも会えたから楽しかったです!」
「そっか幼馴染か〜いいなぁ……」
「美希先輩と美月先輩と仲良いのも、羨ましがられると思いますよ」
「確かになー、あの人気ありそうだもんな」
千秋は可愛くて鈴井は美人と言われる事が多い。
そんな2人と仲睦まじい浜矢のポジションは、羨ましがられるだろう。
「でも伊吹先輩も結構人気ありますよ」
「マジで!? うわー嬉しい……」
「蒼海大戦のピッチングがカッコ良かったって評判ですよ!」
「まああの試合の流れだとそうだよな……」
後輩が打たれた直後に登板し、相手を寄せ付けない投球を見せた。
その姿は特に年下には格好良く映っていた。
「てか三好は福岡まで帰ったの? 大変じゃない?」
「大変やったけど楽しかったです」
「……やっぱ帰省すると方言戻るんだな」
「仕方ないんです……! 周りが皆博多弁しか喋らないんです……」
地元に帰省すると、休み明けに方言が出る事は多くある。
三好も例外ではなく博多弁を隠すのに苦労しているようだ。
「ほらそこサボらない!」
「げっ、バレた! 今すぐやりまーす!」
「じゃあ私はカーブの精度上げてきます」
先程まで練習していた三好はともかく、話し込んでいた浜矢と神宮は一目散にマウンドへ向かう。
浜矢はインターバルで実戦を意識した投げ込みを、神宮は緩急を付けるためにカーブの投げ込みをする。
「休み明けでちょっとだらけてるな……」
「まあすぐ感覚取り戻してくれますよ、それに今日はあの人達が来ますから」
「だな、流石にアイツらが来ればやる気も出るか」
その話をしたタイミングで、グラウンドに見覚えのある3人組が現れた。
「おっ、きたきた! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです、ここは変わってないですね」
「雰囲気も良いし、部員も増えましたね」
「なんか安心する〜」
現れたのは中上、柳谷、糸賀の卒業生3人だ。
自主トレの期間になり母校に戻ってきたのだ。
「ほっ、本物の柳谷さん……!」
「彗!? だ、大丈夫?」
「大丈夫じゃない……捕手として憧れてた人がこの場に全員揃ってるんだよ!」
監督、鈴井、柳谷という捕手として高い評価を得ている3人がこの場にはいる。
しかも1人は元プロ、そしてもう1人は現役という大物ぶり。
「私のファン? なら後でサインあげようか?」
「い、いいんですか……!? ぜひお願いします」
「私の彗が遠くに行ってしまう……」
「別に灯のではないでしょ……え、違うよね?」
三好の問いに違うよー、と楽観的に答える石川。
単に幼馴染が自分には見せた事のない顔をしていたのが、気に食わなかった様子。
「灯も好きだから安心して」
「へへー、なら許す!」
「そのやり取り何回も見た記憶あるけど大丈夫? 灯騙されてない?」
「いや好きなのは本当だから」
その言葉に対し、好きと言いながら伊藤に抱きつく石川。
そんな2人を呆れた顔で見る三好。
「いーぶき! 夏大活躍だったじゃーん」
「中上先輩のお陰ですよ……色々変化球も教えてもらいましたし」
「先輩って呼ばれるの久しぶりだなー、前は中上さんって呼んでたし」
「引退してる人に先輩って呼ぶのはどうかと思って……今はつい呼んじゃっただけです」
私は別にどっちでもいいんだけどね、と中上。
その一方で外野組も話していた。
「外野が鉄壁になってて凄かったなー、2人ともいい守備するね」
「まあ我々守備と脚しか誇れないので……」
「あとは肩ぐらいしか……」
「私も入学したての頃は似たようなもんだったし、2人もすぐ打てるようになるよ!」
外野コンビは糸賀とすぐに仲良くなっていた。
3人ともコミュニケーション能力が高い人間だからだろう。
「そうだ監督、アレ届いてないですか?」
「アレって何だ?」
「変化球も投げられるピッチングマシン、3人で買って寄付したんですけど……」
「まだ来てないな、というかそんなの買ってくれたのか? ありがとう」
3人曰く、部全体のレベルを上げるために購入したとの事。
「それと恩返しですかね」
「私らは監督が居なければこんな大成してなかったと思いますし」
「特に私は至誠に来てなかったら、ずっと打てないままだったと思いますし」
「私はただダイヤの原石を選んだだけだ、私じゃなくても大成してたと思うぞ」
ダイヤの原石をダイヤにするのには技術はいる。
監督は采配には自信は無いが、育成に関しては胸を張って得意と言える。
「プロ野球ってどんな感じなんですか?」
「レベル高いよ〜、私なんて2軍にいた方が長かったし」
「私は開幕一軍だったけど、一度落ちてからはシーズン終盤まで戻れなかったな」
「私は夏に体力尽きて落とされた……」
活躍の度合いはそれぞれ違うが、それでも苦戦したのは共通している。
この中で1番一軍に帯同していた期間が長かったのは。
「中上先輩が1番活躍してましたよね」
「野手と投手なら、投手の方が通用しやすいからな」
「相良と同時に落とされてたのは笑ったなぁ」
「アレは何だったんだろうね、まあ陽菜だけ一軍ってのも負けた気がして嫌だったけど」
(……名前で呼ぶようになってる、仲良くなったんだなぁ)
これを言うと恥ずかしがりそうだからと、浜矢は口を閉ざした。
実際この2人は、あの時の煽り合いが嘘のように仲良くなっている。
プライベートで2人きりで遊びに行き、その様子をSNSにアップする程だ。
「まあ誰ももう新人賞の資格ないんだけどね」
「私が夏に落ちてなければ多分、って感じだったかな」
「何だかんだ6勝してるもんな」
中上は6勝5敗で防御率は3.86、柳谷は41試合に出場し102打数24安打、打率.235で3本16打点。
糸賀は38試合に出場し86打数20安打、打率.233で1本10打点。
3人とも高卒ルーキーとしては中々の活躍をしたと言ってもいい。
「来年はレギュラー定着出来そうか?」
「キャンプで調子良ければ先発ローテ確定です」
「良いなー、私はもっと頑張らなきゃ無理かも」
「私はもう少し打てれば多分一軍には居れます」
全員来季のレギュラー奪取に向け、気合が入っている模様。
「柳谷先輩! 対戦してくださいよ」
「おっ、いいね」
「鈴井ー、キャッチャー頼んだ」
「仕方ないなぁ……」
浜矢が柳谷との勝負を申し出る。
(来年こそ1番を取るために、今自分がどれだけ出来るか知りたい)
(久々に伊吹の球打つな……あのフォークを打席で見てみたかったんだ)
それぞれの思惑を胸に、全員が持ち場で構える。
高校時代から少し変わった打撃フォームだが、タイミングの取り方は変わっていない。
(出し惜しみはしない、最初からフォークいくよ!)
(了解、さあ柳谷先輩……これが私の
初球から魔球と呼ばれたフォークを投じる。
球の軌道を見極める為に、手は出さずに見送る。
「これがスライドフォークね……良い球だね」
「ありがとうございます、モノにするまで頑張ったんですよ!」
「だろうな、これをコントロールするのは難しそうなのによくやったよ」
(軌道は分かった、次からは打ちに行くぞ)
(相変わらず凄い集中力……安易にストライクは入れられない)
ギリギリストライクにならない、際どいコースに投げていく。
しかし柳谷はそれに釣られずカウントは1-2。
(釣られないか、ならここは勝負するしかない。最高の直球を頼むよ)
(任せて、柳谷先輩相手にも空振りとってやるよ!)
インハイに投げられた豪速球は風を切り裂きながら前へと進む。
柳谷のバットも空気を裂ながらボールを捉えようとするが、空を切った。
「ノビが更に増してるね、流石は伊吹」
「まあ鈴井やら監督やらにだいぶしごかれたんで……」
「そのお陰で今空振り取れたんだから感謝してよね」
「分かってるってばー」
(さて、並行カウントか……柳谷さんは追い込まれたら多少のボール球は全部振ってくる、ここからはミスは許されないよ)
(オーケー、成長した姿を見せてやる)
内角のスライダーは右方向へのファール。
外のボール球のカーブも流されるがファール。
低めのストレートは大きく外れてフルカウント。
(まだ見せてないツーシームでも良いんだけど、ストレートの後に投げるのは怖い……なら最後はあの球しかない)
最後の勝負球として投げられたのは、初球と同じ内角へのスライドフォーク。
柳谷はそれを待っていたと言わんばかりに振り抜く。打球は鋭く低い弾道でライトを襲う。
「これは……」
「荒波なら捕れるかな?」
「シフトにもよるけど、定位置だったら捕れるね」
野手が守りについてなかった事もあり、打球はグラウンドに落ちはした。
しかし荒波であれば捕れるとの判定が下り、結果はライトライナー。
「まさか打ち取られるとは……あのフォーク凄いね」
「その分コントロールは難しいし、雨の日は投げられないんですけどね」
「欠点はあるけど、それを持ってしても使うメリットのある球……まさしく魔球だな」
今では浜谷伊吹の代名詞となっているスライドフォーク。
試合中の写真から真似をしようとする選手もいるらしい。
「後輩の球も打てないんじゃ、まだまだ一軍は遠いな! もっと投げてくれ」
「柳谷先輩……分かりました! いくらでも抑えますよ!」
「言ったな? 私は何度も打ち取られはしないぞ」
「何回か打ったら私にも代わってよねー」
打ち取られた悔しさから奮起した柳谷は、この後浜矢を打ち砕く。
糸賀も打席に立って洲嵜や神宮に投げてもらい、中上も今の至誠ナインを相手に投げ込んだ。
「いやー、楽しかった!」
「至誠に来ると安心してはしゃぎすぎちゃうね」
「けど来季への気合は充填されたな」
旧3年生トリオは満足した様子だ。
その対戦相手となった現部員も、プロを相手に出来たことがいい体験になったようだ。
「私らの1個下がもう入ってくるんだもんね……負けてられないね」
「まあ誰とも同じチームにはなれなかったけど」
「でも殆どパ・リーグだから戦えますよ」
新旧3年生のプロ入りした6人は、山田以外はパ・リーグの球団に入った。
「早く一軍上がって戦おうね、絶対二軍では戦わないから!」
「開幕から一軍に上がってみせますよ」
「交流戦楽しみにしてて下さいね!」
「早くシーズン始まって欲しいな」
先輩後輩対決が実現される日は近い。
それを知らない彼女達は、いつか来る日を想像して胸を躍らせている。